いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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ねてもさめても。

▲雨戸を開けたら、待ってましたとばかりに、ひゅうーっと冷気が束になって飛び出してきて。
なんかアラジンのランプから出てくる”魔人”みたいやなあ~と、こどもみたいなこと思いながら、窓から身をのり出して空をみあげた。冬の空の透明な青がものすごくきれいで、深呼吸ひとつ。つめたい空気が胸のおくまで沁みる。1月17日朝に。

▲寒かったり、雪が降ったり(積もったり!)で、足はイマイチだけど、ぼちぼち歩き、読んだり観たり聴いたりの日々。(←つまりいつもと変わらぬ日々)
昨年末、本屋さんでもらった『本の窓』1月号(小学館)を何気なく読んでたら、連載「画家のむだ歩き」(牧野伊三夫)というのがあって。著者が阿佐ヶ谷の四畳半のアパートで暮らした頃のエピソードが綴られていた。

▲アパートには共同のトイレと炊事場があって、しかし「炊事場」というても本来の炊事ができそうにないことを知った著者は(冊子は年末掃除でゆくえ不明につき、うろ覚えなんだけど。たしか住人が流しで半身浴だったか、してはるのに遭遇して)結局自分の部屋で電熱器一台にていろんなものを拵えて食べたという話だった。

▲電熱器というたら、わたしも学生のころ持ってて重宝してたんよね。
同じ下宿(今で言うたらシェアハウスみたいな)の友だちのmは大分の海辺の町の出身で、ときどきお母さんが、鰯の丸干しやめざしを送ってくれはって。冬はおこたの上に電熱器置いて向かいあって座り、手をあぶり暖をとりつつ(石油ストーブ厳禁やったし)炙ってはかじり炙ってはのんだ。

▲苦いはらわたも カリカリに炙った頭もみな 新鮮で旨かった。あとでやってくるモーレツな喉の乾きのことも毎度わすれ、かじった。
いつも食べたり呑んだりは階下のわたしの部屋でだったんだけど、お布団から服からかばんから、部屋のものはぜーんぶ干物の匂いを吸いこんで。
翌朝ガッコで、服に鼻くっつけて「くさー」と二人笑いあった日がなつかしい。

▲著者のことは知らなかったけれど、このエッセイからも「食べる」ことへの思いの深さはじゅうぶんに伝わって。だから昨年末に出た『かぼちゃを塩で煮る』(絵と文 牧野伊三夫 幻冬舎刊)はそのタイトルからして大共感やったし、表紙カバーのかぼちゃの絵もええ感じでさぞ「おいしい」本やろなあと思っていたんだけど。

▲案の定、食欲をおおいに刺激する本で、おまけに合間にウイスキーの話なども登場するので、明るいうちからそわそわしてしまった。
帯の惹句の「台所に立つこと うん十年。頭の中は、寝ても覚めても 食うことばかり」にも、冒頭こどもの頃からのその並々ならぬ食いしん坊ぶりにも(おなじ食いしん坊として)ハートを射抜かれる。
もうぜんぶ紹介したいぐらいやけど、読むたのしみとったらあかんから、ひとつだけ。

▲曰く、土曜日に学校からの帰り道、工事現場の人らが焚火を囲んでお弁当を食べてはる様子があまりにうまそうだったので、家に着いてさっそく弁当箱にご飯とおかずと詰めて弟と二人屋上で食べたそうで。
大人たちがしていたように、コップではなく四角い弁当箱の蓋にお茶を注いですすり、満足気な少年や、なんか訳わからんが兄ちゃんに誘われて外で弁当に浮かれる弟とか(←これはわたしの想像w)映画のいち場面みたいにうかんで頬がゆるむ。

▲前述のとおりアパートで電熱器使って調理してたようなお方やから、とくべつな調理具や、食材を使うということもなく、しかし、ここというとこで手間ひまは惜しまない、という好みのタイプ。(←こういう人、そばに居てほしい。笑)

▲本のなかにお家の台所とおもえる写真があるんだけど、それが、システムキッチンとかやなく、おしゃれにリノベーションした台所でもなく、どこにでもあるような流し台と2口のガスコンロとよく使い込まれた鍋やフライパンのある、ひと昔前のフツーの「だいどこ」で。
いつもは寒い、流し台が低すぎる、ガスコンロが2口しかないとか、文句言うてるわたしだけれど、その写真にはウチのだいどこに通じる空気があって、なんだかほっとするのだった。

▲そうそう、牧野さんはこれに加えて火鉢や七輪も使ってはるんよね。
【夏は羊肉やとうもろこしを焼き、冬は鍋をかけて湯豆腐やとり鍋などをやる】という彼が、炭火をつかうきっかけとなったのは、ある年の冬に九州の温泉宿に泊まったときのことらしい。

▲朝、まだ夜の寒さが残るロビーに行くと爐(いろり)の灰の上に炭が置かれていて。雰囲気を出すための演出かと思ってたら宿の人が来て、炭に火をおこし鉄瓶をかけはった。
牧野さんはそばに座って炭火が燃えるのをじっと待ってたんだけど、なかなか赤々と燃えてこなくて。「これ、消えてるんじゃないですか」と尋ねると、旅館の方いわく「炭はね、そんなに早く燃えないんですよ」。

▲【黒い炭の隅っこについていた赤い小さな火は実にゆっくりと燃えていくのだった。炭はガスコンロの火のようにレバーで火力を調整したり、一瞬であたたまったりするものではないのだ。そして、このとき僕、はっとした。絵を描くことも同じではないだろうか、と。おそらく僕は、絵を描くときも自然の時の流れを受け入れずせっかちにしていたかもしれない。】(同書p90より抜粋)

