いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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ひとりになりにゆく。

その日は、前の晩カッカすることがあって(フウフげんかともいふ)よく眠れなかった。今はもう若いときのような元気はないから。はげしく言い合ったとしても(こういうエナジーはまだあるw)お互いにしんそこ納得してへんかっても、翌日まで「持ち越し」はなくなりつつあるんだけどね。(それゆえに、またおなじことをくりかえすのである。)

▲やがて、ねぶそくの朝がきて。ぼんやりした頭で雨戸開けたら、冬の真っ青な空とか、お陽ぃさんとかが、胸にきゅーんとストレートに来て。
そうだ。映画館に行こうとおもった。

「春昼をひとりになりにゆく映画館」(火箱ひろ)~である。

『未来を花束にして』 のことは上映前からその邦題が「あんまりだ」という声はネット上で見ていたものの、恥しながら原題の「Suffragette(サフラジェット)の意味も、よく知らないままの映画館行きで。

くわえて、いつもやったら予告編も日本版とオリジナル版と必ず両方チェックするのに。今回は日本版しか観ていなかったんやけど。
想像していたのとは違っておもいのほかハードな作品で。でも、うれしい誤算。よかった。

物語は1912年ロンドンから始まる。
主人公はこどもの頃から洗濯工場で働く24歳の女性、モード(
キャリー・マリガン)。同じ職場の夫のサニーと幼い息子と3人、貧しいけれど穏やかに暮らしてる。


ある日モードは街に洗濯物の配達に出た帰り、こども服が飾られた店のウインドウをうっとりのぞいていると、いきなりそこに石が投げられガラスが飛び散って、びっくりして逃げるようにバスで帰ってくる。

これがモードとサフラジェットとの初めての出会いなんだけど。

最初はおずおずと遠くから覗くようにしていたこの運動に、ひょんなことから関わり、もしかしたら「自分にも他の生き方ができるのでは」と思うようになって。
実在の人物で女性社会政治同盟のリーダー エメリン・パンクハースト(メリル・ストリープ)の演説を聴き、モードはやがて積極的に闘い始める。


彼女が「おとなしく」「がまんしている」ときは、やさしかったはずの人(男)たちに、職場を解雇され、家を追い出され、あげく愛しい息子にさえ会えなくなって。

けど、モードはとつぜん変わったわけじゃない。
こどもの頃からの劣悪な環境にも、工場長からの許しがたいセクハラやパワハラにも。いつも、ずっと声を押しころして泣き、がまんしてがまんして。
「怒りの火種」はきっとからだの奥底につねにあったんやろなと思う。

そして、その間(かん)のモードの表情の変化というたら。もう泣きそうになるくらいに、感動的だった。

ひとが自分というものを持ったときに初めて発するもの。

それは親子間にしろ、夫婦間にしろ、「上」から見てたら、もしかしたら鬱陶しいものに映るかもしれないけれど。おなじ線上に立ってみたら、どんなにうつくしいことか。キャリー・マリガンがそれをとてもよく演じていた。

一方で警察権力の弾圧も、それはもうすさまじく。
まだ長い丈のドレス姿の女性たちが殴られ蹴られ引きずられる場面、逮捕の後 彼女たちのハンガーストライキに対する処置として、拘束して強引に漏斗でミルクを流し入れる場面など、たまらず、その間じゅうわたしは椅子から腰を浮かしっぱなしだった。

▲”サフラジェット”は当時あった女性参政権運動のなかでも先鋭的といわれたグループらしく(穏健派はサフラジストと呼ばれたらしい)劇中「言葉より行動を」のスローガンが何度も登場する。

実際、冒頭の投石だけでなく、いくつか爆破場面も描かれるんだけど。
果たしてこれを暴力というのだろうか、と観ている間じゅう(いまも)考えていた。

そもそも、女性が発言できる場も機会も、その権利すら奪われているのである。
政治も社会も新聞も、みな男たちに牛耳られているなかで、どうやったら自分たちの「女性にも選挙権を」と訴えられるのか。注目されるのか。都市部だけじゃなく、その思いや願いを国じゅうに広め、伝えることができるのか。そのためには「言葉より行動」しかなかったんじゃないか。

▲映画ではモードを追う警官と夫の 良心や揺れている内面も描かれていた。
社会の規範でぎゅうぎゅうに縛られているのは(ある意味)男性も同じかもしれない。
ただ、工場長に至っては同情の余地もなく、予告編(日本語版ではカットされてたシーンのひとつ)にもでてくるアイロンの場面では映画館ということも忘れ大きな声を出してしまった。(観客はわたしも入れて6人しかいなかったけど。ほんますみません)

