いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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カテゴリ:本をよむ( 179 )

もう8月やなんて。
ああ一ヶ月早かったなあ~と、カレンダーをめくりながら毎月お決まりの台詞である。

買い物に行ったら「夏のギフト」の横に「お盆のお土産」のポップ~次から次へと。ゴールの「年の暮れのご挨拶」「迎春準備」まで。

▲「買え」「買え」と宣伝する方もつみぶかいと思うが、そんなもんに知らんまに追われてしまうわたし(ら)もどうかしてる。なんで、もっとどっしり構えていられないか、自分流を貫けないのか。なんで、目新しいことにとびついて、じっくりものごとを考え続けられないのか。

ため息つきつつ自問しつつも、今日は木綿豆腐と大根とバゲットを買う。

帰り道~遠くからうぃーんうぃーんと草払い機が唸るのが聞こえた。この炎天下、街路樹周辺の草刈り作業の人らがお仕事中。もわーんと熱気のなか草のほこりが舞い上がる。作業員さんら、みな汗で作業服がぐっしょり濡れているのが、道を挟んでもわかる。

▲小学生のグループが、だだだだっと、おばちゃんを追い越し走ってく。塾の名前入りリュックを揺らし、保冷のお弁当バッグとお茶をぶらぶらさせながら。まるでプールに行くが如く、公園に集合するが如く。わいわいはしゃいで走ってる。いまや塾というところはそういう場所なのかな。

買い物行って郵便局と図書館寄って、たったそれだけで、今日一日分のエネルギー使い果たしたみたいに、とろんとろん溶けそうになって帰って来た。ああ、暑いときに熱いものを、とクーラーのよく効いたスーパーで思って、重たい大根一本買ったのだけど。とても煮物する勇気がわかない。

こんなふうに「暑い」とぼやいてばかりの毎日だけど。それでもおもしろくいい本にめぐりあえて、読む、読む、読むの夏だ。
前回からリニューアルした「ち・お」116
『親になるまでの時間 後編』(浜田寿美男著)がカライモブックスから届いてさっそく読む。今回はこどもの学齢期からの話なので、当然だけど学校の話題が多かった。

わたしの周辺のひとたちは、こどもがちいさかったときの話をするとき、保育園のころのことは、こどもの病気や予防接種のことや、自身の仕事など大変な時期だったにもかかわらず、そろって皆いきいきと語る。週明けに園に持ってゆく大量の着替えも、重い絵本袋も、お昼寝布団も。

▲顔をくもらせるようになるのは、たいてい学校が始まってからで。その辺に学校とはどういう場所かという答えも潜んでいる気がする。もちろん、心配なことや悩みが、年齢とともに複雑になってくるっていうのもあると思うけれど。それに、いつまでも一日かけまわって遊んで昼寝してるわけにはいかないから。生きてゆくにはそんなわけにはいかないから~という声も(せやからガッコにはちゃんと行かせなあかん!と、よく言われました)あるのだろうけれど。

ウチはふたりともいわゆる義務教育期間にガッコに行かなかった時間が長くて、「学校が生活を制圧」(p58)とはならなかった。いや、親としては家が学校に侵食されるのが(*「学校が生活を侵食して」p56)たまらんかったから、こどもらの「行かない」をむしろ歓迎した。それは当時わたしたちは田舎の小さなパン屋で、親はそれほど忙しくもなく(苦笑)一日中在宅しており、親も子も「いつも通り」でいられたことも大きいかもしれない。

けど、ふりかえって考えてみるに、こどもらにとってその頃~ガッコに行かないあいだ「家」での時間がたのしかったかどうかはわからない。あたりまえのことだけど、家には家の鬱陶しいこともいっぱいあったはず。何より自由でいることって、つねに自分で何をするか、何がしたくないか、向き合うことにもなるわけで。それは単純に気楽というわけにもいかなくて。

ただ、退屈するほどにいっぱいの時間があったのはよかったとおもう。彼らの芯のところにあるのは、その長い時間「わからなさ」に、たちどまり、地団駄を踏み、なやみ、考えた(続けた)ことだと思う。いま大人になった息子らを見ていてそう思う。いや、でも、こういうのもぜんぶ親のわたしが勝手に思ってるだけかもしれない。なんせ、こどもは親のきゅうくつな思いなんか蹴飛ばして大きくなってくれる。

▲【学校というと、どうしても、なにか将来のために「力を身につけていく場」だというイメージがあります。保育所、幼稚園で力を身につけて小学校、中学校、高校へ、そして高校までに身につけた力で大学へ、さらに大学で力をつけて社会へ、という感じです。だけど、この発想をつきつめれば、園は学校へ行くための準備、学校は社会に出るための準備ということになります。そんなふうに見れば、なにか、いつも将来のために準備ばかりしていなければならないような気分になってしまいそうです。

よく考えてみれば、人生に準備の時代など、ほんらいはないはずです。】(p22p23

▲ここまで書いて、ふとデパ地下やスーパーのポップを思い出す。次から次に「準備」することに気を取られていると、たちどまって考えることがなくなってしまうんやないかなあ。くわえて、忙しくすることで考える時間をなくすことも。

この本、学校の話だけじゃなく思春期の話(第四章 思春期はややこしいもの)もあり今回も読み応えじゅうぶん。おすすめです。

▲さて、もう一冊は図書館の児童書コーナーで出会った写真絵本『おじいの海』(濱井亜矢 写真・文)この本は福音館の月刊『たくさんのふしぎ』2004年5月号~タイトルから想像つくように沖縄の海と「おじい」と呼ばれる仲村善栄さんのお話。

▲仲村さんは1917年(大正6年)沖縄生まれの沖縄育ち。本が出たころは86歳の海人(うみんちゅ)。小さいころから海が好きで12歳のとき父親について漁を始めたそうだ。54歳のとき病気になった仲村さんは入院先の医師に「もう海に潜ってはいけません」と告げられて。仕方なく海の上でできる仕事をしてたんだけど。

【ちっともおもしろくありません。船の上でじっと待ってることができなかったのです。やはり海の中にはいって、魚を追いこんでいくのが性にあっていました。そこで、自分のペースでできるよう、ひとりで追い込み漁をはじめたのです。】

この一人追い込み漁の「おじい」のかっこいいことというたら。麦わら帽子に白いシャツ~強い風でも吹いたら飛ばされそうな痩せて日焼けしたおじいさんが(すみません)ゴーグルつけてウエットスーツ着るや、いっぺんにスーパーマンの如くしゃきーんと変身。ああ、もう、このひとはしんそこ海がすきなんやなあと、海中の写真など、ほんまかっこよくて惚れ惚れするようで。

でも、家族はみな高齢で海に出る「おじい」が心配。だから【海に出るときのおじいは風のようにすばやい。だれがなんと言おうと、おじいはあっという間に準備して、「一時(ちょっと)行ってきよーね」と、にげるように海へ消えていきます。】~ちょっと俯きかげんに出てゆく「おじい」の姿は親に叱られながら、遊びに行くこどものようでかわいらしい。

▲この本を読んだあと、わたしはふと母のことを思う。

始まりは、ただ親の言われるままに結婚した相手の家の仕事にすぎなかったのに、ろくに包丁も持ったこともなかったのに。川魚を捌き、へついさん(おくどさん)で次々炊き上がってくる5升釜のご飯を、大きな飯台にうつし、酢飯をつくり。旅館のおかみさんもして、働いて働いてきたから。いつのまにか仕事が自分の背骨みたいになってしまったんやろなあ。

いまあり余る自分の時間が、しみじみさみしいという。日々できなくなることがさみしいという。「せやから、できんようになること増えても、まだ、なんとかできることで、わたしは役にたちたいねん」という。
そう思ったらじっとしてられず、さっそく今いるホームの職員さんに「何でもわたしにできる用事言うてちょうだい、っておねがいした」そうで。

そんでな、レクレーションに使う輪投げの輪作りを、手伝わせてもらってん。「さん、仕事早いねえ。もうちょっとゆっくりしてよ~」と職員さんに言われてん~と得意気に話す母。ところが、がんばりすぎたのか、くたびれたのか、かんじんのレクレーションの時間に熟睡してた、というから、いかにもお母さんらしいな~とつれあいと大笑いした。

▲話そうと思うことばがすっとでてこない、話してる途中で次のことばを見失う。歩くのもおぼつかなくなって・・と最近元気のない母にも、着せてやれる「おじいのウエットスーツ」はないものか、とかんがえる。(とりあえず今日つれあいとCDプレイヤーを買ってきた)

▲そうそう、これを書きながら『おじいの海』の仲村さんのことが気になりネットでみたら、20105月に急性心不全で亡くなってはることを知る。「4月下旬、久しぶりに次男の茂さんと共に漁に出た際海中で心肺停止となって・・」と新聞記事にあった。そうか~ほんとうに最後の最後まで海人やったんやなあ。94歳だったそうだ。

*追記

その1

『おじいの海』作者のブログ

「おじい」亡きあとのエピソード~とてもいい記事です。


その2

書きそびれた本

『俳句と暮らす』(小川軽舟著 中公新書)


その3)

今日はこれを聴きながら。
まだまだ暑い日がつづきますが、
体調くずさないように気ぃつけてくださいね。

Keaton Henson - Nearly Curtains


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by bacuminnote | 2017-08-02 21:24 | 本をよむ | Comments(2)

濃い色から淡い色に。

空が急に暗くなったので、軒下の洗濯物を家の中に入れた途端、雨が降り始めた。いきなりの大雨と雷は空が割れるんやないか~と思うほど大きな音で、洗濯物を腕にいっぱい抱えたまま立ち尽くす。ちょっとした雷でも、きゃあきゃあ大騒ぎするこわがり(←わたし)は、こわすぎると逆に無口になり、くっと息を潜めて「嵐」が通り過ぎてくれるのを待つのだった。

▲幸いはげしい雷雨はいっときで終わって、雨のあがった後、辺りはしーんとしてる。短時間とはいえ一気に水浴びした緑たちが、薄暗い庭のむこうで、今にもごそごそと動き出すんやないか、と思うほど生物(いきもの)らしい表情を見せており、ちょっとこわいようなうつくしさに見入っている。窓からは涼風(すずかぜ)がすいーっと入って来た。

▲ぼんやりしている間に7月になった。
ケッコンしてから7月は二人の母の誕生月になり、いつも何を贈ろうかとあれこれ悩んだものだった。
義母に初めて誕生祝いをしたとき~たしかそれは白地に紺のシンプルな幾何学模様のブラウスだったとおもうんだけど~包みをバリバリと開け(義母はいつもゴーカイに包装紙を破き、リボンでくるくる巻いてゴミ箱に。母はというと、留めたセロテープさえも爪の先でそろりと剥して包装紙もリボンもぜんぶ取っておくタイプ)ブラウスを胸に当てるや「うれしい」と泣き出さはったんで、びっくりしたりカンゲキしたり。

母の誕生祝いを娘らが贈るのはごく自然のことだったけど、義父もつれあいも義母にそういうことはしたことがないらしく「ウチとこは、だーれも祝ってくれへんから、わたし自分の誕生祝い用に毎月掛け金してたんよ。一年たって満期になったら、それで自分で何か買うてお祝いしててん」と泣き笑いしながらその場ですぐにブラウスを着てみせてくれて、うれしかった。

▲なんというても「自分のための掛け金」というのが新鮮で。なかなか「自分のため」にお金を使わない母にも教えてあげなあかんなあと思ったものだ。そんな義母の誕生祝がいらなくなってもう三回目の7月だ

そういうたら、母のことは「母の日」に誕生日に、と忘れたことなかったけれど、父のことは時々知らん顔で過ごしたっけ。とりわけ「母の日」には娘らから何やかやと送ってくるのを「おまえはええなあ」と羨ましがっていたらしく。いつだったか母から「(お金は)わたしが出すし、お父さんにも父の日に何か贈ってやって」と電話がかかったことがある。

