いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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カテゴリ:出かける( 50 )

真夜中の雷に。

▲昨夜は地響きかと思うようなすごい雷に、こわくて(家で一番のこわがり)目が覚めた。同じように相方も目が覚めたみたいで、ふたりごそごそ起きだして。
妙にむしむしして、喉がかわいたのでジンジャーエール飲んでちょっとしゃべってたら、すっかり目が冴えた。時計をみたら3時半。「寝てくる~」と布団に戻る相方の背中を見ながら、ふと、夜中にこんな風に話せる人がそばにいるのはええもんやなあ、と思った。
あ、いかん、いかん。想像たくましいわたしは今 "midnight thunder " というタイトルで(笑)小説か映画の主人公になってるやん・・・ははは~ ひとり 真夜中に「あほらし」と笑う。

▲この間、同じく「夢みる乙女」な(笑)友だちと出かけた。
その日は朝から冷え込み、それでも雨戸の隙間から細くまっすぐに差す光が暖かそうで、よし、と起き上がる。珈琲を淹れ、朝食の支度して、昨夜から水につけた大豆を煮て、洗濯物干して。『芋・たこ・なんきん』も観ず、「何着て行こか」と鏡の前でうろうろしながら 何度も時計をのぞき込み。結局いつもと変わらん格好に落ち着いたのが9時ちょうど。「いってきまーす」と家を出た。

▲暖かそうに見えたのに、道を歩いてるとけっこう風がつめたくて身が縮む。同じように駅に向かうひとを見ると、冬の防寒スタイルからTシャツ一枚の薄着派までじつにさまざま。それだけお天気が不安定ってことだけど、「街」は11月に入ったとたん もうクリスマス商戦に走り出している。いくらなんでも早すぎ、と思いながら ビルの壁面を飾る大きな天使のイルミネーションを、まだ点灯していないその電線を見る。
長い夏のあと、なんだかよく実感しないまま秋は「早送り」で 冬にバトンタッチしてしまうんやろか。

▲友だちとの待ち合わせの駅に着いたら、約束の時間までまだ10分以上あったので、改札から出てくる人・人・人を眺める。たくさんいてはるなあ。そういえば何年ぶりかで信州から大阪に帰省したとき、人の多さに「なんか一年分ほどの人見たなあ」と笑ったことを思い出す。
そのうち改札の向こうから友が来て、予定通りまずは映画から。

▲じつは彼女もわたしも友人間では方向オンチで通った「仲間」。前夜 相方に「10時半に始まる映画に、駅で10時待ち合わせやて?あいつとおまえで、移動時間30分はキツイで」と言われ、息子まで「せや、せや、絶対無理」と言い出す始末。再度連絡して結局「そしたら10分だけ早くしよか」(笑)ということになったのだけど。
無事、余裕を持って到着!(って「!」マークつけるほどの難関場所でもないのだが)

▲映画は彼女がチケットをもらったというもので、村山由佳原作のラブストーリー。
思いがけず、背景はわたしたちが若いとき過ごした京都のまちで、平安神宮、美術館に動物園、鴨川に八坂神社と続いて、なつかしかった。映画が終わるや、二人であの場面、この場面「わたしやったら、こうする、ああする」談義が始まる。あれはなんぼなんでも、あり得んで。けど、あの場面はよかった~と無責任に、でも真剣に話すのはたのしくて、そしてエンドレス。

▲映画のあとはお昼ごはん。今日は「○○定食」ではなく「○○御膳」である。ゴーカ!おいしくて、たのしくて。
ご飯のあとは、この日のわたしたちの一番の目的、太田順一氏の『大阪24区』という写真展に。
長屋、その狭い玄関の前にいっぱい並ぶ植木鉢、ポリバケツ、ビルとビルの間のちいさな家、銭湯、団地、三輪車と自転車、どこかの工場 の中 物干し竿にゆれる 何枚もの作業服。段ボールハウスのその上には「家」を守るかのように大きな木・・葉っぱが風にそよいでいる。「暮らし」「いとなみ」ということばがうかぶ。そしてファインダーのむこう、太田氏のいかりや やさしさに満ちた眼をわたしは想像する。

▲残念ながら会場に太田氏はご不在だったけれど、写真のそばにあったことばをノートに書き留めて帰る。(太田さんには無断ですがここに書かせてもらいます)
『季節のうつろいにふれる
 のが 散歩なら
 街歩きは
 人の世の変わらぬもの
 変わらざるものを
 目の当たりにしていくことー   太田順一』

▲写真を見ている間、しずかだったわたしたちも、会場を出て少しするとまた話し始める。ふだんだったら「もったいない」と入ることのない紅茶の店に入って、おいしいお茶の香りにうっとりしながら、話は尽きることがない。気がつけば、外は薄暗く、街はイルミネーションが白く光っていた。
わたしが田舎暮らしの17年間、ほんの二、三回しか会えなかった友だちと、いまこうして話せることが ほんまにうれしい。
さて、この日の歩数計は9653歩。
この日のことを 作家 ひこ・田中さん(→大ファンなのです)にメールしたら「その歩数と同じくらい たくさん友だちと お話をされたのでしょう」 と返信をもらった。
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by bacuminnote | 2006-11-11 14:16 | 出かける | Comments(0)

baby blue sky !

