いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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しらんまに九月は終わって。

▲ 若いときは田舎ぎらいだったわたしも、今は目をつむれば自然に吉野の山と川がうかぶ。パン屋を始めた滋賀・愛知川で暮らしたあとは、車中から近江富士が見えると「ほぉ〜」と声がでて思わず立ち上がりそうになって。
信州・開田高原での13年近い日々には「おやま」(御嶽山のことをこう呼んだ)はいつもそばにあったから。その姿はくっきりと自分の中にきざみこまれてる。

▲ 郷愁のおもいに傾きやすいのは歳のせいやろか。いや、年齢や、好きとか嫌いとかの前に、山も川もあたりの空気もみな。わたしのからだの中の深〜いとこまで染みこんでいるんやろなと思う。
そして、そのどちらも身近にない街暮らしをしている今、ときどき河童のお皿がからっぽになったみたいなきもちになる。

▲先月末から日に何回も「御嶽山」のニュースや写真をみてそのつど胸がつまる。
噴火のその日と翌日と、ふだんは連絡してこない息子ふたり(!)からも電話やメールがあって。何度も引っ越しているけれど、あの子らにとっても開田はたいせつな故郷のひとつなんやなあと改めて思った。
かの地の友人たちからそれぞれに近況と「大丈夫」の返信が来てひとまず安堵のあと、でも、やっぱり気持ちはずっと落ち着かない。
かつて麓の村から毎日のように眺めてた、つねに思い出の背景にあった穏やかな「おやま」の、もうひとつの顔。改めて山は(も)生き物と思う。でもどうか早く鎮まってくれますよう。そして、亡くなられた多くの方々にはただもう手をあわせるばかりです。

▲ どきどき、ざわざわした思いのなか、しらんまに九月は終わり十月になった。
そろそろ扇風機がじゃまになって、片付けようかと思ったら、夏が戻ってきたみたいに暑い日もあって。よけいに身の持っていきどころがないような、宙ぶらりんな毎日だ。
そんな中〜9月1日から始まった毎日新聞(大阪本社発行版)連載童話『蝶々の木』(岩瀬成子 文 / 長谷川集平 絵)も30日で最終回となった。
だいすきな岩瀬さんと長谷川さんのコンビの作品。でも新聞は購読していないので、図書館で読むか〜と思ってたんだけど。図書館に行くと新聞コーナーはいつも満席で。そしたら、ご近所さんが「一日分やったらあっという間やろ」と、4〜5日分まとめて郵便受けに入れてくれることになった。(感謝!)

▲ 物語は夕方 川辺にひとり腰をおろし、川を眺めながら主人公の麻里生が泣きべそかいてる場面から始まる。
川面はつるつると平らで、川は流れていないように見えた。たが、じっと眼をこらしていると、ゆっくりと水は移動していた。 日が暮れかかっていた。ぼくの背後の土手に立っている大きな木の影がうっすら川面に写っている。僕もその影の中にいた。

弟が自分のジグソーパズルを無断で持ち出してるのをみつけた麻里生は、いきなり弟を殴ってしまうんよね。
泣いてる弟の肩を抱きながら母は麻里生を怒る。「どうしてそんな子になったの」「四つも下なのに」「6年生にもなって」と自身も泣きながら。それで、麻里生は家を出て来たというわけだ。

▲兄弟姉妹がいてたら、どこにでもありそうなエピソードだけど。この背景には両親の離婚、厳しい父に勉強も運動も、厳しく叱咤されてすっかり萎縮してしまってる麻里生がいる。
岩瀬成子の描く子どもの物語は、読んでるうちに子どもになって。こんな歳になっても自分の中に「子どものころのわたし」が居ることに気づいてどきんとする。

▲ わたしの生家のとなりは化粧品屋さんだったんだけど、ウチの裏に出るとそこんちの裏の木戸があって。
わがままで短気な父親がつまらないことで(←たぶん)怒って、手を上げそうになったりすると、末っ子で要領のいい(と、姉たちから言われてた)わたしは、とっさに裸足で裏に走って隣んちに逃げこむのだった。
隣のおばちゃんには子どもがいなくて、よく可愛がってくれはったんよね。とつぜん裏口から勝手に入って来る隣の子に「あんた〜またお父ちゃんに怒られたんか?」と言うて、おばちゃんは足の裏を雑巾でふいて家に上げてくれた。

▲その後は「まあ、これでも食べ」とお饅頭の皮(近所の和菓子屋さんで薯蕷饅頭の皮の余ったのをよくもらった)やら、おせんべいやら「よばれて」、ガッコや友だちのこと家族の話、いろいろぺちゃくちゃとおしゃべりのあと、機嫌よく家に帰ろうとして、履物がないことにはっと気づき。せやった、せやった。お父ちゃんに怒られてここに逃げてきたんや〜と思いだすんよね。
いかにもわたしらしい(苦笑)とぼけた話だ。

▲病気をくりかえしたこともあるだろうけど、晩年は穏やかで好々爺然とした父で。
わたしは抱っこしてもろたり手を繋いだ記憶もないけど、ウチの息子1がちっちゃかった頃はチャンバラごっこの切られ役から五目並べの相手まで、嬉々としてやっていた。
さいごは肺癌でさんざんしんどい思いして逝ったお父ちゃんやったし、入院中はいっぱい話もしたし。それに苦労かけた母に何度も「おおきに」と言うてたし。
せやからね、子どもの頃のことはもう許したる!と思ってはいるけれど。
昔はどこの父親も多かれ少なかれ、そんなもんやった〜と言う人もいるけれど。
弱いものを力で抑えつけるなんて、絶対にしたらあかんこと。
眼ぇ大きいして小さい子ども相手につまらんことで 手ぇあげたりカンカンに怒ったそのときの父の怖い顔は、今でも忘れることができない。

