いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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「みんな ちゃんと知ってゐる」

▲ この間からちょっと体調をくずしてサエへんけど、今日も籠もってるのがもったいないようなええお天気で。庭に出て洗濯物を干す。相方とふたりの暮らしになって何もかもサイズダウンして、洗濯も二日に一度でじゅうぶん。
ときどき干す手をとめながらお隣の八重桜を見上げる。もう紅くなく枯れもせず、今のこの色かげんがすき。秋の空の淡青に映えてうつくしいこと。

▲遠く近くに、カーンカーンと耳にいやな金属音がひびく。駅に行く途中にあった社宅が壊され、又新しい背の高いマンションが建つんやて。でも、まあ、そうして老人の街と化しつつあったニュータウンは、かつての賑わいをとりもどすのかもしれへんけど。
まだ住むことのできる建物を「壊し」新しいものを「建てる」ことに 平気ではいられない。
そんなこんなを思ってぼーっと突っ立てたら、いつのまにかもう洗濯カゴは空っぽ。ついでにしゃがみこんでそのへんの草を抜く。
『草枯れてなお下草の小さき青』(小沢昭一句集『変哲』所収)

▲ 先日ひさしぶりに電車やバスに乗って出かけた。
と言うても、考えたら全部あわせても30分ほどの移動で、相変わらず行動範囲のせまい自分に苦笑。
行き先はこの前の「追記」にも書いた富士正晴記念館のある茨木市中央図書館。ここで岡崎武志さんの講演会(「富士正晴と上京しなかった文学者」)があり、旧友Jがずいぶん前から「いっしょに行こな」と誘ってくれた。たしかに。そんなことでもないと、なかなか出てゆかない「でぶしょう」(←二つの意味で)やからね。

▲ この日、朝は冷え込んでいたものの、真っ青な空に綿菓子をうすーく引き伸ばしたような雲がきれいな暖かい午後となった。
「帰りは寒いし、あんた冷え性やし温い格好してこなあかんで」とJがまるでお母ちゃんの如く 念をおして言うてくれたせいにするわけではないが(苦笑)いっぱい着込んで行ったので、バスの中はちょっと汗ばむほどだった。
そういうたら、山田稔さんが初めて富士正晴記念館を訪ねた日もええお天気やった、と『富士さんとわたしーー手紙を読む』に書いてはったよなあと、バッグからごそごそノート(ねた帖)を取り出して繰ってみる。(→あった!)
『その日は秋の最後を飾るにふさわしい思わず溜息の漏れるほどの快晴であった。ふむ、正晴であるわいなどと下らぬ冗談を私は胸のうちでつぶやいたものである』(1994.11.30)

▲ よく知らない町のバスは、それだけでもうなんか遠足気分でわくわくする。そや。ダブリンにパリにシチリア、と行ってみたいとこはなんぼでもあるけど、とりあえずその辺をバスで気ままに、というのもええなあ、とコミさん( 田中小実昌)のあてどなき路線バスの旅をおもったり。
なんせ、ひさしぶりの外出やからね。もしかしたらわたしってほんまは出かけるのすきかもなあ、と窓の外行く人や車を眺めて。「あ、バス賃いくらかなあ」と前方の料金表を確認して、ふと斜め前の席の年配の男性が目に入った。
グレイのハット、モスグリーンの上等そうなウールのジャケットにはエンジの細くて大きめの格子が入ってて、ずぼんはそれよりやや薄めの同系色。ベージュっぽいシャツに襟元のワインレッドのスカーフが色白のお顔によく似あってはる。

▲ 若い人のファッションも楽しくて見るのがすきだけど、年を重ねた人の正統派のおしゃれは目の保養。ええ感じやなあと、後ろの席から見とれてたらその方が突然腰をあげ、わたしの座席前に立たはった。どきん。いや、わたしに用事やのぅて、わたしの席の上に貼ってある路線図をご覧になられた、のである。で、その瞬間、あれ?と、この間インターネットでみた山田稔さんの写真と、目の前の老紳士が重なった。
とたんに動悸が早くなる。もちろん「ファンです」とも「今日は”正晴”なお天気でよかったですね」なんて冗談など言えるわけもなく。あかくなって(たぶん)うつむいてる間に、元の席に戻られた。ふうう。

▲いや、じつはJから山田稔さんがこの会にお見えになるらしい、ということは聞いてはいたのだけれど。まさか(こころの準備もできていない)道中のバス中でお見かけするとは。
やがてバスは図書館前に到着。先に降りはった姿勢のよい老紳士の後をしずしずと歩く。が、わたしは歩くのがけっこう早いので、すぐ追い越しそうになっては足踏みしたりして、歩き方がぎこちない(たぶん)。
さて、ようやく記念館に。氏は事務室へと入って行かはった。「やはり」山田稔さんだった。
とにかく、わたしはあこがれの方が見えなくなって、心底ほっとして(←ふくざつなファン心理ではある)記念館の展示を安心して見始める。

▲ 入り口には富士正晴の大きな写真。ええ顔してはる。入ってすぐの壁際に記念のスタンプを押すテーブルがあり、何気なく壁に掛けられた額を見上げた。『大事』という詩が富士正晴の特徴のあるええ字で書かれていた。てっきり富士正晴の詩かと思ったら最後に田内静三とあった。ずんとくる。けど、講演会までの時間もせまっていたし、まずは展示を見て回ろうと前に進み始めた。今季の企画は庄野潤三の書簡など。ところがさっきの『大事』が頭から離れないんよね。

