そんなものかもしれない。
2011年 06月 22日
▲ 父はわが子を可愛がるより自分のことを大事にされたい人(たぶん)だったので、小さい頃は怒ってるか、出かけていないか、の父親像しかなく、たのしい思い出はほとんどない。
だから、子どもたちは仕事の合間にほんのわずかな時間 連れて行ってもらった奈良のドリームランドがいつまでも忘れられず、母の留守に仕方なく作ってくれたバターライスだけの夕飯や、家族に、というよりは父自身が食べたくて大阪で買って帰るシュウクリームとエクレアのカスタードの夢みるような甘さが、今もしっかり残ってる。
▲ そんなふうだから、四女のわたしだけでなく姉たちもまた「父」にはどこか屈折した思いを持ってきたのではないか、という気がする。
学生時代、友だちの家に泊めてもらったら、娘の友だちが来るというので箱いっぱいケーキを買って帰ってくれはったお父さん。アパート住まいの友だちを「近くまで来たから」と寄っていくお父さんにも。結婚式で友のウエディングドレス姿に大泣きだったお父さんにも、当時のわたしはただただ羨ましかったんだけど。
後になってよくよく聞くと、一見 仲のよい父娘の間にもみなそれぞれに愛憎劇(苦笑)があり。そもそも父と娘とは、親子とは、そんなものかもしれない、とようやく思えるようになった。
▲ 今年はじめだったか『父・山之口貘』(山之口泉著・思潮社1985年刊)を読んだ。貘さんは高校生の頃からすきな沖縄の詩人で(パン屋のなまえ「麦麦 ばくばく」にもそのきもちを込めたつもり)これは貘さんがミミコと呼んで可愛がってはったという一人娘の泉さんによる父の思い出を綴った本だ。貘さんの貧乏は有名だけど、ほんまに貧乏で(というのもおかしいが)、そんな暮らしぶりと詩人・山之口貘を泉さんが、娘でありながらきわめて冷静に書いていて、すごいなと思うと同時にずしんとこころに響く作品だ。
▲ 貘が一編の詩を書き上げるまで、推敲に推敲を重ねることはその詩にもあるし、他の人が書いたもので知っていたけれど、これほどまでに厳しくむきあっていたのか、とあらためて思った一節がある。
父(貘)の仕事中、母は口をきくこともひかえ、忍び足で歩く。幼い泉さんは父の仕事が終わって自分と遊んでくれるのをじっと待っている。
《机に向かっている父の姿は、まるで、一匹の固い甲羅をもつ河童のようである。その冷たい甲羅に血が通いはじめ筋ばった広い背中の緊張が緩んでほどけると、父は、やっと、私の遊び友達にかえるのだ》
▲ ある日、泉さんが待ちくたびれ退屈しながらそんな父の背中を眺めていたとき、父のペンを走らせる手が一瞬止まり、二、三度首を動かしたのだそうだ。きっと肩が凝ったのだろうと、気をきかせたつもりで泉さんが駈け寄って首のうしろをとんとんと叩いた。
▲ それから泉さんは仕事中の父のそばには近づかなくなり、遊んでもらおうと、後ろ姿を眺めて待つこともしなくなったそうだ。それでも《遊んでくれるときの父は、相変わらずいたずらっぽく剽軽(ひょうけい)だったが、私の心の底には原稿を書いているときの父の厳しい表情が焼きついて離れなかった。だから、少し大きくなって父の書いたものを読めるようになったとき、私はとても不思議に思ったのである。こんな変てこなおかしな文を書くのに、どうして父はあんなにおそろしい眼つきをするのだろうか》
(以上、引用は「最初の記憶」p11~12)
▲ 一間きりの間借りという環境で、詩人一家の生活はどんなものだったのだろう、と想像しつつも「こんな変てこなおかしな文」というくだりに、貘の詩を読む少女の頃の泉さんを思って笑ってしまう。
わたしのすきな詩ひとつ。
《土の上には床がある/床の上には疊がある/疊の上にあるのが座蒲團でその上にあるのが樂といふ/樂の上にはなんにもないのであらうか/どうぞおしきなさいとすすめられて/樂に坐つたさびしさよ/土の世界をはるかにみおろしてゐるやうに/住み馴れぬ世界がさびしいよ》
(『定本 山之口貘詩集』原書房刊)
*追記
わたしが読んだ『父・山之口貘』はすでに廃刊となっていますが、今年1月 同じ思潮社から新版 『父・山之口貘』 が出ています。
同じく詩集も昨年末 原書房から新装版がでました。『 定本 山之口貘詩集』