▲ 麻里生もまた、父親から受けた厳しい叱咤にふかく傷ついてる。ウチみたいに単純なことで怒られると、悪いのはお父ちゃんや!と決めてかかれるけど(苦笑)
麻里生の父親は「おまえのため」と、自分が「良い」と思い込んでいる方向に誘導しようとする。そのつど麻里生は自分はだめなやつ、と落ち込みながらも「なぜ?」と思う。思うけれど、きちんと反論する術もなく、結局父親の言いなりになって もやもやしたものを抱え続けている。

▲それなのに。
自分の弟を同じように殴ってしまうんよね。そして《台風の雲のような怒りの渦巻きはどんどん大きくなって》《おまえはすぐに泣くんだから。泣けばすむと思ってるのか》と、おびえる弟を追い詰める。
こんな場面を読むと胸や胃のあたりがきゅうと縮みそうになる。
でも、彼にも言い分はあって。弟が勝手に持ちだしたパズルは、両親が離婚するまで住んでたまちの学校の友だちが麻里生にくれたものやったんよね。それに父親が厳しかったのは兄のほうだけで、弟に手をあげることはなく。

▲ 物語に登場するのは、この一家以外にもうひとり黒田君という麻里生の友だちがいて。この子《学校の黒田はどことなくぼんやりしている。だるそうな感じというか。内気なタイプではないが、一緒にふざけていたかと思うと、すーっと、いつのまにか1人離れて窓から外を観ていたりする》子なんだけど。
彼の存在が(じつは彼にも「家庭の事情」というものがある)、なんか特別なこと言うたり、したり、するわけやないものの、かたく縮こまった胸をちょっとやわらかくしてくれる。

▲ そんなある日別れたお父さんから「会いたい」と麻里生に連絡があって・・・。麻里生はどうすべきか考える。弟や黒田君に話したり、母に報告しながらも考えて、結局会うことになって。
この間(かん)にも、子どもは少しづつ成長してるんよね。思いきって自分がつらかった時の話をしても、お父さんはちっとも「ほんとのところ」がわかってなくて。相変わらず「子どものため思って」厳しくしてきた、と思い込んでる。
だけど。大きくなり、変わってゆくのは子どもたち。

▲最後、麻里生が弟に導かれて公園の中〜蝶々の木の場面がいい。
「来て」と弟は言って、腰をかがめて木の下へともぐり込んでいった。ぼくもあとにつづく。
2人で木の根元に腰を下ろして上を見あげた。
木の葉の隙間を通して蝶がひらひらと木の周囲を飛んでいるのが見えた。


岩瀬成子さんは、大人にたいして、友だちにたいして、考えれば考えるほど言葉にできないもどかしさに、足踏みしてる そんな子どもを描くのがうまいなあとおもう。
長谷川集平さんの絵も子どもの奥深いところがふっと見え隠れするような表情に、毎回どきどきして。「挿し絵」というより、もうひとつの物語のようで惹きつけられた。

▲ そういえば。
川で毎日遊んだ子どものころ。向こう岸近くに大きな岩があって、そこまで泳ぎ着くのが小さい子が大きい子の仲間入りするというか、ひとつ上に進む目標みたいなものだった。
みんなそれぞれ川の流れを目算して川上のほうから流されながら、その岩を目指すんだけど、思いの外流れは早く、水は冷たくなって、どんどんちがう所に流されてしまいそうになるんだけど。

▲ そのとき、ふと先を見ると年上の子が川の中で立ってるのが見えて。あれ?とうてい背の立たない深さなのに、と思ったら、川面からは見えないけど、川底に岩があってそこに立っていることに気づいた。こわごわ立泳ぎしながら足先で探る。岩は小さくてぬるぬるしており、足にしっかり力を入れて立ってないと流されそうになるんだけど。
もうちょっと先の大きな岩まで泳ぐのに、ちょうどいい休憩地点だったんよね。
『蝶々の木』を読んでいて、その岩のことを思いだした。
岩瀬成子さんの物語が、けっして子どもに媚びることがないのに、そのきびしさに流されたり 沈んでしまわないのは、あの川底の岩みたいなものをそっと置いてくれてるからかもしれない。


*追記

その1)
今日はこれを聴きながら。Brian Eno - By This River→


その2)
この間友人から電話。「ごめん、ごめん。4日も前にメールもらってたのに。本ばっかり読んでて気ぃつかんかったんよ」とのこと。こういう感じ、わかるから頬がゆるむ。彼女をそんな夢中にさせたのは前回ここで書いた内田洋子さんの本とわかって、もっと頬がゆるむ。(ゆるみっぱなし・・)
本のこと書くとき、なるだけすばらしい読書評は読まないようにしてる(苦笑)
せやかてね、そういうの読んだら、わたしなんかが書くことは何にもない、って思ってしまうから。
けど、こんなふうに、わたしにもだれかに何か「手渡せた」と知ることが たまにはあって。
うれしい。ほんま うれしいです。おおきに。


その3)
岩瀬成子さんの本のことは、ここでもよく書いています。
以下、とりあげた書名とブログアップの日付を書いておきます。
『オール・マイ・ラヴィング』2010.12.20
『ピースヴィレッジ』2012.01.09
『なみだひっこんでろ』2012.06.17
『くもり ときどき 晴レル』2014.08.18
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by bacuminnote | 2014-10-04 09:34 | 本をよむ | Comments(0)