いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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「たいせつにしてもらった成分」

▲ どこにもゆかぬ夏、だったけど。
この前 姉から「外でごはん食べよ~」と連絡があり 電車で30分ほどの街まで出た。姉とランチも久しぶりなら、電車に乗っての外出もほんまに久しぶりで、前の夜はなんだかそわそわしてなかなか寝付けなかった。
まち暮らしになってもう8年になるのにね。ほんの半時間ほど電車に乗るだけで、なんちゅう大げさな、と我ながらためいき。

▲ でも、いつだったか小川洋子さんの対談本で「夕方、人と待ち合わせてるとなったら、朝、スズメが鳴き出すような時間から、そのことにとらわれて、なかなか仕事に集中できない」って、言うてはったことを思い出して「わたしだけやないデス」と、だれにともなくぼそぼそ言い訳をしてみる。
そういうたら、たしか対談相手の方も「一日一イベントしか駄目」って言うてはった。しかもその「一イベント」っていうのが郵便局に行くとか~そういうレベルの話で(苦笑)。しかしお相手が「一日一イベント」と編集者から聞いた小川さんは「そういう人なら絶対に大丈夫だって思った」というような話だったと思う。

▲ だから、小川さんはテキパキ仕事してる人のドラマとか、自分にはない世界ゆえ、惚れ惚れ引きこまれて見る~と。多少の誇張はあるかもしれないけど、本を読みながら「ワカル」「ワカル」と興奮した。あれ?そう言えば対談相手はどなただったか?たしかコピーがあのへんにあったはず、とごそごそ起きだして。結局よく眠れないうちに「スズメが鳴き出し」目覚まし時計が鳴った。ふうう。

▲ さて、その久々の遠出(苦笑)は、地下鉄も、そのあと入ったカフェもレストランもファッションビルもどこもクーラーの効きすぎで寒かった。不要かもと思いながら持っていったショールはずっと肩にかけたまま。炎天下では「暑苦しいなあ・・」と思ってしまうイマドキの女の子たちの黒いレギンスやブーツ姿も ここでは冷え防止にええのかもしれへんな、と思ったり。いやいや、こんなんやっぱりおかしいよね。節電キャンペーンの次は「余ってるしやっぱり使おう」に変えた? 電気の使い方はall (めいっぱい使う)or nothing(停電)じゃなく、低め安定やろ、と思う。

▲ と、まあ、ぶつぶつ言いながらも。四姉妹の三番目と四番目ふたりで、食べてしゃべって飲んで(残念ながら今回は珈琲とソーダと水!)しゃべって、ウインドウショッピングして座ってしゃべって かしましい。
子どものころは一緒に過ごした時間も長かったのに、自然のなりゆきやろうけど、思春期以降~結婚後はお互いに自分のことで忙しくて、ゆっくり話し込むこともなかった。で、ようやくこの年になって、自分たちが子どものころのことを話すようになった。楽しかったこともつらかったことも。もうなんでも話せる年になった その「年」にカンパイだ。(あ、この日は珈琲と・・←しつこい)
そうそう、姉にも見せようと持っていった新聞切り抜きはイラストレーター・益田ミリさんのコラム。

▲『普段は忘れて過ごしているのだけれど、たとえば、駅から家までの道を自転車で走っているような、そんな日々のなにげない瞬間に、ふと、誰かに大切にしてもらった記憶が蘇ってくるのだった

近所のおばちゃんが自分が描いてた絵を「上手やなあ」と言うてくれたことや、会うと「べっぴんさん!」と声かけてくれたおじさん。親戚の家で熱を出したときに、冷たいタオルをおでこにのせてくれたおばさんのネギの匂いのする手とか、小学1年のときの先生の思い出。自転車で転んで泣いたときに助けてくれた、お向かいのお姉さんの優しい声。

父や母だけでなく、外の世界の人々が幼いわたしをひょいっと気にかけてくれた。そんなたくさんの「大切にしてもらった成分」が、大人になったわたしには詰まっているんだ、だから、きっと、わたしは大丈夫なんだ!なにが大丈夫なのかはわからぬが……自転車をこぐ足どりが、ふいに軽やかになったりするのだった。
(2012.3.11朝日新聞「オトナになった女子たちへ」益田ミリ~大切にしてもらった記憶 より抜粋)

