いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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カテゴリ:映画( 44 )

ひきだしをあける鍵。

▲蝉の大合唱と、パジャマの襟の汗のつめたさに、今朝もアラームの鳴る前に目が覚めてしもた。夜中には暑いのとトイレで何度も起きたから。寝不足でぼぉーっとしながら雨戸を開けたら、思いがけず涼しい風がすいーっと束で入ってきて、ああ、ええきもち~と深呼吸ひとつ+大あくび。

洗濯物を干していたら、百日紅の花がいっぱい咲いているのに気がついた。

前は、昔の絵葉書みたく濃い青空を背景に、やっぱりつよい色調のピンクの花が苦手やったから。なんでお義父さん、こんな木植えはってんやろ~と思ってたんやけど。いつのまに、いつからか、気になる花になって。
「さみしさは空の青色さるすべり」(拙句なり~)

そういうたら、いま読み始めた『俳句と暮らす』(小川軽舟著 中公新書)の冒頭「金盥(かなだらい)傾け干すや白木槿」(軽舟)の一句のあと、「俳句とは記憶の抽斗を開ける鍵のようなものだ」ということばに、そうそう!と声をあげる。この白木槿からも、ウチにもあった木槿の~高いとこで咲く花をいつも首をぐっと伸ばして見上げてたこと。根腐れして植木屋さんに切ってもらった日のこと。義父のすきだった木槿や百日紅の花や俳句・・と抽斗の中にいろんなものが詰まってたことに、この一句から気づく。

▲さて。
大阪の日中の暑さは日々もうハンパなくて。いつも通る歩道橋でも立ち話してる人はだれもいない。顔見知りに出会っても、みなさん立ち止まることもなく「暑いねえ」「ほんまになあ」で済ませてはる。きもちのええ季節やと「もうちょっと隅でしゃべって~」と思うほど、老若男女「立ち話のスポット」(苦笑)なんだけど。


信号待ちの横断歩道では、じりじり照りつける暑さに堪えてか、口をぎゅっときつく結んでる人、あくびしてはる人。そんで、そんな知らない人らにさえ、つい「たまりませんねえ」と同意を求めたくなるような(実際求められることも時々ありマス)毎日である。ということで、こころから暑中お見舞い申し上げます。

そんなどこにも出かけたくないよな暑さの中、この間ひさしぶりに隣町のレンタルショップまで足をのばした。

『みかんの丘』(ザザ・ウルシャゼ監督)と『とうもろこしの島』(ギオルギ・オヴァシュヴィリ監督)は上映時に行けなかったので、二枚とも棚に見つけて小躍りする。そして、これまたひさしぶりに、フウフで(各自!)鑑賞のあと、食べながらのみながらの感想大会となった。

映画のチラシには二作とも「世界は閉じたままで、いまだに出会うことがない」と大きな文字が入る。どちらも簡単に言えば傷ついた兵士を匿って世話をすることになるんだけど。戦争に「簡単に言えば」はなくて。つねに複雑で理不尽で不条理の世界だ。

▲どちらも、深くいい映画だったけど、きょうはそのタイトルからもよい風の吹いてきそうな『みかんの丘』の感想を書いてみようとおもう。この映画は木工の場面から始まる。
ジョージア(グルジア)のアブハジア自治共和国でみかん栽培の村は、エストニア人の集落だったが、ジョージアとアブハジアに紛争が起きて、殆んどの人たちは帰国。居残ってみかんの木箱を作るイヴォ(これが冒頭の場面!)と、みかんの収穫をする友人のマルガス。

ある日彼らは家の近くはげしい銃撃戦で負傷した二人の兵士(亡くなった人たちには、土を掘って埋葬する)を、自宅に連れ帰り手厚く介抱する。

この二人の兵士、一人はチェチェン兵(アブハジアを支援)のアハメド、もう一人はジョージア兵のニカ。

瀕死のときは、まさか同じ家に「敵」がいるとは知るよしもないけれど、少し怪我が落ち着いてきてそれを知ったとたん、お互いに殺意をむき出しにするのだった。そこで、イヴォはこの家の中では絶対に戦わせないと宣言。

画面のむこうのやりとりを見ていると「敵」って何なんよ?と滑稽ですらあるんだけど。それでも、ちょっとしたこと(本人たちには「ちょっと」ではないのだろ)で、文字通り一触即発状態が続く。

マルガスには、とりあえず今はみかんを収穫したいという理由があるものの、イヴォの家族はすでに帰国しているようなのに、なぜ彼はひとりこの地に残って、みかんの木箱を作り続けるのか~よくわからないまま物語はすすみ、終盤アブハジアを支援するロシア兵たちがやってきて、また銃撃戦が始まる。


採る人をなくした鈴鳴りのみかん。死んでしまったひと。遺されたひと。少しずつ解ける謎も、やっぱりわからないままのことも。最後はみかんの黄色が悲しみの中でわずかに希望のようにも感じる。

わたしはずいぶん前に観た『ククーシュカ ラップランドの妖精』という映画を思い出していた。この映画も夫をなくし一人暮らしのサーミ人の女性が、それぞれの事情でそこに置き去りにされたフィンランド兵とロシア兵を助ける話だった。

大きなちがいはククーシュカ・・の三人は言葉もフィンランド語、ロシア語、サーミ語と、まったく通じなかったこと。勘と諦めの中で(あとセックスが介在すること。これがじつにおおらかでええ感じ)ぶつかり、わかり合えないながらも奇妙な三人の共同生活が始まって、(ここにも少し書きました)そして最後はそれぞれの地に戻ってゆくんだけど。

いつも思う。そう簡単にはいかん、ともうひとりのわたしが強く言うんだけど。ひととひとは仲良くわかりあって暮らせるのが一番。でも、その難しさは夫婦だって親子だって、そうそう簡単なことじゃないことぐらい皆わかってる(はず)。まして育ってきた環境も言語も宗教もちがえば、当然価値観も大きく変わってくるだろう。

それでも。
あるキョリを持っての暮らしなら、多少のぶつかり合いや揉め事もありながらでも、やっていけるんやないか~と。じっさいやってきた歴史があるんやないか、と。世界が開けるときがあるんやないか、と。いちばんの問題はいつもそこに他所から「介入」してくる大きな力が在ること。そこに支配や搾取や権力が大きな顔して居座ること。

「王様のなんにもしない涼しさよ」(火箱ひろ)

*追記

その1)

わたしは2010年からはじめたTwitter~すてきでおもしろい友だちといっぱいであえました。で、つねづね「北の友」と呼んで、リスペクトしている(けど、まじめな話から昔からの友だちのように映画に本に音楽に・・と、なんでも話してる)詩人 番場早苗さんがこのたび個人誌『恒河沙』(ごうがしゃ)を発刊されました。


その中~34頁にわたる論考「砂州をこえて 佐藤泰志「海炭市叙景」論」はわたしたちが知り合うきっかけにもなった『海炭市叙景』(佐藤泰志著)についての力強い、そして彼女ならではの視点(くわえて同時代に佐藤氏とおなじ砂州の街で生まれ育ったひとの眼)で丁寧に綴られた力作なのですが。


あろうことか、わたしにも「なにか」とお声がけくださって。

からだはデカイがこころは極小(ほんまです)のわたしは尊敬する番場さんの誌面をわたしなんかが・・・と後ずさりしつつも、このブログの続きみたいな感じの一文「映画の時間」というエッセイを載せてもらいました。


くわえて。

十代のおわりからの長いつきあいで、ふだんはあほなことばっかり言い合うてる旧友で漫画家うらたじゅんが、同誌にとびきりの絵を。彼女のひさしぶりの白黒の絵は、架空のまちの映画館ナポリ座と市電とチャンバラ好きのこどもらが、こちらに語りかけてきます。そんなにぎやかな声まできこえてきそうな温かな、うらたじゅん渾身の一枚であります。


そんでまた、たまたまなのですが。
今月からその
うらたじゅん個展が、番場さんのホームタウン函館で開かれるという。件の映画館の原画も展示されるという・・・

いやあ、ほんま ひととひとが出会ったときにおこる波は刺激的でうきうきします。波というのは、うまく、たのしく乗れるときばかりやないけど。波乗りはやっぱりおもしろいです。(ほんまの波乗りは未経験!)

『恒河沙』 ~すてきな表紙絵は作家 吉村萬壱氏によるもの。


その2

『真ん中の子どもたち』(温又柔著)読了。

残念ながら芥川賞受賞にはならなくて。別にとれなくてもええやん(すみません!)~とか思ってたんだけど。発表後温又柔さんのツイート読むと、せやなあ。取ってほしかったなあ、と改めて。

【日本語は、私たちの言葉でもある。日本は、私たちの国でもある。政治家がそれを言えないのなら、小説家の私が言う」。今夜、テレビで、そう言いたかった。それが叶わなかったことだけが、少しくやしい。だからこそ、これからも書き続けます。今までと変わらず。だれに頼まれなくとも!

その3

きょうはこれを聴きながら。

『みかんの丘』で流れてた曲。 しみじみ いいです。

niaz diasamidze - mandariinid (soundtrack)→


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by bacuminnote | 2017-07-23 21:51 | 映画 | Comments(2)

小鳥くる。

▲めずらしく本を読まない(読めない)時間がここしばらく続いている。
それでも、こどもの時分からの癖で毎晩本を持って布団にもぐりこんで。目をとじる。眠れなくて目を開ける。ふたたび目を閉じる。
いつも枕元に本があるのは、たぶんわたしの安心のしるし。読んでも、読めなくても。

▲このあいだ(というてもだいぶ前になるけど)思い立って友人とドキュメンタリー映画『人生フルーツ』を観に行って来た。この映画のことは、もうずいぶん前からあちこちで、とりわけわたし位か、もう少し上の世代の人がブログなどでこぞって絶賛してはって。ほんま言うとね。それを読んだだけで、もう「観なくてもわかった」的気分になっており(すまん)。それに「おだやかにていねいに暮らす」とか言われたら尚のこと、背をむけたくなる天邪鬼も自分のなかにいたりして。

▲そのうち上映館も一つ減り二つ減り、まあいつかDVDになったら~とか思ってたんだけど。観てきた友だちが言うてた「二人、ほんとに仲がいいのよねえ」のひとことがずっーと残ってて。つまり「仲のよいフウフ」に引っかかってたもんで。「今さら」と思いつつ、公式HPみてみたらまだ上映館があることを知ったのだった。

▲ケッコンして40年近いというのに、いまだにかんかんがくがく、けんけんごうごう(苦笑)な自分たちをおもって、わたしは時々ふかーくため息をつく。
「あんたら若いなあ。わたしらそんなんとっくに諦めたわ」「もう今さら、人は変わらへん、って」と、センパイ方は言わはるんやけど。

▲「諦める」とか「言うても仕方ない」やなくて。
どうしたらフウフなかよく(いや、ウチも仲が悪いというわけでもないけど)何より、おだやかにすごせるのやろ~と。農的生活や「ていねいな暮らし」にスポットライトのあたるこの映画に求めるモンが「そこか?」と笑われそうやけど。けっこう真剣にそこのところを観て確かめたかったんよね。

