いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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2017年 05月 31日 ( 1 )

今月三度目の遠出。
いつも家に篭ってるから、外出が続くと自分やないみたいで、なんだか落ち着かないんだけど。この季節の吉野方面への道中は車窓からの景色を見ているだけで、緑がからだの中に入ってゆくというか、自分がどんどん緑になってくようで、気分が昂揚してくるのがおかしくて。
窓に額くっつけてひとり、くくくと笑うてしまう。いま暮らしてる町もけっこう緑は多いんだけど。ここ通ったあとに見たら、きっと映画のセットみたいに感じるやろなあ。

今回はつれあいとふたり。彼もまたこの前の息子みたく久しぶりの近鉄南大阪線~吉野線の景色にじっと見入ってる。
窓の外、ぽつぽつ見える建て替えの新しい家がある他は、わたしの高校の電車通学のころ(1970年代)とほぼ変わらず。ただただ山と少しの畑がつづく景色が沁みる。

いや、走る電車の中から通り過ぎる景色に、余計なものが何もない、と感動してるのと、そこで留まり暮らすひとの思いが重なるか、というのは、幾度か経験した田舎暮らしで少しは想像できるから。ときに「余計なもの」も生活を潤わせてくれるから。単純に「田舎はいいなあ」「住んでみたい」とは言えないんだけど。それでも。やっぱり、ついつい、なんべんも。「ええなあ、ええなあ」とつぶやいてしまう。

見舞いに行った先の病院もまた緑緑緑のさなかにあり、病窓から山の稜線がそれはみごとで、きもちがしんとする。
携帯用の絵の具セットでそんな山々を描いてるらしいと聞いてうれしかった。
そのむかし辰巳浜子さんの料理本でおいしいもんを拵えてくれたひとに、その娘辰巳芳子さんのスウプの本をもって来た。「ほな、またね」と握手(おもいきりハグしたいとこやけど傷口に堪えるし)して。お見舞いのつもりが、山々と澄んだ空気に見舞ってもろぅたきぶんで病室をあとにする。

オンバサラダルマキリソワカ。
(まえに旧友jと行った京都三十三間堂でであった真言。「いのりましょう。大切な人のために。そして、生きとし生けるもののために。」

次はいま走ってきた電車で何駅かもどって母のホームに。

午後のホームも電車もがらーんとして。停車のたびに車内をええ風が通ってゆく。なつかしい駅名に、ここからはあの子、次の駅ではあの子、と電車通学のかつての同級生の名前が(もうすっかり忘れていたのに)自然に口をついて、おどろく。
さてようやく最寄り駅に到着するも、タクシーも出払って、バスも次の出発まで45分もある。困った。つれあい一人だったら歩いて行ける距離なんだけど、わたしにはちょっとキツイんよね。

しばらくの間、母に要るもの聞いてコンビニで買い物したり、その辺うろうろして待ってみたけどタクシーは戻ってくる気配がない。

結局、停車中の行き先のちがうバスの運転手さんのアドバイスで、ひと停留所分そのバスに乗って残りふたつ分を歩く、という方法をとることになった。

その日は夏みたいに暑くて、ふたつめの訪問ということもあって、がっくりきてたけど、バスに乗るや「あ、やっぱり歩かはりまっか?」と運転席からバックミラーをみて運転手さんが声をかけてくれて。「他所から来た人」と思わはったんやろね。続いて「◯◯☓☓カードは持ってはりますか?なかったら、190円まわりしといてくださいや」と。

その親切な応対もうれしかったけど、何よりわたしは「まわりする」に、じんとくる。「まわりする」とは奈良県(主に南部?)で「支度すること」なんよね。ここでこんななつかしい言葉聞くとは思わへんかったから。一気に疲れがとんでいくようで頬がゆるんだ。
バス停ひとつ分はあっという間にすぎたけど、坂道だったので助かった。降りる時も「この道、まーっすぐ、まーっすぐですさかいに」と教えてくれて「おおきに~」と下車した。

部屋でじっと待ってられへんかったのか、母は押し車を押して玄関ホールまで降りてきており、苦笑。そういうたら、つれあいのお母さんもわたしらが滋賀や信州の家から車で帰省のおり、何度も玄関の外まで出て(携帯電話のない頃やから何時に着くかもわからへんのに)待ってはったようで。
そんなお義母さんをみんなで笑うてたのに、今はわたしが息子らが帰ってくるとき、おなじようなことをして「いさこさん(義母のなまえ)現象」と家族にからかわれている。

長生きしてよかったことも、しんどいことも。母の喜怒哀楽も日替わりだけど、ここに来てもやっぱり好奇心旺盛で、若いスタッフに「ずっとこの仕事してはるの?」とか話を聞いたりしてるようで(苦笑)。
「なんか営業の仕事してたらしいけどやめて、僕には介護の仕事が合うてると思います~って、言うてたわ」とか「今日は100歳のひとが前に座らはった。100歳のひとなんて初めてや」とコーフン気味に話す母も、一ヶ月後には94歳になる。自室の壁には、わたしが出したポストカードと、習字教室で書いたというじまんの一枚(たぶん)が貼ってあって。「五月晴れ」と書かれてた半紙が風でゆれていた。