▲この夏読んだ本に
『サラスの旅』(シヴォーン・ダウト著・尾高薫訳・ゴブリン書房)というのがある。ロンドンの児童養護施設で育った14歳の少女ホリーの物語。ホリーはやがて施設を出て里親のもとに越してゆくんだけど、里親にも学校にもなじめず、故郷のアイルランドにもどって母と再会できる日を夢見てる。

▲ある日、屋根裏のタンスにみつけた超セクシーなアッシュブロンド(灰色がかったブロンド)のウイッグをかぶってみる。鏡にうつるホリーは大人びてクールで、最高にゴージャス。ウイッグをつけ、名前もサラスに変え、自称17歳のホリーはアイルランドめざし家出するのだった。

▲お金のあるうちはバスや地下鉄に乗り、雨が降ったら博物館で雨宿りして、警備員がきたらトイレにこもり、閉店前のサンドウイッチ屋でサンドウイッチをもらい、ワンピースと靴を万引きし、夜はクラブに紛れ込みながら、目的の地にすこしづつ近づいていく「サラス」。

▲いつしかわたしはサラスの側に立ち共感して、時に保護者的視線でハラハラしながら彼女の旅の「伴走」してる気分になる。そんな旅の合間に故郷アイルランドの頃の思い出が「今」にかぶさってゆく。風にそよぐ緑の草原。ママが歌う。牝牛が丘を越えていく。「お帰り、ホリー」とにっこりするママ。

▲ヒッチハイクして、あぶない目にも会い、やさしい人(曰く「なんの見返りも求めずにあたしを助けてくれた、守護天使みたいにいい人たち」)にも会い、サラスの旅は続く。そのうち彼女の語るママの思い出と現実の微妙なズレに読み手は気づく。
子どもって、自分に抱えきれないことに遭遇すると、その頁だけ魔法のインクは字を消したり、違う物語を綴ったりするのかもしれないな。子どもは親がすき。憎めるといいのに。せつない。

▲想像した通り希望の灯のみえるラストだった。けど、けっして「想像通り」がつまらない、ではなかった。物語に沿って伴走したおばちゃん(わたし)は、ようやくホリーが安心して過ごせる「場」と、彼女のことをだいじに思う人たちのところに、自らの意思で たどり着けたことが、こころからうれしかった。ホリーにも「大切にしてもらった記憶」がこれから増えてゆくといいな~と思いながら本を閉じた。




*追記・・・いつものことながら書ききれなかった、あれやこれやのお話みっつ。(←長くてすまん)

その1)
本文で紹介したエピソードは『小川洋子対話集』(幻冬舎刊)~「妄想と言葉」岸本葉子さんとの対話でした。
小川洋子さんといえば最近読んだ『とにかく散歩いたしましょう』(毎日新聞社2012.7刊)というエッセイ集もよかったです~並外れた方向オンチ、そそっかしくて、心配性で、活動的でない小川洋子さんは、あの小説の小川洋子と同人物とは思えないズッコケぶりがかわいらしい。
けど、小説の話になると一変。すごい、と唸るばかりです。
編集者と打ち合わせをして、スーパーで買い物をして、私は家へ帰る。そうしてパソコンを開き、小説の前に座る。そこには、宇宙の漆黒よりも深い闇が満ちている。』(「早くお家に帰りたい」より抜粋)


その2)『サラスの旅』の作者シヴォーン・ダウドは1960年ロンドンのアイルランド系の両親のもとに生まれ、文学賞を受賞し、活躍を期待されながらも2007年8月に47歳で亡くならはったそうです。
その後、書きためていた 『ボグ・チャイルド』 (カーネギー賞受賞)、この『サラスの旅』さらにダウドの遺した構想をもとにパトリック・ネスが著した『怪物はささやく』も出版され、注目されている作家だそうです。わたしは『ボグ・チャイルド』でこの作家を知りましたが、彼女は生前、貧困地域の学校や少年院などで作家と子どもたちが交流するプログラムを立ち上げたり。様々な理由で本を読む環境にない子どもたちの読書を支援する取り組みに携わっていたそうです。


その3)
今回もう一冊紹介するつもりだった『最後の七月』(長薗安浩著・理論社2010.5刊)は、今夏 再々読した本。これは小学校四年の少年たちの話。これ長崎弁でええかんじ。方言って「共通語」には翻訳しきれん何かが詰まってるんよね。
ああ、やっぱりもっとしゃべりたい!次回はこの本のことを書きます(つもり)。


その4)
思春期というたら、一番にうかぶ Neil YoungのHelpless~これは映画『いちご白書』から。
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by bacuminnote | 2012-08-20 14:21 | 音楽 | Comments(0)