▲その日は友人のやさしいエスコートで、エスカレーターやエレベーターを使って(方向音痴のわたし一人だと探すのにくたびれて仕方なく階段を昇降することも多いのデス)すいすい目的の映画館に。
お客さんは中高年の女性が多かったものの若い人らもけっこういて。
ひさしぶりに来たけど、ここはやっぱり上映してる作品がすきなものが多くて『草原の河』なんかはもう予告編のみじかい時間だけで、ぐっとひきこまれて観たくなる。
やっぱり、たまには「街」に出てこんとあかんなあ。

▲さて、本編である。建築家の津端修一さん(撮影当時90歳)は、愛知県春日市の高蔵寺ニュータウンの一隅に樹木と畑に囲まれたお家に妻・英子さん(87歳)とふたりで暮らしてはる。

▲修一さんはかつて阿佐ヶ谷住宅や多摩平団地などの都市計画に携わる。
そして1960年代 伊勢湾台風の高台移転として当時住宅公団のエースだった修一さんが高蔵寺ニュータウンの設計を任されることになって。

▲彼は風の通り道になる雑木林を残し、自然との共生を目指したニュータウンを計画するんだけど、経済優先の時代の波にのみこまれ、結局完成したのは理想からほど遠い四角い建物がずらりと並ぶ大型団地で。
その後修一さんはそれまでの仕事から距離をおき、自ら手がけた高蔵寺のニュータウンに土地を購入して家を建て、みんなにも呼びかけて雑木林を育て始め、里山再生のローモデルとして提唱し続ける。

▲「平らな土地に里山を回復するには、それぞれの家で小さな雑木林を育てる。そうすれば一人ひとりが里山の一部を担えるのでは」というわけだ。
映画の中でも「ドングリ作戦」と称し、開発でハゲ山になってしまった高森山に樹木を植える運動が当時の写真と共に紹介されるんだけど、氏の熱のようなものが伝わってくる。

▲彼の師アントニン・レーモンド氏の自邸に倣ったというおふたりの家は、木造平屋で台所と30畳の広いワンルームである。
大きなダイニングテーブルのうしろに、修一さんのデスクがありベッドもふたつ並んでいるのが見える。天井はなく、光の入る高窓を長い棒を使って開閉する。玄関もなくて、庭からそのままあがる。センスはいいけど、気取りのない、居心地のよさそうな家だ。

▲せやからね。
映画で映し出される二人は、ほぼこのダイニングテーブルの前に腰かけてはるか、台所か、70種類の野菜が育つ畑と50種類の果実が実る木々の辺りで土をさわってはるわけで。

▲そうそう。
あるとき「このテーブルから庭を見るのが気に入ってる」というような話になって、季節でテーブルの位置を少しずつずらしたりしてると二人が言うて。
「この位置がいい」という修一さんに、すかさず「わたしは、ほんとはもうちょっと◯◯のほうが好きなんですけどねえ」と英子さんが返してはって。
「お、いいぞ、いいぞ」(苦笑)とにんまりする。

▲津端さん夫妻は年齢的にはわたしの親世代であり。
母がそうだったように英子さんもまた夫・修一さんに話すのはキホン敬語である。でも、語り口は敬語だけれど、彼女は思ってることはちゃんと夫に言うてはるんよね。
なんども出てくる食事風景(畑のものを存分に使いおいしそう!)の中、朝食に修一さんにはご飯。英子さんはというたらパン~というのが印象的だった。ゆるやかに、しかし「自分流を通す」ということか。

▲で、わたしやったら、と考える。
和洋二種類も作るのフケイザイだの、めんどくさいだの~と、こぼして(自分のすきなものを)がまんしてつれあいに合わせるか、あるいは、つれあいに「今日はこれにしとき!」と押し通すか(苦笑)どっちかになりそうだ。(もちろん彼が自分で拵えるという選択もある)
でも、ほんま言うとこういう日々の一見「小さながまん」は積み重なると、思いのほか大きく膨れるもんなんよね。手間をおしまず「通す」英子さんはすごいなと思う。

▲そして、映画に映る修一さんはいつも笑顔だったけれど、かかってきた電話に(なんと黒電話!)講演だか取材だかの仕事を「わたしももう90歳だから自分のために時間を使いたい」ときっぱりと断ってはったのも残っている。

▲おだやかで豊かな暮らしやから、単純に好々爺みたく思ってしまいそうになるけど(そういうたら、いま「好々爺」に値する「好々婆」ってあるのかな、と調べてみたけど、なかった。気のいい爺さんはいるのに、婆さんはいないのか?と、愕然とする)その底辺には、厳しい「NO!」の思想が流れていることを。お二人ともそういう思いを共有してることを、あちこちでつよく感じた。

▲いろんなひとがブログなどで言うてはるから、ええかと思って書くけど、この映画の撮影中におもいがけず修一さんが、昼寝したまま起きてこなくなるのであった。ふたりはいつかひとりになるのであった。

▲毎年、障子の張替えをするのに、外で戸を洗うのが修一さんの役だったようで。わたしもまた、そのむかし信州の山ぐらしのころ、外で10枚以上の障子戸を洗って干して、障子紙を張り替えたときのことを思い出す。
英子さんは夫、修一さんから「自分ひとりでやれることを見つけて、それをコツコツやれば、時間はかかるけれども何か見えてくるから、とにかく自分でやること」を教わったと言う。

▲そうやよね、コツコツ、コツコツと続けることで見えてくるものがあるよね。そして、気がついたのは、互いのちがいをわかった上で同じ方向むいて暮らしてはったんやな、ということ。
結局のところ、わたしらは相手のちがいを未だ(しぶとく?)受け入れてないのかもしれなくて。この映画鑑賞後も、やっぱり相変わらず「なんで(わたしの/ぼくの言うことが)わからへんねん?」が続いてるけど(苦笑)

▲映画の中ではけんかもなく波風もたたず。修一さんの死の後もしずかで。そのころ雑木林にあった野鳥たちの飲み水の大きな鉢が割れてしまうんだけど。がっかりする孫たちに英子さんは淡々と言う。「しょうがないよ。いつかは壊れるんだから」と。
エンドロールのテロップにあった「すべての答えは偉大なる自然の中にある」(アントン・ガウディ)のことばを今あらためてかみしめているところ。


*追記

その1)

割れてしまった小鳥の水鉢はその後、お孫さんたちが修理して復活することになります。鉢のなか、きらきら光る水に、小鳥たちのすがたにほっとする思いでした。
「小鳥来るここに静かな場所がある」
(田中裕明句集『先生からの手紙』)

そうそう、映画をみたあと、とりあえず暖かくなったら、ひさしぶりに障子戸を外で洗って、障子紙の張替えをしようと思いました!

その2)

この間発売のその日に本屋さんに走った本。
ここんとこ、いろいろいっぱいあって。唸ったり考え込んだり沈んだりしてたけど。そろそろちょっとづつ浮上中。また寝床読書が再開できるかな。

『離陸』(絲山秋子著 文春文庫)の解説は池澤夏樹氏「この友人たちを得ること」という副題がついており。 【読んでいて気持ちがいい理由の一つは、この作家は自分の小説に登場する人物を愛していることだ。そんなことはあたりまえと思う人は多いだろうが、しかし世の中には(名は挙げないけれど)登場人物を将棋の駒のようにあつかう作家も少なくない。彼らは作中の彼ら彼女をぱちんぱちんと盤面に叩きつける】
(同書「解説」池澤夏樹 p422より抜粋)

その3)

ふたりといえば、このひとたち。音源のなかではいつまでもふたり。

Lou Reed andLaurie Anderson - Gentle Breeze→


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by bacuminnote | 2017-04-17 09:40 | 映画 | Comments(2)

ひとりになりにゆく。

その日は、前の晩カッカすることがあって(フウフげんかともいふ)よく眠れなかった。今はもう若いときのような元気はないから。はげしく言い合ったとしても(こういうエナジーはまだあるw)お互いにしんそこ納得してへんかっても、翌日まで「持ち越し」はなくなりつつあるんだけどね。(それゆえに、またおなじことをくりかえすのである。)

▲やがて、ねぶそくの朝がきて。ぼんやりした頭で雨戸開けたら、冬の真っ青な空とか、お陽ぃさんとかが、胸にきゅーんとストレートに来て。
そうだ。映画館に行こうとおもった。

「春昼をひとりになりにゆく映画館」(火箱ひろ)~である。

『未来を花束にして』 のことは上映前からその邦題が「あんまりだ」という声はネット上で見ていたものの、恥しながら原題の「Suffragette(サフラジェット)の意味も、よく知らないままの映画館行きで。

くわえて、いつもやったら予告編も日本版とオリジナル版と必ず両方チェックするのに。今回は日本版しか観ていなかったんやけど。
想像していたのとは違っておもいのほかハードな作品で。でも、うれしい誤算。よかった。

物語は1912年ロンドンから始まる。
主人公はこどもの頃から洗濯工場で働く24歳の女性、モード(
キャリー・マリガン)。同じ職場の夫のサニーと幼い息子と3人、貧しいけれど穏やかに暮らしてる。


ある日モードは街に洗濯物の配達に出た帰り、こども服が飾られた店のウインドウをうっとりのぞいていると、いきなりそこに石が投げられガラスが飛び散って、びっくりして逃げるようにバスで帰ってくる。

これがモードとサフラジェットとの初めての出会いなんだけど。

最初はおずおずと遠くから覗くようにしていたこの運動に、ひょんなことから関わり、もしかしたら「自分にも他の生き方ができるのでは」と思うようになって。
実在の人物で女性社会政治同盟のリーダー エメリン・パンクハースト(メリル・ストリープ)の演説を聴き、モードはやがて積極的に闘い始める。


彼女が「おとなしく」「がまんしている」ときは、やさしかったはずの人(男)たちに、職場を解雇され、家を追い出され、あげく愛しい息子にさえ会えなくなって。

けど、モードはとつぜん変わったわけじゃない。
こどもの頃からの劣悪な環境にも、工場長からの許しがたいセクハラやパワハラにも。いつも、ずっと声を押しころして泣き、がまんしてがまんして。
「怒りの火種」はきっとからだの奥底につねにあったんやろなと思う。

そして、その間(かん)のモードの表情の変化というたら。もう泣きそうになるくらいに、感動的だった。

ひとが自分というものを持ったときに初めて発するもの。

それは親子間にしろ、夫婦間にしろ、「上」から見てたら、もしかしたら鬱陶しいものに映るかもしれないけれど。おなじ線上に立ってみたら、どんなにうつくしいことか。キャリー・マリガンがそれをとてもよく演じていた。

一方で警察権力の弾圧も、それはもうすさまじく。
まだ長い丈のドレス姿の女性たちが殴られ蹴られ引きずられる場面、逮捕の後 彼女たちのハンガーストライキに対する処置として、拘束して強引に漏斗でミルクを流し入れる場面など、たまらず、その間じゅうわたしは椅子から腰を浮かしっぱなしだった。