▲旅から戻った牧野さんは東京でも炭火のある暮らしがしたくなって、古道具屋で火鉢をもとめてアトリエに置くようになったそうだ。
わたしは信州のころの薪ストーヴを思い出していた。
焚き口の窓からみえる赤い炎のゆらゆらも、やかんや煮物の鍋から白い湯気がたちのぼるのも。見るともなしに見ているときのあのしずかなきもち。
暮らしのそばに火があるのはええなあとおもう。

▲本に登場する料理は、おでんに鳥鍋、鴨鍋、鮟鱇鍋・・・と鍋愛好家(笑)としてもうれしいラインナップ。ほかにもペルーのめずらしい料理や、鶏肉をつかった洋風のものもいくつかあって。最初に【この料理を食べるときは、うまくていつも、ふ~んと鼻がなってしまう】ってとこから始まる料理もあり、読んでる方はお腹がなる。
「三分おつまみ集」から「粥」や「ゆで卵」というシンプルなタイトルには、さてどんなこと書いてはるのやろ~とわくわくする。なんと「めざしの炙り方」というのもあってコーフン気味に読んだ。(「めざしの友」mに、久しぶりに電話してみよう)

▲どれも料理の作り方が書かれてるんだけど、気取りなくさりげなく、大雑把なようで気をつけるポイントがちゃんと書かれていて、なるほどと頷く。文章の間から料理をつくる牧野さんが、家族や友だちが飲んだり食べたりしゃべったりしてる声が聞こえてくるようで。食べたくなるし、拵えてみたくなるし、そして、呑みたくなる本だ。

▲巻末、編集者の鈴木るみ子さんによる「眺めのいい食卓」という文章もよかった。
【誰もがおいしいと認めなくていい、それを食べてるあなたの顔が思わずほころんでしまっているもの。そんな「個人的ごちそう」を教えてくださいという微妙な依頼の意図を理解し、ぴたりと望むようなリストを返してくれる人は、その頃少なかった。】(p205より抜粋)

【牧野さんを見ていると、フランス語の bon vivantという言葉を思わずにいられないのだが、ボンヴィヴァン、よく生きる人という意味だ。よく呑み、よく食べ、よく考える。よく夢みるという営みも忘れてはならない。】
(p213より抜粋)

▲シアワセな食卓は、まず自分がおいしいと思うもの。「個人的ごちそう」~これやな、とおもう。
と言いつつ、この「個人的ごちそう」が相方と時々ちがって、しかもお互いなかなか譲らず、バトルとなるのであるが(苦笑)。食べることは生きること。これからもけんかしぃしぃ、あわてんとゆっくりめざし炙って(二人共めざし好き。但し炙り方ではいつもモメるけど)おいしく食べておいしくのみたいと思う。
そして、いつまでも長く 海の幸山の幸を少しずつ分けてもらえるよう。海や山や田畑が、もうこれ以上 人の手や欲で汚されることがありませんように。


*追記

その1)
この間から読み始めた『アメリカーナ』(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著 くぼたのぞみ訳 河出書房新社2016年10月刊)は近頃では珍しい二段組の538頁の長編です。
分厚くて重たい本なので、寝床読書には向かず(苦笑)ようやく読書の波がのってきたと思ったら、図書館返却の日が間近にせまり、でもでも。おもいきって(4968円)買おうかな。
この方の『アメリカにいる、きみ』もおすすめです。

この本のことを、いつもええ刺激くれる若い友人にいうたら、著者の講演の動画を教えてくれました。
日本語字幕あり。

”We should all be feminists ”  Chimamanda Ngozi Adichie →

*追記の追記*
このブログコメント欄でlapisさんが教えてくれはった、もうひとつの講演動画チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの「シングルストーリーの危険性」おすすめです。ぜひ。→

その2)
『オール・マイ・ラヴィング』(岩瀬成子著)の文庫版 (2010年刊の単行本に加筆修正)がでて、こちらは軽いので整形外科リハビリの待ち時間にちょっとづつ読んでいます。もう何度も読んでるのにそのつど、初めて読むみたいにどきどきするのは、このころ(十代半ば)のやり場のないきもち、自信のなさや、持て余す自意識や、何より”no music,no life! ”な思いに共感するから。そんな思いをみごとにすくい取ってくれる岩瀬成子さんの文章ゆえ。
解説には(前に発表されたものですが)江國香織さんと『ロッキング・オン』の松村雄策さん。

そして、いま、あらためて紹介したいのは、『ピース・ヴィレッジ』です。基地の町に住む小6の楓と中1の紀理、まちの人々・・・岩瀬さんの本に出てくるひとたちはみないつも魅力的です。(ここに感想を書きました。)

【父さんのくばってる紙にはね、
「あなたもわたしも同じ立場にいる」と書かれているの。
「わたしたちは力をもたない市民だ」と。
「だから、政府の力で戦場に送り込まれて、人を殺してはいけない。また殺されてもいけない。わたしたちは一人の市民として、起きていることを知ろうとしなければいけない。自由に自分の考えをあらわさなくてはいけない。人間の誇りをうしなってはいけない」
と、そんなことが書いてあったんだ。】 
本の中、主人公の紀理のお父さんが基地の前で配ってた英語のビラを紀理が訳す場面。

*岩瀬成子さんのこのほかの本の感想はここの追記にリンクはっています。

その3)
買い物帰りのいつものコース、図書館本屋レンタルショップやったのに、先日レンタルショップが閉店。
顔なじみの店員さんが、店のすみにわたしを呼んでそれを伝えてくれたとき泣き出さはった。
作品検索とか、マイナーな作品を取り寄せするのに、面倒な申し込みの伝票書きとか。レンタル開始の前日に入荷段ボール箱の中から探して、一足先に貸し出してくれたり。いっぱいいっぱいお世話になりました。
かなし。
これからどないしょう。
世の中は動画配信の時代やけど、本だって、図書館や本屋さんで「棚」みながら選ぶのと「あまそん」とかで「これを」と思って買うのんと、その楽しみ方はちがうしね。

