いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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知る。

▲ 寒く、温く、の日々に、タンス周りは仕舞えないままの冬物と春物が散乱している。若い頃は季節の先取りでおしゃれしたつもりになっていて、親に「伊達の薄着」を「また風邪引きまっせ」とからかわれたものだけど。今は「寒い、暑い、きゅうくつ」が何より耐えられなくなってきて、まずは人目より快適、とおもう。でも、そうやってどんどん「構わなく」なっていくのかもしれない。

▲ 今日スーパーに行く途中すれちがった高齢の女性。目も覚めるようなそのグリーンのスプリングコートに「わあ、春!」と思わず立ち止まり、振り返り、しばしその後ろ姿に眺め入る。この方(かた)かなりのおしゃれ上級者で、とうてい真似などできそうにないけど。わたしも暗い色ばかり着てんと、たまにはあんな風に明るいキレイな色着て、せめてココロだけでもぱっと花咲かせよう(笑)と思うのだった。

▲さて、先週末のこと。若い友だちと通称「みんぱく」( 国立民族学博物館)のゼミナールに行って来た。「みんぱく」は児童文学館(建物が「そこ」にあるのに閉じてる姿がかえすがえすも残念)や民芸館同様、万博公園内にあってウチから車でなら十数分のキョリ。が、近い所ほど遠く。なかなか行けない場所のひとつだ。
その日は前日の大雨もからりとあがり朝からぽかぽか陽気だったから、駅の周りはハイキングにBBQに、バトミントンのラケット、バット、サッカーボール持った若いひとやファミリーが両手に食料や飲み物一杯持ってあふれていた。

▲ 友人とは ゼミナールの始まる午後に待ち合わせだったけど、せっかくやから講演のテーマでもある「言語展示」も観ておきたかったので早い目に到着。
『星の王子さま』や絵本の『はらぺこあおむし』をいろんな言葉で聞いてみたり、日本語とおなじ語順の言語は世界にどれくらいあるのか、探ってみたり。案内にあるように「6000とも7000ともいわれる世界のことばにみられるたくさんの不思議」にコーフンする。

▲ 中でもわたしが一番夢中になったのは方言のコーナーだ。ここでは「ももたろう」の話(桃から生まれてくるあたりまで)を日本の各地22箇所の方言で語ったものを録音してある(1970年代の採取)。函館、青森、横手、仙台、沼田、長岡、志木、金沢、名古屋、京都、岸和田、松山、南国、松江、広島、福岡、那覇、首里、宮古島、八重山、東京八丈。(←すみません。全部メモしてきたはずが今数えたら一箇所足りないのデス)

▲ これに加えていまの若者(沖縄・大阪・東京)が同じように「ももたろう」を語るのもあって。(2009~2010年採取)これがもうサイコー!
テレビの影響で、今や若い子のことばは沖縄でも大阪でも東京でも、イントネーションの違いこそあれ、ことばそのものの差はあまりなくなっているのがよくわかる。だけど、沖縄の若い子の語りでは、おじいさん、おばあさんのセリフのところだけ昔からの言葉になっている事も興味深かった。

▲この機械、パネルのスピーカーがあるのがちょうど腰くらいの高さなので、しっかり音声を聞き取りたいわたしは耳をスピーカーにくっつけるようにしてしゃがみこむ。方言って、深いなあ。他に人がいてはらへんかったのをええことに延々と聞く。
それにしても、友人の姿がない。みんぱくフリークの彼女のことやから、とうに来てるかと思ったのに。メールしたら「モノレール、反対方向に乗ってしもた」と返信。まるでいつものわたしである。が、そんなことは棚にあげて声あげて笑わせてもろた。(す、すまん)

▲その後、ぶじ友も到着して 菊澤律子さん (先端人類科学研究部・准教授)による講演が始まる。と、言語展示の会場のようすが大きなスクリーンに映し出され。「ももたろう」のブースでデカイおばちゃんがしゃがみこんでる図!にびっくり。(そういえば、あとの方で職員っぽい人が写真撮ってはるなあ、と思ってたんだけど、その人こそ演者の菊澤さんだったのだ)
講演で印象に残ったのは「ありがとう」ということばについて。
どんな言語にも「ありがとう」(を意味することばが)ある、と思っていたけれど、ない言語もあるのだそうだ。というか「ありがとう」にあたる概念がない。つまり「ありがとう」は全言語共通の概念ではない、とのこと。