▲”サフラジェット”は当時あった女性参政権運動のなかでも先鋭的といわれたグループらしく(穏健派はサフラジストと呼ばれたらしい)劇中「言葉より行動を」のスローガンが何度も登場する。

実際、冒頭の投石だけでなく、いくつか爆破場面も描かれるんだけど。
果たしてこれを暴力というのだろうか、と観ている間じゅう(いまも)考えていた。

そもそも、女性が発言できる場も機会も、その権利すら奪われているのである。
政治も社会も新聞も、みな男たちに牛耳られているなかで、どうやったら自分たちの「女性にも選挙権を」と訴えられるのか。注目されるのか。都市部だけじゃなく、その思いや願いを国じゅうに広め、伝えることができるのか。そのためには「言葉より行動」しかなかったんじゃないか。

▲映画ではモードを追う警官と夫の 良心や揺れている内面も描かれていた。
社会の規範でぎゅうぎゅうに縛られているのは(ある意味)男性も同じかもしれない。
ただ、工場長に至っては同情の余地もなく、予告編(日本語版ではカットされてたシーンのひとつ)にもでてくるアイロンの場面では映画館ということも忘れ大きな声を出してしまった。(観客はわたしも入れて6人しかいなかったけど。ほんますみません)

▲それにしても。

女性にも参政権を、という今からしたら「当たり前」と思うようなことだけでも、その権利を獲得するのに、これほどの闘いがあったとは。
エンドロールで女性の選挙権が認められた年と国の名前が順番に流れてゆくんだけど。決して大昔のことではないんよね。
そして、それらは過去形ではなくまだまだ現在もつづいてる。

そうそう、JAPAN1945年~)が入ってなかったのは何故だろう。

家に帰ってからつれあいに映画のことをしゃべりまくる。(前夜のことは棚の上に置いといて・・苦笑)そうして見ていなかった英国版予告編 をふたりで観て、日本版 とのあまりのちがいに驚く。(ぜひ、見比べてみてください。どの場面がカットされてるか、というのは大事なとこやと思う。)

▲タイトル(邦題)だけでなく予告編まで、まるでちがう作品になってしまって。くわえてポスターも色や雰囲気のちがいだけでなく、コピーもまた
英国版は”TIME IS NOW ”(今やらなければ)が、日本版は「百年後のあなたへ」だった。この「時間差」は何なんやろなあ。


*追記

その1

この間『戦争とおはぎとグリンピース  婦人の新聞投稿欄「紅皿」集』→ (西日本新聞社2016年刊)を読みました。

タイトル通り、西日本新聞の女性対象の投稿欄からこの欄が始まった1954(昭和29)年~1967(昭和37)年の「戦争」に関する投稿作を掲載したものです。

このころ、西日本新聞だけでなく、朝日新聞でも1948年「乳母車」を皮切りに1955年には「ひととき」と改称されて「婦人の投書欄」が始まったようです。雑誌でもそういうコーナーが出てきたり。で、【声を発する女性たちの勢いに、「書きますわよ」という言葉が流行したほどです。】(同書「はじめに」より)

敗戦後10年足らずの頃のことで、文章のあちこちに「戦死」「貧困」「母子家庭」「引き揚げ」「墓参」「やりくり」などのことばが出てきます。

書き慣れたひとの文章から、もしかしたら大人になって「書く」のは初めてかも、と思うひとの、しかし力強く緊張感のある文章も。

戦後のきびしい生活を、みな自分の言葉でほとばしるように綴っています。

そして共通するのは「もう二度とこんな思いは」という戦争への強い拒否の意思です。けっこう若いひとの投稿も目立ちます。


心に残ったのは「派出婦日記」という題の1959年の投稿作。
筆者は長崎の方で49歳。20人ほどの女給さんのいるキャバレーで、
そのうち半数以上は住み込みやから、寄宿舎のおばさん、といった感じで炊事や洗濯の仕事をしてはるんよね。

【夜は毒々しいほどの化粧で外国人客などを相手に、踊ったり歌ったりの彼女もたちも、朝はお寝坊女学生と変わりはないし、昼をヒマさえあれば口を動かしている食いしんぼうさんに過ぎない】(p122 )

・・・と、母親みたいな眼差しで女給さんを、というより若い娘さんたちを見つめてはって。

【ウソとチップでかせぐ彼女たちも、同じ働くもの同士ではクロウトなどという呼び方がおかしいほど、素直で女らしいふん囲気をもっているのだ。】と結ぶ、やさしい文章です。(同書p123より抜粋)


そういえば、わたしも「ひととき」には、20代のはじめに初投稿しました。
1980年に『人と時と  朝日新聞「ひととき」欄で綴る25年』という本がまとめられ(1955年~1977年までの投稿作 5835編から421編がテーマ別に編集)そのときのわたしの一文も「人 /結婚」の章に掲載されました。
これ『自身の「女」を生きる』とタイトルだけが突っ走っており
(タイトルは文中のことばを引用して、新聞社の方がつけはるのですが)ひさしぶりに読み返して若い自分に、ああ赤面!


この本のあとがきの文章を読んで、「胸がおどる」ということばに、改めてじんときています。

【「戦後の世の中に少しでも風通しをよくしたい」との意図であったそうですが、二十一年十一月に新憲法が公布され、男女が平等の地位を獲得したとはいうものの、封建社会の中で育った私たち女に、戦後初めて自己を主張できる場を与えられた喜びは、いま思い出しても胸がおどります。】
(『人と時と』あとがきより抜粋)


その2)

今日はこれを聴きながら。

”Suffragette"予告編の最後のほうで流れてる曲。

Robyn Sherwell – Landslide →


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by bacuminnote | 2017-02-11 21:21 | 映画 | Comments(3)
▲きのう図書館に行く途中、若い女の子二人組に「すみません~」と呼びとめられた。
道を聞かれることはよくあるのだけれど、たいていは同世代か年配の人で。
若い子にはスマホという便利なツールがあるもんね。
ところが、彼女たちはそのスマホを覗きつつ「あのぉ~駅って、どこにありますか?」と聞いてきた。でも件の駅はすぐ30mほど先なのだった。

▲「すぐそこ」を指さすと「ええっ~?」と悔しそうで。「もうちょっとやったのに。惜しかったねえ」と言って笑い合う。
二人とも笑顔のかいらしい娘さんで、おばちゃんまで若さのもつ軽やかで華やいだ空気に染まったみたいで。
なんかうれしくなって、突然背中をぴんと伸ばしたりして(苦笑)「気ぃつけてね。ほな、いってらっしゃい」とみおくった。

▲ほこほこ気分で図書館に行って、本を返したあと、児童書のコーナーで『ことしのセーター』(石川えりこ 作・絵 福音館書店「こどものとも」11月号)という絵本と目が合うた。
表紙のセーターを抱きかかえてうっとりしてる女の子の顔には見覚えがあり。そうだ。『ボタ山であそんだころ』(前にここにも書きました)の作者や~とおもって本を開く。

▲お母さんらしき人と三人のこどもが押入れから衣装缶(←作者の石川さんはたしかわたしと同じ歳のはずやから。これ、プラスチックやなくブリキの缶やね。絵を見ただけで、あの灰色と蓋のベコベコした感じとか、樟脳のにおいが立ちのぼってくる)を出しているところからお話が始まる。
【きょうは うちの ころもがえ。 おしいれや たんすから きょねん きていた ふゆものを だしています。】

▲お姉ちゃんもわたしも弟も去年のセーターを出して着てみるんだけど、袖が短くなってたり、きゅうくつで大きく息ができなかったり、おへそが見えたり・・・みんな去年より大きくなってるんよね。そんな様子をみてお母さんが「これじゃあ もう ちいさいねえ。みんな ほどいて あみなおそうね」と言う。

▲お祖母ちゃんは毛糸の服の「とじめ」を「ていねいにていねいに」に外して、袖や見頃に分けて。
傍らのこどもらは「たたみの うみに うかぶ ちいさな しまのよう」に置かれた「部位」をとびこえたり、横で寝転んだりして遊んでる。
次に、毛糸をほどいて、お母さんが火鉢に火をおこしてヤカンをかける。お湯がしゅんしゅん沸いてくると、ヤカンの蓋の穴に毛糸を通して、ゆっくり引いていく。

【へやいっぱいに けいとの においが たちこめます。「きょねんの ふゆの においがするね」とおねえちゃんが いいました。】

「毛糸のにおい」なんて、もう長いこと思い出すこともなかったなあ。
なのに絵をみるや、とたんに「におい」が蘇ってきて、自分でもおどろく。

▲湯気で伸ばした毛糸を、こんどはくるくる巻いて。
お祖母ちゃんは買ってきた新しい毛糸を弟の腕にかけて、毛糸玉にする。
お母さんもお祖母ちゃんも、家事のちょっとした合間にも編み棒を動かして動かして、セーターやチョッキを編んでくれるんよね。
あちこちのお家で、ごくふつーに繰り広げられてたこんな光景を、今読む(見る)と「昔ばなし」の世界みたいやなあ。せいぜい50年ほど前のことやのに。

▲こどもの頃、友だちんちに行くと、たいてい部屋のすみの籠に毛糸玉と編みかけの毛糸に編み針が刺さってて。
そんでお正月がすぎて、三学期の始業式には新しく編んで(編み直して)もろたセーターやカーディガン着てくる子が多かった。
ウチでは、家業に追われて母が編み物をすることはなかったけれど、毛糸の湯のしまでは家でやって、あとはだれかに頼んで編み直してもらってた。
ものを長くだいじに使うこと。毛糸をほどいて、伸ばして、巻いて、編み直して、というのを、手伝うたり見たりしてきた経験はしみじみよかったなと思う。

▲一昨日『さとにきたらええやん』の上映会に行ってきた。
前々から観たい観たいと思いつつ、上映会場が遠くて足に自信がなかったり。迷ってるうちにお終いになったりして。最近はもう諦めてたんだけど、なんとか一人で電車のりかえて、行けそうな場での会があることを知り、思い切って夜の外出となった。
ところが当日、近くの友人に言うたら「わたしも行く」という(ありがたい、心強い!)展開に。おたがい家族の夕飯を早々と拵えて、薄暗くなった街を二人そわそわと歩いた。

▲映画は大阪市西成区にある日雇い労働者の街「釜ヶ崎」で38年にわたり活動を続ける「こどもの里」に集まるこどもとその親、そしてスタッフたちを映している。
「こどもの里」がどういう場か、パンフレットに書かれたことばが、まさに「さと」を現しているとおもう。
(ちょっと長くなるけど書き写してみます)

~こどもたちの遊び場と生活の場です~
誰でも利用できます 
子どもたちの遊び場です 
お母さんお父さんの休息の場です 
学習の場です
生活相談 何でも受け付けます 
教育相談 何でもできます 
いつでも宿泊できます
緊急に子どもが一人ぼっちになったら
親の暴力にあったら
家がいやになったら
親子で泊まるところがなかったら
土・日・祝もあいています
利用料はいりません