というわけで、先日は「観たいリスト」持って遠い店舗まで。
相方にナビゲートしてもろて(方向音痴ゆえ)ゆっくり、ゆっくり。途中ランチ休憩もして徒歩にて。でもあまりに長距離(わたしの足にしたら)やったので最初で最後かなあ。
以下備忘録的に。

『好きにならずにはいられない』
アイスランドの映画。寒いとこの映画には弱いわたし。
『山河ノスタルジア』
若干ふまんやつっこみどころもあったけど。ジャ・ジャンクーの映画やなあと思った。
『家族の灯り』
絵画のような画面。もとは戯曲らしいけど、納得。寒く湿気た空気がゆううつ。
『シチズンフォー スノーデンの暴露』
こわかった。ほんまにこわいです。多分そんなもんなんやろうな、とは思ってはいたけれど。やっぱりと「知る」こわさ。
『団地』
藤山直美がすきやから借りたんやけど。この監督との映画ではやっぱり『顔』が圧倒的によかったです。


その4)
きょうも長くなりました。さいごまでおつきあいしてくれはっておおきにです。

きょうはこれを聴きながら。
Stefano Guzzetti- Mother→

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by bacuminnote | 2017-01-18 11:11 | たべる | Comments(6)

ただ 家の窓から。

▲ その日は朝早く目をさましたのに、外はすでにねっとり暑かった。早朝散歩から戻った相方と朝食のあと、洗濯機が唸ってる間パソコンの前に。友だちのブログを見たら、彼女んちの近くの川や魚捕りする少年の写真。昼の熱気冷めた夕方、夏の川。あたりの緑は黒く川に影をおとして、刷毛で白く塗ったような雲も涼しげで。ええなあ、ええなあと見入ってるうちに頭の中は川、川、川・・でスイッチ・オン!急遽、吉野行きを決めた。
こういうとき、自分のからだの中には「川」が入ってるのかもしれへんなあ、と思う。釣りをするでもなく、泳ぐでもなく(久しぶりに泳いでみたい気もするが)ただ家の窓からぼーっと吉野川眺めてみたいだけなんやけど。

▲ 「しゃあないから、そのうち、予告なしに会いに行くことにしよう」と前回のブログに書いた翌朝のことだ。「予告なし」と書いたものの、ほんまに何も言わずに行って、もしや母が留守だと困るので、家を出る前に電話して「急やけどこれから行くし」とだけ告げる。「あんたも忙しいのに。肩痛いのに。暑いのに・・」と例によって「~のに、~のに」の連呼のあと、しかし「そうかぁ。帰って来てくれるんかぁ。ほな、楽しみに待ってます」と弾んだ声が返ってくる。よかった。

▲近鉄あべの橋駅周辺は最近開発で様子がすっかり変わってしまい、それでなくても方向音痴なわたしは、おろおろ、うろうろ。
地下鉄御堂筋線から階段上がると新聞売り場があって、そのむこうには近鉄百貨店の地下入り口、というのがわたしの覚えてる図。まずは入り口近くで「赤福」のちっちゃい箱ひとつ買って、すぐ上の「たねや」をのぞき、そのあとは「桃林堂」「福寿堂秀信」「巴堂」と勝手知ったる「ひゃっかてん」の甘いモン売場。その後、上階に上り吉野行きの切符を買う、のがいつものコースやったのになあ。残念。

▲ さて、吉野行き特急電車が走りだすや、なぜかわたしの周りの席のみなさん、それぞれ買ってきたお弁当をひろげて、ええにおい。あれ?この電車10:40発やったはず~とあわてて時計を覗き込む。斜め向こうの四人掛けでは「ウチ、待ち合わせの前に“モーニング”食べて来たとこやし」という声は「だいじょうぶ。こんなぐらい入るって」という残り3人のお仲間の力強い声に説得されたのか、そのうち「おいしいなあ」「これ、もひとつやなあ」とか何とか、かしまいこと。なんだかわたしまで旅行気分になって「あとで」と思って買ったたこやきを頬張る。(あ、これ、もひとつやったなあ・・・苦笑)

▲ よしの行きのことはここにもう何回も書いている。
乗る電車の時間も、川が見える右窓側の席に座るのも、買って帰るおみやげも。毎回ハンコで押したみたいに同じなのに。そのつどコーフン気味に「帰ったらこれ書こう」「あれ書いとこ」と思ってる自分が、おかしい。たぶん前にも(もしかしたら数回!)書いたことかもしれないのに。いや、けど、正確に言うと、そのつどちょっとだけちがう。その「ちょっとだけ」に、又どきどきしてるんよね。

▲ それにしても。
こんなにもこいしく思う地を、若いころ何故あんなに忌み嫌っていたのか。山と山に囲まれた小さな町がもつ妙に気位の高いとこ。世間の狭さ。◯◯のだれそれ、と必ず名前の前につく各家の屋号。山間部の方言の野暮ったさ。それに町もひとも すっぽり包み込む暗さはまるで川の深い青緑色のようで。そんな中 コンプレックスの固まりみたいに縮こまってた気がする。だから、夏休みに大阪からやってくるイトコの洗練された明るさにくらくらした。いま、その大阪に暮らして、どこが「洗練された明るさ」やのん!?と自分でツッコミを入れて笑ってる。

