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いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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てわたす。

▲冬眠からさめたクマみたいに のそのそ、そわそわと動きまわってる。いつもは白いカレンダーも2月3月と丸印とかきこみがいっぱいで。(←どないしたん?)
ここんとこ続いて近く遠くからひとが会いに来てくれ、わたしもまた珍しく出かけて(この間はなんと東京まで行って来た)。
友だちにそのことをつたえたら「やっぱり(ひとには)会わなあかんね~」とすぐに返事がきて。うんうんと頷く。

▲SNSやメールのたのしさも便利なことも、今や「なくてはならないもの」になってしもてるけど。じっさいに会うて顔見て話すと、いっぺんにキョリが縮まるもんね。そういうきもちの高揚も愉しさも、あ、それから時にしんどかったりするとこも。全部ひっくるめて「会う」ということなんやろなと思う。
一方で、会ったことはなくてもたしかに繋がってるだいじなひともいて。

▲とにかく、そんなこんなで、初めてのひとにも、久しぶりのひとにも出会えたんがうれしくて、食べ(すぎ)のみ(すぎ)しゃべり(すぎ)、くわえて睡眠不足がつづき、案の定体調をくずしてしまった。
根っこがひと好きやしね。ひとが集まると舞い上がり、あげくコケてしまうのはちっちゃいときからで。「あんたはすぐ調子にのるんやから~」と母のためいきが聞こえてくるようやけど。

▲ただ、前に書けなかったことを書けないまま休憩ばっかりしてたら、どんどん忘れてゆくなあと思いながら、今日は整形外科の帰りに図書館に寄ってしまった。これって、なんか試験前に本屋に行ったり、レコード屋に寄ったりと変わらへんね。
そんで、家に帰ってご飯たべたら、ちょっと横になるつもりが借りてきた子どもの本二冊を読むことになって(・・やっぱり)そしたら二冊ともすごい本で。

▲一冊は『ボタ山であそんだころ』(石川えりこ作・絵 /福音館書店2014年刊)
ボタ山とは「石炭や亜炭の採掘に伴い発生する捨石(ボタ)の集積場」のこと。炭坑の町に生まれた「わたし」は小学3年生。たぶんこれは著者の子ども時代~1965年頃のお話だと思う。
「わたし」が3年になってはじめての友だちがけいこちゃんという鉄棒もボール遊びも得意な女の子。二人とも父親は炭鉱で働いているんだけど、読んでいくうちに住んでるところも仕事も違うんやろなあと思い始める。

▲初めてけいこちゃんちを訪ねた日のこと、ふだん「わたし」が親から禁止されてるボタ山のてっぺんに登ったり「どろの川」(石炭を洗った黒く細かい泥の混じった水で川が黒く濁ってる)のブロックを飛んで川向うまで行ったり。どれも「わたし」にとって親にはひみつの初めての挑戦だ。そのときの白黒の絵の迫力というたら。読んでるわたしも(著者と同じ年生まれだ)子どもの時間に戻って一緒にドキドキする。

▲ある日、事務員さんが青い顔して各教室を回って、先生に紙キレを渡してゆく。教室の外では炭鉱のサイレンが鳴り響き、何台もヘリコプターが轟音を響かせ炭鉱の方にむかって行く。けいこちゃんも「しめわすれたランドセルのふたをゆらしながら」他の何人かの子どもたちと校門に急いで走ってゆく。

▲そういえば映画『海炭市叙景』にも、授業中に名前を呼ばれた兄妹がランドセルを背に、心細そうに廊下で立っている場面があったっけ。何度思い出しても胸がしめつけられるシーンだ。
落盤事故やガス突出事故で、あるいは海難事故で突然親を亡くす子どもたち。
この絵本の最後「あとがき」みたいな感じで、著者が子どもの頃「となりの家」のおじちゃんが酔っ払うたびにくりかえし語った話が書いてあった。

【えりちゃん、おぼえときよ、わすれたらいかんよ。山野炭鉱でガス爆発事故が起こった昭和40年6月1日、237人の炭鉱夫が亡くなったんよ。そのとき、237人の夫のいない人と237人のお父さんにいない子ができたんよ。えりちゃん、おぼえておきよ。大事なことばい】
 (三井山野炭鉱 by wiki→)

