いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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とおりすぎてゆく。

▲赤信号で立ち止まったら横断歩道のむこう~黒いかばんを斜めがけしたスーツ姿の若者が、細い顔の半分くらい口開いて大きなあくびをしてるのが見えた。・・・オツカレサマです。
今夏はこの場所であくびの人を何度も見かけた。ベビーカーの赤ちゃんとそのママ、塾帰りの小学生、部活の中・高生。サラリーマンからお年寄り。朝から晩まで一日中暑うて、夜もよく眠れへんし、ほんましんどい夏やったもんね。(←もう過去形にしてもええよね?)

▲このあいだ 盂蘭盆会(うらぼんえ)の法要でお寺にお参りに行ってきた。
12年前、義父の初盆のときは「どうぞ涼しい格好でお参りください」と寺報にあったとおり冷房はなく。それでも開け放たれた本堂に入ると、ひんやり風が通ってゆくのがわかった。青い羽根の扇風機が何台かゆったり回って、あちこちに団扇が置いてあった。
若い法務員さんらは障子戸のむこう 屈んで蚊取り線香に火をつけてはお皿にのせて配ってはって。暑い中 きびきび立ち動くその黒い法衣+白衣(はくえ)姿がなんともかっこよかったので、わたしはしばし見とれてた。

▲そういえば、先日若いお坊さんが『僧衣が黒いのは夏の暑さを引き立てるため。涼しい顔して歩いてやる。』ってツイートしてはって、思わず笑ったんやけど。
たしかに「夏の黒」は見た目はちょっと暑苦しいものの 近寄って見たら(!)紗や絽の透けた夏の法衣って涼し気なんよね。
そのむかし夏休みのたびに訪ねたお寺の友だちんちは〜あちこち部屋の戸やら窓やら開け放ち、風がすいーっと通り抜けてく。籐筵(とうむしろ)に簾(すだれ)、窓辺の風鈴、に加えて、衣紋掛の法衣がゆらゆらしてきれいやった。
そんなこんなを思い出しながら、靴を脱いでふと階段の上を見たら、本堂の障子戸がぜんぶ閉まっていた。いつからかクーラーが入ったんやね。

▲この日は明け方まで雨が降っていたせいか、日中も曇天で過ごしやすく、法要のあとは墓参に。
ふだんは閑散とした墓地だけど、お盆やしね、ひっきりなしにご夫婦で、家族連れで〜たくさんのひとがお参りに来はる。
いつもは高く積んである水汲み場のポリバケツもひしゃくも 残り少なくて、水を汲むにも順番を待つ。あちこちで話し声や笑い声が聞こえてきてにぎやかで。
だれもいないと心細く思うてるくせに、人が多いと「ここはひっそり静かなのんがええよなあ」とかなんとか。あまのじゃくだ。(←わたしのことです)

▲曇天とはいえ、草抜いたりそうじしてたら汗だくになって。帰りは駅まで歩くつもりが途中で足が痛くなってタクシーを拾った。
「今日はだいぶ暑いのんマシですなあ」
「いやあ、この間からの暑いのんには閉口しましたわ」
「朝起きても、疲れがいっことれてへん。仕事行くの嫌やなあ~って、まあ、そんなことも言うてられへんのやけど」
「明日は私も墓参りに行こうと思ってますねん」
60代くらいの運転手さん。どこのお花が高い安い〜というローカル情報まで交換したりして。
ふだんやったらワンメーターの短い時間にこんなにもしゃべることなんてないもんね。これもお盆やからかなぁ。

▲そうそう。
いつだったか、ある有名な方が亡くなられ事務所の発表に英語で" It is with sorrow that we announce the passing of 〜"と書いてあったんよね。
"die"ではなく"passing"(またはpass away)というのは日本語で「死ぬ」ではなく「亡くなる」という言い換えのようなものだと、そのとき知ったけど。「通りすぎてゆく」んやったらつらい別れも受け入れられそうな気がして。そんで、いつの日かわたしも風のようにとおりぬけ、あるいは静かに通りすぎていけたらええなあと思った。
その後「天国は駅かもしれず夏帽子」(阿部知代)という句に出会うて。「駅」という発想にふかく頷く。土肥あき子さんの解説もじんときます。