▲ 一時間ちょっとでよしのに。単線のこの駅も、その昔は夏ともなればホームいっぱいに川遊びの家族連れや大きなリュック背負った大台ケ原行きの人たちが埋めたものだけど。
三連休だというのに、お昼前だったからか、降りた人は普段と変わらず数人きり。いつも電車が発車したあとホームから身を乗り出して見るのは、今通って来たばかりのトンネル。(早いこと切符回収して、中での業務しようと思ってはる?一人きりの駅員さん、毎度ゆっくりしてすみません・・・)最後のトンネルは短くて、その先に小さく光が見える。たぶんあの光の先にあるものがほしくて、まちに、まちに、って思ってたのかもしれない。

▲ 駅からタクシーに乗る。この駅のタクシーの運転手さんたちは、今会ったばかりなのにずっと前から知ってるみたいにすいすい話しかけてきはる。「今日も暑いでんなあ」「ほら、見てみなはれ。川の側(はた)にバーベキューの人いっぱいでっしゃろ。後片付けきれいにしてくれたらよろしねんけどなあ」てな具合。その後、一人暮らしのお年寄りの家をときどき訪ねてるという運転手さんの日常ルポにまで発展して。窓に顔つけて静かに川をみていたい気持ちもあったけど、なつかしの方言がちょっと心地良くもあり、わたしにしたら珍しい聞き役(苦笑)のひととき。そうこうしてるうちに、車は橋を渡り、川のすぐそば 母の待つ家に着いた。
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by bacuminnote | 2011-07-30 18:32 | たべる | Comments(0)

つねに酢っぱい。

▲歩くうしろからすぅーと追いかけてきて「あれっ?」と振り返るような、金木犀のにおいがすきだ。あまりにストレートに届く強いにおいは、いつからかトイレの芳香剤のイメージがインプットされてしまって(このツミは大きいぞ、と言いたい)ちょっと気持ち悪くなる。

▲小さいけれどウチにもこの木があって、今日はひと枝切って玄関先にかざってみた。ウチのは栄養が足りないのか、枝ごと鼻にぴったりさせ くんくんしてやっと「それ」と感じる「微香性」だ。(苦笑)
それでも、玄関のすり硝子を通して入る秋の白いひかりの中、濃いみどりの葉っぱとオレンジ色の小さな☆印がいいかんじ、と一人悦に入る。

▲生まれ育った家は旅館と郷土すしの店をしていたので、思い出すウチのにおいはつねに酢っぱい。
前にもここに書いたことがあるけど、おくどさん(へついさん)で炊きあがった五升釜のご飯は大きな飯切りに移すとすぐに、合わせ酢をかける。湯気の太い柱がもおもお立つ中 甘酸っぱいにおいが一気に厨房にひろがる。そうして次々にご飯が炊きあがるたびに家中 酸っぱくなってゆく。
アイスをねだって裾を引っ張った祖母の灰色の割烹着にも、父の白衣も、母の割烹着のポケットに入ってた「ちり紙」まで、みんな酢のにおいがしていやだった。

▲大人になって、生家が天ぷらの料理やさん、という人と知り合った。彼女に「酢」のにおいの話をしたら「ウチはね、お母ちゃんのそばに寄っただけで、天ぷらのにおいぷんぷんして嫌やった」とからからと笑った。なんで笑うかというと、彼女はその料理やさんを継いで天ぷらを揚げてはるから。そうしてウチも母のにおいは、そのまま姉が引き継いでいる。
外の集まりに出るのに「よそゆき」に着替えて行っても「おくさん、おいしそうなにおいしますなあ」と言われたという母も、今はもうあのにおいが消えてしまった。

▲だけど、わたしが母をおもう時はいつも「におい付き」で、あんなに嫌やったお寿司や酢の物も知らんまに好物となってしもて。
思えば、子どもの頃はウチだけでなく友だちの家に遊びに行くと それぞれの家のにおいがあった。煮物やお芋を蒸かしたようなにおい。乾物をもどしてるにおい、煙草やお線香のにおい。それに、おばあちゃんのいてはる家には膏薬やお灸のにおいがした。部屋のにおいを消すスプレーなんてものが何十年後かに「一般家庭」に現れるなんて、みな思いもよらなかった時代だ。

▲さてさて、これを書いている間に少し肌寒くなってきた。細く開けていた窓を閉めに立ったら、どこかで切り干し大根を炊いてはるのか、あの日向くさい懐かしいにおいが微かにした。(ご近所には年輩の方が多いからか、風に乗ってやってくるにおいは たいがい「和風」だ。)
ああ、もうすっかり煮物のにおいがにあう季節やね。さあ、今夜は鯖のみそ煮と里芋の煮っころがしでも こしらえよか。
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by bacuminnote | 2009-10-19 12:32 | たべる

あんぱん ひとつ。

▲よしの へ向かう朝はいつも決まってねぶそく気味だ。
どこに行くにも支度に時間のかかるわたしやからか、日頃緊張感のない生活を送っているから、たいてい朝早い出発となるからか、それとも何度もリュックの中を確かめる遠足前の子どものように、あれもこれも、とバッグの中のものを出したり入れたり、気分が高揚しているせいか。
ようやっとバッグのファスナーを閉めて床についてからも、いろんなことが浮かんでは消え、うとうとしてはまた目が覚めて。とうとう朝になった。まどの外、ひとつ咲いたあさがおの紺色がきれいだった。
『朝顔の紺の彼方の月日かな』(石田波郷『風切』所収)

▲そんなわけで、またもや寝足りないぼーっとした顔や頭のまんま、先週末、叔母の一周忌でよしのに向かった。
急逝のしらせが信じられなくて「どうして自分は今この電車に乗っているのだろう」と、ふしぎな気持ちで近鉄特急に乗った日から、もう一年たった。あの日、主をうしなった家の食卓に 残されたあんぱんが とてもかなしかったので。
あんぱんひとつ 持って来た。