▲ここ数日 朝晩急に冷え込み始めた。 道ゆけば、秋の陽差しはやわらかく 空はだいすきなベビーブルー。金木犀の香りがあちこちからあとを追ってくる。通りの家の二階 窓にゆれる色あせた簾(すだれ)が なんだか みすぼらしく見えて・・・そういや、うちも簾や葦簀(よしず)や扇風機に団扇、そろそろ片付けんとなあ、と思うのだった。

▲けど、
使わないものでも結構出しっぱなしで 整理整頓のできていないわが家なのに「季節もん」の仕舞い忘れに限って、何故そんなに気になるんやろか・・・と、この間ここにも書いた「四季」についてぼんやり考えながら歩く。
そもそも わたしは人といて「黙っている」ということができないタチ(苦笑)ゆえ、たまにはひとり口を閉じ、こうして静かに歩く時間もいいものだ・・・なぁんて思ったりするのも「秋」だから、かな。

▲この間、二十数年ぶりに東京に行った。
甥の結婚式に出席するため またまた我が四姉妹「枯草物語」とプラスワン(母)が集うことになった。
♪ うちら陽気な かしまし娘~ (って、こんな歌知ってる人は年がわかる) どこに行ってもうるさいことだ。そして久しぶりに会う 成長した甥や姪たちに、その陽気な「枯れ草」がみな同じ顔をしていると笑われるのであった。

▲もはや結婚式も告別式もその道のプロがプロデュースする時代になったようで、司会者の弁もなめらかで、昔のように友人の司会を「とちらないか」と心配することもない。
反面、ショーを見ているような気分もあって、なんだか落ち着かなくて・・・と、まあ いろいろ思うところはあったんだけど。
何より、もうたまらん、というくらいの笑顔がまぶしい若いふたりと 長いこと女一人 泣いて笑うて 踏ん張って この日を迎えた新郎の母である姉の嗚咽には「ケッコン式なんて」と ぼろくそに言うてた鬼(→わたし)の目にも涙だった。

▲この結婚式の他にも、東京では息子のアパートをのぞき、職場も訪ね、そのおもしろくて 感じのいい仲間たちとにぎやかにお昼ご飯も食べて。
田舎モンのわたしは広い東京でうろうろ、おろおろしつつも いつのまにかすっかり大人になった息子に「親ばか」視線な秋の一日。

▲夜遅くに大阪に着いて、翌日は旧友うらたじゅんの作品集『嵐電』の出版を祝う会。
東京では つげ義春氏も来て下さったらしい出版記念会の 関西版は、友人による友人のため、とも思える(笑)同窓会のようなにぎやかでたのしい集まりとなった。
じゅんとは初めてであった18の春以来、あほなこと いっぱいやってきた。彼女を通じて知り合った友だちも数多く、思えば彼女繋がりで相方とも出逢って。
いわば、わたしのジンセイの恩人(笑)でもある。

▲初めて会ったその日、自己紹介はいきなりマンガの話だったじゅん。
どこに行くにもバッグの中には鉛筆とスケッチブックが入ってて、わたしはわたしでノートとペン常備で、二人おもいっきりしゃべったあとは それ開いて、描いたり、書いたりしてたっけ。
今や知る人ぞ知る漫画家となったじゅんだけど、その清楚で賢そうな容姿をきっちり裏切る(笑)ずっこけキャラは相変わらずで、この日もちっとも主賓らしくなく、あっちこっちにグラスを配り、料理を運び、こけそうな話をしながら(笑)動き回ってた。

▲会場を見渡せば、お金もちはみごとに誰もいない(たぶん・・)仲間たちながら、みなそれぞれ若い頃とかわらず「すきなこと」をいろんな形で続けて「豊かな」暮らしをしていることを感じて とてもとてもうれしかった。
宴が始まって6時間後(つまり、まだその後も続いたもよう)後ろ髪を引かれつつ「酔っぱらい」はじゅんと心やさしい友だち数人に駅まで見送ってもらって(方向オンチなので)みんなとハグして別れる。
帰途 懐かしい緑色の京阪電車に揺られながら 一人でも多くじゅんのまんが、じゅんの世界にくらくらしてくれるといいなあ、と思いつつ大昔 シンコン時代をすごしたまちをあとにするのだった。

* あ、恥ずかしさのあまり 一番最後になりましたが この作品集 『嵐電』に 解説を書かせてもらいました。
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by bacuminnote | 2006-10-13 16:13 | 出かける | Comments(0)

Eureka!

▲洗濯物を干しながら、買い物に行く道すがら、台所に立って、お風呂洗いつつ。
相方と息子に、かかってきた電話で、出会うひとごとに。今日も一日何回となくぼやいた気がする。
暑い。暑すぎ。たまらんなあって。
だから、夜 9時を過ぎてちょっと風が入って 涼しくなると心底ほっとする。
そうして、もっと風を感じたくて窓際に立つ。

▲窓のむこう、夜の木々たちは昼間のそれよりも何だか圧倒的な存在感があって。濃い緑の隙間から近くのマンションの灯りが
ぽつぽつ覗いて見える。
白く長く光ってモノレール4両は、家路へとむかうひとたちを乗せて夜の中を走ってゆく。ああ、すずし。いくらエアコンがなんたらの森やら高原の風と名付けようとも、やっぱり自然の風には勝てへんわね。