果たして、そのとき父に何か買うて送ったのかどうか全く記憶にないんだけど。母が娘らからの贈り物の包みを開けるそばで、拗ねたように新聞読みながらその様子をちらちら見ている父の姿が浮かんで、今更ながら笑うてしまう。

この間、三番目の姉がこどものときの写真をメールで送ってくれて、その中の一枚はわたしもだいすきな写真なんだけど、残念ながらわたしと母は写っていない。(わたしが生まれてまもない頃やろか)コート姿の父がしゃがんで、姉二人が両脇に、三番目の姉が父の膝に小さな片手を置き座って笑っている。父は若いときの佐田啓二みたいに、ちょっとおとこまえで「マイホームパパ」みたいにやさしく微笑んで。姉と「写真はうそつきやなあ」と笑う。


▲時代も家業も「成長期」で、とにかく年中忙しい家やったから、お客さんや近所の人に娘四人のことを「お嬢ちゃんばっかりで、にぎやかでよろしおまんなあ」とか言われると、いつも「つまらんけど、まあ、女の子やさかいに(家業や家事手伝いに)よう間に合いまっせ」と、父が答えていたのが、こども心に腹立たしかった。

▲思春期になると「待ってました」とばかりに父に反抗しては、そんなとき決まって返される「だれのおかげで学校に行かせてもろてるねん!?」には、よけい反抗心を燃やしてた。(一度「お母ちゃん!」と応えて、激怒されたっけ)

先日、是枝監督のエッセイ「父の借金」を読んだ。(是枝裕和対談集『世界といまを考える』第三巻 PHP文庫 所収)

是枝氏がお父さんのことを語っている文章は何度か読んだことがあって。だから【台湾で生まれ、従軍し、満州で敗戦を迎え、進駐して来たソ連軍に捕虜にされ極寒のシベリアに連行された。そこでの三年近い強制労働を何とか生き延びた末に初めて本土の土地を踏んでいる】(p385)ということは知っていたのだけれど。

タイトルにある「借金」の大変さは、だれよりも氏の母親が何度も味わうのだが、大人のしんどい状況は、たいていこどもにとっても辛い状況なわけで。ふいっといなくなる父親と、借金の不安はいつまでも消えない。そうしてお父さんは八十歳のとき、自宅からバス停に向かう道で突然倒れて亡くなる。

遺族にとって、一番心配だったのが、どこからか大きな借金が出てくるのではないか?ということだったそうで。母親には内緒で氏はお姉さんと父親の持ち物を探り、一枚の消費者金融のカードをみつける。

▲借り入れ額は、意外に少額で146130円だったらしい。ところが7年ちょっとの間に200回以上も返済と借り入れを繰り返してることがわかる。八千円返済して同時に五千円借りて。九千円返して六千円引き出し。九千円返して一万円借りる・・・というふうに。

▲消費者金融の分厚い明細を首をかしげながら息子が繰ってるようすは、なんだか是枝監督の映画の一場面を観ているみたいだ。可笑しいような哀しいような。それでいてやっぱり訳わからんお父さんのエピソードだけど。ひとはわからなさの中で生きているんやろな~としみじみ思う。他人のことも自分のことも。

そうしてわたしが父親にたいするきもちも、訳わからんまま、許せないと赦すを行き来しつつ、でも少しづつ色が変わってきてる気がする。寒色から暖色に。濃い色から淡い色に。

【僕が描いてきたのは、不在の父の役割を担い、子供時代を奪われたまま成長する少年や、家の中での居場所を失い、自分が稼いで建てた家を孫からは「おばあちゃんち」と呼ばれることに不満を抱く引退した医者の父でしかない。父は常にどこかで屈折し、居心地が悪い。そして、そんな父の苦悩は周囲からは理解されず、謎として処理される。それが、僕の父に対する実感なのだと思う。】(p384

【僕の父は死してなお謎のままではあるが、しかし、それは闇の中に不安や恐怖とともに存在する謎ではもはやなく、どこか暖かさを感じる光のようなものに変質している。それは僕が父になったこととどれ程関連しているのか?僕自身にも未だわからない。】(p392


*追記

その1)

是枝監督の対談集は1~3まであって、対談の相手もさまざまでおもしろく読んでいます。今回エッセイ(初出は『考える人』2015年冬号)にはお父さんの話にビクトリ・エリセ監督の『エル・スール』(←だいすきな作品)を重ねていて、この映画もまた久しぶりに観たくなりました。

この第三巻の最後は鴨下信一氏との対談「ホームドラマにおける芝居とはなにか」には、山田太一脚本の『岸辺のアルバム』から懐かしい『天国の父ちゃんこんにちは』まで語られていてうれしかったです。


『天国の・・』は1966年から放映されていた連続ドラマで、わたしは小学生の頃観ていたのですが、大人になって、「ひととき会」(朝日新聞「ひととき」欄に掲載された人たちの会)に一時期入り名簿に原作者の日比野都さんのお名前を見つけて、おお!とカンゲキしたことを思いだします。

ドラマのなかで何度も出てきた詩(主人公の「パンツやのおばちゃん」が亡き夫からプロポーズされたときの詩)もよく覚えています。

*このテレビドラマの一部(動画)を見つけました。劇中(3分あたりから)~園佳也子さんがこの詩を朗読してはります。→ もう主演の森光子さんもこの園佳也子さんも故人となられましたが。


【貧しいから あなたに差し上げられるものといったら

やわらかな五月の若葉と せいいっぱい愛する心だけです。

でも、結婚してくれますね。】


その2)

ペーター・ヘルトリング が亡くなられたそうです。

大人になってから、こどもの本を読むきっかけになった作家でもあり、いっときはわたしだけやなくて、息子も夫もよく読んでいました。『ヨーンじいちゃん』『ヒルベルという子がいた』『ひとりだけのコンサート』『クララをいれてみんなで6人』・・・と思い出す本がいっぱいです。(ここで少し書いたのは彼の自伝的な本『おくればせの愛』→


その3)

今回書けなかったけど読んだ本。
『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女』(上間陽子著 太田出版)→


その4)

観た映画。(よかった!)たいてい観たいと思う映画は、わたしが諸々の事情で行きにくい映画館でかかってて、いつも諦めてるのですが、これはわたしでも「行ける場所」だったので、迷わず行ってきました。

「トランプ政権がイランをふくむ特定7カ国へのビザ発給制限と入国の一時禁止を検討しているとの報道を受けて、主演女優タラネ・アリドゥスティとアスガー・ファルハディ監督も〈もし私の渡航が例外とされても到底許せない〉と声明を発表」~授賞式を辞退ということで話題にもなりましたが。

『セールスマン』


その5)

きょうはこれを聴きながら。
Patrick Watson - Shame


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by bacuminnote | 2017-07-11 09:21 | 本をよむ | Comments(0)

▲6.15なんという一日のはじまり。

いつもコンセントも抜きっぱなしのテレビに、それでも受信料をあえて払い続けているのは、国会中継など「ここ」というとき観たいからなのに。NHKは今回(も)中継をしなかったから。朝いちばんの珈琲も淹れずにパソコンの前に座った。

何もかも念入りに仕組まれた、でも、ちっともおもしろくないドラマを見せられている気分で。むかむかする。いや、ドラマだったら画面の向こう側で何が起きようが、気に入らなければスイッチを切ったらそれで全部お終いにできるけど。もはやそんなのんきな話ではなく。

前にも読んだ『茶色の朝』の恐怖を思いだしながら(ここに書きました )この本の解説にあった高橋哲哉氏の【やり過ごさないこと、考えつづけること】を自分に言い聞かせる。

そんな重いきもちとは裏腹に、梅雨ながら毎日ええお天気がつづいて。今日も又すきとおった青空がひろがる。刷毛で掃いたような雲が「何あほなことばっかしやってるねん!」と人間を笑い飛ばしてるみたいに見える。

庭の緑は(草のことデス)このまえ刈ったとこなのにもう伸びて。ぐんぐん伸びて。「七月や既にたのしき草の丈」っていう日野草城の句があって。最初「たのしき」やなんて。よう言うわ~(苦笑)とか思ったのだけど。

後日この句が草城の晩年に近い時期、病気療養のさなかの作句と知って、そうか。せやったんか~草の勢いに「生」を思ってはったんか~としんみりする。けど、ふりかえってみるに、わたしも友人たちも若いときは快活とか、精気みなぎる~みたいなのはなんか恥しいと思ってて。服装でも生き方でも、ちょっと草臥れたような、枯れてるのが、かっこいいと思ってた気がする。

▲いまはもうみなぎる精気などはないから。映画館のシルバー料金をなんの証明も要らないことにちょっと不満なおばちゃんであり。若い日の老成のフリが愚かしくもあり、いとおしく思える。

さて、晴天続きってことで、午後に買い物や用事に出ると保育園のおさんぽや小学生が校外学習?から学校に戻るところに、たびたび出くわす。ぞろぞろ、ぞろぞろ長い列だ。暑いし、だらけてる。あっち見て、こっち見て。歌をうたう子、大きなあくびの子。前とうしろで、足を蹴った、蹴らないで、けんかする子。通りすがりのおばちゃん(わたし)に手をふってくれる愛想よしから、口をぎゅっと結んだ不機嫌な子も。

ああ、にぎやか。皆それぞれ、ばらばらで。センセはさぞかし大変やろけど。ええなあ。こういうのすきやなあ~と後ろ姿を眺める。そしてその後ふと、この子らにあんな国会のようすを、嘘と詭弁にまみれた政治家たちのうす汚れたことばを、大人たちはどうやって説明できるんやろ、と思いながら、歩く。

この間からリハビリの待ち時間に『ボーイズ イン ザ シネマ』(湯本香樹実著 キネマ旬報社)という本を読んでいる。わたしの持っているのは初版1995年刊なんだけど、初めて読んだのはずっと後。だから中に紹介されている映画の上映が終わっているだけじゃなくて、DVDにもなっていないものが多くて、観る機会がないのはとても残念。(本も絶版のようで残念)

それでも、ふしぎなことに観たいくつかの作品についてのエッセイより、むしろ観たことのない作品について書かれたものが印象に残って。文章から想像してちょっと「観たような気になってる」ものの、実際には観ていないからそのうち忘れて。しばらくしてまた初めて読むきぶんで本を開く・・というようなことを繰り返してる。ああ、これこの前も読んだなあと思いながらも、書かれている著者のこども時代のエピソードがそのつどたのしい。

そのなかの一篇『アーリー・スプリング』は、【ある日、私は穴を掘りはじめた。穴のなかに秘密を埋めるのだ】と、始まる。いや、これも映画の話じゃなく著者のこどもの頃の話なんだけど、気になる書き出しだ。(この方の「始まり」はいつもええ感じ)

最初は母親にもらったクッキーの缶にだいじなものを入れる。字はまだ書けなくてりんごの絵を描いてハサミやのりやガラス玉のついた指輪や牛乳瓶のフタを入れて。そして、それをどこにでも持ってゆく。これ、たぶん女の子でも男の子でも覚えのあるシーンだと思う。

つぎに母親の鏡台の抽斗のひとつを専用の抽斗にもらうことになる。鏡台の抽斗と聞いただけで、わたしも当時母のつかってた乳液の瓶やヘアーブラシが浮かんでくるようだ。うれしくて、著者は大好きなワンダースリーのシール(手塚治虫のSFテレビアニメ)を貼って、いきなり母親に叱られ断念。次に思いついたのが、だいじなものをクッキーの缶に入れてそれを「埋める」という方法で。著者はいっとき家の庭じゅうを掘って掘って掘りまくるんよね。