▲そのタイトルも印象的だったし、書かれた時期はもうずいぶん前なのだろけど。「みんな ちゃんと知ってゐる  然し誰も口に出さない 大事はしゃべらない」というところなど「いま」に重なり、するどく刺さるようで。結局すぐまた入り口にもどって 『大事』の前に立った。知らない詩人の名前、この詩が収められているのが自家版詩集ということもあり、家に帰ってから調べることもできないかもしれない。もう会えないかもしれないと思って立ったままノートに書き写した。(活字ではないので わたしの写し間違いがあるかもしれません。お気づきのことがあったら教えてください)

▲『ちゃんと知ってゐながら / よく判ってゐながら / しかも 凝っと 黙ってゐた / だが 何とも 我慢し切れなくなって/ 云った 教へた / さうして左様いふ人達は / 殺された 火あぶりにされた / みんな ちゃんと知ってゐる / 然し誰も口に出さない / 大事はしゃべらない / 何故 / 大人はやられる / 子供は / 子供は羞しいから』
(昭和52年刊 自家版『悼耄』より 富士正晴昭和56年3月書)


▲時計をみたら、もう五分前であわてて講演会会場の二階に移動。あ、でも、そういえば「現地集合」のわが友Jはどこにおるんやろ?と見わたすも姿なく、始まる直前に息せき切って登場。なんと道を間違えたらしい。(笑→さすがわが友)
岡崎武志さんの講演は大阪弁(大阪枚方のご出身)で、文学のことだけでなく、かの小沢昭一さんにインタビューされたときのエピソードや、古本屋で求められたという名も知れぬ方の新聞小説を切り抜いて綴った本!を会場に回し見せてくれはったり。終始笑い声あふれて、おもしろくて温かな会だった。
新著『上京する文學』は、講演の始まる前に思いがけずご近所書店のNさんに出会って(つながって つながって)分けていただいてこれから読むところ。

▲講演会のあと館長さんに富士正晴の本(『心せかるる』中央公論社刊)に田内静三のことが書かれている旨 教えていただいた。
Jの誘いで二次会にも参加させてもらったんだけど、たまたまお隣に座ってはった方(前回コメントくださったMさん)に記念館でであった詩の話をしたら、田内静三の詩集を何冊も持ってはる方でびっくりしたりうれしかったり。MさんやJのあついつよいプッシュで(あかんたれですからね。恥しくて穴にこもってたかったけど)山田稔さんのテーブルに行って氏の本の読書メモがいっぱいのわたしのねた帖(アガって新しい頁を開けることも思いつかず、岡崎さんのお話にあった『移動図書館ひまわり号』(前川恒雄著)のメモ書きの下)にサインしていただいた。
見るもの、聞くもの、話すことぜんぶ本・本・本の一日。
帰りはJと一緒にわが家に。しゃべりしゃべりしゃべっての一夜。
いつもしずかにひっそりと暮らしてるから。ほんま、激動の一日であった。(笑)




*追記

その1)
上記の詩について。
まず詩集『悼耄』は 「とうもう」と読むのだと思います。
この「もう」という字が めちゃ難しくて(「老」という字の下に「毛」と書く。おいぼれるという意)老眼にはたまらん難読漢字で(苦笑)調べるのにえらい手間取りました。
(まさしく 小沢昭一の俳句「疲労こんぱいのぱいの字を引く秋の暮」的こころ~であった。)

「四書五経・礼記」には人生を十年ごとに段階づけて身心の成長を書いていて、七年なるを「悼」といい「耄」(八十・九十年)は罪有りといえども刑を加えず。と書いてあるそうです。

もう一点 
『ちゃんと知ってゐながら / よく判ってゐながら / しかも 凝って 黙ってゐた 』の「凝って」というところ。
わたしは最初「疑って(うたがって)」という意味かなと思っていたのですが、書には「凝って」とあったと思うのです。
ここにどうしてもひっかかり、おもいきって今日富士正晴記念館に電話で問い合わせました。館員の方がその場で額を確かめてくださり、やはり「凝」という字に間違いないことがわかりました。ただ、「こって」となると、詩の意味もすこしかわってくるわけで。

先ほど記念館からお電話をいただき、原本は記念館にはないようなので、府立図書館から取り寄せ調べてお返事くださる、とのことでした。ありがたいです。またリポートします。


その2)
今読んでいる『心せかるる』(富士正晴著 中央公論社1979年刊)にあった田内の詩を一編書き写してみます。

 「哀悼」
いつかかうして / しづかにならう / しずかになつて / 運ばれてゆかう
いつかしづまり / とほくへゆかう / 運ばれてとほく / わかれてゆかう



*追記の追記 (11.10)

昨夜 追記その1の「凝つて」の読みについてMさんがコメントしてくださいました(感謝!)
わたしはずっと「◯つて」と思い込んでいたのですが、Mさんのお考えでは「凝つと(じっと)」ではないか、とのこと。わあ、なんで気づかなかったんやろ~書き文字で「つ」と「と」は似てますもんね。
「凝つて」をめぐって相方といろいろ推理(苦笑)していたのですが、霧が晴れたようなきぶんです。
でも、記念館からのお答えも待っています。


11.15
富士記念館から詩集『悼耄』(とうもう)についてお返事がありました。

「凝つて」ではなく「凝つと」→「じっと」と読む。(本文中書き写した詩もいま訂正しました)

「左様いふ人達は」は「そういう人達は」と読む。
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by bacuminnote | 2012-11-09 18:12 | 本をよむ | Comments(0)