▲家を出るときに降り始めた大粒の雨がうそのように、よしのはからりと晴れて暑いくらいだった。駅まで姉夫婦が迎えに来てくれて、車で細い道をどんどん上るとお寺がある。
開け放たれた本堂で、何台もの扇風機がくるくると回って。
お坊さんのよく響く声の読経に耳を傾ける。外はみごとな秋晴れで、ご近所の草刈り器のうぃーん、うぃーんという音が重なる。ときどき山の風がすぅーいとやってきた。経本を手に、目はお経を追っているつもりが思いはあちこちへと飛んでゆく。

▲長いときは10年も帰らなかったジッカだけど、大阪に戻ってからはなんべんも帰る。何の根拠もなく、ずっと続くように思っている母との時間にも、いつか終わりの時が来るんやなあ。
そんなことをおもい始めると、ふっと気になって傍ら読経の母の横顔を見る。そのチカラのある目の光や、85になっても衰えることのない好奇心と負けん気のつよさを思って、娘はちょっとほこらしい。
おかあさん、まだまだいっぱい話 しような。まだまだいっぱい吉野の話 聞かせてちょうだい。

▲甘いもん好きの叔母のお供えものは、やっぱり甘いもん。
お下がりに『夜の梅』と、故郷でいちばんうまい甘いもん「こばしのやきもち」をもらった。帰途、姉と別れてからも、叔母のこと、叔母にかわいがってもらったこどもの頃のことを思い出していた。あざやかに思い出せることも、靄がかかったような思い出も、こぼれ落ちた思い出も。みんなみんないつのまにか夢の中。「あべのばし、あべのばし」のアナウンスに飛び起きるのだった。
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by bacuminnote | 2008-09-16 20:39 | たべる

こどもの顔で。

▲「暑いねえ」「今年のは また特別でっせ」「たまりまへんなあ」・・・このまえ整骨院に行ったら待合室の話題はみごとに「暑さ」一色だった。見ず知らずの人と一瞬目が合っただけで「暑いですねえ」と、どちらからともなく言うては、ためいき。ああ、暑い。まさに『人間に火星近づく暑さかな』(萩原朔太郎)の毎日だ。

▲わたしの幼なじみの小学生のときの夏休み絵日記に『今日はたいへん暑くて32度もありました』って書いてあったそうで。彼女やわたしが小学生低学年というと1960年代前半のことだから、もはやこれは「むかしばなし」やろか。都会に比べたら格段涼しい吉野でも、今はもうその程度ですむはずもなく。おそらく日中は連日30度を越えているはずだ。

▲そうそう、ケッコンしたての頃は 夏でも長袖シャツの袖をまくって着ていた相方も(それがかっこいいとわたしもおもっていた)いまでは半ズボンにランニングシャツ、と 昔の夏休みの子どもスタイルである。年々暑くなっているのか、年をとるにつれ我慢ができんようになっているのか。かく言うわたしも、いまだったら、エアコンのきいていない部屋で長袖シャツの人みたら、かっこいいどころか「暑苦しいなあ」と思うにちがいない。

▲そんなこんなで、ためいきついてばかりだけど、楽しみは一日一回かき氷。
がりがり、家庭用のかき氷器をまわす。すきなのは宇治金時。以前はみつもあんこも自家製だったけど、おいしいものを見つけてからは買っている。でも「宇治」だけは抹茶を濃茶みたいにちょっと丁寧に練って白みつの上にとろりとかける。うまい。黒みつだけ、というのもまたうまい。

▲子どもの頃、家の三軒むこうにかき氷屋さんがあった。
モナカでできた容器に入れてもらうのは子どもでも買えるねだんで。ガラスの器に入ったかき氷のお客さんはお店の中で座って食べるんだけど「安物」のお客は、店の窓口から手渡されると、外で食べる。
空き地をはさんだ隣りは古い佇まいのお家で。そこの黒い格子戸の下 ずらり子どもが座り込んでかき氷を食べてる姿はなかなかのもんやったやろな。

▲たまにウチの仲居さんが「中で食べる」かき氷をごちそうしてくれることがあって。「つめたいもんは一日一回やで」って母に言われてたんだけど、そういうときは二回目でも黙ってた。どんどんからだが冷えていくのがわかったけど、うすいブルーのガラスの器に入った山盛りのかき氷、中で座って食べるそれは格別おいしい気がした。

▲いまでも かき氷食べてるときのわたしは、ものすごくうれしそうな顔しているらしい。それに、相方と息子が黙々と食べてる中、ひとりはしゃいで饒舌だ(そうだ。でも、一番に食べ終わる)
かき氷もアイスクリームもチョコレートも。
すきなものを食べてると、ひとは(わたしは)きっとこどもの顔になるんよね。
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by bacuminnote | 2008-07-27 00:39 | たべる

おいしおます。

▲相方の友だちの畑名人がえんどう豆をどっさり届けてくれたので、今夜は豆ごはん。サヤを開けると、つやつやの青い豆がお行儀よく並んでて、いつもこれ見ると赤ちゃんのかいらしい足の指を思い出す。
炊きたてのあつあつをおしゃもじから掌に取って、ワイルドに頬張るのもウマイし。
もちろん、お茶碗にもいっぱい。お代わりもして。次の日のつめたくなったご飯で おにぎり(→わたし)にお茶漬け(→相方)もおいしい。