そういうたら、わたしもラムネの瓶から取り出したビー玉を姉からもらって、庭に埋めたことがあったっけ。はじめは、毎日のように場所をたしかめて、追加にボタンや川原で拾ったきれいな石とかも入れたりしたのに。そのうち確認を怠って(苦笑)はっと気がついたときは、どこかわからなくなってしまった。
だいじにしなければ、と思うものはだいじにしすぎて(?)仕舞いこんで、それがどこだか忘れてしまう~というこまった癖は未だ治ってないんだけど。

▲やがて著者は中学校に入って、鍵のかかる抽斗のついた机を買ってもらい「秘密を隠す場所探し」はとりあえず終わることになる。
【私はいつも、その鍵を持ち歩いた。ひきだしの中身より、鍵が宝物みたいだった】(p16)この感じよくわかるなあ。わたしの場合は鍵付き日記だった。あこがれのそれを初めて手にしたとき、こんなのでちゃんと閉まるのかと思うくらい錠前も鍵も小さくて。指先でつまむようにして鍵をもって鍵穴に入れて回すと、カチッと錠が開いて。そんなん当たり前やのに、そのことにカンゲキして、中に何書こうかとドキドキしてた。

▲こんなふうに本を読みながらわたしは著者の思い出話から自分のこどもの頃へと、何度も何度も飛んで行ってる。すっかり忘れてしまってたようなことが、ふいに目の前に現れて。しばしタイムスリップしたみたいに「そのころ」を歩いてくる、というトリップを楽しんでる。たまに思い出したくなかったことも見えたりするんやけど。

そうそう映画のことは、最後の6行に書かれているだけ。湯本香樹実さんのこのセンスだいすき。(いつも長々しゃべりすぎのわたしのあこがれ)
この映画観たいなあ。(予告編

【『アーリー・スプリング』のエスターを見ていると、心のなかの秘密のひきだし、そこにおさめられた秘密ののぞみ、そんなものが世界の半分を占めていた頃のことを思い出す。少女のリアリティが心身両面から立ちのぼってくる、素敵な映画。エスターが駄菓子やパン類を頬張っているシーンがたくさんあって、そういうところもなんだかうれしくなるほど女の子そのものなのだ。】(同書p1617より抜粋)

*追記

その1)

思春期の鍵付き日記はともかく。社会にむけて自分の思いや考えに鍵をつけなくてはならないなんて、とんでもないこと。まして、その鍵をだれかに管理されるなんて、あってはならないこと、と思います。

その2)

このあいだ、本屋さんの絵本のコーナーに行ったら『たねがとぶ』という本と目があいました。どこかで見たことのある本だと思って奥付をみたら1987 年発行の「かがくのとも」(福音館書店)とあったから。探せば家のどこかにあるはず、と買いたい気持ちを抑えて帰ってきたのだけれど。帰り道もずっとタイトルの「たねがとぶ」が残っており。あらためて、ええ題やなあと思う。自分がずっと思ってることはこれやな、と思う。

道端の草に花が咲き、花のあとに実をつける。実のなかには種がある。


【たねは、くさの つくった くさの こども。

 やがて、くさの こどもは たびに でる。

 あたらしい ばしょに なかまを ふやすために。

 かぜに ふかれて そら たかく

とんで とんで とんで とんで、つちにおちて

めをだして おおきく なって、また たねを つくる。】

p1619

その3)

前回更新から16日も経ってしもて。長い休憩でした。休憩の間に、ここに来てくださった方、「なんかあったの?」と心配して尋ねてくださった方、ありがとうございます。わたしは元気ですが、これまでは年にほんの数回しかなかった遠出がけっこうあったり。いっぺんに複数のことができない不器用モンで、自分でもなさけなくなります。

そういうたら、昔パン屋のころ(前にも書いた気がしますが)一次発酵後のパン生地をスケッパーで分割して計量して、作業台で向き合って立つ つれあいがそれを次々丸めて天板に並べてゆくのですが。最初は寝起きということもあり(つれあいは午前2時半頃起床。わたしは一次発酵が終わった数時間後に起床、でした)無口なわたしも、だんだん調子づいて、しゃべりながら作業するわけです。

と、しらんまに話すことに熱心になり(苦笑)手がお留守になって、よく怒られました。この行程は、というか時間配分は発酵、焼き上げに影響するのでとても大切なのでした。で、しばらくはしょんぼり黙々とスケッパーで生地切る音だけが小さく響くのですが。が、またそのうち忘れておしゃべりを始めるんですよね。これが。(そして、今もかわらず・・)

その4)

きょうはだいすきなこれを聴きながら。

take a walk on the wild side・・

Lou Reed -Walk On The Wild Side→


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by bacuminnote | 2017-06-17 10:56 | 本をよむ | Comments(0)

雨戸を開けたら、朝のひかりのなか雨あがりの新緑がまぶしい。一雨ごとにボリュームアップしてる木々。
毎年のことながらこの時季の草の成長ぶりもまたみごとだ。とりわけどくだみの勢いというたら、ほんま笑うてしまうほどの繁殖力で。濃いハート型の緑はじわじわとかくじつに庭を覆ってゆく。

梅の木はちょっと見んまに実がなり始めて。木の下にはちっちゃな青いお臀がいくつも落ちているのに気づく。わさわさ黄緑色の薄い葉っぱも、すきまから見える空の青もすがすがしくて。首がいたくなるまで上をむいて「そうだ」とひと枝切って、ガラスの一輪ざしに活けてみる。
母がここに来たとき、おなじように空を仰ぎながら「梅の木があるのはええなあ」と言うてたことをおもいだす。八十代のころは何日も泊まりに来たこと、あったんよね。

「新緑やうつくしかりしひとの老」(日野草城)

そんなこんなで、ちょっと母の声が聞きたくなってホームに電話したら「きょうはな、朝食のときカーネーションを一本づつもらってん」とうれしそうに言うので「よかったなあ」とこたえる。いちおう「その日」が「ちょっとは気になってた」娘なのだ。

▲気にはなっていたけれど、あまのじゃくやし、くわえて亡き義母のホームでも毎年「母の日」にはお花の宅配便がいっぱい受付に届いていたのを思いだしたりして。この、同じ日にいっぺんに同じような贈り物の届くシステム(苦笑)がなんだかなあ~と思うのであった。届くひと、届かないひと。それにあたりまえのことながら母でないひともいて。いろいろ考え出すとついつい足ぶみしてしまう。

▲なにより、お正月の迎春商戦がおわると節分、バレンタイン、ひな祭り、ホワイトデー、イースター、こどもの日、そして母の日や父の日と・・・続いて。いつのまにか「~の日」は「なんか買う(買わされてる)日」になってしもてるのも気にいらん。
そんなカタク考えずにもっと気楽に贈り物しあったらええやん~と、もうひとりの自分がつぶやく。いやいや、贈り物はおくるのも もらうのも(!)大すきなんだけど。
踊らされるのは大がつくほど嫌なのであって。

先日、旧友Jと会った。何年も会えなかった時期もあるけど、こんなふうに、毎月のように会うて「つもる話」ができるのは、ほんまうれしい。

そういうたら、ケッコンして一年半ほどはJの家の近くに住んでいたんよね。(ていうか彼女の暮らすまちにわたしらが越して行った)
今おもえば、学生のころのように気楽で夢のようにたのしい時間だった。こどもの誕生後もしょっちゅう遊びに行って、いっしょに銭湯に行き、二家族で夕ご飯を食べた。

▲そうそう、この日はわたしが家を出た記念日で。そんなこと思いもよらずに会うたんだけど、ケーキセットにて(何にするか、きゃあきゃあ言いながら)祝った(笑)(*あ、イエデのことはここにも書きました)

あの日から早や38年である。20代やったわたしらも60をこえ、お互いのこどもらもええ歳になり、彼女は「おばあちゃん」にもなった。

▲ウチに寄ってくれた彼女にそのころからずっと使ってるフライパンを見てもらう。それはアパートを決めた日、彼女に連れて行ってもろた店で、ちょっと張り込んで買ったもので。近頃は重くかんじる鉄のフライパンを持つたびに、狭いだいどこに立って、なんでもかんでもこれ一つで作ってた頃をなつかしくおもいだす。

このあいだ『くらす』(文・森崎和江 絵・太田大八 復刊ドットコム)という絵本を読んだ。(この本は1983年に訪問販売でのみ発売されていたシリーズ本だったのを、2015年復刊ドットコムから出版されたものらしい)

小さな漁師町に暮らす人たち。両親と結婚がきまったおねえちゃん、年の離れた弟ひろしの四人家族の一日を、ひろしが語る。

〈あさの さんじに おきました そとはまっくら〉軽トラにいっぱい積み込まれた花。車のむかう朝市にはお店がいっぱい。

おとなりのおばあちゃんと猫。村のみんなで道路の大掃除。連絡船の船長さんはおねえちゃんの「こいびと」。船大工のおじさんの仕事場。畑帰りのおばさんは娘のゆみちゃんの車椅子を押してあるく。
〈ひろしちゃん あおぞらがいっぱいね〉〈むこうに あかとんぼがいたよ〉

〈ゆうごはんが すんで おかあさんが おふろで うたっています「ながいおふろね」とおねえちゃんが わらいました〉

いつもの毎日。あたりまえの暮らしのスケッチ。それなのに、なんでこんなにひとつひとつの場面に、その短い文と素朴な絵に、じんとくるのだろう。

▲いっしょに本を読んだJが「出てくるひとらの表情がええなあ~」と絵描きの眼で言うてたけど。そしてそれはもちろん太田大八さんの絵の力によるところが大きいのだと思うけれど。当時の(モデルになった)村のひとたちもまた、ひとりひとりちがうええ顔してはったんやろなあと思う。と同時に、いつのまに皆のっぺりと同じ顔になってしもたんか、と唸るのだった。

▲せやからというて、あっさり「昔がよかった」になるのはごめんだ。古く「悪しき」ものは終わりにして「良き」ものを残してゆくにはどうしたらいいか~「便利」にはかならず落とし穴があることをこどもらに(大人にも!)伝えるのにはどうすればいいのか。ああやっぱり、最後には「それは教育」と思うのだった。(以前ここにも少し書きました)


*追記

その1)

最近やっとすこし本が読めるようになりました。

いろいろ気掛かりなこともあるのですが、思うても詮ないことをぐるぐる考えてるより、本を読む時間がそんな「ぐちゃぐちゃ」から抜け出せる時間にもなる、と今更ながら気づいたりして。


『太陽と月と大地』 (コンチャ・ロペス=ナルバエス作 福音館書店刊)あの宇野和美さんの訳、あの松本里美さんの銅版画ということで、出版をたのしみに待っていました。カバーの絵も挿絵も、装幀もとてもすてきです。いちばんに頁を繰って挿絵を探してうっとり~なんて、こどものとき以来やなあ。

そして次に読むのが「訳者あとがき」です。(本編あとまわしになってすみません)宇野さんの「あとがき」にはいつも、著者のことだけでなく、物語の背景となる国の歴史や政情まできちんと書かれていて、ええなあと思います。ひとの暮らしのバックには、必ず歴史や政治があるわけで。物語にそれが直接描かれてなくても。登場人物や背景の理解が深まり、また次の「知りたい」につながってゆくから。


物語は16世紀のスペイン。キリスト教徒の伯爵令嬢と伯爵家に長年仕えてきたイスラム教徒の家に生まれた少年。両家の人々も、そして淡い恋心を抱くふたりも、宗教や民族の対立に巻き込まれてゆきます。
180頁の薄い本ですが物語は重厚です。最初は登場人物のなまえや地名がわからず戸惑いましたが。でも、
だいじょうぶ。ちゃんと最初に絵入りの人物相関図と地図がついています。