▲色とりどり鮮やかな絵本の並ぶ本棚で、黒と白の地味な絵本だけど、子どもが手を伸ばさないかもしれないけれど、それなら先ず大人が手にとって読んで、子どもに手渡してほしいと思います。ぜひ。

▲もう一冊は『日ざかり村に戦争がくる』(フアン・ファリアス作 宇野和美訳 堀越千秋絵 福音館書店2013年刊)
そう前回書けなかった講演会の話者、宇野和美さんの翻訳。(ああ、やっとここまでたどり着いた!)
この本1930年代にスペインであった内戦を背景にした物語なんだけど。「日ざかり村」というなんだか日向のにおいのするような村のイメージに、見開きの【戦争にはじめてはない】(ベルトルト・ブレヒト)がいきなり刺さる。

▲幹線道路から外れたところにある日ざかり村は【あまりにちっぽけで、あまりにへんぴなところにあったので、戦争をしかけた将軍の目にとまらなかった。けれども、戦争はあった。戦闘はよその町であった。】
それなのに、いつのまにか【たばこの値がちょっぴりあがったり、新聞がこなくなったりり、バスが二日遅れたりという、いまいましいできごととともに戦争は村にやってきた】(p26)

▲音もなく小さな村に忍び寄って、気がついたら村ごとごっそり侵食してしまう「戦争」を、抑えた筆致で(詩的で声にだして読んでみたくなるような独特の文体がいい感じで)くわえて堀越千秋さんの絵もしずかで不穏な空気をはらんでおり、だからこそ、よけいに戦争の怖さにこころが凍りつくようで。

▲村の人たちの暮らしぶりや、村人一人ひとりの性格や雰囲気が伝わってきて、短いのに密度の濃い一冊で、読後しばらくぼーっとしてしまった。
本のうしろにある「訳者あとがき」が、とてもていねいで(前に読んだ宇野さん訳の本もそうでしたが)政治のこともわかりやすく書かれており、物語の背景を知る手助けをしてくれる。
どうかこの本が子どもにも大人にも届きますように。

【私がこの作品と出会ったのは、、今から十五年以上前のことでした。何年も翻訳したままになっていたこの作品がこうやって出版され、日本で読んでいただけるようになったのは何よりの喜びです】(訳者あとがき 2013年夏)

▲さて、先日の講演会は、図書館にあったチラシ(「スペイン語圏の子どもの本へのいざない 多様な子ども時代に目をむけて」)で知ったのだけど、最初はチラシに挙げられた訳書に知ってる本がなくて(あとで見たら一冊あった)「ふうん」くらいに思って(すみません!)かばんに入れっぱなしになってたんだけど。
ふと気になって調べてみたら、宇野さんの翻訳と知らずに(というか、とくに意識せず)読んでいた本があって(『雨あがりのメデジン』『フォスターさんの郵便配達』『むこう岸には』『ペドロの作文』)そのどれもが深く残っており。なかでも『雨あがりのメジデン』はここでも前に感想を綴ったことがあるのを思いだして「ぜひ行きたい」と思うようになったんよね。

▲先着40名ということでだったので、その日は朝からそわそわ。早めに家を出たら、早すぎたみたいで、会場設営もまだで。(せっかち・・・)
主催が子ども文庫連絡会だったからか、文庫活動してはる関係者の方が多かったように思う。みんな顔見知りみたいに話してはって。こういうときは「ほんまに来てよかったんかな」とかちょっとコドク。でも、宇野和美さんのプロフィールの大阪生まれというのにリラックスして(笑)時間になるのを待った。
この日宇野和美さんのお話で一番残ったのが「手渡す」ということば。
翻訳という仕事は出版社から依頼を受けてするものもあるけど、大半は自分が発掘した本を出版社に持ち込むことから始まるそうで。

▲それが、出しても出しても「没(ぼつ)るんですよねえ~」と自嘲気味にわらう宇野さん。
「これを訳したい」という本を見つけて、出版社(編集者)に持ち込んだあとは、社内の企画会議にかけられ、ようやく本が出版されると、それが書店に並びあるいは図書館におさめられ、読者に。または文庫活動で読み聞かせの後子どもの手に。
手渡して、手渡されて、自分のとこまで届くんやなあ~とお話を聞きながら(ここでも以前引用したことがあると思う)詩人の長田弘さんのことばを思いだしていた。