▲それにしても。

女性にも参政権を、という今からしたら「当たり前」と思うようなことだけでも、その権利を獲得するのに、これほどの闘いがあったとは。
エンドロールで女性の選挙権が認められた年と国の名前が順番に流れてゆくんだけど。決して大昔のことではないんよね。
そして、それらは過去形ではなくまだまだ現在もつづいてる。

そうそう、JAPAN1945年~)が入ってなかったのは何故だろう。

家に帰ってからつれあいに映画のことをしゃべりまくる。(前夜のことは棚の上に置いといて・・苦笑)そうして見ていなかった英国版予告編 をふたりで観て、日本版 とのあまりのちがいに驚く。(ぜひ、見比べてみてください。どの場面がカットされてるか、というのは大事なとこやと思う。)

▲タイトル(邦題)だけでなく予告編まで、まるでちがう作品になってしまって。くわえてポスターも色や雰囲気のちがいだけでなく、コピーもまた
英国版は”TIME IS NOW ”(今やらなければ)が、日本版は「百年後のあなたへ」だった。この「時間差」は何なんやろなあ。


*追記

その1

この間『戦争とおはぎとグリンピース  婦人の新聞投稿欄「紅皿」集』→ (西日本新聞社2016年刊)を読みました。

タイトル通り、西日本新聞の女性対象の投稿欄からこの欄が始まった1954(昭和29)年~1967(昭和37)年の「戦争」に関する投稿作を掲載したものです。

このころ、西日本新聞だけでなく、朝日新聞でも1948年「乳母車」を皮切りに1955年には「ひととき」と改称されて「婦人の投書欄」が始まったようです。雑誌でもそういうコーナーが出てきたり。で、【声を発する女性たちの勢いに、「書きますわよ」という言葉が流行したほどです。】(同書「はじめに」より)

敗戦後10年足らずの頃のことで、文章のあちこちに「戦死」「貧困」「母子家庭」「引き揚げ」「墓参」「やりくり」などのことばが出てきます。

書き慣れたひとの文章から、もしかしたら大人になって「書く」のは初めてかも、と思うひとの、しかし力強く緊張感のある文章も。

戦後のきびしい生活を、みな自分の言葉でほとばしるように綴っています。

そして共通するのは「もう二度とこんな思いは」という戦争への強い拒否の意思です。けっこう若いひとの投稿も目立ちます。


心に残ったのは「派出婦日記」という題の1959年の投稿作。
筆者は長崎の方で49歳。20人ほどの女給さんのいるキャバレーで、
そのうち半数以上は住み込みやから、寄宿舎のおばさん、といった感じで炊事や洗濯の仕事をしてはるんよね。

【夜は毒々しいほどの化粧で外国人客などを相手に、踊ったり歌ったりの彼女もたちも、朝はお寝坊女学生と変わりはないし、昼をヒマさえあれば口を動かしている食いしんぼうさんに過ぎない】(p122 )

・・・と、母親みたいな眼差しで女給さんを、というより若い娘さんたちを見つめてはって。

【ウソとチップでかせぐ彼女たちも、同じ働くもの同士ではクロウトなどという呼び方がおかしいほど、素直で女らしいふん囲気をもっているのだ。】と結ぶ、やさしい文章です。(同書p123より抜粋)


そういえば、わたしも「ひととき」には、20代のはじめに初投稿しました。
1980年に『人と時と  朝日新聞「ひととき」欄で綴る25年』という本がまとめられ(1955年~1977年までの投稿作 5835編から421編がテーマ別に編集)そのときのわたしの一文も「人 /結婚」の章に掲載されました。
これ『自身の「女」を生きる』とタイトルだけが突っ走っており
(タイトルは文中のことばを引用して、新聞社の方がつけはるのですが)ひさしぶりに読み返して若い自分に、ああ赤面!