亡くなった方を悼むとき、残された者の悲しみより前に、病や老いの苦しみから解放されたことに安堵したいと思う。
自由になった魂の行方を思うと、少しだけ気持ちが明るくなる。天国とは、死ののちの出発点でもある。そこからさまざまな行き先を選び、もっとも落ち着く場所へと扉が開かれることを思い、作者はまるで駅のようだと考える。

仰々しい門のなかの最後の審判や、三途の川の向こうの閻魔様の裁きなどとは無縁の軽やかだった人の死に、駅とはなんとふさわしい場所だろう。何も言わず長い旅に出てしまった人に向けて明るく夏帽子を振ってみる。
前書に悼九条今日子。改札には夫であった寺山修司が迎えに来ていたかもしれない。「かいぶつ句集」(2014年6月・第77号)所載。(土肥あき子)
】『増殖する俳句歳時記』2014.8.05→


*追記
その1)
今夏は体調をくずしたり、よくなったと思ったら、膝痛になったり。ほんま冴えない夏でありました。
それでも、信州から友人がたずねてくれて。
久しぶりに明るいうちから「とりあえず生中で!」と乾杯。家族のために立ちっぱなしで粉だらけになって揚げて揚げて揚げまくるんやなくて(苦笑)座ったまま目の前で順番に揚げてもらう天ぷら食べて「もう一杯」とおかわりして、夜は布団並べて修学旅行の夜的時間もたのしかった。

お盆休みには息子2が友だちと帰ってきて〜若い子が加わるとぱっと食卓が(料理は見慣れた"いつものアレ"でも・・)華やいで。しゃべって食べてのんでしゃべって。うれしくええ時間でした。おおきに〜また来てや。

その2)
そんなわけで読んだ本のことも見た映画(DVD)のことも書けないまま。ブログもいつのまにか月2になってしもてますが。なんでもかんでも「また涼しいなってから〜」の今日このごろであります。

その3)
8.15ひこ・田中さんのツイートに加川良『教訓Ⅰ』のことが書かれていました。
「命はひとつ 人生は1回 だから命をすてないようにネ あわてるとついフラフラと御国のためなのと言われるとネ 青くなってしりごみなさい にげなさいかくれなさい」って、あの歌〜わたしはずっと加川良さんの作詞かと思ってたけど、上野瞭さんの作詞だったそうで。→

てことで、改めて『教訓Ⅰ』を聴いています。(下記utubeには上野瞭さんのお名前も出ています)
いや、でも、まさか、44年もたってこの歌をこんな思いで聴くことになるなんて。安保法案反対!


その4)
文化放送 アーサー・ビナードさん『探しています』〜記事だけでなく、ぜひインタビューのロングバージョンも聴いてみてください(新しいものはまだ音声アップされてないようですが)→
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Commented by lapisland at 2015-08-21 00:47
ブログでお墓参りのことが出てくると、
草ぼうぼうの筈のうちのお墓を思って、悲しくなりますが、
どうしようもありません。。。

「天国は駅かもしれず夏帽子」
しみじみとそう思いたい年齢になりました。
このところ、周りの人たちが次々と逝ってしまうので、
私自身はあちらで待ってくれている人たちがいっぱいいると思うことにしています。

加川良の歌、なつかしいですねぇ。
あの当時、反核、反戦、ウーマンリブとなんでもありで活動していた私にとっては、
別の意味で忘れない曲になっています。
「女の腐ったのでいい」とか言うフレーズが繰り返されるでしょう。
あれが、頭に来てましたねぇ。
「何言うてんのや、男の腐ったの!
逃げたり隠れたりばっかりしててもなんにも守れないぞ~!」
とかね。
Commented by bacuminnote at 2015-08-21 10:03
■lapisさん
じつはこのutubeアップするのちょっと迷ったんです。というのもまさにlapisさんご指摘の「女でけっこう」「女の腐ったのでかまいませんよ」のフレーズとその歌い方に、昔も今も引っかかってしまうから。
とはいえ、
ほんま、とんでもないことが簡単に変わってゆくこわさ、息苦しさを痛感します。

すきな俳人(火箱ひろさん)の句に「天高くみんなで道をまちがえる」というのがあって。この俳句、読み方しだいで〜わたしみたいな方向音痴とその友だちらが、秋の青空のもと一緒にどこかに行く途中 うろうろ道に迷ってる図〜とおもうと楽しいけど。
もうひとつの読みをすると、ちょっと絶望的なきもちになります。

by bacuminnote | 2015-08-18 21:29 | 出かける | Comments(2)