▲森、といえば、夏休み前ということもあってか、広告に「アウトドアには・・」という文字をよく見かける。
今更言うのも何だけど、わが家はインドア派である(ただの出不精、ともいう・・苦笑)
それでも昔。
「よし!キャンプに行こう!」と家族で盛り上がってたこともあった。
そもそも 子どものときはともかく、大きくなってからは相方もわたしも どっちかというと明るい場所より暗いところを好んできたし(苦笑)キャンプの経験もほとんどないに等しく。そのくせテントはやっぱ Eureka! (ヨーレイカ) が色がキレイ、とか言うて・・カタログ広げて無邪気にはしゃいでた。

▲たしか上の息子が小学3年のときだったと思う。信州に(その頃は滋賀・愛知川に住んでいた)初めてキャンプに行くことになった。真新しいテントはEureka!の。(しつこい・・)グレイに深いワインレッド。いや、色やデザインの話はとりあえず横に置いておいて。
設営の仕方を「おさらいしておかんとな あかんな」ということになって、夕方 パンの仕事を早々に終わり(夏のパン屋はヒマ)近くの運動公園に親子三人繰り出し、設営の練習をした。

▲夕方とはいえ、まだまだ陽は高く。暑い運動場、炎天下のキャンプごっこの親子は、どう見ても滑稽である。いや、しかし、本番でうまくできないとイカン、と本人たちは真剣。汗かきながら時々マニュアルみながら、出来た!出来た!おおお~余裕。余裕。結構 簡単やん。と家に帰ってビールとお茶でカンパイした。

▲で、いよいよ夏休みになって、いざ出発。一日目はおどろくばかりに、さっさかさーとテント設営もできて「やっぱり、あの練習のおかげやなあ」とビールとジュースでカンパイした。ところが、二日目場所を移動してのキャンプ。何故かうまくいかず、だんだんあたりが暗くなるわ、風は出てくるわ・・で、焦って「あんたが悪い」「お前がまちがってる」と フウフでののしりあう、というおきまりのコース(苦笑)
一方「火の係」の息子もなかなか点火せず。
「もう休憩したら」と何度言ったことか。持って行った団扇がボロボロになった頃、ようやく着火!

▲すっかり遅くなった夕ご飯。
よそのファミリーキャンパーはたいていバーベキューや鉄板焼き。お肉の焼けるいい匂いと、笑い声。キャンプサイトもなんだかゴーカだし。それに比べて我が家が自慢できるのはEureka!(しつこい)だけ。テントと火の一件ですっかり意気消沈してたし。それでも、信州の友人特製の虹鱒の薫製・ベーコンに取れたてのきゅうりとなすび。家から持参した自家製の味噌・・・地味ながら、充実の夕ご飯(と、わたしは思ってたけど、あとで聞いたら息子は「バーベキュー家族」がうらやましかったらしい)

▲その後 丸二日雨に降られたけど、最終日にはきもちよく晴れ、テントにも慣れ、初めてゆっくりたき火を楽しんだ。小枝がぱちぱち燃えるさまにじっと見入った静かな夜。
よかったね。また来よう。と、珍しくけんかもせず、言い合った気がするのに。
それから、だれも「キャンプに行こう」とは言わなかった・・・なあ(笑)

▲もっとも、そのときは遠かった信州に、しかもその地よりも もっと遠くもっと高い所に、その2年後にはキャンプではなく家ごと引っ越してしまったのだけど。
結局あの数日のキャンプ以後、使わなかったテントは滋賀から開田高原に持って行ったものの、彼の地での暮らしはそのままアウトドア・ライフの世界の日々で。二階の物置に上げたきり使わないまま、また次の引っ越しとなり(苦笑)友人でもある次の住人に託して来た。
そういえば。
Eureka!とは 「わかった !」って意味だった。
なんだか意味深い。
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by bacuminnote | 2006-07-14 20:43 | 出かける | Comments(0)
▲雨上がり。抜けるような青空。そして日曜日。
みんな待ってました、とばかりに「外」に出て来たのだろう。万博記念公園行きのモノレールはホームも車内も家族連れや若い、中高年のカップルであふれてた。
わたしはひとりで。

▲田舎暮らしの頃は車がないとどこにも行けず。が、運転はへたくそやわ、あかんたれやわ、の わたしはゴールドながら村内限定免許(苦笑) 
だから、村外に行くとなると相方(運転)と下の子(都会とはまた別の意味で一人留守番させるのは気がかり)と、たいていは三人一緒で。
だから、こんなふうに朝から思い立って一人ふらりと出かけることのできるんは「まち」ならでは、とほんま しみじみ うれしい。星はちょっとしか見えへんし、真夜中も車の音が遠くこだまして、何より水がイカン!水が・・・という思いは今日は のみこんでおくことにして。

▲駅に着いて、どどっと流れる人の波に「ヒマ人がなんにも日曜に来ることなかったなあ」とちょっと後悔する。それでも、変わらない太陽の塔の圧倒的存在感に「万博に来た」ことを実感しつつ、緑いっぱいの公園内を歩く。お祭り広場ではフリーマーケットが開かれてて、すごい熱気。世間知らずのおばちゃん(わたし)は、どれどれ、と覗こうとするも「入場料」が要ると知り後ずさり(苦笑)
ちょっと先はバラ園。グリーン・ローズ、ブラック・ティ、アンネのバラ、マチルダ、アイス・バーグにストロベリーアイス・・・花よりその名前に惹かれてしばし園内をうろうろ。