この本のあとがきの文章を読んで、「胸がおどる」ということばに、改めてじんときています。

【「戦後の世の中に少しでも風通しをよくしたい」との意図であったそうですが、二十一年十一月に新憲法が公布され、男女が平等の地位を獲得したとはいうものの、封建社会の中で育った私たち女に、戦後初めて自己を主張できる場を与えられた喜びは、いま思い出しても胸がおどります。】
(『人と時と』あとがきより抜粋)


その2)

今日はこれを聴きながら。

”Suffragette"予告編の最後のほうで流れてる曲。

Robyn Sherwell – Landslide →


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Commented by lapisland at 2017-02-14 00:04
英国版予告編と日本版予告編の違いは面白いですねぇ。
英国版は歴史的事実を軸にし、日本版はセンチな感情に訴えるというか・・・、タイトルと予告編から映画を見に行った人はちょっとショックを受けるかもしれませんね。
英国の女性の参政権獲得の歴史について、こちらの人は理解しているけれども、日本人にとってはかけ離れた遠い国の話。
日本人の英国に抱くイメージは今でも紳士淑女の国、ガーデニングやお茶の国でしかありませんものね。
それに、日本人が自分たちの命を懸けて獲得した権利というのは、あまりないですから。
女性の参政権獲得も(もちろん戦前からの運動はあったけれども)実際にはマッカーサーによって制定されたようなものでしょう。

英国で第一次世界大戦前後の映画やTVドラマが作られると、よく伏線として女性参政権運動が出てきますので、
当時としては時代の大きなうねりの一つであったのだと思いますが、
サフラジェットそのものは、現代の歴史的視点から見ると、女性参政権運動の中の過激派ととらえる方がいいのではないかしら。
(でなければ、IRAやISのテロ行為をも認めてしまうことになるのではないでしょうか。)
実際に様々な権利や改革を人々にもたらしたのは、皮肉なことに悲惨な戦争そのものだったと思います。
映画を見ていないので、映画そのものについてはよくわかりませんが・・・、レンタルで見つけましたので、また見たら感想お伝えしますね。

米国からの影響もあり、女性参政権運動を始めたのは、上中流階級の女性たちでしたが、
そういう階級の人たちと労働者階級の人たちの両方の視点から当時の生活や心情が描かれたテレビドラマ
'Upstairs Downstairs'は、ソープオペラではありますが、当時の時代背景が非常によく描かれていて面白いので機会があれば見てください。
もちろん女性参政権運動も出てきます。
(2種類あるのですが、2回目に作られたシリーズの方がよくできています。ただし、長~いシリーズで延々と続きます)
Commented by lapisland at 2017-02-14 00:18
そうそう、コメントを書いていて思い出したのですが・・・。
もう30年以上も前になりますが、NZに滞在していた時にいろいろな女性の集まりに参加する機会があったのですが、
何人もの人から「NZは世界で一番最初に女性参政権を獲得した国です」と誇らしげに言われました。

日本人には、庶民がそんな風に胸を張って誇れるような権利というものがあるのかなぁ。。。

Commented by bacuminnote at 2017-02-14 13:51
■ lapisさん
映画観た帰り道、ああ、lapisさんも観たかな?どう思わはるかなあ~って思ってました。

>女性の参政権獲得も(もちろん戦前からの運動はあったけれども)実際にはマッカーサーによって制定されたようなものでしょう。

エンドロールに流れた国名と(参政権を獲得した)年のなかに日本がなかったのは、そのせいかなあとふと思ったりしていました。ニュージーランドは一番に。lapisさんが聞かはったという「NZは世界で一番最初に女性参政権を獲得した国です」こんなふうに誇れる「権利獲得」があるのはすばらしいと思います。このあたりが政治への関心や意識のちがいとして現れるのでしょうか。

この映画にも描かれる「過激」とされる場面については、あの当時のバックグラウンドと今をいっしょに語ることはできないと思います。せやからというて「暴力」を認めるのか、問われたら(わたしは)NO!と答えます。ただ、lapisさんのご指摘にもあるように、英国においてさえ、結局参政権への(具体的な)一歩は第一次大戦だったようで。歴史を振り返ってみても(結果的には)流血なしの変革はないのかもしれないなあ、と思ったり。

まだまだ知らないことも多くて、いまここに書いたことも自分にとっては「途上」ですが、こんなふうにわからんなりにも、ああかなこうかなと唸り、考えることは大事やとおもうので、ほおり投げずに考えたい。

と同時に、いつもいきつくことは、知り、考える教育の大切さです。非暴力を貫くためにも、それが根っこになると思います。
参政権ひとつ取り上げても、こんな風にいっぱい考える種があるんやから。

'Upstairs Downstairs' 観たい!さっそく調べてみましたが、レンタルなさそうで、がっかり。でも諦めずさがしてみます。
またいろいろ教えてください。
by bacuminnote | 2017-02-11 21:21 | 映画 | Comments(3)