〈人が豆つぶのように小さく見える。遠くから見れば、キリスト教徒もモリスコも区別がつかない。みんなただ、人間というだけだ。〉(同書p113より抜粋)*モリスコというのはキリスト教に改宗した元イスラム教徒のこと。


〈しかし人が自尊心を持てるかどうかは、ほかの者が自分をどう見るかではなく、自分が自分をどう思うかで決まるのです。〉(同書p156 より抜粋)


その2)

観た映画(DVD)

「禁じられた歌声」

「永い言い訳」

「ブルゴーニューで会いましょう」 

「淵に立つ」


その3)

きょうはこれを聴きながら。

Stefano Guzzetti-Mother →






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by bacuminnote | 2017-05-16 14:23 | 本をよむ | Comments(0)

▲もう5月だというのに、朝晩の家の中はひんやりとつめたくて。

パジャマ姿で起きてきた帰省子は(←これ、夏の季語らしい)「この家、ほんま寒いなあ」と首をすくめてウインドブレーカーのファスナーを上まであげる。
というわけで、わたしも相変わらず冬とあんまり変わりない格好のまま過ごしているんだけど。

ひるま買い物に出て、ウインドウに映った自分の冬っぷりに苦笑。いやいや、季節の先取りは若いひとらのもの。わたしは「ぬくい」がいちばんいちばんと背筋をぴんとのばしてみる。
そのくせ、帰り道の上り坂では汗ばむほどで。ほんま今時分の一日の温度差の大きいこというたら。風邪ひかんように気ぃつけんとね。

春になると早足でいってしもた友人らのことを思い出したりして。待って待って待ちかねたはずの春は、しかしいつもすこし憂鬱だ。くわえて寄せては返す大波小波。

そんなこんなで、こどもの頃すきやった爪楊枝の先でつついたら、ぷちっと弾けるまぁるい羊羹みたいに、ここんとこ「きんきん」なきもちを持て余し気味なんだけど。
あかんあかん~ごちゃごちゃ思うてないで、熱いお茶でもいれて、くるんと剥けた羊羹をぱくりと食べようやないの。

▲このあいだ図書館の児童書コーナーで、お年寄りの写真が表紙の絵本と目があった。その本『さいごまで自分らしく、美しく』 (写真・文 國森康弘 農文協)副題にはともにすごした「夢のような時間」とある。

表紙の老婦人は清子(せいこ)さん。夫を癌でなくしてから自宅でひとり暮らしをしていたんだけど、やがて介護が必要になって、娘さんの空美(ひろみ)さんらが週一回泊まりに来るようになり、とうとう2階に一家で越して来てくれる。

余談ながら「空美」という名前はお母さんの清美さんが出産のとき、お父さんが「助産師さんを呼びに走りながら見上げた夜空があまりにもきれいだった」からやそうで。このエピソードからも、仲のよいご夫婦やったんやろなあと想像する。
老いてなおチャーミングな清子さん~若いときは「銀座のOL」で。職場で出会ったおつれあいは、満員電車で押しつぶされそうな清子さんを守ってくれたそうだ。

空美さんは脳梗塞で半身まひしたお母さんの介護をする生活になるんだけど、仕事や家事をしながらのお世話が、だんだん大変になってきて。もう無理かも、というときにホームホスピス『楪』 (ゆずりは)の存在を知るんよね。そうして「楪」へのお母さんの入居が決まる。

「ここにきたときは、家を追い出されたように感じたわ」
「あたしのパンケーキがくずれていただけで、職員さんに文句いっちゃった。胸の奥でね、言葉にできないいろんな気持ちが、ぐるぐるまわっていたような・・・」
清美さんはそのころを振り返ってつぶやく。

人見知りはするし、人前でむじゃきに笑うのも苦手なの」

「気むずかしい人と、思われてるかもしれないわね」

初めて「他人と暮らす」毎日。けれど、そんな共同生活の中で清子さんは喜代子さんというかけがえのない友だちを得るんよね。

年老いて「出会えた」友だちとは「娘にいえないことまで話しちゃう」関係に。ふたりが話し込んでる写真は、ほんまにええ感じ。いくつになっても友だちってええもんやなあ。よかったぁ。よかったですねえ~と声をかけたくなる。

でも、そんなふたりにも別れの日は来て。
ねむる喜代子さんの手をにぎり「もう、お別れしなくちゃならないの?」と洟水の清子さんの写真がつらくてせつなくて。図書館ということもわすれて立ったまま泣いてしもた。
やがて清子さんも、とわのねむりにつく日が来て。娘の空美さんが狭いベッドに添い寝する姿に胸がつまる。

▲図書館からの帰り道も、家に着いてからも、この本の写真やことばが忘れられず、翌日もまた図書館に。おなじシリーズの『月になったナミばあちゃん』~「旅立ち」はふるさとでわが家で~も見つけて二冊借りてきた。

『月になった・・』は、かつてわたしらがパン屋をはじめた滋賀・愛知川(えちがわ)の、川の最上流にある君ヶ畑という集落で生まれ育ったナミばあちゃんが、ひとり暮らしの後、娘さんの家にひきとられ、ふたたび君ヶ畑に戻って旅立つまでの記録だ。

▲歳とって人生最後の住処が施設でもふるさとでも。見守ってくれるひとが娘や息子でも、友人でも、他人であっても。ふたりのおばあちゃんのお顔の清らかなこと。

この写真絵本をこどもたちはどんなふうに見るのだろうか。
生まれてやがてはだれもが死んでゆくひとの一生を、わたしがちいさかった頃みたく、こわいような物語の世界のような温いような冷たいような、ふしぎな感覚で読むのかなあ。

▲いや、そのまえにわたし自身が経験することであって。

そう思うと、ふだんは「じきおむかえがくるの、こないの」「おとうさんがなかなか来てくれへんし」とか、母と冗談言い合って大口開けて笑うてるくせに。本を読んだあと、胸の底からゆさぶられてる自分にちょっと戸惑うている。おとうさん、呼びにくるならゆっくりにしてね~

【いつか死ぬ。それまで生きる。】
『父の生きる』伊藤比呂美著 光文社刊 ~帯の惹句(以前
ここにも)



*追記

その1)
清子さんと喜代子さんの友情はやがて、喜代子さんの娘・恵子さん、そして空美さんと恵子さんの関係もいたわりあう仲になったといいます。このあたりのお話は10巻におさめられてるそうで、ひきつづき読んでみたいです。→

その2)

前回につづき、あまり本も読めていないのですが、「待っててね」とねかせてる(!)本を何冊か書いてみたいです。
『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』115号の「親になるまでの時間」(浜田寿美男著)『ちいさい・・・』(略して「ち・お」といいます)の発刊は息子2がうまれた年なので、よく覚えています。それまでにない雑誌だったからです。育児雑誌というのはあったけど、こどもをとりまくいろんなひとたち、親や保護者も、そうではないひとたちも共に考える雑誌やったから。

今回はだいすきな古書店カライモブックスの奥田直美さんが編集人となった記念すべきリニューアル第一号で、その姿カタチもみごとな変身ぶり。かろやかなイエローのカバーもすてきです。雑誌というより大きなひとつのテーマの単行本のスタイルです。ふろくの「chio通信」というのが、附録なんて言うてええのか?というくらいのボリューム。ずばらしい。おすすめです。くわしくはカライモブックスのブログで→


『ちいさい言語学者の冒険』(広瀬友紀著 岩波書店)→

『ウィル・グレイソン、ウィル・グレイソン』(ジョン・グリーン、ディヴィッド・レヴィサン作 金原瑞人、井上里 訳 岩波書店)→

映画も観たいし本も早う読みたい。

その3)
今日はこれを聴きながら。フランス語はぜんぜんわからへんけど、聞いてると映画観てる(わかってる)気分になったりして(苦笑)カナダのケベックのバンド~ギターとヴォーカルはユベールとジュリアンのチアソン兄弟。
↓うたは英語。2'30"くらいから始まります。

The Seasons - Apples→






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by bacuminnote | 2017-05-02 22:02 | 本をよむ | Comments(0)

▲大根を炊いた。きょうは聖護院大根(丸大根)でいつものようにお揚げさんと一緒に。この大根は(ねだんは高いけど)直ぐとろとろに煮えるから、お昼食べた後、片付けしながら(ちょっとめんどくさいのがまんして)拵えておいたら、夕飯にはけっこう味も染みておいしい。もちろん、ゆっくり、くつくつと炊く青首大根もすき。

▲こどもの頃は、近所や友だちん家に行って玄関先でぷーんと大根の炊いた匂いがすると、そのまま引き返したくなるほど、大根が嫌いやったけど。そのころの「遅れ」を取り戻すくらいの勢いで、いまはしょっちゅう大根を炊いている。薄味で煮て、その日は柚子胡椒や柚子味噌つけて。翌日は温め直して何もつけずに食べるのがすき。旨い!

▲野菜嫌いというたら。そのむかし、忙しい仕事の合間に母が「きょうは誕生日やし、あんた何食べたい?」と聞いてくれて。ある時期わたしはずっと「カレイの唐揚げ」と答えてたんよね。

▲黄金色にカラリと揚がったカレイを白い洋皿に盛ると、母は「ここにキャベツの千切りとか、トマトかきゅうりか何か、お野菜添えへんかったら、カッコつかへんなあ・・・けど、あんた、いらんのやろ?」とお皿をのぞきこんでいるわたしを見上げて、呆れたように言うのだった。

▲ふだんは「好き嫌いばっかし言うてんと、青いもんも食べなはれ」と言う母も誕生日なんやから、すきなモンだけでもええやろ~と思ったのだろう。平べったいカレイがペタンと載ったお皿をわたしの前に置いてくれた。そう。キャベツやトマトやきゅうりとか、そんなもん(!)横に添えられたら、せっかくの好物が台無しや~と(そのころのわたしは)おもってたんよね。

▲そんな野菜嫌いが、大根炊いて、食卓には「青いもん」を切らさへんようになったんやから。

ほんま、ひとは生きてる間に何べんでも「変身」してゆけるんやなあと、他人事みたいに笑いながら、大根のにおい充満するだいどこで本を読む誕生日だった。

▲レンタルショップが遠くに引っ越したのもあるけど、ここんとこ読書の時間がふえた。このまえ追記欄に書いた長編『アメリカーナ』(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著 くぼたのぞみ訳)も読了。つづいて『夜の木の下で』(湯本香樹実著)を読んで、そうこうしてるうちに注文していた『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』 (中原一歩著)が届いて、この本にふさわしく「だいどこ読書」にてその日のうちに読了。

そして、いまは『こびとが打ち上げた小さなボール』(チョ・セヒ著 斎藤真理子訳)を読み始めたところ。

▲読書の秋っていうけど、本読みは冬やよなあ~とおもう。

『アメリカーナ』のような長いのは、本(物語)にむきあう時間長い分、旅の途中にであって親しくなった人みたいなきもちになる。
列車を待つ間も、その長い車中でも、いっぱいしゃべって、やがて駅に着いたときみたいに、離れがたく別れがたくさみしく。ハグしたとき感じた体温をずっと保っていたくて。もう少しここにいようとおもうそんなかんじ。

▲そしてこの本にかぎらず、海外小説を読み終えるといつも思うこと。わたしにもわかることばに訳してくれるひとがいて。手わたしてくれて。ありがとう。

【対話というのは手わたす言葉だ。翻訳もそうだ。】(長田弘著『自分の時間へ』より抜粋)

▲『夜の木の下で』 は、本が出たときにわたしが湯本ファンなのを知ってるご近所さんが、新聞の著者インタビューの記事を切り抜いて郵便受けに入れてくれはったんよね。それを読んでノートに挟んだまま、すっかり2年間も忘れてた。