▲何見ても珍しいおのぼりさん(わたし)あっち見て、こっちにしゃがみ、やっと目的の日本民藝館に到着。夏のような暑さと人の波にくらくらしていたので、ひんやりした館内の空気にほっとする。そして、ここはもう別世界のように静か。しかも特別展『沖縄の染織』の会場に入ると・・・わたしの他はだれもいない。
その気安さもあってガラスにはりつくように見入り、展示されたものひとつひとつに「わあ」と声を出しそうになる。(いや、出してたかも・・・)

▲読谷山花織(ゆんたんざはなうい)、芭蕉布、首里の絣、久米島の紬、竹富島の麻織物。どれもずっと眺めていたい。
手巾(ティーサージ)という小品は、その名のとおり「てぬぐい」らしいけど、可憐。「かつて土地の娘たちが愛する男への想いをこめて贈った織物で「想いの手巾(うむいぬてぃさじ)」とも呼ばれる」と説明にあった。
金城次郎の焼き物も展示されていて、これもまたよかった。(金城さんは2004年暮に逝去。朝日の記事

▲隅にテーブルと椅子があって、資料のコピーが閲覧できるようになっていて。わたしは自分の家にいるみたいにどしっと座ってゆっくりページをめくる。ここにあるどれもが 昔は暮らしの中に当たり前にあった「手仕事」だったのだ、と改めて知る。
柳宗悦が芭蕉布を讃えて「この前をただ通り過ぎることは出来ない」と書いていた。この手仕事のすばらしさをことばでどう表現できるのだろうと思ってたけど、彼のひとことに ただもうノックアウトされる。

▲どれくらいそうしていただろう。気がつけば60代くらいの夫婦が読谷山花織の前で立って何か言うてはる。若いカップルは熱心にメモとったり二人で作品について小声で話してる。
そう、ひとりのつまらんとこは「ええなあ」「せやなあ」が言えないことかな。
いや、わたしみたい「しゃべり」はたまにこうやって、「思い」を声に出さずひとり静かにしてるのがいいかもしれん。
そんなことを思いながら民藝館をあとにする。
そうそう。
この日の万歩計はめでたく一万歩をこえた。

追記 / 先日、ジッカに帰ったら82才の母の携帯に万歩計表示がしてあったのを発見。わたしは母と同じ携帯(シルバー仕様!)なので、対抗して(笑)やってみた。
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by bacuminnote | 2006-05-22 13:11 | 出かける | Comments(0)

春は電車にのって。

▲一昨日のこと。
太極拳でさわやかに!汗をかいたあと 家路を急いでて。しばらく歩いてふっと見上げた空から はらはらと雪が舞っててびっくりした。頭の中は太極拳と今晩のおかずでごちゃ混ぜ状態だったので気づかなかったんだけど、道端の自転車や歩道橋の手すりにうっすら雪が積もってたから結構前から降りだしていたのかもしれない。
けど、雪でおどろく、なんて。
感覚がもうすっかり「大阪」になってる。

▲ところが「あれは夢だったの?」と思うほど昨日は快晴だった。しかも風もなくぽかぽか陽気のほんとうに行楽日和。
というわけで、朝からお墓参りに相方と出かけた。(お墓に「行楽」かい?とつっこまんで下さい)
その後、わたし一人電車でいくつか向こうの駅で下車。
そこの図書館で大阪在住の児童文学作家・風野潮さんの講演会に。
「作家」の知り合いっていないからわからないけど、この方 作家然とせず、控えめで繊細な感じ。館員の紹介がなかったら、わたしと同じように講演を聞きに来てる人だと思ったかもしれない。
だけど、お話を聞いていると「物書き」として、しんどいことを越え、いまも越えている最中だという「強さ」を感じて「やっぱりプロ」と、思いました。
そして彼女の「不幸だった思春期」という話にうなずき 「だから書く」にも大きくうなずいて。

▲あっという間の一時間のあと、図書館の外に出たらお日さんがぱあっと明るくて。
ぽかぽか陽気に 道行くひとの笑顔にもなんか「春」! そのまま 家に帰るのがもったいないなあ、と急遽 来週行こうかと思ってた兵庫県立美術館『山田脩二の軌跡』に 続きで行くことにしました。
この前の雪に、ちょっとウエットな気分で思い出していた田舎暮らしだったのに、こんなにも気軽に講演に、美術館に、と一人ひょいと出かけられるのは「まち」に暮らしてこそ、と 泣いたカラスがもう笑ぅてる(笑)

▲まず阪急電車で梅田に。
隣の席にすわった若い男のコが膝の上に開いてるのは『やさしくわかる原価計算 入門ビジュアル・アカウンティング』(しらんふりしながら、横目で本の表紙を見、題名を必死で覚えるわたしも相当)なんやらぶつぶつ言うて覚えようとしてる様子なんだけど、いかんせん、車窓から惜しげもなく 注ぐ暖かな陽差しと車内の暖房が彼のまぶたを重くする(笑)
何回も本を落としそうになって、ついに諦めてバッグに仕舞う彼。「大変な時代やけど がんばってや」と、いつの間にかわたしはしっかり「おかん」視線になっているのでありました。