【対話というのは手わたす言葉だ。翻訳もそうだ】
【翻訳というものの根っこのところにあるのは対話だ。翻訳はいわば一つの言葉ともう一つの言葉のあいだの対話の記録だ】
(長田弘著『自分の時間へ』より抜粋)

▲宇野さんのお話からもうひとつ。
【子どもの本ってどこの国に行っても、子どもがいるかぎりあるもんだと思っていたけれど。子どもの本があるのは豊かで平和な国】 【貧困から抜け出すために本を届ける】 もひびく。
ハンドアウトには宇野さんの訳書が6つのテーマに分けられてたんだけど(1.戦争・独裁 2.対立と和解 3.故郷を離れる 4.貧困 5.家族 6.友だち)とりわけ戦争や独裁政治の中での出版の困難さや、貧困ゆえに本が子どもに本が届かない現実など、本があって当たり前の暮らしをする中で(しかしこの国もまた近い将来そうなるかもしれないという恐れとともに)改めて本と政治について考えているところ。

▲お話を聴いて、教えていただいた(読みたい)本のメモでいっぱいになったノートを閉じ、感想を伝えたいなあと思うも、タイミングとわたしの度胸(!)が合わず、あっというまに閉会となった。
次回の講演の打ち合わせをしてはる宇野さんの背中をみながら、わたしのすぐ横の司会の方に、感想を託して帰ろうとしたら「あらあ、せっかくやから直接宇野さんにお話しはったらよろしいやん。ちょっと、宇野せんせー」と声をあげはったので、赤面(←あかんたれです)
でも、おかげで『雨あがりのメジデン』のことを書いたブログと、長田弘さんのことばを「手渡せた」気がして。
みたされたきもちで帰途、スキップして(あ、きもちだけ!)デパートで旨いソーセージをふんぱつして、バゲットと一緒に買うて帰った。ええ一日でした。


*追記
その1)
山野炭鉱のことを調べていたら、その日のNHKニュースアーカイブの映像がありました。→
ニュースのなかアナウンサーが ”・・・と、事故が相次ぎ、そのつど不安体制の確率が叫ばれながらも、またこのような事故が繰り返されてしまったのです”と言うのを聞きながら、原発再稼動のことを思っています。

その2)
書ききれなかったこと。
宇野さんとスペイン語のことについてのお話で、びっくりしたのはスペインへの留学が宇野さん39歳のとき、しかもお子さん三人連れての留学だったそうで。

【渡航の目的は留学だった。夫ではなく私が、10月から2年間、バルセロナ自治大学大学院に籍を置くことになったからだ。
「3人の子を連れ、夫を日本に残してスペインに留学」と言うと、渡航前も、滞在中も、帰国後も、たいがいの人が仰天した。無理もない。普段ほとんど子どもがらみで接している近所の母親層の目にも、私が3人の子持ちであることを知っている仕事関係の知人の目にも、私は留学の可能性から最も遠くにある人間だっただろうから。】
(宇野和美さんブログ「訳者の言いわけ」~カテゴリー「バルセロナの日々」より抜粋)→
 
いつだかも、ここで若いとき留学したかったなあ、などとお気楽な後悔(苦笑)を綴った気がするけれど。恥しい。結局は「できる」条件(もちろんこれは重要だけど)より、「学びたい」という強い意志と行動力なんやなあと痛感しました。
この留学のお話は宇野和美さんのブログで↑書かれています。続きが待ち遠しいです。そして、いつか本になるといいなあ。本にして下さい!


その3)
あ、『ポー川のひかり』 とうとう書けずじまいでした(泣)
観た映画(DVD)メモ 『コングレス未来会議』(アリ・フォルマン監督)と 『ジプシーのとき』(エミール・クストリッツァ監督)

東京では、帰途たべるpaulのカスクート以外 唯一の買い物は『小鳥来る日』(平松洋子著)でした。

その4)
今日はこれを聴きながら。
音楽ってええなあ。
Gaelynn Lea: NPR Music Tiny Desk Concert→

by bacuminnote | 2016-03-19 15:02 | 本をよむ