▲この間、調べたいことあってそのときのノート繰ったら出てきて、びっくり。くわえてその日の午後なんとなく立った図書館の書架に件の本があって、二度びっくり。もちろん、そのまま本の森に入るのであった。

▲わたしは四姉妹の末っ子やから、姉の立場も弟のかんじも、ただ想像するしかないんだけど。しっかり者で、でも繊細なお姉ちゃんと、甘えん坊で何考えてるんだかわからないけど、心根のやさしーい弟は、いつも湯本作品のなかですぐそこに、幼い子の日向くささや、あまいような息のにおいまでして、なつしくて、切なくて、そして痛い。

▲けっして幼い子ばかり描いてないのに、こどもの頃のきょうだいの、たのしくて時に残酷な時間も。目を凝らすとその背景の下に隠れてた絵の具の色がうっすらと見えて、どきんとする。

▲最初の作品「緑の洞窟」も姉弟(双子)のお話で、お父さんに連れてもらって、生まれつき病弱だった弟ヒロオと公園に行く場面があるんだけど。公園の滑り台の上から下を見下ろしてる「私」の描写にたちどまる。

【てっぺんまで来ると、公園中が見渡せた。金属の手摺りをしっかり掴み、おそるおそる背を伸ばし、すると冷たい空気に肺は膨らんで、そのまま体ぜんたいがひとまわり大きくなるかと思われた。砂場で遊んでいる小さな子たちがいた。うんていにぶらさがっている、少し年上の子もいた。けれどその公園でいちばんの高みにいるのはこの私で、しかもベンチでは父が静かに、眼鏡の奥の目を細めて煙草を吸っている。鳥肌立ち、震えがきそうになりながら、私は「早く大人になりたい」と心の中で唱えた。それはなかば習慣化した呪文のようなものだった。】
p11より抜粋)

【「押したのか」父が訊いた。私はだた父の顔に目をこらしていたのだと思う。突然、頬が焼けるように熱くなった。何が起きたのかわかったのは、砂場のそばにいたよその母親たちが、じっとこちらを見ていることに気づいたときだ。だんだん痛みがやってくるなかで、これからどうすべきなのか誰かに教えてほしかったけれど、母親たちは目を逸らしてしまう。父は既に弟の手を取って、公園の出口にむかっている。頭のなかで何かがくるりと一回転して、私は滑り台の梯子段を上った。】(p14 より抜粋)

▲双子とはいえ、弱くてからだも小さい弟を「私」も、そして周囲の大人たちも大事におもってかばう中での「私」の孤独。同書にはこの話をふくめ6編がおさめられている。猫や幽霊、自転車のサドルとの会話なんていう幻想の入り混じった話から、女子高生が白い琺瑯の生理用品入れのなかみを段ボール箱に入れて焼く係の「焼却炉」とか。それぞれの主人公のだいじなひとや物との繋がりが綴られてゆく。

件の新聞記事で著者はこう語ってはる。

【人の心の内には未来も含めてたくさんの時間が等しく会って、いつでもそのままの状態で取り出せるのではないか。ただ懐かしむのではなく『こんな夜があった』とありありと感じる瞬間のように。失ってしまった、と思うことはないとだんだん感じられるようになったんです。】
(朝日新聞「著者に会いたい」201411月?)

「心の中にあるたくさんの時間」~わたしもだいじにしたいと思う。

*追記

その1

『夜は木の下で』を読みながら、どこかで見た光景がずっとわたしを追いかけて。そうだ。樹村みのりさんの作品によく似たにおいを感じたんよね。
ひさしぶりに読み返したいなあと思います。

樹村みのりさんのまんがについて書かれたブログをみつけました。 (ブログ『茶トラ猫チャトランのエッセイ』より)

その2

『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』(中原一歩著)のことはここにちょっとレビューを書きました。

その3

この間、福岡の友だちが関西にやってきました。
めったに出かけないわたしがおもいきって会いに行ったあの日
から、もう7年!今回は同様に遠出することの少ない彼女が関西に~

てことで、喜々として伊丹空港までお迎え。まえにも書いたけど「空の港」は、いつ行ってもそわそわ。どこか遠くに行きたくなります。
そうして、窓からは小さく見える飛行機も空港付近の野原では、それはそれは巨大で、ものすごい轟音と強風で頭のすぐ上を飛んで行くのでした。

若いころ友だちに連れて行ってもらって草原に並んで寝ころがって、きゃあきゃあ大声で叫んだことを思い出しました。

ちょうどその後読んだ『ビニール傘』(岸政彦著)にも、その伊丹空港の話がでてきました。
すきな場面です。


【大阪の街のまんなかを分断するように流れる淀川が、雨を集め、真っ黒に濁って、ごうごうと流れている。その上を、伊丹空港に着陸する飛行機が飛んでいる。低すぎて、すぐそこを飛んでいるようにみえる。こちらから見てこんな近いところを飛んでいるなら、機内からも、堤防を歩いてる俺たちの顔が見えてるかもしれないと思う。堤防はほんとうに広くて、対岸がかすんでみえる。俺たちはそれぞれ傘をさして、すこし離れて歩く。】
『新潮 20169月号』p103より抜粋)

その4

・・・とか言いながらDVDは、たまたま近くに来た友人の車でショップまで乗っけてもらって少し借りました。
観た映画の中では『ミモザの海に消えた母』
がよかったです。

以前読んだ『シズコさん』(佐野洋子著)や『おくればせの愛』(ペーター・ヘルとリング)のことを思い出しながら、そして、やっかいなことの多い「親子」(苦笑)について、改めておもっているとこです。(ここに前書きました)

その4

友だちが福岡から遠征のいちばんの目的は、京都であったローラ・ギブソンのライブ。
わたしも一緒に行きたかったんだけど今回はあしに自信がなくて断念。

ちいさい会場でええかんじのライブやったそうです。

今日はそのローラ・ギブソンを聴きながら。

Laura Gibson -Nightwatch→


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by bacuminnote | 2017-02-01 14:20 | 本をよむ | Comments(6)

「月が変わりましたから、保険証を確認させていただきますね」と医院の受付で言われて、はっとする。
11月は「西向く侍」の最後の月やし(苦笑)ここんとこ気温のアップダウンもめちゃくちゃやったし、早ようから街じゅうクリスマスモードやからなあ・・・と、気づかなかった言い訳をぶつぶつ連ねつつ。ああ、もう12月です。

一日も、一ヶ月もあっという間で、ゆえに一年も過ぎるのがほんまに早い。時季に合わない天候が続いて、なんかわからんうちに次の季節にむかってしまうから、よけいにややこしい。
お天気といえば、年配のひとたちが寄ると必ずお天気の話をしてはるのを以前は「また、始まった~」と半ば呆れて聞いてたんだけど。
痛いとこができてからは、それもわかる気がする。

そもそも天気と元気はその字の姿形からして似ているもんね。空と心身はつながってるんやろな、と思う。

この間『女湯のできごと』(益田ミリ/光文社2006年刊)という本(漫画とエッセイ)を図書館でみつけて、書架の前で何気なく読み始めたらおもしろくて借りて帰った。一年のうちでお湯に浸からない日は、ほとんどないほどの風呂好きだが、すぐにのぼせるので、せっかくの「いい湯」だという温泉に行っても「からすの行水」組である。

せやからね。
よそのお家に泊めてもろたときなど、タオル出してもろて説明聞いて(家によって浴室ルールって微妙にちがう・・笑)入浴するも、ちょっとしたら出てくるもので。「え?もう出てきたん?」と呆れられるんやけど。それでもお風呂はすき。

くわえて、疲れもなやみもストレスもお湯(または水)に溶ける~が持論である。

この本はタイトル通り銭湯の女湯の話だ。

著者のミリさんは大阪生まれの団地育ちで。赤ちゃんのときから二十代半ばでひとり暮らしをするまで、銭湯に通ったそうで。わたしより14歳若い方だけど、読んでいると「せやったせやった」と思い出すことも多くてなつかしかった。

銭湯にはもう長いこと行ってないから、浮かぶのは主に学生時代のころ。いつやったか旧友と京都のなつかしの町歩きをしたときに、当時通った「◯◯湯」が今もあったのがうれしくて、看板の前で記念撮影をした。(笑)

もっとも思い出の「お風呂屋さん」はこの他にいくつもあって。引っ越しの数+姉や友人の下宿・アパート近くの、と合わせると何軒もある。下町の銭湯、学生街の銭湯、団地近くの銭湯、と所変われば、銭湯の雰囲気もさまざまだった。

下駄箱の大きな木札とか、脱衣場ではいつも同じ棚、お決まりのロッカーの場所とかね。学校の保健室にあるような大きな体重計やドライヤー椅子。文中一番ぐっときたのは、銭湯の脱衣場にずらりと並んだベビーベッド(というか赤ちゃん着替え用の台)の話で。


【若いお母さんが、先に洗った赤ちゃんをだっこして脱衣場に出てくると、それを待ち構えていたおばちゃんが「はいはい」と受け取る。茹であがったお芋を受け取るみたいな光景だ。そんなホカホカの赤ちゃんをおばちゃんに渡した若いお母さんは、やっと自分のお風呂タイムに突入するのである。

お母さんが赤ちゃんを洗う、赤ちゃんをお風呂屋のおばちゃんに渡す、お母さんがカラダを洗う。それはテンポの良い流れ作業のようで、わたしは赤ちゃんがお風呂屋のおばちゃんに手渡されるところを見るのが大好きだった。なんというか、「よかった~」という良い気分なのだ。赤ちゃんが大事にされているのを見るのは、嬉しいことだった。】(p67より抜粋)

▲わたしは閉店ぎりぎりに、かけこむことが多かったけど、たまに早い時間に行くと、ちっちゃい子が脱衣場を走り回ったり、赤ちゃんがあっちでもこっちでも泣いてたり。

若いお母さんにおばちゃん、おばあちゃん・・と4世代のひとが入り乱れて。それはにぎやかで、そして温かった。

【おばちゃんが濡れたカラダを拭いてあげ、てんかふんをはたいてあげ、おむつをして服を着せてあげる】
そのうちにお客さんが来て、おばちゃんが番台に戻ると、他のおばちゃんやおばあちゃんも、走り回ってる子らもみな赤ちゃんのことを気にかけて、のぞきこんで。だれかがお風呂から上がってくるたびに、脱衣場は湯気と石鹸のにおいでいっぱいになって。

浴場でも隣どうしで背中の流し合いしたり、洗いながら、浸かりながら裸のままで(あたりまえやけど・・)皆よう喋ってはった。

お母さんがシャンプーしてる間、ちっちゃい子がうろうろしてる内に、同じようにシャンプーしてるわたしの背中に「ママ~」と抱きついてきたことがあって。そら、みな裸やし、泡だらけの頭やし。湯気もーもーやし、誰が誰かわからへんようになるよね。
顔あげたら、見たことのないおねえさんで(←当時はわたしも若かった!)、隣に座ってたおばちゃんが「ママはあっちやで~」と指差さはって。そのときの
女の子のきょとんとした顔が、ほんまかいらしくて、お風呂場にみんなの笑い声が響いたっけ。

赤ちゃん連れのお母さんにとって、赤ちゃんをみてもらって、自分のからだや髪を洗える時間は(ゆっくりはできなかったやろうけど)大助かりやったろうな~と思う。

そして、ミリさんが書いてはるように、身内以外の人たちに「赤ちゃんが大事にされているのを見るのは嬉しい」。

でも今かんがえたら、ああいう親密な雰囲気が苦手なお母さんもいてはったかもしれんし、ときにはヨソのおばちゃん、おばあちゃんらの「大きなお世話」という展開もあったかもしれないなと思う。
赤ちゃん連れて着替えやらタオルやら石鹸やら、いっぱい持って毎日のお風呂行きは、大変だし。第一ええ天気の日ばかりとちがうしね。