*追記(いつものことながら、長いです)

その1

この日のおともは『もういちど自閉症の世界と出会う 支援と関係性を考える』2016年刊)という本でした。この間読んだ『ち・お115号』「親になるまでの時間」前編(浜田寿美男著)がとてもよかったから、自分のなかで反復したり、書かれたことについてつれあいとご飯たべながら、のみながら、話したりして。いろいろ考えていたとこに、ツイッターでよくやりとりしてるkさんがこの本に言及されていて。ああ、その本つれあいが買うてウチにあったなあ~と思い出して、読み始めたのでした。

ツイッターのたのしいところは本や映画をきっかけに、それが広がり深まる「きっかけ」を得られるところ。あとは自分しだい。そのまま忘れてしまうこともあるし、本や雑誌なんかは知って、「おお!」とおもって即注文、ってこともある。自分では用意できなかった種をもらってる感じ。

『もういちど・・』は何人かのひとが書いてはるんだけど、とりあえず関心をもった浜田寿美男氏の頁(第三章 自閉症という現象に出会って「私たち」の不思議を思う~わかりあうことの奇跡と わかりあえないことの自然)から読み始めましたが、車中で何度も隣席に「ちょっと聞いて」と読み聞かせ(笑)をしました。このことは(さっき書きかけたけど、めちゃ長くなりそうやから)次回に書こうとおもいます(つもり・・)

そのまえに『ち・お115号』です。

いくつかこころに残ったところを書いてみますが、ぜひ読んでみてほしい一冊です。7月には116号がでます。たのしみ。

【あえていえば、人は発達のために生きているのではありません。どんなにささやかであれ、手持ちの力を使って生き、それぞれの生活世界を広げていく。新しい力が生まれてくるとすれば、それはその結果でしかありません】(p37

【実際、ことばが出てきてはじめて人同士のコミュニケーションができるかのように思われがちですが、ことばはむしろことば以前の身体でのコミュニケーションがあってはじめて出てくるもの、それを逆立ちして考えてはいけません。】(p46

【ことばを乗せるコミュニケーションツールが地球規模で蔓延するいま、ことばの空回りもまた蔓延しています。人類はどうしようもなくおしゃべりなのです。だけど、おしゃべりがほんとうに意味をもつためには、そのおしゃべりがテーマとする現実世界を、まずは身体で共有すること。そのためにはときとして沈黙して、互いの身体を見つめ、その表情を読みとることも大切ではないかと思います。】(p48

その2

引用文のなかの「そのためにはときとして沈黙して・・」は「どうしようもなくおしゃべりな」わたしに沁みることばでありました。

そういえば、そんなわたしがほんまにしゃべることができなくなった時があります。

時期的にいえば、下の子が小学校入学前だったことから、耳鼻咽喉科ではあっさり「ストレスかなあ」とドクターに言われたのですが。自分では保育園と小学校のちがい(たとえば食物アレルギーでお昼は別に作って持って行ってたことも、本人が入学前から「ぼくガッコに行かんとこかなあ」と登校に乗り気やなかった!ことも、保育園のときから「引き続き」という感じやったし)への不安も特別なかった気がするのですが。


何より、風邪でもない、扁桃炎でもないのに、なぜ声がでないんだろう。ていうか、ふつうはどうして声が出るんだろうと、生まれて初めて「しゃべる」ことへの疑問をもったことを思いだしました。

結局わたしの場合「声帯に隙間ができて震えない状態」やから声(音)にならないのだろう」ということで、一応なんか薬は出たけど、ドクター曰く「一番有効なのは沈黙です」とのことでありました。

これ、なかなか苦行やったんですが、黙ってると見える(感じる)こともあって、ええ経験でした。(しらんうちに治ったので、また忘れてしもてる・・)

その3

ここ二ヶ月ほどいろいろあって、容量のちいさい頭とこころがパンク寸前でしたが、ようやく山ひとつこえたかな、というとき。おもいきって映画館に行ってきました。たった2時間ほどだけど、暗闇で、ひとり、黙って(!)観て。
とてもとても佳い時間でした。映画館でたあとも、エンドクレジットのバックで流れ続ける海の音がずっと耳元で聴こえてた。ああ、海のそばに行きたくなりました。

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』


その4)

『図書』(岩波書店)前からの連載(梨木香歩「往復書簡」)も、新連載(ブレディみかこ「女たちのテロル」などなど)~おもしろいです。4月号は本屋さんで本買ったときもらって、5月号はもらいそこねて図書館で借りて、6月号からとうとう定期購読注文。はやく届かないかなあ


その5)

長くなりました。さいごまで読んでくださって、おおきにです。

もう、日々煮えくり返るようなことばっかりですが。知る、考える、怒る、は手放したらあかんと思う。
きょうはこれを聴きながら。

Max Richter - Dream 1 (Before the wind blows itall away)



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by bacuminnote | 2017-05-31 18:53 | yoshino | Comments(0)