天花粉 はたいてあげて。
2016年 12月 08日
11月は「西向く侍」の最後の月やし(苦笑)ここんとこ気温のアップダウンもめちゃくちゃやったし、早ようから街じゅうクリスマスモードやからなあ・・・と、気づかなかった言い訳をぶつぶつ連ねつつ。ああ、もう12月です。
▲一日も、一ヶ月もあっという間で、ゆえに一年も過ぎるのがほんまに早い。時季に合わない天候が続いて、なんかわからんうちに次の季節にむかってしまうから、よけいにややこしい。
お天気といえば、年配のひとたちが寄ると必ずお天気の話をしてはるのを以前は「また、始まった~」と半ば呆れて聞いてたんだけど。
痛いとこができてからは、それもわかる気がする。そもそも天気と元気はその字の姿形からして似ているもんね。空と心身はつながってるんやろな、と思う。
▲この間『女湯のできごと』(益田ミリ/光文社2006年刊)という本(漫画とエッセイ)を図書館でみつけて、書架の前で何気なく読み始めたらおもしろくて借りて帰った。一年のうちでお湯に浸からない日は、ほとんどないほどの風呂好きだが、すぐにのぼせるので、せっかくの「いい湯」だという温泉に行っても「からすの行水」組である。
▲せやからね。
よそのお家に泊めてもろたときなど、タオル出してもろて説明聞いて(家によって浴室ルールって微妙にちがう・・笑)入浴するも、ちょっとしたら出てくるもので。「え?もう出てきたん?」と呆れられるんやけど。それでもお風呂はすき。
くわえて、疲れもなやみもストレスもお湯(または水)に溶ける~が持論である。
▲この本はタイトル通り銭湯の女湯の話だ。
著者のミリさんは大阪生まれの団地育ちで。赤ちゃんのときから二十代半ばでひとり暮らしをするまで、銭湯に通ったそうで。わたしより14歳も若い方だけど、読んでいると「せやったせやった」と思い出すことも多くてなつかしかった。
▲銭湯にはもう長いこと行ってないから、浮かぶのは主に学生時代のころ。
いつやったか旧友と京都のなつかしの町歩きをしたときに、当時通った「◯◯湯」が今もあったのがうれしくて、看板の前で記念撮影をした。(笑)もっとも思い出の「お風呂屋さん」はこの他にも、引っ越しの数+姉や友人の下宿・アパート近くの、と合わせると何軒もある。
下町の銭湯、学生街の銭湯、団地近くの銭湯、と所変われば、銭湯の雰囲気もさまざまだった。
▲下駄箱の大きな木札とか、脱衣場ではいつも同じ棚、お決まりのロッカーの場所とかね。学校の保健室にあるような大きな体重計やドライヤー椅子。文中一番ぐっときたのは、銭湯の脱衣場にずらりと並んだベビーベッド(というか赤ちゃん着替え用の台)の話で。
【若いお母さんが、先に洗った赤ちゃんをだっこして脱衣場に出てくると、それを待ち構えていたおばちゃんが「はいはい」と受け取る。
茹であがったお芋を受け取るみたいな光景だ。そんなホカホカの赤ちゃんをおばちゃんに渡した若いお母さんは、やっと自分のお風呂タイムに突入するのである。
お母さんが赤ちゃんを洗う、赤ちゃんをお風呂屋のおばちゃんに渡す、お母さんがカラダを洗う。それはテンポの良い流れ作業のようで、わたしは赤ちゃんがお風呂屋のおばちゃんに手渡されるところを見るのが大好きだった。なんというか、「よかった~」という良い気分なのだ。赤ちゃんが大事にされているのを見るのは、嬉しいことだった。】
▲わたしは閉店ぎりぎりに、かけこむことが多かったけど、たまに早い時間に行くと、ちっちゃい子が脱衣場を走り回ったり、赤ちゃんがあっちでもこっちでも泣いてたり。若いお母さんにおばちゃん、おばあちゃん・・と4世代のひとが入り乱れて。それはにぎやかで、そして温かった。
【おばちゃんが濡れたカラダを拭いてあげ、てんかふんをはたいてあげ、おむつをして服を着せてあげる】
そのうちにお客さんが来て、おばちゃんが番台に戻ると、他のおばちゃんやおばあちゃんも、走り回ってる子らもみな赤ちゃんのことを気にかけて、のぞきこんで。だれかがお風呂から上がってくるたびに、脱衣場は湯気と石鹸のにおいでいっぱいになって。
▲浴場でも隣どうしで背中の流し合いしたり、洗いながら、浸かりながら裸のままで(あたりまえやけど・・)皆よう喋ってはった。
お母さんがシャンプーしてる間、ちっちゃい子がうろうろしてる内に、同じようにシャンプーしてるわたしの背中に「ママ~」と抱きついてきたことがあって。そら、みな裸やし、泡だらけの頭やし。湯気もーもーやし、誰が誰かわからへんようになるよね。
顔あげたら、見たことのないおねえさんで(←当時はわたしも若かった!)、隣に座ってたおばちゃんが「ママはあっちやで~」と指差さはって。そのときの女の子のきょとんとした顔が、ほんまかいらしくて、お風呂場にみんなの笑い声が響いたっけ。