せやから、ミリさんもいっぱいの温い話を重ねて描き、そんな光景を懐かしみつつも【別にあの時代が復活すればいいなとは思わない】とつぶやく。

何よりミリさん自身【家にお風呂があったらいいのになあ】といつも思ってたらしく。

中学生のころはお風呂やさんの近くで同級生の男子が何人か立ち話してると、自分ちにお風呂がないのがはずかしくて、のれんをくぐれずに通り過ぎて。しばらくして、その子らがいなくなったのを、見届けほっとして銭湯に入る~というエピソードもあって。定番のフルーツ牛乳やラムネに、「小人」「中人」「大人」の券、電気風呂や水風呂の話に「そうそう!」と、一人盛り上がったあとだけに、なんだかしゅんとする。

それでも【お風呂がなかったからこそ見えた世界もあった、と今では思う】と結んではる。よかった。ていうか、せやからこそ、いま、湯気たつようなお風呂屋さんのたのしい話を描けるんよね。


【裸で思い出したが、先日行ったお風呂屋さんで、わたしはとってもいい光景を見た。風呂あがりのおばあちゃんふたりが、素っ裸のまんま脱衣場のベンチに座っておしゃべりをしていたのだが、そのおしゃべりに、番台のお兄さんが普通に参加していたのがすごくいい感じだった。なんの違和感もなく天気の話などしている3人を見て、わたしは自然と顔がほころんでしまっていた。前を隠すとか隠さないとか、もうすっかりそういうことから卒業している清々しさとでもいうのでしょうか。

いくつになっても女には恥じらいは必要などという言葉が陳腐なものに思えてしまう。わたしもいつか、銭湯であんなふうに番台の年下の男と素っ裸で世間話をしてみたいものである。】
(p28より抜粋)


*追記
その1)

このことに限らず、思い出話をかんたんに「昔はよかった」で、しめたくないなあと思う。思い出の写真には「写っていないもの」がいつのときもある気がする。記憶というのはいつも何か抜け落ちるもんやし。

「記憶ってのはいったん事実をばらして、また組み立て直す機械みたいなものだ。そのあとには、必ず部品がいくつか余ってる」

『トム・ウェイツ 素面の、酔いどれ天使』より

このトム・ウェイツのことばで思いだしたんだけど以前ここ「歴史と記憶のちがい」のことについて書きました。


その2)

今日は先日読んだ『世界を7で数えたら』(ホリー・ゴールドバーグ・スローン著 三辺律子訳)のことを書くつもりやったんですが。いつのまにやら話がお風呂に入って温もって(苦笑)書きそびれてました。

この本、タイトル通り「7」という数字にこだわりのあるウィローっていう12歳の天才少女のお話。

でも天才かどうかってことより(まあ、そこも重要なんだけど)事故で二度目の両親を失うことになったあと、それまで面識もつきあいもなかった人たちに助けられ、まもられてゆくことになるんだけど。

登場人物みな愛すべき変わり者たちで。

一方的に助けるとか助けられるとかいう関係やなく、それぞれが持ってるものをシェアーする~みたいな関わりがええなと思いました。

人間の社会ではその「高機能な」脳と膨大な知識ゆえに、なかなか心休まる居場所がないウィローが、解放される場所っていうのが庭。

両親と共にその庭をこころから愛してた彼女がそれさえも失って、ふたたび「庭」を得るくだりは(とりわけ、ひまわりの種がずらりと並べられたシーンは)常々ほったらかし庭のわたしも胸がいっぱいになりました。

種を植えるところから、ひとの気持ちが集まってくる物語に『種をまく人』重なります。

【階段にもどって、うすく差す冬の陽射しの中にすわっていると、二羽の小鳥が竹のとなりのスイカズラにやってきた。小鳥たちはあたしに話しかけた。言葉ではなく、動きで。命はつづいていく、って。】

(同書p378379より抜粋)

その3

観た映画(DVD)備忘録的に。
『ブルックリン』

『人生は狂詩曲』

『ローマに消えた男』

『或る終焉』

その4

きょうはこれを聴きながら。

Sparklehorse - Apple bed


もう一曲。36年前、12月8日。

John Lenon's life set to Roll On John by Bob Dylan→





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by bacuminnote | 2016-12-08 19:23 | 本をよむ | Comments(0)

しかられて。

▲めったに外食しない相方が、このあいだ出先でうどんを食べたというので「(味)どうやった?」と聞くと、厨房で店主が母親や従業員を怒り飛ばしてるのがまる聞こえだったらしくて、味がどうのこうのと言う前に「もう食べた気ぃせんかってん」と、こぼしてた。
怒ってたのは、たまたまなのか、いつもなのか。どんな事情があるのかは、「一見の客」にはわかりようもないけど。そういうときの気まずさって、たまらんなあと思う。

▲わたしも、いつのことやったか外出中、お昼を食べそこねて歩いてたときのこと。
おいしそうなにおいが外まで漂ってたから、吸い寄せられるようにある食堂に入った。
カウンターにも、テーブルの上にも丼鉢や割り箸やらコップが散らかってて、昼時の忙しさが想像できたから。「けっこう人気の店なんかもなあ」と、ほくほく店内みわたす。もう2時前で、客はわたしと先客のおっちゃんとふたりだけだった。
わたしはオムライスを注文したんだけど、そのとき威勢のいい店主の返事に被るように小さい女の子のぐずる声がカウンターの中から聞こえたんよね。

▲わたしも旅館とたべもの屋で大きいなったから、その状況はほぼ飲み込めた(気がする)
いっときになる昼のお客さんの波がようやく引いて「さあ、遅うなったけど、わたしらもお昼にしよか」というタイミングに、客が一人入り、娘が拗ねて。「もうちょっと待っときや」となだめられ、こんどこそ自分の番が来た、と思ったのに、またおばちゃん(わたし)が入って来たんやろなあ。たぶん。ごめんやで~

▲母親が「すんません。すぐ下げますんで」と、脇にお盆挟んで布巾片手にテーブルの食器を片付けに来て。女の子も母親のそばにくっついてる。そして「ねえ、ねえ、○○のオムライスは?」と、ぐずったあげく、エプロンの端を引っ張ったので、コップの水が床にこぼれてしもたんよね。
その瞬間「うるさい!二階に上がっとけ!」と店主がケチャップライスの入ったフライパン振りながら怒鳴ったのであった。

▲もぉ、うるさいのはあんたやろ~(と、心の中でいう)
先客のおっちゃんは、素知らぬ顔してスポーツ新聞読みながらラーメンすすってはる。わたしのんは後でええし、早うこの子の作ったげて~と(心の中でいう)
けど、ほんまに言うてみたとこで、そんな申し出を受けることはないやろしなあ、と思いながら、わたしは俯いて飲みたくない水をのんでオムライスが出てくるのを待った。

▲スーパーのお菓子売り場の前で、レジ前で並んでるときも、エレベーターの中でも、しょっちゅうこどもは親に怒られてる。いや、こどもだけやなく、妻が夫に怒られてるとこも、この間はパパがママにぼろくそに怒鳴られて、間でこどもがオロオロしてるとこも見たけど。
どんなときも、自分が怒られてるみたいにしょんぼりしたり、腹が立ったりする。かと思ったら「ちゃんと怒らなあかんやろ」とおもうこともあって。「叱る」というのは、ほんまむずかしくて、ややこしい。

▲「叱られて次の間に出る寒さかな」(各務支考『枯尾花』所収)というすきな俳句がある。
これは江戸期の「かがみ・しこう」という俳人の作なんだけど、こどもの頃親に叱られて、その場にいられず、となりの部屋に出たときのひんやり畳のつめたさが浮かぶようで。
せやから、ずっとこの句はこどもが怒られてる俳句とばっかり勝手に思いこんでたんだけど。

▲今回しらべてたら、この句は芭蕉死去の前日、元禄七年(1694年)10月11日大阪御堂筋の花屋の貸座敷、師の病床につめていた門弟たちが夜伽の句を詠んだ、その一句やそうで。ある方のブログにその時の様子がこんなふうに綴られていた。
【当時、三十歳の支考は、伊賀から芭蕉に随従しており、師が病床に臥してからもまめまめしく看護に尽くしていた。 が、時には芭蕉の機嫌をそこなって叱られることもあったのであろう。そうした折、師の枕元からすごすごと引き下がって次の間へ出てゆくと、夜の寒さがひとしお身に沁みる、という句である。】
(ブログ「壺中日月」→より抜粋)

▲そうか~支考さん、病床の師匠から叱られはったんか。
こどもが叱られるのもせつないけど、大のおとなが叱られるのも、つらいなあ。そういえば、わたしも父のさいごの入院中、見舞うたび、ようおこられたなあ。

▲そのころ病室を訪ねるのはパートの仕事が休みの土曜日で、朝ゆっくり目に大阪を出て着くのは、お昼すぎ、父が見るともなしにテレビつけてる頃で。
その日は好物の木村屋のあんぱんをおみやげに、エレベーターが来るのも待ちきれず、三階まで階段をかけあがり、はあはあ言いながら病室のドアを開けた。

▲ノブを持った手をぱっと離すと、思いもかけずバターンと大きな音が響いてドアが閉まるのと「だれやねん!」と父が怒鳴るのが同時だった。
まさか前夜不調であまり眠れず、やっと寝入ったとこ・・・やなんて、知らんかったしね。
水差しから水をのませるのも下手やったから、むせて真っ赤な顔してものすごく怒ってたし。初めて尿瓶をもっておしっこの手伝いしたときも、布団にちょっとこぼして怒られたなあ。

▲いまはもう目ぇ大きいして怒ったその顔さえ懐しく、父との思い出のだいじな時間になってしもたけれど。
当時は、わたしもまだまだ若く、傷つきやすく。
病室ではようしゃべってよう笑ったものの、そんな日は、父のわがままにがまんがならず、何よりじぶんの不器用さが腹立たしく。しんそこ悔しくて泣いたりもした。

▲この間『みまもることば~思春期・反抗期になっても いつまでもいつまでも』(石川憲彦著 ジャパンマシニスト社2013年刊)という本を読んだ。この本のなかにも何度も「叱る」ということばが出てくる。こどもを育てるなかで「叱る」は避けて通れないしね。まったく叱らない親も、叱りすぎの親も、かなんなあと思うけど。大事なことはこれ↓に尽きると思う。

【こどもを最低限かつ絶対的に、叱り教えていかなければならないことは、「自他の命を傷つけない」、「弱いものをいじめない」こと。これだけは、あらゆる手段を駆使して伝えていく必要があります】
(p143~144より抜粋)

▲そうそう、この本のなかに石川氏が小さいとき、どうしてもほしいものがあり、自分でお札作って(!)買いに行ったというエピソードが語られていて。
案の定、店のおじさんにものすごい勢いで怒られ「警察に連れて行く」とまでいわれて、ほんとうにこわい思いをして、結果「社会のルールを骨身にしみて理解することができた、とあったんだけど。
「警察に~」とまで言われるほど、自作のお札が精巧な出来やったんやろか?(苦笑)とか、思ったりしつつ。

▲以前ここ(2012.8.28)に書いた井上ひさし氏が中3のとき、本屋で万引きが見つかったときの話を思いだしていた。
本屋のおじさんが「警察に・・」というのを制して、おばさんが井上さんをどんなふうに叱ったか。
その深い知恵とやさしさを、ほんとうにすごいなあと思うし、あらためて「叱る」ことの意味を思うているところ。
(未読の方はぜひ、すでに読んだ方ももういっぺん読んでくださるとうれしいです。)