▲梅田からは阪神電車。土曜日ということもあってものすごい人です。こんなにも多くのひとたち 皆どこに行かはるんやろぼぉーっとしてると 「人の波」に飲まれそうになる「まだまだ都会に慣れきっていない」わたし。
それでも眼鏡つけたりはずしたりしながら看板見て、見て、無事(って、たいそうやなあ)阪神、に。

▲ひさしぶりの「阪神」・・この線には この線の空気があってええ感じ。
とくに途中で特急から普通に乗り換えてからは、どこかなつかしく遠いところに来たみたいな気分で 窓の外を見たり、前の席で本に読みふけるおじいさんを眺めたりする。
そうそう、わたしは電車で人を見るのがすきなのです。
とくに本を読んでる人を眺めてるのがすき。
もっとすきなのは 本を読んでる姿の うつくしい 若い男のコ。(笑・・・残念ながら、なかなか「であえる」ことはないです)

▲そんなこんなを思いながらの電車なので たいていバッグに入れた本は出さずじまいのまま、目的の駅に到着です。
改札を出るなり つめたく強い風に 海はすぐそこに、と感じて うきうき(なんせ海のないとこ生まれなので海には特別反応する)
駅からたった徒歩8分の美術館への道。
結局3人の方に道をたずねました(苦笑)
小さい子どもと一緒に歩いていた若いママは「階段もあるけどエレベーターでも下に行けますよ」と、おばあちゃんに教えるみたいにゆっくりやさしく丁寧に教えてくれてカンゲキ。
あれ?もしかして。そういう年に思われてるのかな。

▲(あ、わたしの話は いつも「本題にたどり着くまでなかなかや!」と相方がぼやく。ほんま、そのとおり。ごめんやけど、もうちょっとやし、この話 つきあってください・・笑)
兵庫県立美術館は大きな灰色と黒の建物(安藤忠雄の設計)。なかなかいいです。
わたしの前に一人 学生風の子が歩いていて、向こうからおじいさんが近寄って来ました。
で、「ちょっと、そこのおふたり」と声をかけられる。
「おふたり」って言われてもなあ、と思いながら(笑)「二人」立ち止まると、
おじいさんが「グループで来たけど友だちの切符が余ってるから二枚¥1800でどうや?」と交渉を開始されました。
そしたら男のコは「あ、ぼくは中の図書館に行くので入場券はいらないです。あ、ぼくは、ですけど」と、丁寧に きっぱり さわやか。かたや、一瞬「この話は得か?」と判断に迷い、黙って突っ立ってたおばちゃんはめちゃカッコ悪かったです。

▲友だちのA夫妻の紹介で山田さんと知り合ったのはもう何年も前・・まだわたしたちが信州の山の中でいた頃のことです。二、三回は我が家にも見えたのだけど、そのうち一回は息子さんと来られて、話し始めてちょっとして 相方の「一杯 
どうですか」はビールから、やがて焼酎になり、ウイスキーになり・・・そのうち息子は氏に頼まれて外に氷柱採集に。ウイスキーのオン・ザ・つらら をご所望だったのでした(笑)

▲そうしている間にも 日はとっぷり暮れ 雪はどんどん降り積もり、結局その日は山田父子はうちで泊まっていかれることに。
特別展のパンフには”人生 焼きが 大事" カメラマンからカワラマンへ。 とあったけど、
わが相方もカメラマンからパン屋へと”焼き"の道を歩んで来たので(笑)なんだか親近感を覚えて。加えて息子さんがその後、なんとわたしの故郷でパン屋を始めるという「偶然」もあって。改めてA&Yちゃんがくれた出会いに感謝。そして、ジンセイはほんまに不思議でおもしろいリンク・リンク・リンクに満ちてるな、としみじみ思う。

▲作品については、わたしは瓦作品はもちろんなんだけど、一番見たかった山田さんの若い頃の代表作と言われる「日本村1969-79」に出会えて満足だった。(見に行けない方はここ(神戸新聞)を読んでみてください。いい記事です)
帰りはワインとPAULのパン買って。ああ、いい春の一日でした。(長文におつきあい、おおきにでした)

*コメント欄を開いてみました(アドレスは画面には反映されませんので)
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by bacuminnote | 2006-03-05 11:57 | 出かける | Comments(0)

『喪失』

▲先日、友人の写真展に相方と二人で大阪は空堀(からほり)という所に出かけました。こういう感じに電車に乗って二人だけで外出は、ものすごーくひさしぶり。けど、どっちかというと「二人だけで」というよりは、子どもが「よろこんで」留守番するような年頃になったことがうれしい(笑)

▲そうそう、空堀はわたしたちにとって思い出深い地です。
相方がパンの修業した店というのが、ここの空堀商店街にあったのです。今思えば、初めから数年後にはやめるのがわかっていて、しかもパンの経験は皆無の元カメラマン。加えて、36,7才にもなる相方をよく雇ってくれはったなあ、と思います。給料も見習いにしては多かったのでありがたかった。
それに仕事は朝早いけど上がるのも早く、
相方はわたしがパートに行ってる間に帰宅。暗室だった部屋を台所にして、自家培養した酵母でパン焼きの試作を来る日も来る日も繰り返していました。

▲この空堀にあったパン屋は天然酵母のパン屋ではありませんでしたが、昔ながらの食パン・あんパン・クリームパン・・・とりわけメロンパンは絶品で、相方がパンの入った袋を持って帰ると上の息子と大喜びで開けたものでした。
わたしたちが無事パン屋としてスタートして5、6年たってからだったか、児童文学作家のひこ・田中さんがこの近くに引っ越しされたと、HPに書いてはったので「そや!」とそのパン屋のメロンパンのことをメールに書いたのでした。(わたしは彼のファンなのです)