▲この日はざるいっぱいの取り立て苺もいただいた。
ときどき忘れてしまいそうになるけど、本来 苺は五月のくだものだったんよね。親子三人ざるを囲み、黙々とたべる。もちろん水で洗っただけ。何もつけない。畑でもいだ苺そのままの味。うう~うまい。
こういう「季節の贈り物」のできる人になれるといいなあ、と思いながら、相変わらずいただくばかりのわたしたちなんだけど。

▲えんどう豆というと、ちょっとほろ苦い思い出がある。
まだケッコンしたての頃、相方の両親が旅行の間、おばあちゃん一人になるのでわたしたちが親の家に留守番に、となった。で、今日は帰って来るという日に、義母の好物のえんどう豆を煮ようと思った。それまでも親の家に来て、料理を手伝うことは何度もあったけれど、わたし一人だけでみんなの食事の支度をするのは、もしかしたらその時が初めてだったかもしれない。
他に作ったものが思い出せないんだけど、とにかく『きょうの料理』を見ながら作ったえんどう豆の甘煮を見て「やあ、ウチの好物作ってくれてんねえ」と大喜びの義母に、わたしが何度も味見してたのを見ていたおばあちゃんも「よかったなあ」と言ってくれた。

▲ところが一口食べるや「これ、水くさいなあ」と言わはって お箸は次のお皿にうつったのだった。
「水くさい」は親しい間柄なのによそよそしいというのと、大阪弁では料理の味付けが水っぽいとか、薄すぎるという意味があって、もちろんこの場合後者である。
義母は甘い目にしっかり味付けしたお豆さんがすきだったのだ。
まだ24、5歳の頃のことで、わたしも若く、傷つきやすい年頃で(苦笑)これは、もう非常にこたえたのであった。

▲けど、考えてみたら
普段から義父も相方も義母の料理に容赦なく「これ、あかんなあ」「おいしないなぁ」などとバンバン言うのである。つまりはそういう家風なんよね。わたしの実家では、父も母も料理人だったからか、そんな台詞はちょっと許されないような空気だったし。しかも忙しい中、時間やりくりして母が作ってくれてるの見てるし、とても文句など言いようがないのである。
が、相方の家では、言われた義母の方もまるで動じることなく、こう返す。
「そうでっか~ ウチには おいしおます」
ケッコンして来年で30年にもなるけど、残念ながらわたしはまだ義母のこの堂々たる領域には達してなくて、家族に作ったものを けなされると相変わらず大人げなく むくれたりしてる。

▲そんな威勢のよかった義母もここ数年急に老け込んだ。
この間はおもいがけず入院して、それだけでもびっくりしてたのに、翌日には緊急手術になった。寝間着二枚に腹帯二組、バスタオルにフィットパンツに・・と看護師さんから準備する物を告げられ、メモしながら「落ち着いて、落ち着いて」と言い聞かせた。
幸い手術もその後の経過もよく、あとは「日にち薬」で、よくなっていくのだろう。
でも、今日も病室から帰るとき手を合わして「ありがとう。ありがとう」となんべんも繰り返す義母に あの「ウチには おいしおます」の元気がなくて わたしはさびしい。
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by bacuminnote | 2008-05-18 22:00 | たべる

You’re not young.

▲外は凍えるような雨が降っている。
こんな日は鍋か粕汁である(鍋の話ばかりですまん)
子どもの頃は大根も関東葱(と関西で呼ぶ「白葱」)も苦手だったから、水炊きも粕汁も大がつくほど嫌いだったのに。
「お葱食べたら賢しこぅなりまっせ~」「この大根とろけるように甘ぅて、おいしいねんから」「な、欺されたと思うて一口食べてみぃ」
この台詞 祖母が言い、母が言い、姉たちが言うて。ガッコのセンセにも。何べんも何べんも言われたのに。

▲そのつど「きらいなモンはきらい」「あんなもん食べなアカンのやったら、別に賢くなんかならんでもエエし」「欺されたと思ぅて、と言われても欺されへんし」とか思ってたんだけど。
やがて偏食少女(←前に ここにも書いたけど)も大きくなってコイをして。そしたら、あろうことか 相手は大がつくほどの葱と大根好きやったんよね。
時は経って。いまやウチの冷蔵庫にこのふたつは切らしたことがないし、相方が苦手な切り干し大根まで好きになってしもて・・・ああ、コイとは偉大である(笑)

▲とはいえ、コイの魔法の力などはちょっとの間のことだから。
ほんまのとこはケッコン早々病気や入院で凹んだり、子どもが生まれたりで、少しは努力もしてみたり。そんなこんなのうちに、あたりまえに食べ、おいしさもわかるようになったのだろう。
あ、けど、一向に賢くならへんとこ見たら「葱・賢人説」っていうのはうそやったんか?それともわたしの食べ始めた時期が遅すぎたからやろか?

▲まあ、賢人になれなっかったにしても。
できなかったことができるようになったり、食べられるものが増えたり。大人になるのも、年をとるというのもなかなかのモンである。
そういえば、ときどき訪れる 『考える高校生のためのサイト・マンモTV』の中のひとつ、多賀谷浩子さんの 『映画のある生活』に先日こんなことが書いてあった。

▲多賀谷さんは海外の映画監督や俳優と話していて、たまに
You’re not young.
と言われることがあるそうで。初めてそう言われたときはびっくりしたけど、そのすぐあとにそれは「君は物事を理解しているじゃないか」みたいなニュアンスの褒め言葉なのだと気づく、とあった。
多賀谷さんも書いてはるけど、日本語で同じように言ったら相手はどう受け取るだろう?この国では「若く見える」は褒め言葉でも「若くない」が褒め言葉になることってほとんどないもんね。