▲貧困や病気、暴力や虐待のなかでも、こどもらはみな、せつないほど親のことが好きなんよね。どうやったら親が喜ぶか、親を困らせないですむか、親の怒りが鎮まるのを息をひそめて待つ。
せやからね、
「デメキン」(目のおおきい荘保共子館長のあだな)やスタッフが何度も言う「だいじょうぶやで」「しんどいときは泣いたらええねん」「いつでもおいで」「わたしはあんたの味方やで」に、胸がいっぱいになる。
「誰でも」「いつでも」「無料」にじんとくる。
このことばと彼らのサポートで、こどもが(親も)、どれほど救われていることか。
何より「こどもの里」のように「緊急一時宿泊機能」をもつことは、とても大きいと思う。

▲荘保さんたちは「必要としてる子がいるから」と、昼夜なく動いてはるんやけど。
必要な子に必要な支援は、本来行政のするべきことやよね。
けど、大阪市(橋下市長)は2013年で「子どもの家事業」を廃止する。(「学童保育」と事業内容がある程度重なる「子どもの家事業」は利用料ゼロなので「保護者負担に違いがあるのは、補助金制度として問題」と言い、「子どもの家事業」を廃止。有料の「学童保育」に一本化した)

▲学童保育の対象年齢(これは従来の小1~小3年から6年まで広げたらしいが)を越えた子も、障がいがあっても、無国籍、戸籍のない子も、垣根なく引き受ける「こどもの里」のような場は少ない。そのはたらきを考えたら、ほんまは地域ごとに必要と思う。
ここ十年ほどの間に誰が仕掛けたのか「自己責任」とか「自立」とか、いうことばがエラソーな顔して闊歩して、弱いひとを切り捨ててゆく。ひとは一人では生きていけないのに。

【「自立」とは依存しなくなることだと思われがちです。でも、そうではありません。「依存先を増やしていくこと」こそが、自立なのです。これは障害の有無にかかわらず、すべてのひとに通じる普遍的なことだと、私は思います。】(熊谷晋一郎)→

▲上映後、荘保さんの講演。
映画の中で、くも膜下出血で長時間の手術、入院という場面もあって「その後どうしてはるのやろう」と心配だったけど。
壇上の「デメキン」は凛とした佇まいで、黒いベレー姿がかっこよかった。そして「時間が30分しかないから」と、濃いメッセージを早口で発し続けはった。
映画に登場した3人のこどもたちの「その後」の話も、痛くふかく響く。
(映画はおわっても、問題は続いてゆくものね)

▲お話のなかに出てきた「子どもの権利条約」について、あらためてその4つの権利を思う。
1 生きる権利、2 育つ権利、3 守られる権利、4 参加する権利
こどもに権利があるからというて、大人たちが何もしなければ、こんな「あたりまえ」と思えることも、守られへんこどもがいる、ということ。

▲帰り、ロビーにお見かけしたら、画面で観るより小柄な方で。
こんなに華奢なからだにどれくらい社会への大きな怒りと、こどもたちへの深い愛情を持ってはるのやろう、と思った。
「さと」のように、「こどもらが安心してすごせる場」が守られ、増えていきますように。
いや、ほんまは「さと」のような場が必要なくなる社会になったらええんやけど。

▲講演が終わったのは9時半すぎ。
夜道を歩くのも、夜の電車も久しぶりのこと。
友だちが、エレベーターやエスカレーターをいち早く見つけて「こっち、こっち」とエスコートしてくれて、うれしかった。
ええ時間でした。

*追記

その1)
2014年4月2日にNHKハートネットTVで、シリーズ 子どもクライシス 第2回「失われゆく“居場所”」という
番組があったようです。
番組で紹介されたのは、おなじく釜ヶ崎にある「山王こどもセンター」~大阪市の「子どもの家事業」補助金カットについて。→

このことに限らずですが
兆とか億とかいう単位のお金が「不」必要なところにばら撒かれてるのに、「必要」なところにはカットに「削減」!おかしいよ!

その2)
今回書けなかった本。
『神よ、あの子を守りたまえ』(トニ・モリスン著 大社淑子訳 早川書房刊)→
ひさしぶりに行った墓参の道中、バスの中で読みました。
緊張感のある読書で。途中ふと、顔をあげて車窓から外をみて。また本に。

肌の色ゆえに母から拒絶された少女。それゆえに両親の結婚は破綻します。
母親は娘に嫌悪感しかなくて、でも娘は母に触れてほしいために、わざといたずらをして、顔を平手打ちとかお尻を叩いてくれたら、とさえ思うんよね。
しんどい話なんだけど、主人公ルーラ・アンはしんどかった幼年時代から脱して、名前も”ブライド”に変え「自分」を生きるようになる。

表紙カバーの写真、ぽつりと真中に写るパールのピアスがすてき。
このピアスも本文中にでてきます。


その3)
観た映画(DVD)メモ
ヴェルナー・ヘルツォーク監督の作品2本
ヘルツォークはわたしには無理かも・・とか思いながら観ました。
『カスパー・ハウザーの謎』
『小人たちの饗宴』

その4)
まえにも貼ったことあるけど。
ヴィンセントってVincent Willem van Goghのこと。
最初の♪Starry Starry Night〜という歌詞はゴッホの「The Starry Night(邦題:星月夜)」という絵に由来するそうです。

Don McLean - Vincent→

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by bacuminnote | 2016-12-20 20:41 | 映画 | Comments(6)
▲暑すぎや~寒すぎるわ~とぼやいてたら、知らんまに6月になっていた。(一年の半分がこんなに早うてええんか・・)日々くるくるかわる天気に、身も心も、干した洗濯物も~ 外に出したり中に入れたり。ほんま何かとややこしい。
そして、ついに梅雨入りときた。

▲昨夜から降りだした雨は一旦あがったものの、朝から又ぽつぽつ降り始め、駅にむかって歩いてるうちに本格的な降りとなって。
こんな日はきっと空いてるやろうと思った整形外科の待合室は「こんな日やから痛む」患者さんで埋まってた。

▲リハビリの順番を待っていると、理学療法士や柔道整復師のスタッフと患者とのやりとりが、途切れ途切れ耳に入ってくるんよね。
痛いとこ、具合の悪いとこの話から始まって、家庭でもできる運動の指導や掛け声。長く通ってる人はそのうち、天気の話から野球に相撲に自分語り。

▲仕切りのないフロアのあちこちで(他人に聞かれても差し支えのない程度の)家族への愚痴や不満、ときに「ウチの子(孫)が・・」的自慢話も。
そういうたら、デイサービスに行ってる母も皆とするのは昔話と家族の話って言うてるもんなあ。
なんか問題やなやみごとがあるにしても、自慢にしても(苦笑)家族の数だけ家族の話と事情があるわけで。
せやからあちこちでエンドレスに繰り返されるんやろなあと思う。

▲この間おもいたって『海よりもまだ深く』(是枝裕和監督)という映画を観てきた。映画館に行くのも、邦画も、それに友人と行くのも、ひさしぶりのことだった。
東京のある団地が舞台の、家族の物語だ。

▲団地といえば、かつてこのまちが「ニュータウン」と呼ばれ始めたのと団地の誕生は同時期。
でも、わたしらがここに越して来たすぐ後くらいから、どんどん潰され(引っ越し当初はまだ「マンション建設反対!」の看板もあり、退去せず残って住んでる人もいてはった)そのうちに高層のマンションがいくつも建って。まちはどんどん変わって。いつしかその前を通っても前の団地が思い出せないようになってしまった。

▲映画ではその古い団地の4階に、子どもらが大人になり出て行き、夫が亡くなり妻が一人で住んでいる。裕福でもなく、4階までの階段もきついが、気楽な一人暮らしだ。
息子の良多はかつては文学賞もとったのに、今は書けなくて。生活のため興信所の探偵業。「作家として取材のためにやってる」とコトあるごとに言うて物悲しい。そしてお金が入ると一発当てようと競輪に走ってしまうんよね。
で、良多のその不甲斐なさゆえに離婚した元妻と小学生の長男。それから、ときどき母のもとを訪ねて、おかずを拵えてもらっては持ち帰る姉(笑)を中心に、物語が綴られてゆくんだけど。

▲映画館に行ったその日はたまたま1日(ファーストデイ)の水曜(レディースデイ)でだったので、わざわざ「シルバー申請」(苦笑)しなくても割引料金であった。
そのせいか、平日の朝イチだったのに、中高年以外のお客さんもけっこう入っていて、劇中なんどもそのセリフの絶妙さに、場内のあちこちでくすくすと笑いが起き、その空気がなんとも心地よかった。
いっしょに行った隣席の友人だけやなくて、前や後ろの知らない人らといっしょにこの映画のなかに入ってるような、そんな気がして。

▲せまいベランダで母親が水をやる鉢にはミカンの木で~子どものころ良多が給食のときのミカンの種を植えたもの。息子の横で、すっかり大きくなった植木に水をやりながら、母親がひとりごとみたいにぼそっと言う。
【花も実もつかないんだけどね、なんかの役には立ってんのよね~】

▲ほかにも暗くなかったらノートに書き留めておきたいせりふや場面がいくつかあって、残念やなあと思ってたら、劇中 良多が自室の原稿用紙が(←原稿用紙に手書き派やったんか~とか思いつつ)散らかる机の前に、その日、興信所の仕事中に会った誰かの発したことばで、ぴんときたものを書き留めて、壁に貼り付けており。そんなことばのポスト・イットでいっぱいになった壁に、ぐっとくる。
そう。だれかが吐いたことばひとつから、物語は始まってゆくんよね。

▲たまたま台風の夜、おばあちゃんちに集まった元家族。良多と帰りそびれた元妻と息子、そして母親4人が団地ですごす一夜。カレーうどん食べてお風呂に入って、なんてことのない時間がていねいに描かれる。
やがて夜が明けて台風がとおりすぎると、物語は又なんてことない顔でおわりをつげる。
けど、みんなの胸のなかをたしかに風はすいーっと通り抜けてったんよね。だから清々しい朝。
まあ、問題はいっこも解決はしてへんのやけど。

▲是枝監督でおなじ配役(母・樹木希林 息子・阿部寛)では、だいぶ前の作品になるけど『歩いても歩いても』もいい映画だった。物語としては、わたしはねじれ具合がこっちのほうがすき(そのかわり、つらくもあるのだけど)。(ここにちょっと書いています)そうそう、この映画の予告編の最後に川上弘美さんのコメントが流れてて、じんとする。

これは『海よりもまだ深く』でもおんなじ。
底に流れてるのは、やっぱり、かぞくへのあい(例によって漢字にするのはてれくさい)なんやろね。たぶん。
あ、それから、良多はあのあと小説を書き始めると思うなぁ。
こんどこそ、きっと書きあげると思う。

【生きているって、なんて厄介なことなんだろう。
なんて面白いことなんだろう。
なんて、かなしいことなんだろう。
そして、なんて、うつくしいことなんだろう。】(川上弘美)


*追記
その1)
思い返してみたら是枝作品→はけっこう観ていて(未見は2作品やった)どれも音楽もいいです。

そうそう。↑で書きそびれたことひとつ。
映画みる前に、どこかのサイトで監督のインタビュー記事読んだのですが、
そこに監督が団地の生活感をリアルに出すため、お風呂の場面では昔式の浴槽(上置き式で横にガススイッチのついてるの)
を探して、点火するときの「カチッ」という音出したかった~と言うてはって。