▲そしたら、ちょっとして返事があって「早速自転車で行ってみたけど、どこ探しても残念ながらその店はありませんでした」とのこと。その後、ひこさんのHPにも『喪失』というタイトルで空堀商店街の写真とその顛末を書いて下さいました。
だから、
「そこにはもうない」ことがわかってたのに。二人で商店街を「探し」ました。

▲昨今『~商店街』というところは、歯抜けのように、あっちにこっちに色あせたシャッターが下りて、開業してはるお店までなんかさびし気に見えます。
昔は活気あったんやろなあ・・・と思いながら、通りを行ったり来たりしたけど、その店はやっぱりありませんでした。
そう言うわたしらもパン屋を たたんだのですが・・・・。
「さ、ほんなら行こか」
やっと、わたしたちはその日一番の目的の友人の写真展の会場に(天然酵母パンのセンパイ・楽童さんのやってはる
カフェ『あーんと』が空堀複合文化施設『萌』にあります)向かうのでありました。

▲『喪失』といえば、先日は京都・河原町の丸善が店を閉じたそうで。
河原町に出たら、まずは京都書院→丸善→やまと民芸(陶器)→六曜社(珈琲)だった学生の頃を思い出します。
そうだ。
我が心の開田村も町村合併で今月いっぱいでその名が消えるのだそうです。
そして 御嶽山に初冠雪!の今日、閉村式があったと「開田村」の友人からメールが来ました。
・・・・さびしいなあ。

*今日書いたことと重なるのですが、この店のことを当時麦麦通信 (その96・・2001/7/10)にも書いています。

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by bacuminnote | 2005-10-23 23:03 | 出かける

忘れる。

▲そういう年頃なのか、この頃よく「忘れる」。
いや単純に年頃のせいになんかしていて大丈夫かなあ(笑)と
いう気もちらっとするんだけど。
さっきも受話器の向こうで友人は「えっと、えっと、ああ、ここまで出てるのに思い出せない」と唸ってるし、傍ら相方は「買い物に行ったら、ほら、あれ、あれ、わかるやろ?あれ買うて来てくれ」と、のたまう。

▲ま、50もすぎればハードディスクの容量も年々小さくなって、どんどん、すぐそこの過去の記憶もはみ出してしまうのかも(そのくせ、うんと昔の記憶は頑固なまでに、きちんと抱え込んでたりするのだが)と思いながらも、
図書館で「おお!これ、これ」などと喜々として借りて帰った本を途中まで読んで初めて「あ、これ前にも読んだ」と気づく自分に、いま、しみじみと呆れ果てています(苦笑)

▲昨日は午後から親子で『国際政治を読み解く』という講演を聞きに出かけたんだけど、講師である某大学教授も講演途中二度ばかり「ど忘れ」というのがあって「クルド」と「東ティモール」が出て来ず、しばし苦渋の面持ちで沈黙のあと、会場から助けて貰ってはりました(笑)
そういうセンセの失敗はしっかり覚えてるんだけど(そういうときは何故だか目が冴えている/苦笑) 二、三回居眠りしてごっそり記憶が飛んでるとこもあって。「あかん、あかん」と思うのに、聞いてる内にどんどんまぶたが重くなる 午後からの講義のあのだるーい感じを久々に体験しました。

▲申し込みのときは、はりきってたくせに隣席の息子は爆睡してたし。
前列ビジネスマン風三人は初めからもう肩が大きくゆれていて。最後まで扇子ぱたぱたの手を止めなかったおっちゃんや、熱心にメモをとったかと思うと退屈そうにハナクソぽりぽり、親指と人差し指を絶えずこすって、そのうち眠る・・・を繰り返していたお方もいて。相方は最後まで「静聴」していたみたいだけど、あとで聞いたら感想は「新しく得ることは何もなかった」そうであった。ううむ。
・・とまあ、そんなわけでわたしには「聞く」より「見る」がエクサイティングな2時間でした。

▲帰りは熟睡して目覚めさわやかな息子(笑)のリクエストでこの暑いのにラーメンと餃子。
親は生ビールと串カツも注文して。まだ明るいうちにビールをのむシアワセに酔いながらよろよろと(笑)店を出たのでした。が、家まで歩くわずか10分余りのうちにそんなシアワセも「忘れて」「ああ、家に着いたらビール飲も!」と思う(笑)
とにかくまあ、ものすごく暑い大阪の一日でありました。
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by bacuminnote | 2005-06-26 10:24 | 出かける

忘れてしもた。

▲ぽかぽか春の陽気から一転、昨日は真冬に戻ったかのような冷え込み。
外は、淡いグレイの空をバックに 白い雪と紅梅が一緒に舞って、息をのむようなうつくしさでした。

▲昨日は大事な用事があって 朝早くからひとり京都に行って来ました。
京都(学生時代に暮らしたなつかしいまち)に行くのは、最後がいつだったか思い出せないくらい久しぶりのことです。
お昼過ぎに用事は終わり、バスで五条坂から四条河原町まで。
道中 車窓から見覚えのある古い看板や家並みを眺めていると、窓の向こうに 思春期特有の すね顔で歩く18,9のわたしが見えるようで、思わず顔がゆるみます。