*追記
その1)
↑で書きそびれてしまったけど、『みまもることば』の中に「約束」について書かれた一文があります。ちょっと長くなるけど引用してみます。

【こういうと、「約束を守るのは最低限のしつけ」という人もいるかもしれません。でも、約束とは、対等な力関係のなかで成り立つもの。少なくみても七歳ぐらいまでは、親子関係は対等ではありえない。親は絶対的な権力をもっている。「約束」とはじつは、親の一方的な押しつけです。力ある者におとなしくしたがうか、たくましく反抗するかは、そのこどもの個性、性格によるもの。
さらにいえば、おとなしくいうことを聞いたとしても、それは、親が期待するような「約束を守る」という論理ではありません。「どうも、この雰囲気では要求しないほうがよさそうだ」という、いわば「生き物」としての、身を守る感覚で行動しているだけのことです。】(p86より抜粋)


その2)
しゃがめないので、先日迷ったすえ安くて、けっこうパワーのある草刈り機を買いました。うぃーんうぃーんと機嫌よく草刈りしてたら、あとでおもいっきり筋肉痛と膝痛になってしまい。
腕の筋肉痛はすぐ回復したものの、膝痛がぶり返して凹んで、こもっていましたが。
ちょっとましになってきたので、たまには出かけようと、この間ええお天気の日におもいきって映画(『この世界の片隅に』)を観に行ったり、べつの日には絵本作家のあべ弘士さんのお話を聴く会にも出かけてみました。

チェンバロの演奏(カッチーニのアヴェ・マリア)をバックにあべさんの朗読で聴く『旭川。より』(宮澤賢治の「旭川。」をモチーフにした絵本)が、じんとしみました。あべさんというと動物の絵本、の印象しかなかったのですが、この本にであえてうれしかった。


その3)
今読んでいる『現代思想』10月号(特集・相模原障害者殺傷事件)→のなかで熊谷晋一郎さん(以前、ここにも書きました→)が、この事件のあといただいたメッセージの中、カナダのライナスさんという方から寄せられたものを紹介してはりました。ライナスさんはご自身も慢性疼痛繊維筋痛症という慢性疼痛を持っているソーシャルワーカーをしてはる方だそうです。

そのなかでも【There was no others in this community】をあげて
【私たちが住むこの社会には他者は存在しない、全てが他者ではない、我々なんだっていうふうなことを述べているんですね。】(同書p68~p69より抜粋)とあり、心に残っています。

その4)
観たDVD『メニルモンタン2つの秋と3つの冬』~なんてことないけど、よかった。


その5)
きょうはこれを聴きながら。
スミ・ジョーって、最近どこかで聴いた(観た)気がしたなあ、と思ったら、映画『グランドフィナーレ』最後に"Simple Song #3"をうたいあげてた方でした。

Sumi Jo - Caccini (Vladimir Vavilov) - Ave Maria→

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by bacuminnote | 2016-11-27 20:43 | 本をよむ | Comments(0)

かさこそと音がする。

▲ りりィの訃報におどろいた次の日レナード・コーエンが、そして一昨日はレオン・ラッセルが亡くなってしまったと知る。
十代のころから今に至るまで、聴いたり観たりの人らの訃報に、しょんぼりしてたら、ひさしぶりに幼なじみから電話がかかった。
てっきりロック好きのかれのことやから、レナード・コーエンやレオン・ラッセルを偲んで・・の話かなあと思ったら、思いがけず中学校の同級生の死を知らされた。

▲そうして、今日出かけるまえ何気なくのぞいた郵便受けに「年賀欠礼」のはがきが入ってた。
パン屋のころのお客さんのおつれあいからだった。
パンから始まったけど、パンをこえて~こどものこと、食べもの、福祉や原発のこと・・・手紙をやりとりもした方。わたしらが店を閉めてからも、毎年グッドセンスな年賀状にご自身の活動やご家族の近況をユーモアたっぷりしらせてくれて。いつもたのしみにしてた。一度もお会いすることはなかったけれど。さみしい。さみしいです。

▲11月は義父が急逝し、パン焼きをやめてしまった月でもあり。
人には誰の上にも、いつか終わりがくるのはよくよくわかってる。(つもり)
けど。みんな早すぎるよ~
紅葉した街路樹の脇を歩いてるといろんなことを思いだして、足元に散らばった葉っぱみたいに、心の中にも、かさこそと音がして。
なんども立ち止まっては、そのつど見上げた空がどきっとするくらいにきれいな青色やったから。よけいに胸がつまった。

▲いっぽう、11月はだいじな人たちの誕生月でもある。
友よ、姉よ、みんな。ばあさんになっても、いつまでも少女のようにうきうきと互いの誕生日を祝おうね。
なぜか出会えたわたしたちの「偶然」になんべんでも乾杯しよう。

「歯が大事友だち大事冬林檎」(火箱ひろ)

▲・・というわけで、11月生まれの一人、旧友Jはいまから3ヶ月近くはわたしよりひとつ年上となる!(笑)
赤ちゃんのころの3ヶ月は大きいけど、ええ歳してそれくらいの差が何やねん!・・・やけどね。こどもみたいにムキになってそんな話ができるのも、またたのし。

▲そういうたら、この間読んだ『ハルとカナ』(ひこ・田中作/ヨシタケシンスケ絵/講談社2016年刊)にも、そんな場面があった。
主人公はタイトルの通り、八歳、小学二年生のカナとハルだ。
カナのなかよしのユズは、ハルのことを「かあさんのおなかの中にいたころからの知り合いなんだよ」って言うんけど。
ユズはハルより25日 先に生まれており。
「じゃあ、ユズちゃんは二十五日間、ハルくんより一歳年上なんだ」とカナが言い、
ハルは「そう、ぼくはユズちゃんより一歳年下のときが二十五日ある」と返す。

▲こういうやりとり、たのしいなあ。
そのむかし、四姉妹で、だれが何歳年上で、いくつ年下だのとよく言い合ったっけ。姉たちはいつも自分の方が○歳も年上だといばってたけれど、今では末っ子(わたし)がいちばん若いといばってる(笑)が、オール60代となっては、オールおば(あ)ちゃんなのであって。

▲この本は8歳の女の子カナと男の子ハルの、ちいさな疑問や気づきや思いが、なんてことのない日常のなか描かれるんだけど。
けっこう覚えてるつもりでも、忘れてしもてる「こどもの時間」を、あちこちでみつけては、ほっぺたがぽぉーっと温うなる。
【音楽の時間。『ドレミのうた』をみんなで練習した。カナは、ハルの声はどれかなとさがしていた。】(p110)というとことかね。
お互いになんかわからへんけど、ちょっと意識してしまうとことかね。かいらし。

▲あと、ベランダで洗濯物を夜干しする両親をリビングのソファーでハルがねころんで眺めてる場面がすき。

【ハルがいちばん気に入っているのは、夜の洗濯物干し。すこし冷たい風が吹くと、頭の中がすっきりする感じがして気持ちいい。あちこちの家の明かりがキラキラともっていて、とてもきれい。(中略)ガラスのむこう側。ふたりはハルに背中をむけながら、いっしょに干していく。洗濯物をわたすときとうさんが何かをいって、受け取ったかあさんが返事する。ふたりの笑ってる横顔が、ときどき見える。】(p14)

▲ええなあ~おかあさんとおとうさんが、”○○してくれへん?” でも ”○○してよね!”・・でもなく(苦笑)ごく自然にふたり並んで家のコトしてる姿。(ひこさん本にはこういう場面がさらりとでてきます)
もちろんフウフ(ハルにとっては親)って、こんなにヘイワな時間ばっかりやなくて。
(ふたりは)「顔を見ないで話すことがある。何かいいかけてやめることもある」(p8)んだけどね。そりゃ、大人にもそのときそのときの事情や機嫌や体調ってもんがあるから。
けど、そういうときのふたり(親)の話し声が、微妙に高かったり低かったり・・いつもとちがってることも、こどもはちゃあんと気がついてるんよね。

▲こどもの時間、といえば、いま『8歳から80歳までの世界文学入門』(沼野充義編著/光文社2016年刊)という本を読んでいるところなんだけど、そのなかに「シリーズ 文学のなかの子ども」というのがあって。沼野氏が三人(小川洋子・青山南・岸本佐知子)の作家や翻訳者とそれぞれ対談をしていて、これがとてもおもしろい。
とりわけ小川洋子さんとの話が印象深かった。

▲こどもの頃や若い頃に、一度だけ読んだものや教科書で一部だけ読んだ古典とか(小川さんがやってる本を紹介するラジオ番組で)読み直す機会があって、それはとてもいい経験になっているという話。
【沼野先生がおっしゃったように、文学遺産と呼ばれるものは、何回読んでも、そのときの自分の心の状態や年齢によって、あらたな側面を見せてくれる。えーっ、こんな宝石を隠していたのか、と言いたくなるような発見がしばしばあります】(p75)

そして、過去に読んでその記憶にたよってるけど、そもそもその「記憶を捏造していたということがある」というのも共感!
『走れメロス』がハッピーエンドやったことや、小川さんが長いこと『フランケンシュタイン』を怪物の名前やと思いこんでいたこと(わたしも長いこと誤解したままでした!)

▲【小説との出会いが、その人の中でいろいろなものを発酵させて生み出している。何年もたって読み返してみると、また違った発酵が起こる。でも、そうなるためにはやはり、小さい頃から本を読んで、発酵のための糠床を用意しておく必要がありますね。素晴らしい児童文学を大人になって初めて読むときに、「あっ、これを、十歳のときの自分に読ませたかった」と後悔することがしばしばあります。】(p77)

▲せやからと言うてガッコや家で「押しつけ」のような読書はおもしろくないもんね。
どうやったら、こどもらに「届く」かなあ~といつもおもう。でもウチの息子たちも、聞くと相方も、十代のはじめ頃までは自発的に本を読んでなかったのに、ある時期から(各自決定的な出会い~があって)モーレツに読み出したみたいだし。

▲小川洋子さんはこどもの頃からほんとうに本好きな少女だったんだなあ~というエピソードがいくつか対談中にも出てくるんだけど、いちばんすきなんがこれ。
学校の図書室で本を借りてきた帰り道~
ランドセル揺らして、はあはあ言いながら走る少女の姿がすぐそこに見えるようで、うれしくなる。

【早く読みたくて走って帰る。するとランドセルの中で本が、急かすようにカタカタ鳴るんです。その音が、子ども時代の幸せを象徴するものの一つです】(p74)


*追記
その1)
りりィ~このひとの声も歌もすきだけど、映画に出てはるときも、目立たない役なのに強い光を放つとこがかっこよかった。『リップヴァンウインクルの花嫁』(岩井俊二監督」の母親役をみたのが最後になってしまいました。

レナード・コーエン~若いときからよく聴いてるけど、歳とらはって枯れた感じが渋くてよかった。せやから、かっこいいじいさんのまま、ずっといいうた聴かせてくれる(じっさい、ついこの前新譜が出たとこやし)と思ってたから。ショック。以前(ここには須賀敦子さんの本にでてくるレナード・コーエンのこと書きました)

レオン・ラッセル~このひとの”my cricket”は大すきな曲→
いつだったかここ「追記」にutube貼ったことありました。

高校生のころのわたしはピアノとうたでは、レオン・ラッセルよりエルトン・ジョンの方をよく聴いてたんだけど。この間ものすごく久しぶりに”a song for you”を聴いて泣きそうになりました。ええ声や。
そして、そのふたり→

その2)
この間から観た映画の中からふたつ。

『孤独のススメ』 (原題「Matterhorn」)→ディーデリク・エビンゲ監督、初の作品やそうです。オランダの緑多い田園地帯にひとり暮らす初老の男性。毎日きっちり6時にお祈りをしたあと夕飯を食べる。日曜にはスーツを着て教会に行く。

