いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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たねとなって。

▲ 起きたばかりなのに、なんだかもうくたびれつつ(暑いし、ね)窓を開けたら、朝顔の花が見えた。わあ、咲いた、咲いた。ちょっと来てみぃ、と大声あげて相方を呼ぶ。
去年とった種を庭のすみっこに何気なく蒔いたのはいつだったか。芽が出て双葉になってツルがのびるあたりまで順調だったのに。その後一向に咲く気配がなく、このまま夏終わるんかなあ、とそのうち水やりもしたり しなかったりで。(ごめん!)けど、そんな間にも朝顔は「開花」に備えていたんやね。
窓から眺め、外に出てまた眺める 涼し気な「あおむらさき色の花」ふたつ。いっぺんに力わく朝となる。おおきに。

▲ それにしても暑い。
8月ってこんなに暑かったかなあ、と30年前のお産の8月や、その子が10歳のとき 北米への長旅をした8月を思う。
そういえば、このまえ『ニューヨークの思い出は、10歳の時に親とバックパック背負ってエンパイア・ステートビルを見上げたこと』と息子が某所で「つぶやいている」のをみつけて、ちょっとびっくりした。せやかて、あの子ゆうたらね(と、とたんにおかあちゃんになるわたし)この時の話が出ると、たいていは「覚えてへん」と言うので、そのつど「へえ、そんなもんか」と気落ちしていたのだ。

▲ でも思い返してみるに、旅の一番の目的はカナダに移住できないか視察・考察(←おおげさ。結局はただの旅行になったのだが)であり、二番目はカナダのパン屋を訪ねるのなら、そのリポートを書いてみないか、とA新聞から言うてもらったこと。だから、子どもの喜びそうな所に行くこともあまりなかったし、英語がだめな親は「目的地に行く」ことすら思うようにはいかず、毎日毎日「宿探し」が目標みたいな旅やったし。いや、そもそも「思い出作り」(苦笑)なんてモンのために旅したわけではないのだ。「すぐに忘れるんやなあ。ほんま連れて行き甲斐が ないわ~」とか言うて、ぼやくおかあちゃんの方が間違ってる、と反省してみたり。

▲ とまあ、そんなわけで、あの日着いたばかりのNYで親子三人(当時はまだ下の子が生まれていなかった)見上げたエンパイア・ステートビルを 息子が覚えていたことに、じんときたのだった。つぶやきは「次の日に最上階に行くはずが腹痛と発熱で断念」と続いていた。そうなのだ。伊丹からまず韓国に飛び一泊、韓国からNYへ、という旅程だったのだが、どうやら前夜「カライけど、めちゃうまい」といっぱい食べたあれやこれやが息子とわたしのおなかを直撃したのであった。

▲ 相方はひとり無事だったけど、そんな妻と子を置いて一人で出かけるわけにもいかず、三人三様あこがれていたNYは着いた日の夕方歩いただけで、あとはずっとホテルの中だった。このホテル、ピッツバーグの友人のお父さんがよく使うというので予約してくれたこじんまりしてるけどえらく上品な所で。(息子も日記に「今日のホテルは上等でした」と書いてたのを覚えてる・・・笑)そんな宿に日本からのバックパッカーの親子が、チェックインしたまま出てこないというので、ホテルのマネージャーから部屋に電話がかかってきた。

▲ たぶん「何事かあったのか」と心配しての電話だったのだろうけど。まいった!何たって本に載ってないようなややこしい英語の会話は不可能なのだ。「えっと、ええっと『ゲリ』ってどう言うんやった?」と受話器ほっぽり出して三人辞書とりかこんで、しどろもどろで説明(したつもり・・・泣)
夕方には少し元気も出て、相方がとったルームサービスの夕食をちょっともらって一息。

▲こんなことなら昨夜エンパイア・ステートビルの最上階まで行っておけばよかったなあ(クローズしてると思いこんで「また明日」と引き返したけど、調べたら8時までだったのだ)と悔やみつつも、翌朝は早々にピッツバーグの友人宅に行くべくホテルを出た。それでもグランドセントラルステーションに向かって軽やかに歩き、みじかい道中ながら、あっち見てこっちのぞき。そうそう、この時 旅に出てはじめて写真も撮ったんよね。

▲昨日は残念やったけど、無事おなかも治ったし朝食でも食べていこうや、と駅構内のショップを見て。「あ、でも、その前に念のために乗り場だけ確認しとこか~」と切符売り場の人に聞いてみた。ん?何か早口で言うてはる。なんかわからへんけど「否定」の雰囲気は感じる。それで「すみませんけどここに書いて下さい」と紙を差し出すと「PANN STATION 33th st.なんたら・・・」と書いてくれたんだけど。
「え?何?どういうこと?ここグランドセントラルやのになあ」と相方とわあわあ言うてたら、後ろに並んではった男性が「その電車はこの駅発じゃなくPENN駅からだ、って言ってますよ」と日本語でやさしく教えてくれはった。

▲ ひぇー。「そ、その『ペ』なんとかっていう駅って、ここから遠いんですか?」「タクシーでどれくらい?そんでもって・・・」日本語になったとたん饒舌になるわたし。NYからピッツバーグまで9時間。日に2本きりの電車なのに朝の便に乗り遅れたら、むこうに夜中着になってしまうんやもん。「ゆっくり朝ごはんでも」と言うてる場合やないのである。「わあ、ほんま。おおきに。助かりました。よっしゃ、早よ行こう」と三人リュックゆらしダッシュしてタクシーに乗り込み、ああ無事ペンシルバニア駅(ペン駅と当地では言うらしい)に到着。・・・と、まあ、騒々しくもこれが「わたしのNYの思い出」だ。

▲ 「また、ぜったい来ような」とあとにしたNYだったけど相方とわたしは行けないまま。 旅慣れない親にふりまわされた少年は その後地球をぐるぐる回るうちに 旅を企画、準備する側の人になり、NYにも何度か再訪しているようだ。「忘れた」とか言うてるけど、はっきり記憶にのこっていなくても、子どものときに出会ったものやひとたちが、たねとなって、水や日光の力を借りて、忘れたころにぽっと花咲いたら愉しいなあ。
今朝のあおむらさき色の朝顔みたいに。
ともあれ、あの夏の旅から20年。早い。君も今日でもう30やね。
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by bacuminnote | 2010-08-25 21:10 | 出かける | Comments(0)