いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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夜空があまりにもきれいだったから。

▲もう5月だというのに、朝晩の家の中はひんやりとつめたくて。

パジャマ姿で起きてきた帰省子は(←これ、夏の季語らしい)「この家、ほんま寒いなあ」と首をすくめてウインドブレーカーのファスナーを上まであげる。
というわけで、わたしも相変わらず冬とあんまり変わりない格好のまま過ごしているんだけど。

ひるま買い物に出て、ウインドウに映った自分の冬っぷりに苦笑。いやいや、季節の先取りは若いひとらのもの。わたしは「ぬくい」がいちばんいちばんと背筋をぴんとのばしてみる。
そのくせ、帰り道の上り坂では汗ばむほどで。ほんま今時分の一日の温度差の大きいこというたら。風邪ひかんように気ぃつけんとね。

春になると早足でいってしもた友人らのことを思い出したりして。待って待って待ちかねたはずの春は、しかしいつもすこし憂鬱だ。くわえて寄せては返す大波小波。

そんなこんなで、こどもの頃すきやった爪楊枝の先でつついたら、ぷちっと弾けるまぁるい羊羹みたいに、ここんとこ「きんきん」なきもちを持て余し気味なんだけど。
あかんあかん~ごちゃごちゃ思うてないで、熱いお茶でもいれて、くるんと剥けた羊羹をぱくりと食べようやないの。

▲このあいだ図書館の児童書コーナーで、お年寄りの写真が表紙の絵本と目があった。その本『さいごまで自分らしく、美しく』 (写真・文 國森康弘 農文協)副題にはともにすごした「夢のような時間」とある。

表紙の老婦人は清子(せいこ)さん。夫を癌でなくしてから自宅でひとり暮らしをしていたんだけど、やがて介護が必要になって、娘さんの空美(ひろみ)さんらが週一回泊まりに来るようになり、とうとう2階に一家で越して来てくれる。

余談ながら「空美」という名前はお母さんの清美さんが出産のとき、お父さんが「助産師さんを呼びに走りながら見上げた夜空があまりにもきれいだった」からやそうで。このエピソードからも、仲のよいご夫婦やったんやろなあと想像する。
老いてなおチャーミングな清子さん~若いときは「銀座のOL」で。職場で出会ったおつれあいは、満員電車で押しつぶされそうな清子さんを守ってくれたそうだ。

空美さんは脳梗塞で半身まひしたお母さんの介護をする生活になるんだけど、仕事や家事をしながらのお世話が、だんだん大変になってきて。もう無理かも、というときにホームホスピス『楪』 (ゆずりは)の存在を知るんよね。そうして「楪」へのお母さんの入居が決まる。

「ここにきたときは、家を追い出されたように感じたわ」
「あたしのパンケーキがくずれていただけで、職員さんに文句いっちゃった。胸の奥でね、言葉にできないいろんな気持ちが、ぐるぐるまわっていたような・・・」
清美さんはそのころを振り返ってつぶやく。

人見知りはするし、人前でむじゃきに笑うのも苦手なの」

「気むずかしい人と、思われてるかもしれないわね」

初めて「他人と暮らす」毎日。けれど、そんな共同生活の中で清子さんは喜代子さんというかけがえのない友だちを得るんよね。

年老いて「出会えた」友だちとは「娘にいえないことまで話しちゃう」関係に。ふたりが話し込んでる写真は、ほんまにええ感じ。いくつになっても友だちってええもんやなあ。よかったぁ。よかったですねえ~と声をかけたくなる。

でも、そんなふたりにも別れの日は来て。
ねむる喜代子さんの手をにぎり「もう、お別れしなくちゃならないの?」と洟水の清子さんの写真がつらくてせつなくて。図書館ということもわすれて立ったまま泣いてしもた。
やがて清子さんも、とわのねむりにつく日が来て。娘の空美さんが狭いベッドに添い寝する姿に胸がつまる。

▲図書館からの帰り道も、家に着いてからも、この本の写真やことばが忘れられず、翌日もまた図書館に。おなじシリーズの『月になったナミばあちゃん』~「旅立ち」はふるさとでわが家で~も見つけて二冊借りてきた。

『月になった・・』は、かつてわたしらがパン屋をはじめた滋賀・愛知川(えちがわ)の、川の最上流にある君ヶ畑という集落で生まれ育ったナミばあちゃんが、ひとり暮らしの後、娘さんの家にひきとられ、ふたたび君ヶ畑に戻って旅立つまでの記録だ。

▲歳とって人生最後の住処が施設でもふるさとでも。見守ってくれるひとが娘や息子でも、友人でも、他人であっても。ふたりのおばあちゃんのお顔の清らかなこと。

この写真絵本をこどもたちはどんなふうに見るのだろうか。
生まれてやがてはだれもが死んでゆくひとの一生を、わたしがちいさかった頃みたく、こわいような物語の世界のような温いような冷たいような、ふしぎな感覚で読むのかなあ。

▲いや、そのまえにわたし自身が経験することであって。

そう思うと、ふだんは「じきおむかえがくるの、こないの」「おとうさんがなかなか来てくれへんし」とか、母と冗談言い合って大口開けて笑うてるくせに。本を読んだあと、胸の底からゆさぶられてる自分にちょっと戸惑うている。おとうさん、呼びにくるならゆっくりにしてね~

【いつか死ぬ。それまで生きる。】
『父の生きる』伊藤比呂美著 光文社刊 ~帯の惹句(以前
ここにも)



*追記

その1)
清子さんと喜代子さんの友情はやがて、喜代子さんの娘・恵子さん、そして空美さんと恵子さんの関係もいたわりあう仲になったといいます。このあたりのお話は10巻におさめられてるそうで、ひきつづき読んでみたいです。→

その2)

前回につづき、あまり本も読めていないのですが、「待っててね」とねかせてる(!)本を何冊か書いてみたいです。
『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』115号の「親になるまでの時間」(浜田寿美男著)『ちいさい・・・』(略して「ち・お」といいます)の発刊は息子2がうまれた年なので、よく覚えています。それまでにない雑誌だったからです。育児雑誌というのはあったけど、こどもをとりまくいろんなひとたち、親や保護者も、そうではないひとたちも共に考える雑誌やったから。

今回はだいすきな古書店カライモブックスの奥田直美さんが編集人となった記念すべきリニューアル第一号で、その姿カタチもみごとな変身ぶり。かろやかなイエローのカバーもすてきです。雑誌というより大きなひとつのテーマの単行本のスタイルです。ふろくの「chio通信」というのが、附録なんて言うてええのか?というくらいのボリューム。ずばらしい。おすすめです。くわしくはカライモブックスのブログで→


『ちいさい言語学者の冒険』(広瀬友紀著 岩波書店)→

『ウィル・グレイソン、ウィル・グレイソン』(ジョン・グリーン、ディヴィッド・レヴィサン作 金原瑞人、井上里 訳 岩波書店)→

映画も観たいし本も早う読みたい。

その3)
今日はこれを聴きながら。フランス語はぜんぜんわからへんけど、聞いてると映画観てる(わかってる)気分になったりして(苦笑)カナダのケベックのバンド~ギターとヴォーカルはユベールとジュリアンのチアソン兄弟。
↓うたは英語。2'30"くらいから始まります。

The Seasons - Apples→






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by bacuminnote | 2017-05-02 22:02 | 本をよむ | Comments(0)