この主人公フレッドも、突然どこからか現れることばもろくに話さない無精髭の身元不明な男性も(ほかの登場人物も)どこかなんかヘンな感じなんですが(北欧の映画っぽいふんいき←すき)成り行きでそんな2人が同居生活を始めることになって。フレッドの型にはまった生活が少しづつ侵食されてゆくんだけど。

常識や他人の目やちっぽけなプライド、そして性別・・・いろんな縛りから解放されることで、人は人とむきあえる(愛しあえる)と思いました。寓話的?とおもえる場面もいくつかあって、86分と短いけど、ふしぎな魅力にひっぱられ、観終わったあともしずかな余韻がずっとのこる映画でした。

『ハロルドが笑うまで』(原題”Her er Harold”)
あ、これもさっき書いた北欧の作品です。
こだわりのある家具屋を営んでいた老店主が、店の前にできたノルウェイの(というか日本でも有名ですが)大型家具店IKEAの創業者であるイングヴァル・カンプラードの誘拐計画を決行する~という、やっぱりちょっとヘンでふしぎな、そしてこれまた成り行きで若い女の子(よかった!)も誘拐に加わって。

その3)
そして、きょうはやっぱりレナード・コーエンを聴きながら~R.I.P.
Leonard Cohen - Bird on the Wire 1979

こっちは歳とらはってから。2013年のライブ版。ええなあ。

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by bacuminnote | 2016-11-16 09:20 | 本をよむ | Comments(4)
▲夜中に何度も目が覚めるのは歳のせい、とばかり思っていたけれど。この間から「おこた」を入れたら、時々寝過ごしてしまうほどよく眠れるようになった。
朝夕にはストーブも点け始めたし、ニットも肌に馴染んで、熱いお茶がしみじみ旨い。

▲もう「秋仕舞う」頃?いや、もうちょっと居てよね~とか思いながら、一昨日ようやっと扇風機の羽根やカバーを洗って片付けた。
ウチは夏の間エアコンをほとんど使わないかわり、新旧混ぜてぎょうさんある扇風機は、あっちこっちで文字通りのフル回転(笑)
物入れから調子にのって次々出してきては、毎年この時期にため息をつくことになるのだった。

▲そういうたら、寒くならへんうちに障子の張替えもするつもりやったし、たまりにたまった本類・紙類の整理も、要らんもんも片付けて・・・と、暑くなく寒くなくの秋はいつも予定満載なんだけど。
自分のすきなことなら行動早いわたしも「さしすせそ」(探す・仕舞う・捨てる・整理・掃除)は「明日しよう」「また、こんど」と延期と休憩を繰り返したあげく「まあ、ええか」で、越年というパターンだ。(あ、この↑「さしすせそ」はさっき思いついて書いたけど。いまネットでみたら「家事のさしすせそ」というのがあって。曰く「裁縫・躾・炊事・洗濯・掃除」ということやそうです。ううむ~どっちの「さしすせそ」も苦手なり。ていうか「躾」って何なん?)

▲そんなスローペースなわたしとは反対に、街は年々せっかちになって。クリスマスに年賀状、おせち予約に(これは10月から始まってた!)、今日は美容院の前を通ったら「成人式着付けご予約は早い目に」と書いてあった。
むかし(←1973年のことやったらしい)「せまい日本そんなに急いでどこへ行く」という交通安全の標語があったっけ。
ハロウィンやクリスマスやお正月や~と相変わらず商業主義に踊らされるのもつまらんけど。それより、何より原発再稼働、沖縄の米軍基地、TPP 、あれもこれも。この国はどこにむかって急いてるのか。こわい。

▲この間『へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』(鹿子裕文著・ナナロク社2015年刊)を読んだ。
どんな本かもよくわからへんまま、いかにもスローなにおいのする「へろへろ」と「ヨレヨレ」というタイトルに、表紙カバーの絵(奥村門土君という少年が描いたらしい)と、「そで」にあった一文
【根拠なんか別にない。ただ、やれると思う気持ちがあるだけだ。 新しいことはいつだって、無謀で無計画で、前例がなくて保証がないところからしか生まれてこないのだ。】 に、ひっぱられて手にとったら、これがもうおもしろくて一気に読了。

▲著者はこの宅老所の職員でもなく、介護の世界に詳しいライターというのでもないらしいが、ひょんなことから「宅老所よりあい」の村瀬孝生という人に会って仲良くなって、知らず知らずのうちに世話人会のメンバーになり、やがては雑誌『ヨレヨレ』を作る人になったらしいんだけど。

▲「よりあい」は最初マンションにひとり住む何かと問題の多い、しかし夫亡き後も気骨一本「毅然として、ぼけた」ばあさまのケアをどうするか、ということから始まる。
【なぁんが老人ホームか!あんたになんの関係があろうか!あたしゃここで野垂れ死ぬ覚悟はできとる!いらんこったい!】と激しく言い放つばあさま。そして、そうと聞いては放っておけない介護専門職の下村さんと仲間たち。

▲が、マンションの一室という閉ざされた空間で展開される「一対一の関係性」ではなく、もっと開かれた世界を~と、下村さんたちは
ばあさまの新しい居場所を探すことになる。
ところが、どこも「そんな超ものすごいばあさまじゃ困りますね」「他の利用者さんにも迷惑です」と門前払いされるしまつ。

▲「ああ、もうわかった!もう誰にも頼みゃせん!自分たちでその場ちゅうやつを作ったらよかっちゃろうもん!」と、イカル下村さんは
お寺の茶室を借りてのデイサービスをスタートすることになるんよね。そこで、お寺に目をつけた下村さんもナイス!と思うけど、快諾しはった伝照寺というお寺さん(浄土真宗本願寺派)も、すばらしい。そういうたら、もともと寺院って布教の場だけやなく、地域の福祉、文化、教育の拠点を担う場でもあったんよね。

【制度があるからやるのではない。施設が作りたいからやるのではない。思いがあるからやるのではない。目の前になんとかしないとどうにもならない人がいるからやるのだ。その必要に迫られたからやるのだ。それは理念ではない。行動のあり方だ。頭で考えるより前にとにかく身体を動かす。要するに「つべこべ言わずにちゃっちゃとやる!」なのだ。】(p17より抜粋)

▲これだけでもすごいなあ、と思うのに、お寺からこんどは住宅街の民家に場を移してグループホーム、やがては、住み慣れた地域で「ボケても普通に暮らせる」施設づくりに、乗り出すことになる。
なんて書くと、次々新たな目標を掲げて邁進、みたいやけど、いずれのときも、次を目指して動いたわけじゃなく、そうせざるを得ない状況になってゆくからで。

▲しかし、こんなふうに切羽詰まって動くときも、終始「正義の味方」ヒーロー風でないとこが「よりあい」のええとこやなあと思う。博多弁のもつ魅力もあると思うけど、著者をふくめ、介護の世界にまるで無縁だった人たちまでどんどん巻き込んでゆくパワー(その源は、高齢者ケアとかいうんやなくて、人間への愛やとおもう)と、笑い、はちゃめちゃぶりが、おもしろくて、そんで温かい。

▲常時資金不足の「よりあい」にあるとき、ドキュメンタリー番組の取材依頼と新聞連載のオファーが村瀬さんのところに来て、著者は世話人会で「これに飛びつかない手はないんじゃないですか」と発言するんよね。
テレビに新聞ときたら、寄附の申し出もたくさん来るだろうし、いいことづくめじゃないか、と思うのだが。下村さんはぴしゃりと言う。
【世の中には、もらっていいお金と、もらっちゃいかんお金がある!】(p110)

▲またあるときは、資金集めのバザーがおわってその売上金の入った袋を持った著者に、こうも言う。
【ね、重かろうが。小銭はホント重いっちゃん。でもこれがね、お金の重みなんよ】(p265 )
「もらっちゃいかんお金」をあちこちで仰山もらい、市民の税金の「重み」もわからず浪費する政治屋たちに聞かせたい台詞だ。

▲新しく建てる施設はどういう建物がいいか、みんなで何度も話し合う中で、大事にしたいのは【管理と監視から自由であること。支配と束縛から無縁であること】(p196)とあって。
これ、特養に限らず、施設や学校でも、、ひとが暮らしてゆく上でほんまに大事なことやよね。
そうそう、わたしが一番ええなあと思ったのはキッチンをどうするかという話。「食べる」は「生きる」の基本やからね。それでも、求めてるものは、ごくあたりまえの、ふつーのウチの「だいどこ」と一緒だ。

【作る人の顔がちゃんと見えること。何を作っているのか、のぞきに行きたくなること。そこで会話ができること。料理をする音が聞こえて来て、食べ物のいいにおいがすること。ちょっとつまみ食いがしてみたくなること。そして、そこで、笑えるひと悶着が起きること。】(p205)

▲それにしても。
こんなあたりまえのことが「効率」という名のもとに、あたりまえじゃなくなるのは、どう考えてもおかしいよね。
みんな歳とってゆくのに。できないことがふえてゆくのに。本来、国や行政がやるべきことを、「へろへろ」になって薄給で、やってくれる人に押し付けてるのは、おかしいよね。


【思えば、「自己責任」という言葉が「老い」という不可抗力の分野にまで及ぶようになって以降、人は怯えるようにしてアンチエイジングとぼけの予防に走り出した。
のんびり自然に老いて、ゆっくりあの世へ行く。それを贅沢と呼ぶ時代が来てしまったのかもしれない。とにかく国は生存権に帰属する介護問題を、サービス産業に位置づけ、民間に託して解決を図る道を選んでしまった。
その結果、畑違いの企業、たとえば不動産会社や建築会社、居酒屋チェーンまでもが、介護事業に乗り出し始めた。その政策はもう後戻りすることはないだろう。すべては追加オプション式の明朗会計。介護の世界でも、それがこれからのスタンダードになることだろう。サービスとはつまり、手間という手間をひたすら金で買い続けるしかない代行システムのことなのだ。】 (p187~188)

追記
その1)
雑誌『ヨレヨレ』→も、パワーのあるおもしろそうな冊子みたいです。読んでみたい。

その2)
雑誌といえば、ひさしぶりに『Chio』を。その昔わたしが定期購読してたのは創刊のころで、当時は『ち・お』(ちいさい・おおきい・よわい・つよい)という誌名でした。たしか創刊は息子2がうまれた年やったから、息子とこの雑誌は同い年。
今回は京都の古書店・カライモブックスのおふたり(だいすき)が載ってるというのもあって購入したのですが、特集『わたしは「差別」しているの?』は、最初から最後まで、どの頁も飛ばし読みのできないものばかりで。当初のお目当てだった(!)カライモさんたちの頁までたどり着くのに時間がかかってしまいました。

久しぶりの「ち・お」は「Chio」になってたけど、あの頃と変わらず深く地味で媚びず、誌名通り「おおきい・つよい」によりかからず「ちいさい・よわい」ものへの温かい視線も。
そして「子育て」してる人たちだけの本やないことに、ほっとしたような思いで読みました。
おすすめです。

そして、なんとカライモブックスのNさんがChio 4代目編集人にならはるそうです!たのしみ!

いま読んでいる児童精神科医の石川憲彦さん著『みまもることば』~思春期・反抗期になっても いつまでもいつまでも~も、↑と、おなじくジャパンマシニストの本です。

その3)
今日はこれを聴きながら。
ドキュメンタリー『子供たちをよろしく』(監督マーティン・ベル/原題"Streetwise")
残念ながら未見なのですが(観たい!)この映画、はじめとおわりの音楽はトム・ウエイツ!
Tom Waits - Take Care Of All My Children / Rat's Theme →

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by bacuminnote | 2016-11-03 19:05 | 本をよむ | Comments(0)