わたしもかつて文化住宅やアパートに住んだときあのタイプの浴槽だったので、とてもなつかしく。
どんな風に「カチッ!」を使わはるんやろ~と「お風呂に入る」場面になると注意深く(苦笑)観て(聞いて)たんですが。

「カチッ!」が登場したのは、風呂場で点火するその音が 居間で聞こえてる~という、それだけでした。
いやあ、ああいうのは映画やなあ~文章では表現できひんよなあ。あのかんじ、すごいなあと思いました。

その2)
この映画のあとに観たのが(DVD)『ボーダレス 僕の船の国境線』(原題・BEDONE MARZ アミルホセイン・アスガリ監督)は、家族から離れている、離れてしまう子どもや兵士の物語でした。

国境沿いの立入禁止区域に放置された船に住むひとりの少年は孤独なんだけど、魚や貝をとり、たくましい生活者です。ある日突然国境の反対側から少年と同じ年くらいの銃をもった少年兵が乗り込んできて。
次にはアメリカ兵がまよいこんでくる。
ペルシャ語、アラビア語、英語をそれぞれに話す3人と赤ちゃんだけ。
最後まで言葉は通じないままなんだけど、緊迫したなかでふっと空気が緩むのは赤ちゃんの存在と、これもやっぱりひとへの愛かなと思いました。

その3)
『海よりもまだ深く』の主題曲 ハナレグミ – 深呼吸 を聴きながら。
(Music Video Short ver.)うたは2'10"~そうそう、ここに出てくる良多の職場の後輩(池松壮亮)もよかったな。→

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by bacuminnote | 2016-06-08 00:43 | 映画 | Comments(4)
▲窓の外は、緑、緑、緑で。ああ、ほんまにええ季節。
洗濯物干す手休めては何度も木々を見上げる。
♪濃いも薄いも数ある中に~は紅葉のうたやけど、緑もまた。
「目がまはる青葉がまはる空まはる」(火箱ひろ)

▲その昔まだグーグルマップに航空写真しかなかった頃、以前暮らした開田高原や、ジッカの辺りをみたら、みごとに一面深い緑で。あまりに緑だけやったんで、思わず笑ってしもたんよね。
山があって川があって、自然がすぐそばにあって。
そんなこと、なんか当たり前のことのようにして大きくなって。さいわい、開田もよしのも、今も緑のなかに在るけれど。

▲いらんもん仰山建てて。地震もおかまいなしに「再稼働」企てて。経済優先の社会は相変わらず「だいじなもの」をどんどん壊してゆく。
日々、手を変え品を変えては 耳に入ってくるこの国の政治家の「とんでもなさ」には煮えくりかえる思いがする。どっちむいても税金を私物化して、表でも裏でも(!)好き放題使い放題って話ばっかり。

▲そういうたら、さっき何気なくみたウェブサイトで、茹で卵の輪切りの黄身と白身のバウンスがきれいに出るように、とかまぼこ状の茹で卵(←とは呼べないと思う)という商品の紹介記事を読んだ。
普通の茹で卵の輪切りのように無駄(!)がでてこない(という)この商品はコンビニのサラダや外食産業で使われてるらしいんだけど。(製造課程の動画→
もっとショックだったのは、こんなものが「便利」とか「業務用ではなく家庭用にもほしい」とかいう書き込みで。
この国もこの世界も、ほんまにどうなってゆくんやろなあ。

▲この間『シャーリー&ヒンダ ウォール街を出禁になった二人』(原題"Two Raging Grannies” ホーヴァルド・ブスネス監督)というドキュメンタリー映画(DVD)を観た。
アメリカはシアトルの小さなまちに住む二人はシャーリーが92歳、ヒンダが86歳の仲良し。二人とも電動車椅子ユーザーで、車椅子二台前後並んで出かけてゆく様子はなんともほほえましい。
が、二人を「ほのぼの」だとか「おばあちゃんが」なんて表現したら、しっぺ返しをくらうほど、二人とも好奇心も向上心も旺盛でその行動力といったら。

▲予告編の冒頭にもあるように、二人は経済成長に疑問をもつんよね。
「経済成長は必要なのか?」という問いに「どうすればいいか分からない」とシャーリーが言えば、間髪をいれずヒルダが「”分からない”としか言えないの?もう(“分からない”は)聞き飽きたわ」と、なかなか手きびしい。
そもそもは孫がラジオでホームレスのひとの話を聞いた、というので孫に家をなくした人の話をどんな風にすればよいか、ってところから始まるんだけど。

▲これが単なる茶飲み話で終わらないところが、この二人のすばらしい(おもしろい)ところで。
この疑問を解決すべく大学に聴講に行って、講義中の教授に質問しては怒られ、あげく「退出してください」と通告されて。
この映画、ドキュメンタリーながら、ちょっとドラマのようでもあり。場面によっては「あれ?」と思うところもあるんだけど。この講義場面では学生たちがシャーリーの質問や、それに対する教授の「退出せよ」にも、そもそも同じ教室の彼女たちの存在にもいっさい無関心なのが気になった。あんなものなんやろか。

▲その後、キャンパス内の大学生に意見を聞いてみたり、経済アナリストのもとに向かったり。
その合間に膝の手術を医師から勧められるヒルダのエピソードが挟まれ、まさに今膝痛を抱える者としては身につまされる。
ヒルダの死ぬ前に「もう一度NYに行ってみたい」っていうのと、二人の解決しない経済への疑問とが重なり。ついにはNYに、ウォール街へと話は発展するんよね。

▲シャーリーの息子(or義理の息子かも)に、NY行きを告げたとき、彼が「いいねえ。相棒とNYか?」って言う場面があって。ええなあ。ええよね。若いひとに羨ましがられるのって。
90歳近くなって友だちと飛行機に乗って遠出。しかも行き先がNY行きやなんて。かっこいい。
そして、やんちゃな二人はついにウォール街へと乗り込んでゆくんよね。ここからがドキドキするところだけど、これから観るひとのためにもがまん。とにかく、二人が行く道は多難だ。
でも、シャーリーが言う。
「わたしたちは種をまくのよ」

▲たまたまなんだけど。
この映画を観た翌々日に、旧友のj が久しぶりにウチに来て。
彼女にこのDVDを観てもろてる間に夕飯の仕度を~と思ってたんだけど。jの反応が気になって、何度も台所から移動して彼女の横で立ちながら鑑賞(苦笑)結局椅子運んできて、一緒に笑うたり茶々を入れたりしながら、わたしも最後まで観てしまった。

▲経済問題を考える二人、っていうより(いや、そのことはとても大事なんやけど)歳とってもなお「わからないこと」をそのままにしない、いい加減にしない二人。
「あなたといると時々疲れるわ。何度も同じことを言うんだもの」とか、結構キツイことを言い合ったりしながら(きれいごとだけのつきあいやないとこも共感)二人ともユーモアがあってチャーミング!
そんでね、老いてゆく体や気持ちに、掛ける言葉もお互いちょっと荒っぽくて。
だからこそほんまにお互いをだいじに思って寄り添ってる感じに、じんときた。

▲せやからね。
わたしらもまた(あの二人ほどの勇敢さは持ちあわせてないけど・・)好奇心と向上心をもち、時に(いつも?)あほなこと言うて、笑うて、これからも長くたのしくやってゆきたいと思った。
何より、この映画をいま彼女と観ることができてよかったな。

▲・・・てなことやってたせいで、案の定(というか、やっぱり)料理もちゃんと拵えることができなかったけど。
ええかっこしても始まらへん四十余年の仲やしね。
いつも通り あり合わせのおかずと持ってきてくれたワインで乾杯。
つもりにつもった話は、あっちにとび、こっちにとび。
思いきり笑うたり、郷愁と感慨にふけってるうちに、戻るべき「始点」もわからへんという、相変わらずのおおぼけぶりだったけど。
「おやすみ」と言う前までしゃべって。ええ夜でした。
冬の句やけど、冒頭とおなじく火箱ひろさんの一句を思い出しながら。

「歯が大事友だち大事冬林檎」 (火箱ひろ)


*追記
その1)
この映画公式HPには、アラナイ(アラウンド90歳)のおばあちゃん【シャーリーとヒンダは大金持ちでも、ビジネスマンでもない、ただのおばあちゃん。当初は「買い物に行くくらいしか思いつかない」といっていた2人が、好奇心の赴くまま質問を重ねるたびに、どんどん知識を吸収し成長していく】って風に書いてるけれど。
二人はそんな「ただのおばあちゃん」(というと語弊があるけど)ではないです。→プロフィール(HPのCAST&STAFFのところ)

もちろん、何かのきっかけで「突然」目覚めることはあると思うけれど。
やっぱり、若いころから「考える」あるいは考えたことを「話したり書いたり」のレッスンは必要、と改めて思う。
どんなことにも「何故?」と疑問を持つ。わからないことを自分で考える。誰かに話す。聞いてみる。考え続ける。そして、行き着くところは「教育」かなと思う。(やっぱり!)
とりわけいろんな環境下の子どもたちが集まる公教育で(もちろん、それが合わない子どももいるんだけど)こういうレッスンを積み重ねてほしい、と願います。

その2)
『シャーリー&ヒンダ』と一緒に借りてきたDVDが同じくドキュメンタリー映画の『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』→ シカゴで暮らす青年ジョン・マルーフが、オークションで大量の古い写真のネガを380ドルで落札。彼がその一部をブログで紹介するとたちまち評判になり。15万点以上もの優れた作品を撮りながらも、1枚も発表せずに亡くなった女性ヴィヴィアン・マイヤー。謎につつまれた彼女が歩んだ軌跡や、知られざる素顔を追っていくのですが。

ヴィヴィアン・マイヤーの持ってるカメラ~ローライフレックスは亡き父も持っていて、なつかしかった。
映画のなかで「ローライフレックスは一種の隠し撮りカメラだ」と言ってた人がいて。それは、普通のカメラとちがって、撮影者は被写体に真正面から向き合うのではなく「覗きこむ」から。
そういうたら、相方のカメラはハッセルブラッドでした。
わたしは(撮影者がローライとかハッセルとか)覗き込んでる時の姿~あの四角のなかの被写体をみている感じが好きでした。

その3)
このまえ図書館で『こどもたちはまだ遠くにいる』 (川本三郎編 筑摩書房1993年刊)→という写真集を借りてきました。(残念ながら絶版みたいです)

子どもを写した写真集だけど、たいていは(複数で写っていても)ひとりぼっちの写真ばかりです。白黒やし、笑ってる子の写真はほんのすこし。いわゆる子どもの幸せそうな写真はほとんどなくて。
編者の川本三郎が「家族のそとにいる子ども」と書いてはる、そんな子どもの、表情をとらえた写真集です。
以下、本の最後に収められた「純化する子どもたち」という川本氏のエッセイより抜粋。

