いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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用があってもなくても。

▲ あいかわらず暑いけど、ふく風にあっと秋をおもう瞬間がある。文字通り「あっという間」のことなんだけど。これがなかなかええんよね。すっかりしなびた花(わたし)もたっぷり水撒きしてもろた気分になる。で、あとはまた延々に暑いんやけど。すこしずつこの「あっ」がふえて、そのうち天も地も熱ひいて、気がつけば秋がすまし顔ですぐ横にいる。(でも、その日よ。できるだけ早くきてください)

▲ この間ツイッターで思いもかけず大分県は日豊本線・佐伯(さいき)駅と、佐伯市内に古くからある書店の写真をみつけた。ツイート主は 夏葉社さんという出版社(←ファンです)の方。
佐伯は旧友のジッカの最寄り駅で、18のとき初めて彼女の帰省時にくっついて夜行列車で降りて以来、数えきれないくらいに乗り降りした駅だ。彼女の家は駅から海沿いを車で二十分ほど行ったところの小さなまちだった。

▲地図でたしかめたら件の書店は佐伯鶴城高校のそばで、ここの卒業生である友の案内で何度か歩いたことのある落ち着いたええ感じの通り。
彼女も結婚してとうに九州を離れ、遊びに行くたびに「あんたは魚好きやけんね」と、山盛りのお刺身や煮魚をふるまってくれたおかあさんも、おいしいお茶を丁寧に淹れてくれたおとうさんも、二人共今はもう遠いとこに行かはった。

▲ 写真を眺めて なつかしく佐伯のこと、そしてかつては彼女が足繁く通ったであろうその書店に思いを馳せながら、ふとわたしが通ったあの店この店、まちの本屋を思いうかべる。
生家近く煙草や文房具も一緒に売ってた本屋。お年玉をもらった時は電車で駅三つ向こうの本屋。

▲学生時代は下宿近くのバス停前の古書店。
用があってもなくても、お金があってもなくても。いつも寄っていたわがセイシュンの京都書院。
丸善も駸々堂にもよく行ったし、就職するつもりだった京大正門前のN書店も忘れられない。(←この四店全部いまはもうない)
相方と待ち合わせはいつも梅田・紀伊國屋の詩と美術書のコーナーやったし。
ほんまに本屋の思い出は尽きることがない。

▲ そういえば。
高校の近くにあった本屋は入り口に大きなスチールの棚があって、そこに通学カバンを置いて入店するようになっていた。始業式のあとだったか、初めてその店に行った田舎育ちのわたしや同じ中学校の友だちは「万引き防止」ということがわからず、入り口付近で「なんでやろなあ」と話した。そして、その意味がわかったときから、わたしはもう一軒の小さな本屋さんに行くようになった。

▲ 一昨日読んだ本の一作目は井上ひさしのエッセイで、その名も『万引き』というものだった。(中学生までに読んでおきたい哲学~『悪の仕組み』松田哲夫編/あすなろ書房刊)このお話がとても深く残っている。
中学3年の春、転校先の一関市の書店で井上さんは生まれて初めて万引きというものをする。必要に迫られていたわけでないのに、定価五百円の英和辞典を上着の下に隠してしまう。

▲店番をしていたのは、細淵眼鏡のおばあさんだった。何故にそんなことをしてしまったのか、その時もその後も井上さんはよく分からないでいるが、
【とにかくわたしは硬い辞典の冷たさを下着を通して感じながら震えて立っていた。】
すると「坊やにお話がある」「ちょっと奥へおいで」と、いつのまにか横にいたおばあさんが言う。
代わりに店番に立ったおじさんが「警察に連れて行こうか」というのを制して おばあさんは裏庭の見える縁側の前に井上さんを押して行った。そうして促されて英和辞典を震えながら差し出すと、おばあさんはこう言うのだった。

▲【これを売ると百円のもうけ。坊やに持って行かれてしまうと、百円のもうけはもちろんフイになる上に五百円の損が出る。その五百円を稼ぐには、これと同じ定価の本を五冊も売らなければならない。この計算がわかりますか】
こわごわに頷くとおばあさんは続ける。
【うちは六人家族だから、こういう本をひと月に百冊も二百冊も売らなければならないの。でも、坊やのような人が月に三十人もいてごらん。うちの六人は餓死にしなければならなくなる。こんな本一冊ぐらいと、軽い気持ちでやったのだろうけど、坊やのやったことは人殺しに近いんだよ。】

▲ 縮み上がる井上さんにおばあさんは庭の隅に積んであった薪(たきぎ)の山を指して、あれを割って行けば勘弁してやると言うのだった。死にもの狂いで薪を割ってあらかた片付いたころ、おばあさんはおにぎりを二つ載せた皿を持って現れた。「よく働いてくれたね」と労をねぎらうと、井上さんにお金を七百円差し出してこう云った。

▲【「薪割りの手間賃は七百円。(中略)七百円あれば、坊やがほしがっていた英和辞典が買えるから、持ってお行き。そのかわり、このお金から五百円、差っ引いておくよ」
このときわたしは、二百円の労賃と、英和辞典一冊と、欲しいものがあれば働けばいい、働いても買えないものは欲しがらなければいいという世間の知恵を手に入れた。まったく人生の師はどこにでもいるものだ。もちろん、それ以来、万引きはしていない。また薪割りをするのはごめんだし、なによりも万引きが緩慢な殺人に等しいということが、おばあさんの説明で骨身に沁みたからである。】

▲ このエッセイを読みながら、わたしは高校近くのあの書店を思い出していた。結構大きな店で、今のように監視カメラもなく、周囲には高校だけでも三校はあって、万引きには苦慮してはったんやろうなと思う。
本も多く、センセの推薦の参考書とかもあったから、仕方なく行ったこともあるけど。本屋好きのわたしが、しかし、どのへんにどんな本が、という記憶がまるでなく、ただ入り口のカバン置き場だけが印象に残っている。

▲それにしても。
このおばあさんのきびしく現実を見据える眼と知恵と、それから深いやさしさに胸をつかれる。そして自分がもし店番してたらと思うと、はたしてどんなことが言えるやろう、といま考えこんでいる。



*追記

その1
『悪について』はサブタイトルにあるように中学生前後の子どもが読めるように、難しい漢字にはふりがな、注釈もついて、中の感じはちょっと教科書風ですが、遠藤周作「善魔について」や星新一「七人の犯罪者」それに吉野せい「いもどろぼう」から埴谷雄高「政治について」まで 全部で18編。おもしろいです。
上記「万引き」はもともと『小説現代』連載エッセイで、これを単行本化した
『ふふふ』
(講談社刊)にも収められているようです。


その2
そうそう。
夏葉社さんの2013年の新刊予定は、各地のまちの本屋さんをめぐる『本屋図鑑(仮)』という本だそうです。
いいですねえ。どんな本屋さんとお店のひとが登場するか、とてもたのしみ。



その3
お気づきの方もいてはるかも、ですが「次回書く」というてた本のことを書くつもりが、またまた二三日前に読んだ本のことを書いてるうちに時間切れ。ほんま、いつもなかなか目的地にたどり着きません。

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by bacuminnote | 2012-08-28 21:23 | 本をよむ | Comments(0)