いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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きけてはりますな。

▲4月は第二の「師走」のようやなあと思う。
ふだんは白いままのわが家のカレンダーもこの月は書き込みが多い。文字通り「師」も走りまわってはるし。
田舎暮らしの間は そこにじっとしていても、ドアを開けたら山がすぐそこにあり、川があって。パンのお客さんを始め、友人知人が近く遠くから、いつもだれか訪ねて来てくれたから「行きたいところ」に行けなくても「ほしいもの」が手に入らなくても、そのうちにたいていはどっちでもよくなった。

▲だから、大阪に戻っても、どこかその延長線上のような感じで過ごしてきたのだけれど。そこにじっと「待つ」のではなく、行きたいところに出かけ、人に会いにゆき、たまには息せき切って「走ってみる」のもええかな、とおもう春だ。
そう、足腰のしっかりしているうちに。
とはいえ、そもそも余分なお金もないし、すぐにくたびれるエナジーの低い体質やし。何より、この程度の動きを「走る」なんて言うてたら、あのひと、このひとに笑われそうやけど。(あ、ほんまに「走る」という意味じゃないです・・苦笑)

▲そういえば。
くたびれた、というのを故郷のことばで「きける」という事を、この間久しぶりに思い出して、あまりの懐かしさにおどろき、胸がつまるような思いがして、そういうきもちになっている自分にもう一度おどろいた。
それは歌人 前登志夫氏の追悼文の記事がきっかけだった。
前さんは吉野の方で、その最期もまた前さんらしく「入院加療中の身を、どうしても今年の桜を見る、といって、自宅に帰って亡くなられた」らしい。(読売・4/15「生涯 吉野の山びと 前登志夫さんを悼む / 岡野弘彦」)
この記事の中にわたしとかかわりのある名前があった、と友だちが切り抜きを送って来てくれた。

▲記事を読んだあと、 インターネットで前さんのことを調べていたら
web日本語
(小学館)というサイトの中「わたしのすきなお国言葉」というコラムに前さんが「大和びとのやわらかく、思いやりのあるいくつかの方言の一つ」として「きけてはりますな」ということばを挙げてはった。
「きける」とは心身ともに「あーしんど」というようなときに使う方言で。
前さん曰く「つらいことや苦しいことのために、心身共に疲れている状態をいたわるとき「きけてはる」という。おそらく、気が欠けるとか、生気が消える、あるいは気力が枯れる状態をさすのでしょう」と。
長いこと すっかり忘れていたのだけど、このひとことを思い出すと同時に、その昔、おばあちゃんが上がり口でごろんと横になって「きけた~」と言うてたその光景がぱっと蘇った。

▲いまは「大阪のおばちゃん」のわたしだけど、考えてみたら吉野で生まれ育ち、学生時代は京都ですごし、ケッコン後は大阪府下をあちこち、パン屋開業のため滋賀、長野と転々としているので、見かけは大阪でも(笑)厳密にはいろんな土地のことばが混ざっており。だから、いまの自分から時間的に遠い吉野のことばは知らないうちにどんどん忘れてゆく。

▲けど、ことばの記憶というのはおもしろいものだ。
なにかひとつ思い出すと、するすると、いまはもう使わなくなった方言が、次々口をついて出てくる。
どれが吉野弁なのか、関西一帯でも使われるのかわからないけど。「回りする」(支度する)・まとう(弁償する)・「おとろしい」(面倒くさい)・「もむない」(まずい)あ、「げんろく」(膝頭)なんていうのもあったっけ。

▲小さいときは何も考えずに、近所のこどもや大人たちと同じことばをしゃべっていたけれど、京都や東京のガッコに行った姉たちが帰って来て話すことばは、そのたびにかくじつに変わっており。なんとはなしに、都会のにおいがして、あか抜けしてるように聞こえ始めた。
やがて、わたしが高校生になって電車通学するようになると、ガッコで「吉野の山奥から来てる」風に言われるのがくやしく恥ずかしくて。だから、その方言も又かっこ悪い、と意識的に使わなくなってしもたんよね。
でも、いま、こうして並べてみると、ほんのりぬくい山のことばが いまの自分に馴染んでいる、とおもう。

▲この 前さんの文章には「喜寿」とあるから、亡くなられる5年くらい前のものだと思われるのだけど、最後はこんなふうに結ばれている。
「かえりみれば、現代の日本人は老若を問わず、みんなひどく「きけてはる」のではないかと思われます。わたしの命終のとき、木々や鳥や虫が、「きけてはりますな」といたわってくれるにちがいありません。」
おもいどおり、吉野の桜に、とびかう鳥や虫に見守られ、やわらかな大和のことばをかけてもろて、遠くにいかはったのかな。合掌。

『山櫻 そのひとつだに伐(き)らざりき いさぎよく山の家 棄てざりき』前登志夫


*追記*
上記「web日本語」の 「わたしのすきなお国言葉」の連載は終了していますが、バックナンバーはなかなか楽しい読み物です。方言というのは皆それぞれの「こどもの時間」のことばでもあるんですよね。
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by bacuminnote | 2008-04-19 20:52 | yoshino