【家族の外にいる子どもたちをとらえるということは、単に、不幸な子どもをドキュメンタリー的に記録することではない。それは、子どもを、家族、親といった帰属するところから解放することである。
大人ー子ども、親ー子ども、といった通常の対関係から子どもを帰属するところから解放することである。
強力な対関係をなくした子どもは、はかなげに、しかし、自由に風景のなかを浮遊しはじめる。】

【ここに紹介する子どもの写真は、そういう距離を自覚した、冷たい写真である。理解や愛情や同情よりも、むしろ、言葉ではもはや語りかけようとはしない子どもを、畏敬の念を持って凝視し続けた写真である。子どもたちが凝視の一瞬のあと、こちらに近づいてくるのか、向うへ去ってしまうのかは、おそらく誰にもわからない。】

その4)
jと十代の頃のこと話して、いろんなことおもったり思い出したり。若いっていたい。けど。イキテテヨカッタ。
きょうはこれを聴きながら。だいすきなworld's end girlfriendの演奏で。
world's end girlfriend - 深夜高速 feat.湯川潮音→
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by bacuminnote | 2016-05-14 18:13 | 映画 | Comments(0)

忘れない。

▲毎日ハンコで押したような暮らしやから、ときどき昨日と今日の違いもええかげんで。
「そろそろ雨戸閉めてや」
「おっ?さっき閉めたぞ」
「まだ開いたままやで」
「あ、そうか・・あれは昨日のことやったんかぁ」
~先行き不安なフウフなり。

▲そういうたら、前やっていたブログのサービスで「去年の今日あなたはこんなブログ書いてましたよ」的なメールが届く。
「ほんまおせっかいやな」とか思いながらもついつい読んでしまうんやけど(苦笑)
毎年おんなじようなこと思って(書いて)ることがわかって、しみじみと恥しい。
けど、ついでにそのまま続けて他の日のんも読んでみると、毎日は同じようでも、まちがいなく一日一日はちがっていて。
そのうち 書いてることに「時間」を感じて、びっくりしたりやるせなかったりうれしかったり。どきんとする。

▲去年 愉しいなつかしいひとときをすごした友が、今はもう遠いとこにいってしまっており。
前は平気で歩いて行った場所に、気軽に行けなくなって。
この前まで若い友人のおなかのなかにいた子は、すがたをあらわして、そのちっちゃな足で元気に宙を蹴る。
本を読んで、あるいは映画を観たり講演を聴いたりして、あのときはあんなに真剣に考えていたはずのことが、いつのまにか色褪せてることに気づいて、そんな自分にがっかりする。

▲忘れてしまいたいこと、忘れないこと、忘れたらあかんこと。
忘れることで、何とかやってゆけることも、つらくても忘れないで「次に」伝えていくべきこともあって。
それは先日から観た映画や読んでいる本の主題と重なり。
「忘れる」「忘れない」の間を行きつ戻りつ、蹲(つくば)って考えているところ。

▲最初に『顔のないヒトラーたち』という映画の題名を見たとき、不遜にも観なくても(内容の)想像つくなあ~とか思ってしまった。
だからとくに予備知識も入れずDVDを借りてきたら、予想外のことがいっぱいあって唸る。
時代背景は戦時中ではなく、敗戦後十数年たった西ドイツで。
今から考えるとちょっと信じがたいけれど、当時アウシュビッツの存在も、そこで何があったかも知らない人も多かったらしい。そして、知っている人でも、ホロコーストを直視するってことは、自分の家族や友人を糾弾することにもなりかねないと沈黙を選び・・・。

▲1958年フランクフルト~正義感と野心に燃えている若き判事のヨハンは、現実には交通違反の処理に明け暮れて、うんざりしているのだけれど。
あるときジャーナリストのグルニカから元ナチス親衛隊のSSだった人が現役教師をしているという話を聞いて、関心を持ち始めて調べるんよね。グルニカの言うとおりそのひとは教師をしており、明らかに規則違反と、ヨハンは文部省にその旨報告する。
そしてグニルカに、件の教師の罷免を伝えるんだけど、彼は相手にもしないんよね。つまり、そんなことは紙の上だけのことで現実は何にも変わらない、ってこと。実際、教師は今まで通り学校にいるのだった。

▲その後、ヨハンは上司の引き止めにも耳をかさず、グルニカ、それに彼の友人である元アウシュヴィッツ収容所にいたユダヤ人シモンと、検事総長バウアー(彼もまたユダヤ人で長い間収容された経験をもつ)の四人、ヨハンの同僚たち(この二人が地味ながらええ感じ)がフランクフルト・アウシュヴィッツ裁判が行われるまで大奮闘するんだけど。

▲劇中で描かれる元SSは、どこにでもいるドイツの普通のひと。ごく普通の夫であり、父親であったわけで。
検事正フリードベルクは、ヨハンに「君のせいで若い世代が父親に犯罪者だったかと問い詰めるのか?」と迫るんよね。そしてヨハン自身も尊敬していた亡き父親の過去にむきあうことになる。

▲けれど「時代がそうだった」「仕方なかった」で納得したら、過ちは繰り返されるのだいつか。きっとまた。
やがて彼らの懸命な働きが実をむすび、1963年ついに西ドイツのフランクフルトでアウシュヴィッツ裁判が開かれることになって。
ドイツの歴史認識を変えたと言われているこの裁判はドイツ人の手で、当時アウシュヴィッツ収容所で働いていたドイツ人を裁いた初めての裁判で、その残虐な行為を初めて西ドイツ社会に広く知らしめたこと、と大きく評価されているそうだ。

▲くりかえし、くりかえし描かれるドイツの負の歴史。
一方でおなじ敗戦国でも「戦争中はだれもが、どこの国でもそうだった」とうそぶいてる国・・・一体この違いはどこから来るのだろう。

映画公式HPにあった2015年1月ナチス虐殺の被害者の追悼式典でのメルケル首相のスピーチのなか「過去を記憶していく責任」という言葉が突き刺さる。

【ナチスは、ユダヤ人への虐殺によって人間の文明を否定し、その象徴がアウシュヴィッツである。私たちドイツ人は、恥の気持ちでいっぱいです。何百万人もの人々を殺害した犯罪を見て見ぬふりをしたのはドイツ人自身だったからです。私たちドイツ人は過去を忘れてはならない。数百万人の犠牲者のために、過去を記憶していく責任があります。】

*追記
こっちのほうが長くなりましたが。

その1)
ずいぶん前読んだ『朗読者』で主人公の法学生のマイケルが傍聴する(ハンナと再会する)裁判もこのフランクフルト・アウシュビッツ裁判。映画もとてもよかった。ただ、(予告編→)ドイツ人なのに英語やったのが残念でした。(とはいえ、どっちにしてもわたしは日本語字幕頼りの鑑賞なのですが。この物語はやっぱり英語やなくドイツ語やろ、と思う)

その2)
いま読んでいるベラルーシの作家、スベトラーナ・アレクシエーヴィチの『チェルノブイリの祈りーー未来の物語』(岩波現代文庫)にもまた「忘れたい」「忘れてはいけない」ということばが何度も出てきます。

以前、神田香織さんの講談(DVD)でこの本の一部を聴いたんだけど。(→
チェルノブイリの原発の事故については当時から今まで、何度も読んだり聞いたことがあり、わかってるつもりのことも、神田香織さんの迫力ある講談での「語り」は当事者から話しかけられてるようで。終始息詰まる思いで聴きました。

この講談は本のはじめに収められた「孤独な人間の声」というタイトルの話で、原発の事故後すぐに火災現場にむかった若い消防士の妻が語っていて。
ふつうの火事だと呼び出され、警告もなくシャツ一枚で出動した彼のこと、おなかに赤ちゃんを宿してることを隠して夫の看護に通い詰める話・・・は、本で読んでも重くてつらかった。

文庫解説に広河隆一氏がこう書いてはります。

【チェルノブイリ事故や戦争など大惨事はすべて、おぞましいもの、言葉で記録したくないもの、理解不能なものをはらむ。それらの記憶を言葉で浄化し、伝えることができるようになるまでには、どれくらいの月日がかかるのだろうか。言い換えれば、大惨事の持つ固有の深い意味が理解され、それが記録に残されるまでには、どれくらいの月日が必要とされるのだろうか。】(解説 p306より抜粋)

その3)
このほかに観た映画→『アクトレス』劇中、演劇のセリフの稽古する場面が(現実とないまぜになって)でてくるのですが、これがけっこう観ている(聴く)側にとって緊張を強いられるんやけど。その緊張感もよかったです。
ジュリエット・ビノシュのマネージャー役クリステン・スチュワートが魅力的。

『岸辺の旅』(黒沢清監督。原作はだいすきな湯本香樹実さん)→
この映画もまた「忘れる」「記憶」が底辺に流れる作品です。三年も失踪していた夫(すでに亡くなってる)が
ある夜とつぜん妻のもとに帰ってきて、三年の間すごしたあちこちを二人で旅する物語です。

上映時観てきた友人に見せてもらったパンフレットの湯本香樹実さんの文章は、ご自身が原作者でありながら(いや、原作者ゆえに)映画という「表現」をとても冷静にそして何より愛情を持って観てはることを感じる一文でした。しみます。

【映画『岸辺の旅』は、そんな見送る者と見送られる者の間の、特別な、やさしくも不穏な時間を、このうえなく親密なものとして描いています。隔たった者どうしがどれほど互いに互いを委ねられるかーーそれが親密さというものならば、生者と死者、あるいはこれから旅立とうとしている人と、それを見送る人・看取る人のあいだには、抜き差しならない親密な、「もうひとつの旅の時間」が生まれるにちがいありません。】
(パンフレット/湯本香樹実「死んだ人のいない家なはない」より抜粋)

映画とは関係ないんだけど。
このまえ詩人の伊藤比呂美さんのおつれあい(Harold Cohen氏)が亡くならはった旨ご自身のツイッターに書いてありました。
自分のなまえを呼ぶ声はとくべつと思う。せつない。

【Thank you you so much to every one!! He had a wonderful life. I can still hear his voice calling, Hiromi--Hiromi--- from his studio.】
4.28 (原文ママ)

その4)
きょうはこれを聴きながら。egil olsen - she and him (and i)→
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by bacuminnote | 2016-05-05 20:10 | 映画 | Comments(6)
▲めずらしく相方が風邪ひいて寝てる。
彼がしんどいときに「~いらん?」「~しよか?」と、わたしはついつい構いすぎるらしく。
「しずかに休んでいたい」ひとを苛立たせては、あげく けんかになったりして(しんどいときやのに)
せやから今回は「~してほしい」と言われるまで、先走らず、大人しくしてるんやけど。
わたしは「構ってほしい派」なので(苦笑)寝込んだときは「~しよか?」「なんか食べたいものあるか?」とつぎつぎ聞いてくれるの大歓迎です。

▲子どものころは風邪ひいたり、扁桃腺はれたり、あたまいたでガッコ休むと、日頃超多忙な母が枕元に、体温計と一緒にサイダーとドロップ缶を丸盆に置いてくれて。
ときどき「かげんはどうや?」と、濡れた手を割烹着で拭きながら部屋を覗いてくれて。
ついさっきまで水仕事してたのだろう、つめたく湿気た手をおでこにのせて「ああ、まだもうちょっとやな」と言うと、すぐまた仕事に戻ってしまうんやけど。
襖の開く音がすると、うれしかった。

