いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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いまもむかしも。たぶんそう。

▲窓から眺めた外は みずいろの空を横切るようにゆっくりすべって走ってゆくモノレール四両。庭木に集まる小鳥たち。やわらかな日差しの中 太った猫がのっそり歩いてはじっとしてる。こんな日は遠く聞こえる高速道路を行き交う車の音も、家の前 新築工事の休みなく動く重機の音すらも、なんだかヘイワに聞こえる。

▲なんでもないこと、ありふれたことの あれやこれやがひかってみえるのは、ここ一ヶ月ほど、ありすぎるくらいにいろんなことがあったからだろか。
うれしいことも哀しいことも。いっぱいいっぱいだったからだろか。
ぽかぽかしてるか、と 窓を開けたら思いのほか 外は風がつめたくて身がすくむ。この前の日曜などは半袖姿も見られた大阪だけど、ほんまもんの春はやっぱり「東大寺のお水取りが終わってから」かな。

▲人と待ち合わせするのに、昨日久しぶりに近鉄 阿部野橋駅まで出かけた。
こどもの頃「でんしゃ」といえば、この近鉄南大阪線であり「ひゃっかてん」といえば近鉄百貨店だった。
そうそう、近鉄特急がこの線に開通するとき、事前に関係者招待の試運転というのがあって、父に連れられて乗ったのを覚えている。東京オリンピックのあと、たしか’65年のことだと思う。エンジ色の地味な電車しか見たことがなかったわたしは、その明るいツートンカラーとゴーカな車内に驚いた。

▲ふるまわれた紙コップのビールに、父は「すごいやろ。ビール飲みながら気ぃついたら大阪やで~」と下戸のくせにうれしそうに話してたっけ。帰りにはCMソングのソノシートをおみやげにもらった。何度も繰り返して聞いた楠トシエさんが歌う
♪きーん、きーん、きんてーつ特急。そら来た「2階の電車」~は 、けどその後もこの線では(フツーの特急電車だけで)走ることがなくてがっかりしたものだった。

▲高校にもこの線を使って通った。ガッコ帰り、たまに家とは反対方向行きの電車に乗って、この駅経由でガッコ周辺には売っていないレコードを探しに行ったりした。初めの頃は心斎橋ヤマハで、そのうち梅田は阪急東通り商店街の「LPコーナー」まで遠征。
当時の小遣いではレコードだけでも大出費なのに、切符の出費は「余分な」お金(苦笑)のように思えてならず。とはいえフセイはいかん、フセイは・・と、通学定期の駅までの切符を毎回買っていたんだけど。
いつだったか、友だちと「どうせ検札もないし一駅向こうの切符買おう」と言うことになり、改札を通ったのであった。

▲さっとすまして通過したはずなのに、駅員さんに「君らどこまで行くの?」とやさしそうだけど鋭い一声で呼び止められた。焦りまくりの二人組は、今しがた券売機で見たうろ覚えの一駅向こうの駅名を告げたのだけど。「ちょっとこっちに来なさい」と駅長室に連れて行かれてしまった(泣)

▲今思えば、わたしらが着ている制服からも、そのおどおどおどした態度からもプロの眼から見たら「きせる」をしようというのが、もう見え見えだったにちがいない。ホームの中、一段上の駅長室で「これからはもうこんなあほなことしたらあかんで」としばし説教され「未遂」ってことで罰金もなかったけど・・・。切符を買い直して、凹んだ二人組「もうせんとこな」と電車に乗ったのだった。

▲そんなことをつらつら思い出しているうちに、電車が着いた。
たくさんの人たちがいくつもある改札口から流れ出て来て、くらくらするも、向こうの方から手を振って歩いてくる背の高い人が見える。身長順ではいつもわたしのすぐ後ろ、最後尾だったMちゃん!人目をはばからず「わあ」「きゃあ」と大きいモン同士ハグ&ハグ。何たって、35年ぶりのカンドーの再会やもんね。
この年になると各種同窓会(笑)がよくあるみたいやけど、わたしは行ったことがないので、かつての同級生とはたいていはそれくらい長いこと 会っていない。

▲ゆっくり話せるように、と選んだ某ホテルのランチバイキングとやらは、開店前から行列ができ、お店の人の案内が始まるやどっと中に入って、早くも料理の前に人だかりができてるのには、まだまだ再会のコーフンの中にいる二人は圧倒される。
長い長いお互いの近況報告のあと、もうすっかり忘れていた過去の自分を友が語る。曰く、△センセが苦手で、○○クンのことすきで、いつも足に青あざいっぱいつくってクラブしてた(らしい)わたし・・・は、自分が思っていたそれとは微妙にずれていて、けっこう明るく元気な中学生で。

▲そうかぁ。そうだったのか。出口の見えないモヤモヤの中にいて、暗かった気もするのに、そんな風に友の目には映っていたのか、と「14歳」をいとおしく思う。そうして彼女もまたわたしの気づかないとこで、悩みを抱えていたことを知って。ほんまにこの年頃の子どもって、自分のことをだれにもうまく話せないでいるんよね。いまもむかしも。たぶんそう。

▲いつしかバイキングの時間(3時間もあると思ったのに)をすぎるも、まだ話は終わらず場所を移動する。(教訓→バイキングは自分で料理を取りに行かないとイカンということを忘れてた。しゃべるのに夢中になってたら、席を立つ時間も惜しいのであるからして、あんまり食べられないモンである)
当たり前のことだけど50年も生きてきたら、いろんなことがあるもので、お互い声からして ほぼ5時間ノンストップ・トーク(苦笑)ながら、話しても、話しても、話しきれないのであった。
仕方なしに「またあおな」とそれぞれの電車に乗った。

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by bacuminnote | 2007-03-09 19:25 | 出かける | Comments(0)