▲ 『物をもらったり、何かをしてもらったり、それに対してどう解釈するのか、これは社会的に定義づけられることらしい』( 菊澤律子さん『あおむし日記』2010.01.25より抜粋)ううむ。衝撃だ。「こうあるべき」「これが当たり前」という自分の固い頭を叩かれたような。叩かれて、目の前がさーっと拡がったような。
展示室にもあった「ことばのおもちゃ箱のなかからあなたのお気に入りをひとつ見つけてください。そこから大きな大きなことばの宇宙がひろがりますよ」を実感。

▲ 講演が終わって、友人と珈琲をのみながら 共通の関心・ことばの話や積もる話。そのうち喫茶店がクローズになり(館内喫茶室はしまうのが早い)「ほんなら、行きましょか」と彼女の案内で ビデオテークに。
「えっと、『地域でえらぶ』と『テーマでえらぶ』どっちにします?」
「じゃあ『テーマで』」
「テーマはどれがいい?」
「食べる。かな」
「やっぱりね(笑)」
ということで、学芸員のような手際のよさで操作。彼女推薦の二作(彼女はすでに何度も観ているらしい)「パンの発達史」と「ドイツのソーセージづくり」を鑑賞した。
いやあ、すごい。すごいなあ。なんだかちっちゃい子の感想みたいだけど、これに尽きる。知らないことって、まだまだ。まだまだいっぱいある。

▲閉館きりきりまで粘って、館をあとに。ひさしぶりに「知る」よろこび。満たされた時間。誘ってくれたWちゃん感謝!
この日の夕ご飯の時間は「世界にある言語数は?」のクイズから(笑)「ももたろう」の方言バージョン、「ありがとう」の話(つねづね家族にわたしへの「ありがとう」を強要してる身(苦笑)としてはナンですが)、パンとソーセージの話まで。大独演会の夕べであった。


*追記
その1) 世界で話されている言語の数は約7000足らず(by ユネスコの発表)だそうですが、カウントの仕方には様々な定義、考え方があり「みんぱく」では3000~4000と捉えているそうです。

その2) どこに行っても 好奇心も探究心も底知れず。Wちゃん的世界は『三度笠書簡』で。
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Commented by 三度笠 at 2010-04-23 05:44 x
bakubakauさん
この日の楽しかったことうれしかったこと。
帰ってからもずっとこころがぽかぽかでした。
(これで乗り間違いさえなければ...)

「ありがとう」に該当する言葉がない言語がある、というのは 本当に衝撃でしたね。

ありがとうを言わない世界ってどんなんやろう。
ある意味「超社会」じゃん?
マジ、すごくない? ←2010年若者ふうに

ほんと、わたしも知りたいことがいっぱいです。

「みんぱく」の研究者の方々の話をお聞きして共通に感じるのは、マジョリティ思考への強い抵抗、全ての文化を尊重し、同等に扱う姿勢を貫かれていることです。

ビデオテークは、じつは日本のも宝の山なので、次回ぜひ。

いま、情報化社会というより情報氾濫社会で、おなかいっぱいなのは胃袋だけではなく、知識まで食傷気味になっているかもしれないね。
それでも、本当の意味で「知るよろこび」を、
自ら知識を求め、得る喜びを、若いひとたちにもっと感じてもらいたいわー

以上、もう若くない友Wでした!
Commented by baku at 2010-04-23 10:18 x
いえいえ、若い友、三度笠chanへ。
「地元」みんぱくを 京都住まいのWちゃんに案内してもらうふしぎ(苦笑)
最後の最後まで、ほんま、たのしい時間でした。おおきに。

あの日も話したけど、会場はほぼシルバー世代。ええ天気やったし、土曜日やし、若い人らは講演より公園!なんやろけど。
(みんぱく、毎土曜日は小・中・高校生は無料デス)

>いま、情報化社会というより情報氾濫社会で、おなかいっぱいなのは胃袋だけではなく、知識まで食傷気味になっているかもしれないね。

そうやね。見る(知る)前に「もうええわ」状態。けど「情報氾濫社会」とはいえ、その情報もかなり偏ってて(それこそマジョリティー思考で)抜け落ちてゆく「だいじなもの」がいっぱい、と思います。(「三度笠書簡」ではそういう「だいじな」情報を提示してくれてるけど)

で、そういうものをキャッチするセンスというのは、やっぱり教育やろか。
ううむ。話は尽きませぬ。
またいろいろおしえてね。
by bacuminnote | 2010-04-22 23:32 | 出かける | Comments(2)