▲けど、八坂神社を越え、祇園をすぎる頃になると だんだん「今の京都」が見えてきて。
知らなかったビルが建ち、京阪電車が地上から姿を消し、河原町に着くと角にあったはずのカネボウもなかったし。
この頃から京都では雪が降り始め、どこでお昼を食べていいやら、探すのも寒いし、と田舎者はデパートの最上階へと登るのでした(笑)
が、日曜日のデパートの食堂街がこんなにも一杯だとは。
目をつけた店はみな行列か、店の前の椅子で待機。そこまでする情熱もなく、おなかも空いてたし。
で、唯一すぐ入れそうなお店に。そしたら案の定 高い・少ない・味はもひとつ・・の哀しい結末でありました。

▲ 前の晩から「一人京都でごはん」にそわそわしてたのになあ。
「しゃあない。もう家に帰ろ」 と しょんぼり外に出たけど、やっぱりまだおなかのあたりが物足りなくて。
思わず近くにあった店に入って、好物のバウムクーヘンと珈琲。おお~うまい。ここのバウムクーヘンには ちゃんとゆるめに立てた生クリームが添えられていて、満足。

▲思ってたより京都は近く1時間ほどで最寄りの駅に着きました。
強くて冷たい風と雪の中、お芋に大根、かぼちゃの入った重い買い物袋をひきずるようにして帰ったら、留守番の男ふたりは 暖かい部屋のおこたに寝そべるようにしてテレビの漫才に夢中なのでした。
ふん。
重たいモン持って 寒い中帰って来たのに。
「おかえり」 とか 「外、寒かったやろ」 とか  ないん?
洗濯物も雪の中 取り入れんと 外にほったまんまやん。
台所もいっぱいやし。
なんやねん。
と、めちゃ腹たってたのに。
「おかあ、次、中田カウス・ボタンだよ」の息子の声に 「えっ?何?ほんま?」と、即、テレビの前に。
気が付けば、親子三人カウス・ボタンの話芸に大笑いしており。
あ、怒るの 忘れてしもたやん。
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by bacuminnote | 2005-03-14 21:05 | 出かける

エアーポート

▲秋晴れの青空に誘われ 息子と二人 (出不精の相方は留守番)「よっしゃ。これから伊丹(大阪国際)空港へ行こう!」
・・・って、飛行機に「乗る」のではなく「見に行く」だけなんですけどね。
上の子はあっちこっちで飛行機に乗ってるし、親のわたしたちも何回かはあるのですが、山生まれ、山育ちの息子(その2)は乗るのはもちろん、飛行場に行くのもこれが初めて。空港にはモノレールであっという間に到着。こんなんだったらもっと早く連れて来てやればよかったなあ。いや、近くだからこそ「またこんど」を繰り返していたんだっけ。

▲じつは、先月DVDにて鑑賞の『ラブ・アクチュアリー』の冒頭に出てくるイギリス・ヒースロー空港の到着ゲートのシーン・・・親子・友だち・恋人たちが「再会」にハグしてる(抱き合う)場面がそれはもう とてもあったかですばらしくて。こんな場面を息子にも見せてやれたら、って思ったんだけど・・・。よく考えてみたら、今は国際線といえば関西空港からの発着がほとんどみたいだし、第一日本人ってめったなことでは人前でハグなんてことしません、しね。

▲というわけで、この日も見たのは関西に里帰りの息子(または娘)夫婦と孫をおじいちゃん・おばあちゃんが見送りに(または迎えに)来てる、という感じのグループいくつか。それにこの時期ゆえか 圧倒的多数は修学旅行の生徒たち。
みんなおそろいのU.S.Jの大きな紙袋を持ってぞろぞろ歩いてる。旗を掲げて先導の添乗員とセンセが「早く、早く」と声はりあげるも、生徒たちはあくまでもぞろぞろペースを徹底キープ(笑)
空港のあちこちに この「座り込み団体」 とにかく荷物がすごい。そしてみんなお金もエナジーも全部使い切ったって顔。半ば放心状態(笑)で座り込んでる。なんかすごい光景でありました。

▲展望台で手すりに肘おいて、次々と飛行機が飛び立つところをぼーっと見てるのはいい気持ち。空はどこまでも青く広く。「いつか○○に行きたいなあ」「うん。一緒に行こうね」と隣の若いカップルの会話が聞こえて思わず顔がゆるんで。
搭乗の様子を見てると知らない多くのひとたちに「いってらっしゃい」と言いたくなる。こんどは自分が「いってらっしゃい」と見送ってもらいたいなあ。ここでない、どこかに飛ぶ、ということに惹かれながら、また一機飛び立つ飛行機を目で追って。

▲「おおお、飛んでる」と間近に飛行機を見てカンゲキしていた息子も そのうち「あああ、ぼくも飛行機乗ってどっかに行きたい」と「見てるだけ」に飽きた様子。やっぱりね。思うことは同じ。
んじゃあ、どっかで一休みしよか、ということに決まり。
いつもなら「もったいない」と入らない喫茶店に、いつもなら珈琲だけどショーウインドウの中、なんともそのオールドファッションな姿(笑)に惹かれて「レモンスカッシュ」を注文。厚ぼったいグラスにレモン一切れと缶詰の薄紅色のチェリーひとつ。
喫茶店はサテン、アイスコーヒーはレイコー、ミルクティーはミティー、そしてレモンスカッシュはレスカ、野菜サンドイッチはヤーサン・・・となんでも縮めて言ってうれしがってた、あの修学旅行の子のような年頃を思い出す。
ああしかし、こんなん氷のぞいたら中身ちょっとやん。家ならもっと大きなグラスでたっぷり飲むのに。¥500は高いなあ・・・と ゆっくり郷愁に浸ってられん「おばちゃん」です。