▲欠席の日の午後、少し体調がもどって布団の中で「今ごろ、運動会の練習(←きらい)とかやってるのかなあ」とガッコの様子を想像しつつ、布団でごろごろしながら、本がなんぼでも読める時間はサイコーで。
何より「びょうきの日」には母が気にかけてくれるのが、ヨロコビであり。

▲ガッコが嫌、というわけでもなかったんやけど。
家にいたかったからか、ときには仮病をつかったこともあったんよね。
豆炭あんかに体温計近づけると、思いのほか早く体温計の水銀がいちばん上の方まで伸び上がって。焦って、あわてて、腕が抜けるかとおもうほど体温計を振りに振って(これ、苦手)
ようやく37度2分位まで(←大げさにならず、さりとてスルーもできないビミョウな数値!)下げたところを母に見せ、ガッコを休んだりした。

▲せやからね。
自分の子どもにはそんな寂しい思いさせたくないとずっと思ってきたけれど。
そういうのって、逆に子どもには疎ましかったりして。繋いだ手をあっさりふりほどかれたりして、ね。
まあ、それは、それでよかったと思ってるけれど。
親子というのは、ほんまムズカシイ。

▲この間『きみはいい子』という映画を観た。
原作(著)を読んだときにはすでに映画化のニュースを聞いてたんだけど、これ、映画はきついよなあ~と思ってた。
でも、すきな監督(呉美保さん)の作品でもあり、公開された予告編をみたら、いきなり小さな女の子を若いママがはげしく怒りながら叩く後ろ姿が映って。映画やからね、ほんまに叩いてるはずはないにしても、この子役の子、精神的にだいじょうぶやったんやろか?ママの役も(尾野真千子さん)辛かったやろな。
ああ、わたしには無理かも~と逡巡してるうちにいつのまにか忘れてしまっており。

▲それからしばらくたってDVDになっているのを、レンタルショップで他のものを借りて帰ろうとしたとき、たまたま見つけて(例の「目があって」というあれです)迂闊にも予告編のこと忘れて借りて帰ったのであった。

▲で、観たら、さいしょの予想通りに、つらかった。
子どものつらい時間をみるのは、しんそこつらいから。
でも、きつかったのに、観てよかったなあと思えたのは登場する(原作に、映画に)子どもらの力。そして、同じく大人たち(むかしはみな子どもだったひとたち)の力かなあ、と思う。
何かが解決したわけでもないけど、観終わって、それぞれが前むいて立ってる姿がちゃんと想像できたし。

▲本では5つの話を、映画では3つのエピソードを同時進行で描いてる。
娘を傷つけてしまうママ。そしてそんな母娘が行く公園に集う近所のママ友や子どもたち。
いろんな子どもと親がいて(←そんなん、あたりまえなんだけどね)苦悩する新米教師。
認知症が始まりかけてる一人暮らしのお年寄りと障碍がある小学生。
外からみたら「なんてことのない」家庭も、一歩二歩と、歩を進めるといろんなものが見えてくる。

▲だから「(歩を)進めない関係しか持たないことにしてる」と言うてた人に、むかし会ったことがある。
傷つけない、傷つかない関係は、その人にとって身を守る方法だったかもしれないけれど。
ウインドウ越しに料理を眺めてるように、いつまでも減らない料理からは、見た目以上のものって 伝わってこないんと ちゃうかなあ。

▲相手に手の届くキョリ。相手の体温を感じるキョリ。
映画では「抱きしめる」というのがキーワードになっていたけど、手をつないだり、ハグ(hug)は相手にも自分にもぽっ~とあかりを灯してくれる。
虐待もいじめも学級崩壊も独居老人の孤独も障碍児を育てるシングルマザーも。
現実の問題は複雑でそんなことぐらいでびくともしないかもしれないけれど。
真っ暗な道だって、足元を照らしてくれる小さな灯りがあれば、きっと前に進めると思うから。
何を甘いこと言うてるねん~と言われるかもしれないけど。それぐらいは信じて歩きたいと思う。

▲そうそう、
劇中、虐待してしまうママにママ友の一人が、子どもの頃近所のおばあちゃんが自分のことを見ると「べっぴんさん」と言ってくれてうれしかった~と言う場面があったんだけど。(原作ではタイトルも「べっぴんさん」)
これは、著者が田舎で(四万十川の近くで大きくなったそうです)近所の人らによく言われたことばでもあるんやそうで。

▲こういうの、わたしにも覚えがある。
父は「ウチの娘はみなぶさいく~」と言うて憚らない けしからん人(!)やったけど。
近所のおばちゃんらがいつも「あんたは笑顔よしやなあ」と言うてくれるのが、ほんまうれしかったんよね。
わたしの子ども時代の写真が、どれもみな思いっきり笑うて写ってるのは、そのせいやろか。

愛読していた『子どもとゆく』誌が掲げていたことば。
「なにより大切なのは子どもが元気で楽しくいること」



*追記

その1)
このあと観た映画『秘密と嘘』(マイク・リー監督)も、読んだ本『みんながそろう日』(ヨーケ・ファン・レーウェン&マリカ・ブライン/作野坂悦子/訳平澤朋子/絵 鈴木出版2009年刊)
『人生最後のご馳走~ 淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院のリクエスト食』(青山ゆみこ著 幻冬舎2015年刊)も、ある意味「親子」や「家族」の物語でした。
どれもおすすめです。
『秘密と嘘』はレンタルショップにもなく、ここで買いました→

その2)
誕生日、姉に何がほしい?と聞かれて今年はウイスキーをリクエストしました♪
旨い~シングルモルト。
シアワセの琥珀色をながめながら、開高健氏の名コピー(サントリーオールド~1970年頃?)を思い出しています。
かっこいい。
わたしもウヰスキーのにあう かっこいいばあさんめざそう。
そして(今年こそ)佳い一年になりますように。 乾杯!

【跳びながら一歩づつ歩く。
火でありながら灰を生まない。
時間を失うことで時間を見出す。
死して生き、花にして種子。
酔わせつつ醒めさせる。
傑作の資格。
この一瓶。】 (開高健)

その3)
上記『子どもとゆく』リンク先の「読者のおたより」
「長野県・女」とは、わたしのことです(笑)

その4)
今日はこれを聴きながら。
Drombeg - The way love emerges→

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by bacuminnote | 2016-02-02 17:52 | 映画 | Comments(4)

森があればじゅうぶん。

▲温い。
年が明けて十日になるのに。こんなんでええのかなあ~と思いつつも、この時季に外に干した洗濯物がけっこう乾くのも、それに「いたいとこ」ある身にはありがたい陽気なんだけどね。

▲今日もええ天気で、杖つきながらゆっくり歩く。時々休憩。立ち止まって空を仰ぎ、道むこうの建設中のビル~高いとこで作業する人たちを眺め。
平日だとおさんぽ中の保育園児一団がわあわあ、それはにぎやかに通り過ぎるのを見送る。
昨日観た映画のいち場面、読んだ本のひとつのことばについて考える。
いつも歩いてる道なのに。どこがちがうのかな。たぶんこの「ゆっくり」とお陽ぃさんのおかげやね。
いたいのんが治っても、いまのこの「速度」をおぼえておこうと思う。

▲そういうわけで、今日歩きながら考えてた映画のことを書くことにした。
それは『パプーシャの黒い瞳』というポーランドの作品で。
パプーシャとは「ジプシー」のことばで「人形」という意味らしい。
黒い瞳のうつくしいこの少女はある時、木の洞に泥棒が隠したと思われる盗品を友だちと見つけるんよね。
その中に新聞か本の切れ端のようなものがあって。それはわたしから見たら、ほんまゴミのような紙切れなんだけど、パプーシャは大事にポケットにしまう。

▲そこにはジプシーが「ガジョ」(よそ者)の呪文、と忌み嫌う文字が書かれており、文字を読めないパプーシャは(ジプシーは書き文字を持たないそうだ)それが気になってならない。
何度も出しては眺め、眺めてはまたポケットにしまう。
「文字を知りたい」と思うきもちが抑えられなくて、彼女は町の小間物屋さんのおばさんにしつこく頼んで、なんとか読み書きを教えてもらうのだった。

▲そうして十五歳で演奏家の伯父さん(つまり父親のお兄さん!)と意に沿わぬ結婚後しばらく経ったある年、一族のもとに楽器修理屋のポーランド人がひとりの男性~フィツォフスキを匿ってほしいと連れてくるんよね。
この「ガジョ」との出会いは、パプーシャに大きなものをもたらすことになる。
フィツォスキは詩人で作家で、訳あって政府から追われる身だった。
彼はパプーシャがある日ふと口にしたことばに驚いて「君は詩人だ」と言う。

▲詩が何かわからないパプーシャ。彼はこう答える。
「詩とは、昨日感じたことを、明日思い出させてくれるもの」
パプーシャは言う。「ジプシーのことばでは昨日も明日も”タイシャ”よ」
文字をおぼえて以来、小さな紙切れに、改行もなくことばを綴っていたパプーシャの「詩」に、彼は才能を見出すのだった。

▲物語は時系がばらばらなまま、遠く、近く。もつれた記憶の糸が少しずつほどけてゆくときのように、行きつ戻りつ進んでゆく。
やがてフィツォフスキの逮捕状が取り下げられワルシャワの街にもどってゆくことになって。別れるとき、彼は「詩を書いたら送って」~と自分の万年筆をパプーシャに手渡す。

▲そのころ(1949年)ジプシー定住化政策が施行されて。
ジプシーは旅をしてはいけない、子どもたちは学校に行かなければならない、みんな仕事に就くことを義務づけられる。
音楽会の途中、警察が彼らを一斉に牢の中に閉じ込めるんだけど。その理不尽な扱いに怒ったあと、誰からとなく演奏が始まるんよね。心わきたつようなジプシー音楽。
盛り上がる牢の中。演奏を止めようとする牢の外の警官が、逆に閉めだされてるようにも見えて。とても印象深い場面だった。
彼らは言う。
「大地で育ち、大地で寝て、大地で食う。家など要らない。森があればじゅうぶん」と。

▲映画は全編モノクロで、ひとつひとつの場面も絵画のようで。詩的なうつくしさに満ちていて。とりわけ暗闇のなか燃える焚き火が心に残っている。
ジプシーで初の詩人といわれるパプーシャこと、ブロニスワヴァ・ヴァイスも 彼女の才能を見出し彼女の詩集を出版したイェジィ・フィツォフスキも実在の人物だそうな。

▲パプーシャが文字をおぼえたことで知った世界の広さ。
でも本が出版されることでコミュニティーから閉めだされてしまう彼女。
刷り上がった詩集が山と積まれた倉庫で、自分のことばが一枚の紙切れを越え、三千冊の本になってしまったことを、それがかんたんに消してしまえないことを知ったときのパプーシャの茫然とした表情がわすれられない。