▲赤ちゃん連れのお母さんにとって、赤ちゃんをみてもらって、自分のからだや髪を洗える時間は(ゆっくりはできなかったやろうけど)大助かりやったろうな~と思う。そして、ミリさんが書いてはるように、身内以外の人たちに「赤ちゃんが大事にされているのを見るのは嬉しい」。
でも今かんがえたら、ああいう親密な雰囲気が苦手なお母さんもいてはったかもしれんし、ときにはヨソのおばちゃん、おばあちゃんらの「大きなお世話」という展開もあったかもしれないなと思う。
赤ちゃん連れて着替えやらタオルやら石鹸やら、いっぱい持って毎日のお風呂行きは、大変だし。第一ええ天気の日ばかりとちがうしね。
せやから、ミリさんもいっぱいの温い話を重ねて描き、そんな光景を懐かしみつつも【別にあの時代が復活すればいいなとは思わない】とつぶやく。
▲何よりミリさん自身【家にお風呂があったらいいのになあ】といつも思ってたらしく。中学生のころはお風呂やさんの近くで同級生の男子が何人か立ち話してると、自分ちにお風呂がないのがはずかしくて、のれんをくぐれずに通り過ぎて。しばらくして、その子らがいなくなったのを、見届けほっとして銭湯に入る~というエピソードもあって。
定番のフルーツ牛乳やラムネに、「小人」「中人」「大人」の券、電気風呂や水風呂の話に「そうそう!」と、一人盛り上がったあとだけに、なんだかしゅんとする。
▲それでも【お風呂がなかったからこそ見えた世界もあった、と今では思う】と結んではる。よかった。ていうか、せやからこそ、いま、湯気たつようなお風呂屋さんのたのしい話を描けるんよね。
【裸で思い出したが、先日行ったお風呂屋さんで、わたしはとってもいい光景を見た。風呂あがりのおばあちゃんふたりが、素っ裸のまんま脱衣場のベンチに座っておしゃべりをしていたのだが、そのおしゃべりに、番台のお兄さんが普通に参加していたのがすごくいい感じだった。なんの違和感もなく天気の話などしている3人を見て、わたしは自然と顔がほころんでしまっていた。前を隠すとか隠さないとか、もうすっかりそういうことから卒業している清々しさとでもいうのでしょうか。
いくつになっても女には恥じらいは必要などという言葉が陳腐なものに思えてしまう。わたしもいつか、銭湯であんなふうに番台の年下の男と素っ裸で世間話をしてみたいものである。】
(p28より抜粋)
*追記
その1)
このことに限らず、思い出話をかんたんに「昔はよかった」で、しめたくないなあと思う。
思い出の写真には「写っていないもの」がいつのときもある気がする。記憶というのはいつも何か抜け落ちるもんやし。
「記憶ってのはいったん事実をばらして、また組み立て直す機械みたいなものだ。そのあとには、必ず部品がいくつか余ってる。(『トム・ウェイツ 素面の、酔いどれ天使』より)
このトム・ウェイツのことばで思いだしたんだけど、以前「歴史と記憶のちがい」のことについてここにも(2013.10.12)書きました。
その2)
『世界を7で数えたら』(ホリー・ゴールドバーグ・スローン著 三辺律子訳)のことを書くつもりやったんですが。いつのまにやら話がお風呂に入って温もって(苦笑)書きそびれてました。この本、タイトル通り7という数字にこだわりのあるウィローっていう12歳の天才少女のお話。でも天才かどうかってことより(まあ、そこも重要なんだけど)事故で二度目の両親を失うことになったあと、それまで面識もつきあいもなかった人たちに助けられ、まもられてゆくことになるんだけど。
登場人物みな愛すべき変わり者たちで。一方的に助けるとか助けられるとかいう関係やなく、それぞれが持ってるものをシェアーする~みたいな関わりがええなと思いました。人間の社会ではその「高機能な」脳と膨大な知識ゆえに、なかなか心休まる居場所がないウィローが、解放される場所っていうのが庭。
両親と共にその庭をこころから愛してた彼女がそれさえも失って、ふたたび「庭」を得るくだりは(とりわけ、ひまわりの種がずらりと並べられたシーンは)常々ほったらかし庭のわたしも胸がいっぱいになりました。
種を植えるところから、ひとの気持ちが集まってくる物語『種をまく人』■も重なります。
【階段にもどって、うすく差す冬の陽射しの中にすわっていると、二羽の小鳥が竹のとなりのスイカズラにやってきた。小鳥たちはあたしに話しかけた。言葉ではなく、動きで。命はつづいていく、って。】(同書p378より抜粋)
その3)
観た映画(備忘録的に)
『ブルックリン』■
『人生は狂詩曲』■
『ローマに消えた男』■
『或る終焉』■
その4)
きょうはこれを聴きながら。Sparklehorse - Apple bed ■
もう一曲。36年前、12月8日。
John Lenon's life set to Roll On John by Bob Dylan→■