▲帰りには息子もわたしも好物の伊勢の赤福餅買って、この頃すっかり左党になった相方には広島・鞆の浦の竹輪を、息子も小遣いで「おとう」にと京都・祇園の黄金一味とやら。旅行気分であちこちのモン買って帰宅。
この間(かん)わずか二時間余り。時間の割りに出費のかさむ「小旅行」(笑)ではあり、感動的ハグシーンにも出会えなかったものの
十数年ぶりのエアーポートでいろんなこと思って、たのしかった。
けど。
こんどは乗客として訪れたい、です。
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by bacuminnote | 2004-10-11 11:26 | 出かける

奈良

▲なんだかここに越してから ずっとずっと「夏」が続いてる感じがするのに。明日でやっと8月が始まるんですよね。ふう。長いなあ「夏」。
開田高原の友人から「いまフリースを着込みました」なんてメールをもらうと思わず受信の日付を見直してしまいますが、もちろん今のこと。夜になると涼風は冷風に、の開田in summer なんでした。いいなあ。(そのかわり「冬」がうんと長いんだけど)


▲朝から暑さ全開!だった木曜日 母の見舞いに奈良の病院に行きました。
まだ「電車」も「一人外出」も珍しいので 緊張気味に改札を出るわたし。でも病院行きはこれで二回目だから、ちょっと余裕かも(笑)
乗り込んだ地下鉄で よくよく効いた冷房に 肌の露出度大きい若い女の子見ては「寒ぅないんやろか」と気になったり(帰ってから相方に言ったら「そらお前とちごぅて若いから平気なんやろ」と返されたけど)
「あのぉ、その件なんですけどぉ 今 営業のモンとも話しましてですねえ・・」
と、ここにいない人にはお辞儀までして気を遣ってるのに、ここにいる人への配慮は なく携帯でしゃべるのをやめないサラリーマンのおっちゃん。「夏期集中講座・問題集」を一心不乱に解いていた きれいに眉毛カットの男子高校生くん・・・と まだまだウラシマタロウ的視点。そしてこんなふうに眺めたり感心したりしてるモンで 膝の上、開いた本がいっこも先に進みません(笑)


▲病院に着いたら、母は同室の方と楽しそう。八十すぎて、年齢も してきた仕事も環境もまるでちがう人たちと「痛み」を語り 冗談言うて笑ってすごせてほんまよかったわ、と母。2年前の入院のときは長野から日帰りでせわしなく見舞ったことを懐かしく想い出しながらこの日はゆっくりしゃべって病室を出ました。


▲外はもう地面からもわあ、と立ち上がってくるような熱気。しかも病院内でうろうろ(迷い)せっかく『駅前倶楽部』で調べて行った電車に乗り遅れ、ただでさえ暑さで頭がぼぉーっとしてるのに、この時刻に乗ったら○時着やったけど、一本遅らしたら・・とわたしの頭の中のダイヤグラムは完璧にぐじゃぐじゃ(泣)
結局、遠回りながらバスで奈良駅に出ることに。


▲ため息つきつき乗ったこのバス、しかし空いてるわ、涼しいわ、長いこと忘れていた道を走るわ、で大正解でした。車窓から見える 標識のみごとに上から下まで「~院」「~寺」「~神社」に、ああ奈良やなあ。
奈良ホテルのあたりの緑、緑も涼しげで。公園では鹿も見て、猛暑の中 女性客2人乗せて走る人力車も見て(運転?のお兄さんはなんとお客さんと笑って話しながらの走行であった。すごい!)かつてよく歩いた商店街を遠くから眺め、じゅうぶん楽しませてもらったところで終点・奈良駅に。
そうそう、この日持参した小説の背景が思いもかけず奈良で。気分は奈良 な一日でした。若い頃はふん、と思ってたけど。バスから見た奈良の町並みにちょっとじんときた。


▲帰途 地下鉄で「梅田」をすぎ、3年ほど前に用事でここを歩いていたとき 中島らも氏とすれちがったことを思いだしていました。すごくすごく痩せてはったけど、その存在感もまたすごかったので すぐに「あ、らも」と思い 立ち止まり振り返り 人混みに吸い込まれてゆくまで 少しの間 後ろ姿に見入っていたのですが。
中島らも氏死去のニュースには友人・知人がそのHPでみな一様に寂しくなった、と書いていました。友だちと(らも)のことを特別にいっぱい話した、ということはなかったけれど。みんな それぞれのこころの中に確かに(らも)は いてたんやなあ、と思いました。
(らも)の『ぷがじゃ』(プレイガイドジャーナル)連載の頃を想い出す。そんな『ぷがじゃ』が出かけるときは いつも布のかばんに入っていたあの頃を思いながら 電車の中 わたしの前に立ち『ぴあ』を開く若い男の子を眺めるのでした。
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by bacuminnote | 2004-07-31 22:30 | 出かける