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いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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揚げたての天ぷらの店だってあった。

▲到着のアナウンスと共に電車の扉が開きホームに降り立つと、ちょっとひんやりした空気に姉と「やっぱりよしのやなあ」と顔をみあわせた。
タクシーに乗り込んで川沿いの道を走るはずが、お盆休みの最後の土曜日のせいか、いつもだったらスイスイ進む道がえらく渋滞しており、機転をきかせてくれた運転手さんが旧道へと引き返してくれはった。

▲「今日も暑いでんなあ。けど昨夜(ゆんべ)なんかは、夏布団やったら、もうちょっと寒いくらいでしてん。か、いうてなあ、冬のんでは、まだ暑いしなあ・・」おなじ関西とはいえ、わたしの住む大阪でもなく、姉の住む奈良のでもない、故郷(ここ)のことばがそれらとどうちがうか、説明するのはほんまむずかしい。でも。こういうの聞くと「ああ、よしのに帰ってきたなあ」というきもちになる。

▲子どものときも若いときも。
その山間の言葉遣いの野暮ったさや田舎くささが嫌で、わたし同様たいていの子は高校生になって「まち」へと電車通学を始めると、みな知らず知らずのうちに、なんとのぅ大阪弁っぽい言葉(苦笑)をしゃべるようになるんよね。
当時は家が吉野というだけで、「山奥から出てきた」というふうに言う人が、まだけっこういて。口の悪い教師が「吉野の山猿」と笑うてたことなんかは、いまだに思い出すたびカッカする。
田舎の、山奥の、どこがあかんのん!と思いながら、一方では「垢抜けた」都会の子にあこがれて、身も心も「まち」へ「まち」へと向いていたあの頃の自分が、あほらしゅうて、腹立たしくて。そして哀しい。

▲ 旧道を通るのは久しぶりだった。
もうずいぶん前に店終いしはったお店屋さん。姉の友だちの家、同級生や、センセの家。住む人をもたない家が続いて、胸がいっぱいになる。昔は魚屋も八百屋もパン屋に食堂。おもちゃ屋に金物屋、わたしのだいすきな本屋。洋装店や紳士服の仕立屋さん。そうだ。揚げたての天ぷらの店だってあったんよね。

▲でも、キミはそんな小さな商店のならぶ「田舎まち」より、何でも揃う都会がよかったんやろ?と自問。そうやなあ。そやったんよなあ。友だちの誕生日のプレゼント買うのだって、ここより駅3つむこうのまちが洒落たものがあった。そのうち、高校のあるまちに。やがて大阪や京都に出ることを好んだ。
運転手さんが言う。「ここら、まだましなほうでっせ。そういうたら◯駅前の売店も、もうなくなったし。◎の駅前の商店街なんか見てみなはれ。シャッターおりた店ばっかしでっせ」

▲ この春、母の見舞いに来たときは確かにあった◯駅の売店を思い浮かべながら、姉とふたり、なんだかしゅんとなってたら、川が見えた。
いつ来ても、どんなときも、川が見えるとほっとする。
姉もわたしも、夏休みは雨とお盆以外、毎日毎日およぎに行った川。むかし一緒におよいだ友だちと、このあいだ電話で話したとき「海もプールもええけど、川で思いっきり泳いだあと、家に帰って、水着とタオル干したら、ごろーんと昼寝。あれ、きもちよかったなあ」と盛り上がった。

▲ そのくせ、夏休みの一日の予定表(円グラフ)にかならず書かされた「ひるね」が嫌でしかたなかったんやけど。「子どもはええなあ。昼寝しい、って言うてもろて。わたしが替わってやりたいわ」と笑って母が言うてたのをおもいだす。
いま地元の子は皆ガッコのプールで泳ぐ時代やもんね。
車窓から川原に色とりどりのテントと車がずらりとならんでいるのが見えた。


*追記
その1)
昼寝でおもいだしたけど、以前「おんなの昼寝」という脚本家の故・市川森一さんのエッセイについて、 ここに書きました。

その2)
きょうはこれを聴きながら~
"Ca va, ça vient"がすきで、utubeで探してたらみつけました。
"Ca va, ça vient"とは、フランス語で"行ったり来たり”という意味だそうです。
Chloé Lacan, Oldelaf & Nicolas Cloche(→うたは1’20”過ぎから始まります)
ごぞんじPierre Barouhがうたうのは
MERLOTは
by bacuminnote | 2013-08-20 00:26 | 音楽