▲だから
You’re not young.
とほめてもらえる、そんな風に相手を認める、というのはいいなぁと思った。
去年から友だちの病気や手術の話が続き、からだの中であちこちのパーツが軋み始めてもおかしくない、そんな年頃になったのだとしみじみ思っている。
白髪が増え、皺とシミ、五十肩にコーネンキ。
それでも「だから見え始めた」こともあるし。
友だちもわたしも、皆ええ年になったけど、すきなことずっと続けられて。なんかええ感じやんとおもってる。「人として成熟」なんて事からはまだ遠いけど。
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by bacuminnote | 2008-01-23 15:42 | たべる

きょうのこんだて。

▲いいお天気の日が続いています。おかげで布団や座蒲団干したり、大物の洗濯、扇風機を拭いて仕舞ったり(やっと!)、代わりに加湿器出して来たり・・と
家事がはかどりすぎる気もする(苦笑)今日この頃。
そもそも家族みな三食 家で食べてるし、粗食とはいえ買い物に行き、作って、食べて、片づけて、とやってると何か 知らんまに一日たっており。わたしの今日一日はナンだったのだろか(笑)と思うこともあるけど。

▲「食べる」と言えば、わたしは子どもの頃は超がつくほどの野菜嫌いで、給食は決まって居残り組。だから、毎朝登校するや一番に見るのは掲示板に貼ってあった『きょうのこんだて』でした。
すきやき風煮や鯨の竜田揚げやコロッケだと小躍りして教室に駆け込むんだけど、大根や茄子の煮物や野菜サラダだったりすると、いじっとそこに立ちすくんでた 小学生のわたし。

▲果たして昼休みになると、ミルク(脱脂粉乳!)嫌いの子、お肉が苦手な子、わたし同様野菜がだめな子・・・居残りの面子はいつも同じで。
外で皆の遊ぶ声が窓越しに聞こえると「ああ、早くドッジボールがしたい」と気持ちばかりが急くのに箸(否!先割れスプン)は進まず、ついには「残して持って帰っていい」パンに食べられなかったおかずを無理矢理詰め込んでビニールの臭いのするナプキンに包むや、あわてて給食室に食器を運び校庭へと走ったこともありました。

▲しかし、そんなパンを家に帰って食べるはずもなく、犬のえさ入れの皿に入れたか、こっそりゴミ箱に捨てていた気がして。このことは思い出すたび、そしていくつになっても、胸のあたりがちくちくします。
パンに詰められないようなお汁のおかずのときは、休み時間内にも食べられず、学級文庫という本棚に入れておいて放課後再び。けど、そうなったらもう「食事している」感じは皆無で、なんだかお仕置きされてる気分でいつもの「居残り組」は深く頭を垂れるのでした。

▲あれから40年近くたって、
泣きそうになって、よく噛みもせず飲み込んだ大根も大好物になったし、菜っ葉類はいつでも食べられるように、ゆがいて冷蔵庫に切らしたことがないし。ケッコン前、相方と入ったサンドイッチの店で「ノー・キューカンバー」と注文つけたら「あほか」と彼に言われてしまった (苦笑)キュウリも 今じゃ丸かじりできる。

▲「あほか」と言われて、好き嫌いの多いわがままな食生活に気づいたのか、キライだと思いこんでいたものが、自分で料理するようになったら結構イケルことに目覚めたのか、病気したことや、子どもが生まれて「これではいかん」と思ったのか、とにかくあれやこれやがきっかけとなって「いろんな味」に親しめるようになったことは、ほんまによかった。(「まだ漬け物もよう食べんくせにエラソーに何言うてんねん」・・とあちこちから言われそう)

▲けど、今になって思い返せば「居残り組」の中にはわたしみたいな食べず嫌いだけじゃなく、食物アレルギーの子もいてた気がして。まだアレルギーが正しく理解されていなかった時代とはいえ、そういう意味でもずいぶん乱暴な「食教育」だったなあとも思う。
「食べない」ということひとつ考えても「身体的に受け付けないもの(ときに命までおびやかすもの)」と、好みとして「嫌いなもの」、あるいは自身の主義で「食べないもの」とあって。単純に「わがまま」ではくくれないし。
飢餓と飽食。農薬と添加物。何をどう食べるかはそれぞれの人生観にも関わる問題だし。「選んでいる」つもりの食生活が実は「選ばされている」という政治マジックもあったりして。「食教育を」というのなら、ガッコウもそこまでやってほしいと思うのだけど。

▲そうそう。
今日は友だちがおいしいモンを食べに連れて行ってくれました。
話には聞いていたけど、なんと丁寧な仕事ぶり。若く魅力的なふたりの女性がきびきび、しゃかしゃか(笑)動く姿はとてもすてきで。
それなのに「せわしない」気がしないのはなんでかなあ・・などと思いながら、カウンターの前でわたしは しばし彼女たちの「ごはんをこさえる」様子にみとれるのでした。
この日の日替わりランチは「麦やじゃこや葱など入った春巻き二個・肉じゃが味噌風味・れんこんやブロッコリーや人参などの野菜のサラダ・おみそ汁・七分搗ごはん・漬け物」(「おいしかった記憶」にのみ頼って書いたので間違ってたらごめん)

▲産地偽装に始まって、製造日偽装、添加物偽装。
なんでもかんでも国産100%、自然、手作り、という偽装表示。
くず肉をかためたステーキだけでなく、世の中の「食」は嘘でかためられている。
だけど。
一方では¥750のランチにこんなにもチカラもこころも込める仕事をする人たちもいるのだ、とうれしくて。
帰り道、地下鉄への通路をわたしはシアワセの満腹感でちょっと?重いからだで、スキップするのでした。


*room cafe ロカ
 大阪市西区新町1-29-16 第五中村興産ビル 中地階  
06-6532-1524   日祝休

 



