いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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むずかし おます。

▲ 駅に行ったついでに電車のプリペイドカードを買った。
外に出るときは眼鏡(近視)をかけているけど、ここ数年は老眼も加わって頻繁につけたり外したり。だから切符一枚買うにも、見上げた路線図のごちゃごちゃの中(苦笑)自分の行き先の駅がなかなか見つからなくて(←これは視力のせいばかりではないが)運賃もわからないから。どこに行くにも、とりあえずカードを買って財布に入れておく事にしている。

▲ しかしこの券売機、年々複雑になり使い方が難しくなっている気がする。
多少?ドンくさいとはいえ50代のわたしですらこうなんだから、機械を前に途方にくれてる年配の方は結構いてはると思う。実際「切符買うのにどこのボタン押したらいいの?」と何度か聞かれたこと あるし。よりによってこんなわたしに と思うけど、駅も自動券売、自動改札、と何でも「自動」になってしもて、尋ねようにも駅員さんを探すのがまた一苦労やし、ね。

▲ 「ジドー(自動)は むずかしおます」と相方のおばあちゃんがまだいてはった頃、新しい電気製品の使い方で自分の「とんちんかん」を指摘されると きまって怒ったような顔で言うてはったことを思い出す。
そういえば、最近はトイレも なかなかむずかしい。
昔は水洗式トイレといえば、どこもレバーか引っ張る鎖がついているか、のどちらかで。次に「大」「小」をえらぶレバーが登場して。その後いつのまにかボタンを押すもの、センサーに手をかざすもの、何もしなくても勝手に流れ出すもの・・・と次々に新しいものが出てきたんよね。

▲ かの個室に入るときはたいてい気が急いてるから(苦笑)意識もしないけど、用をたしたあと「あれ?ここではどうするのかな?」と周囲を見渡す。単純レバーだとほっとし、そうでないときは説明書きを探すものの「消音」ボタンと「流す」ボタンの違いもあるし、最近は公共の施設にもウォシュレット機能付きのトイレが増えて、これもまた複雑でむずかしい。説明を読めない人はもっと困ってはるやろな。「人にやさしく」とか言うてどこがやさしいねん、といつも一人ぶつぶつ言いながら出てくる。

▲ より使い易く、と研究や開発を重ねて便利になっているはずが、そのつど操作が複雑になって使いこなせる人が限られるんだったら、それこそ不便やなあ、と思うことがある。外国語や音声ガイダンスの機能のある券売機も、そもそもその機能の存在や操作の仕方を知らなければ意味がないし。それより身振り手振りでも 教えてくれる人が、だれかいたら、その方がずっと心強いと思うなあ。

▲ 先月のことになるんだけど、テレビ(NHK / ETV特集)で『なまえをかいた~吉田一子・84歳~』というドキュメントを見て、その中で紹介されていた『ひらがなにっき』(長野ヒデ子 作・絵/ 解放出版社)という絵本を読んだ。
これは主人公の吉田一子さんの実話をもとに描かれている。吉田さんは1925年(大正14年)生まれ。幼くしてお母さんを亡くされ、奈良の生家から大阪のあるお家にもらわれていくが、そこでも又7歳のときに養母が亡くなる。そして、その頃から家のことや子守をしたり、で学校に行けず、お義父さんから九九だけは教わったものの読み書きを知らないまま大きくなる。

▲ 「戸籍」も奈良にいた実のお兄さんに問われるまで「入っていない」ことを知らなかった吉田さん。「一子」とはそのお兄さんが入籍の際 つけてくれた名前だそうだ。
そんな吉田さんが60歳になって一念発起して識字学級に通い始める。鉛筆を持つことからのスタート。歩みはほんまにゆっくり、ゆっくりだ。

▲あるとき吉田さんは初めて一人で電車で出かけ、途中ラーメン屋があったので食べて帰ろうか、と思ったけれどメニューの漢字が読めないのであきらめる。銀行では払い出しの手続きに自分の名前が書けず、自分のお金なのに引き出せないというとても悔しい思いをする。(この場面では何故銀行の配慮がないのか、腹立たしかったが、今は銀行の「規約」も変わったらしい)

▲生い立ちも経験談もつらい話が多いけど、吉田さんの持つ明るさや強さ、それに絵本の作者である長野ヒデ子さんのユーモアと温もりある絵と文で「学ぶ」ことの愉しさ、すばらしさをしみじみ思う。
なにより、吉田さんの日記には字やことばに対する愛にあふれている。たとえばこうだ。

【えきで らくがきを みました。びっくりして はらたって なみだが でました。】
この日記の隣のページには【なに かんがえてるんやろね だいじな かわいい じ つこて ひとの わるぐち かいて ばち あたっりまっせ】とある。識字学級に行った日には【わたし じ べんきょうしたら そのじ にげんようにって てにかいてね ぐっと にぎりしめて いえに もって かえるんですわ】って、ね。
その様子が目にうかぶようで、じーんとなる。

▲それから「おばあちゃん」をはげます孫の「つかさ」君や、時にきつい事も言いながら「学ぶ母」に声援を送る娘さんの姿に、吉田さんが暖かな家族と共に在ることを心からうれしく、よかったなあと思った。
絵本のあとには吉田さん自筆の文章や、当時の識字学級の先生のことばもあって「読み書きできない」ことで伝わらなかった悔しさや哀しみ、そして「伝えたい」という熱い思いに胸が詰まった。


* 追記*
この番組と絵本を見た後、学習権について調べてみました。
学習権とは
『読み書きの権利であり、
 問い続け、深く考える権利であり、
 想像し、創造する権利であり、
 自分自身の世界を読みとり、歴史をつづる権利であり、
 あらゆる教育の手だてを得る権利であり、
 個人的・集団的力量を発揮させる権利である。』
  ユネスコ学習権宣言  1985年3月29日採択  (子どもの権利条約をすすめる会訳)

加えて ユニバーサルデザインについて。

『ユニバーサルデザイン7 つの原則』
誰でも使えて手にいれることが出来る(公平性)
柔軟に使用できる(自由度)
使い方が簡単にわかる(単純性)
使う人に必要な情報が簡単に伝わる(わかりやすさ)
間違えても重大な結果にならない(安全性)
少ない力で効率的に、楽に使える(省体力)
使うときに適当な広さがある(スペースの確保)



  

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by bacuminnote | 2010-02-07 19:57 | 本をよむ | Comments(0)