  
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by bacuminnote | 2005-11-29 11:23 | たべる

不便のたのしみ。

▲風が冷たくて、いま窓を閉めました。
朝ヤカン一杯にわかして冷やしたお茶が余るようになり、
「おやすみ~」と電灯を消すときはまだ掛け物なしだけど、朝起きるとみな布団やタオルケットにしがみついていて。素足で台所に立つとすーすー。あつい珈琲がしみじみとおいしくて。
そして、
雨戸の隙間からもれる光のやわらかさにああ秋、と思う朝。
もう9月も最後の週になりました。

▲それでもまだ日中は結構暑くて、スーパーに入ってすぐは効き過ぎのエアコンもきもちいい。けど、野菜売り場から肉・魚売り場あたりまで来ると寒くなって、ついつい鍋物風の献立ばかりが浮かんでしまい・・・。
自転車で坂道を駆け上がり汗だくで家に帰っては、去年もたしか今頃こんなことが何回かあったよなあ、と「学習できていない」自分にため息。(開田高原では真夏以外は「鍋」を楽しめたので、つい、つい)

▲そういえば、この間おんな友だち三人寄って(その中の一人の家で)合宿(笑)の夕飯メニュウも「鍋」でした。
この日もそれなりの暑さではあったものの、何より女三人台所でわあわあ言いながら(野菜の切り方から薬味に至るまで、それぞれの家庭の「やり方」が違ってて興味深かった)支度の段階から盛り上がり、家ならではのゆったり時間とたっぷり食材で。
おいしくて、おもしろくて、かしましい夜となりました。

▲大阪に越してからは 友だちと外でお茶をのんだりごはんを食べたり、という機会も増えて、それはそれで「まち」ならではのたのしみですが。
田舎で暮らしていた頃は村にそういう「店」がほとんどなかったので、友だちと「お茶を」というと、それは友人のうちの誰かの家を訪ねることを意味していて。
手みやげはたいてい果物か野菜。それに自家製のお菓子でした。

▲信州のことなのでりんごの季節になると、どこの家でもりんごの頂き物があって、日にちが経つとりんごが「ぼけてくる」(新鮮じゃなくなる事を信州ではこう言う)ので、早く使い切ろうとりんごのケーキやパイを焼いて行ったものです。
そしたら友だちの家でも同じものを用意してくれていて。「みな、この時期考えることは一緒だね」と笑いながらの食べ比べも楽しかった。

▲「不便」というのは便利悪いってことやけど、不便って悪いことばっかりでもないなあ、とこのごろよく思います。
「買う」じゃない「たのしみ」をわたしみたいに根っからの不精者が知ったのも、「不便」がゆえだったし。
けど。
すっかり慣れた気のしている「まち暮らし」ながら、相変わらず「買う」場面になると熟考しすぎてくたびれてパス、という結末を迎えることの多いわたし(笑)・・・なぁんて書いたら「それって単なる小心者とかケチとかってことやないの?」とあちこちから突っ込まれそうな気もするけど(笑)
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by bacuminnote | 2005-09-25 15:05 | たべる

秋かぜ馴寄る。

▲重い。
いつまでもしつこく暑い日や、想像はしていたものの、しかし、想像を越える惨憺たる選挙の結果に物思い「沈む」今日この頃。
けど、そんなこんなの中、姪に赤ちゃん誕生の知らせが届きました。
母子ともにすこぶる元気と聞き、こくこくおっぱいをのんでよく眠る子と聞き、「よかったなあ」と歓声と一安心のあとは、いろんな思いで胸がいっぱいになる。
うれしくて。そして、これからこの子が大きくなっていく間、世の中はどうなっていくのだろう、という不安で。
が、「沈んで」いては「むこう」の思うつぼかも、ね。
元気出そっと。

▲というわけで、とりあえずは信州の元・お向かいさんが送ってくれはった箱一杯の真っ赤な完熟トマトを煮てソースに。(ここのおうちのトマトは酸味がほどよくとっても美味)
いらいらしてるときに黙々とこういう台所仕事っていいもんです。
初めはいろいろ、あれやこれやと思うんだけど、そのうち頭もココロも静かになって、やがてからっぽに。そうしてただ手だけが動く。(雪かきもこういう感じだった気がする)

▲翌日には別の友人からとうもろこしがどっさり届き、さっそく次々と蒸しました(わたしは「茹でる」より「蒸す」派です)
で、近くの友だちに招集をかけてお裾分け。
「濃い」「甘い」「おいしい」「とうもろこしって、どこのでも同じかと思ったけどちがうのね」
という感想にわたしは愛娘(って、いないけど・・・笑)を誉めてもらった母の如く顔がゆるむ。

▲台所には湯気と甘いにおいと、ちょっと郷愁なんかも漂っていて。
立ったままかじりつく ほかほか もろこし(開田では「もろこし」と言います)にビールがうまい。
ひろげた新聞紙の上にはもろこしの葉っぱが山と積もり、白く光る細いひげが窓からの少しの風にゆらゆらしている。
いい気分なので何もかもほったらかして、とうとう台所の小さな丸い椅子に(休憩用に置いてあるのです)すわりこんで、読みかけの本を開くのでした。

▲そしたらいちばんに
『この顔に 秋かぜ馴寄る 蜆汁』という句が目にとびこんできて。
「秋かぜ」も「馴寄る(なよる)」も・・・ええなあ。ええなあ。と思いながらビールをもう一杯。
ああ、秋かぜよ早く吹いてください。
(本は詩人天野忠氏の京都下鴨の住所が表題になった『北園町九十三番地/天野忠さんのこと』です。山田稔著・編集工房ノア刊)
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by bacuminnote | 2005-09-14 12:43 | たべる