▲「詩はひとりでに生まれて消えるもの」「読み書きさえ覚えなければ幸せだった」というパプーシャ。
機械化が手仕事を奪うように、ひとが何かを得るとき何かを失う~というのは避けられない問題かもしれないけれど。
文字を獲得することの意味を、あらためて考えている。
彼女は文字を覚えないほうがよかったのだろうか。



*いつも長い追記。きょうはもっと長い。

その1)
「ジプシー」という呼称については差別語であることを前に知って、どう書くべきか考えましたが、映画では「ジプシー」と使われていたので、今回そのまま書きました。

この呼称についてすこし調べてみましたが。(というか、ネットで「少し」見ただけでも)問題はとても複雑です。
以前わたしは「ロマ」と呼ぶのがいいのかと思っていたけれど、「ロマ」ではない自集団を表す総称を持つ集団もあるらしく、「ロマ」を総称とするのには問題があるらしく。
歴史的に「ジプシー」と呼ばれてきた人々の呼称をめぐって、現在なおさまざまな議論があるようです。

呼称だけでなく「ジプシー」について、その歴史もふくめ、自分がいかにステレオタイプな知識しかないことに、調べるたび知るたびに痛感します。そしてジプシーを取り巻く問題は(知れば知るほど)複雑です。
監督がこう語っています。

【どの社会に住んでいるジプシーも、生活条件は様々です。
映画では社会の片隅に置かれた貧しいジプシーの人たちが定住を迫られる場面も描きましたし、それから自動車に乗って、外国を行き来する豊かなジプシー、愚かなジプシーも賢いジプシーも描きました。
その状況は変わりません。ひとつの尺度で、ジプシーはこうだということはできません。なかには百万長者もいますし、貧しい人もいるということです】
(映画ドットコム/ ヨアンナ・コス監督に聞く→)

監督へのインタビュー記事はここにも→『骰子の眼』

この映画は2014年12月に死去したクシシュトフ・クラウゼと妻で脚本家のヨアンナ・コス=クラウゼの共同監督作。
あとで知りましたがクシシュトフ・クラウゼは『ニキフォル 知られざる天才画家の肖像』の監督でもありました。この作品ももう一度観たいなと思います。

その3)
パプーシャの詩の才能を見出したフィツォフスキという人も、興味深い人物です。

【1924年9月4日ワルシャワで生まれたフィツォスキは、第二次世界大戦中ナチス占領下のワルシャワで地下抵抗運動に加わり、ワルシャワ蜂起にも参加。ドイツの補寮収容所で生き抜き、戦後、祖国にもどりました。】

この紹介文、じつは ジプシーむかしばなし=1『太陽の木の枝』(フィツォスキ再話 福音館書店)の訳者によるあとがきから。
訳者はあの内田莉莎子さん、画はあの堀内誠一さん!
(わたしが今読んでいるのは1968年刊 第四刷のぶんです。上記リンク先は2002年刊文庫版です)


もう一箇所、内田莉莎子さんによる「あとがき」から引いてみます。

【民話というのは、各民族それぞれの特色はもちろんあっても、似かよったものが多いのですが、この本のジプシーの民話は、全然といっていいほど、ほかの民族のものに似ていません。
ジプシー社会の価値判断が一般の社会とあまりにも違っているためでしょうか。
物質的な富にたいして恬淡(てんたん)としていて、自由をなによりも尚び、地上で最高の宝ものは旅することとする、誇り高いジプシーの心が、どの物語にもあふれています。】


その4)
「ジプシー」を描いた映画でわたしが観たのは『ガッジョ・ディーロ』→や『耳に残るは君の歌声』→→どちらも音楽がすばらしく、サウンドトラック盤を買いました。

きょうはその中から(予告編にも少し映ってる)Gadjo Dilo - Tutti Frutti Te Kelas→を聴きながら。
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by bacuminnote | 2016-01-11 14:49 | 映画 | Comments(2)

走るということだけで。

▲ふだん家からせいぜい半径1.5km圏内ですごしてる(完結してる?)わたしが、今月は行かなあかんとこも、会いたい人も、行きたいとこもいっぱいあって、ついでにしなければならないことも山盛りで。実によくはたらき、よく出かけた。とはいえ、先月末にはぎっくり腰もやってしもたし、わたしにしたら、日ごろの何倍も動いてるしで、足腰には気ぃつけなあかんなあ~と思ってたら、案の定この間ひざに来た。

▲痛いとこがあるのは、ほんま つらいよね。
病気が原因の痛みはもちろん、頭痛に腹痛、歯痛に腰痛。それが指先のほんの小さな切り傷でも。
そこから糸を引いてからだ全体にひびく気がする。
外出が続いて疲れてるところに、気温がぐっと下がり始めたのも堪えたのかなあ~椅子やベッドから、痛くて立ち上がれず難儀した。

▲えらいこっちゃ~と、亡き義母の杖(←こんなときのために置いてあった)を出してきて、立ち上がるときも、家の中の移動のときも、お婆さんみたいな恰好で、そろ~り小さく一歩踏み出すわたしを見て、ちょうど介護の本(六車由美著『介護民俗学へようこそ!』)を読んでいた相方がぼそっと「なんかリアルやなあ」とつぶやく。

▲そういうたら電話のたびに、足が痛い、腰が痛い、おなかが痛い、と・・・「痛い」を言わない日のない母に「まあ、そんなこと言うてんと~」と、わたしが話を変えようとするのは、はげますつもり、というより毎度痛いとこの話がちょっと「かなわんなあ」とおもってる自分がいるのも確かで。それは聞いたって、どうしようもない、どうもしてあげられへんし、と思うからであって。

▲せやからね。
今回もわたしはできるだけ家族や友だちに「痛い」って言わんとこ~と思ってたんやけど。なんとまあ(もしかしたら母以上に)こぼしてる気もして。しかし、そのつどやさしく応えてくれる周囲に、ほんま心からおおきにです。
そんなわけで、これからは母の「痛い」にも、ソッコウ封じてしまわずに、ときには「つらいなあ」とやさしく聴く側にまわろ~とただいま神妙におもっているところなり。

▲そうそう、このあいだ久しぶりに映画を観に行った。
あ、まだ膝痛が出る前のこと。(けど、これ、ほんの一週間前やのに。映画館に行ったんが遠い日のことに思えてしまう)
ウチから近いところのシネコンはたいていファミリー向けか、流行りの若いタレントの出てる邦画、もしくはハリウッド映画で。観たい映画はたいてい大阪の中心地(←にがて)に出ないと掛かってなくて、いつもDVDになるまでがまんしてるんだけど。
その日ふとシネマ情報をのぞいたら、めずらしく気になってた映画のタイトルが上がってるのを発見。お昼時の上映だったので、即サンドイッチを~いや、おにぎりの方が早い!と拵えてお茶もって、バスに乗りこんだ。

▲ここに来たのは“読んでから観た” 『きっと、星のせい』(原作は(『さよならを待つふたりのために』)以来。
館内はそのときから、ずいぶんレイアウトが変わって、チケットを買うカウンターもなくなりマシンがずらり並んで、焦る。
そういうたら、図書館でも、レンタルビデオの店でも最近は自動貸出機が並ぶようになったんよね。

▲「どうやればいいのかなあ?」というおばちゃんのおろおろぶりを見てはったのか、スタッフのお姉さんが横についてくれる。
ふんふん、ほぉー。なるほどね~いまはまだ、こういうの何とか頭に入るけれど、次ここに来るまで覚えてられへんやろなあと思いながら、ぶじ?チケット購入。

▲さて、映画が始まるまであと10分。間に合ってよかったぁ。
開場は上映10分前らしいから、ちょうどいい。中でおにぎり食べて待ってよ~と思ったそのとき、まるでわたしの心の中をのぞいてたかのように「当館では当館販売の食品以外の持ち込みはお断りしています~」のアナウンス。

▲ひぇ。そんなん言われたらなあ~とすみっこの長椅子に座って、ごそごそおにぎりに巻く海苔出して来たりして。なんか所帯じみてる?
いや、けど、売店には食べたいものがないのである。何よりあのポップコーンとキャラメルのキョーレツなにおい~あれ、なんとかならんのか・・とか思いつつ、おにぎりを頬張る。

▲さて、めあての映画はフランスの『エール!』という作品だ。
主人公のポーラはフランスの田舎町で酪農を営む両親と弟と暮らしている女の子。ほかの家族は耳が聞こえないので、彼女が「耳」となって、仕事関係の話を業者に電話したり、病院で受診する親のちょっと恥しいやりとり(!)も間に入って医師に通訳したりする。それだけじゃなく、牧場の仕事もよく手伝って一日フル回転。

▲映画のはじめに朝食の場面があるんだけど、日常の音がうるさいほど大きく聞こえるんよね。(たぶん、わざと大きくしてる気がする)
料理の載ったお皿をテーブルに置く音、お皿を洗う音、ドアを閉める音~つまり、こんな音もポーラひとりだけに「聞こえてる」という表現なのかもしれないけれど。
「聞こえる」「聞こえない」にかかわらずバタバタと荒っぽい動作の人も、しずかな立ち振る舞いの人もいて。
どうも、いらいらしてるときは大きい音たててるらしいわたしは(←相方によると)東直子さんのこの短歌をおもいだしていた。
「怒りつつ洗うお茶わんことごとく割れてさびしい ごめんさびしい」 (『青卵』)

▲ある日、ひょんなことからポーラはコーラスのクラスを受けることになって。とつぜん歌うことに目覚める。そして日を追うごとに才能は芽をだし開花してゆくんよね。
学校の帰り道、自転車で走りながら大きな声できもちよさそうに歌う彼女の表情のすてきなこと。
いち早く彼女の才能に気づいた音楽の先生はパリの音楽学校のオーディションを受けることを薦めるんだけど・・・。

▲このポーラって子がとても自然体で感じのいい子なんよね。
ちょっと太めというとこも大いに気に入った(笑)
この頃どんな映画観ても、たいてい思春期の子らがみな細身なんやもん。それはそれで雰囲気もあるし、かっこいいし、個人的羨望(!)もあるんだけど。

▲ポーラが自転車で(家から学校まで遠いようで。自転車でまずスクールバスのバス停まで行く)けっこうアップダウンのある道のりを力強くペダルをこぐ姿に、うっとり眺め入る。おもうことはただひとつ。
ああ若いってええなあ。
この子が疾走するシーンも。
もう「走る」という場面だけでじゅうぶんにカンゲキしてるわたし。

▲ポーラの家族も皆ええかんじ。
それぞれが時々自分中心やったりするのも、そのことでぶつかるのも、どこの家でもよく似たようなもんだけど。何よりオープンなのがええなと思った。笑ったり泣いたり怒ったり、つねにテンションの高いお母ちゃんも、そんな彼女をしんそこ愛してる(でも、けんかもよくする)お父ちゃんも。おませな弟も。

▲思いもかけなかった娘の「家を出てゆく」話。
今まで娘の果たした役目はだれがしてくれるの?彼女の歌も聴くことができない~「何よりまだ小さいのに心配」と大泣きの母親に父親が言う。だれか人を雇おう。早くにそうすべきだった。君は、娘より、娘のいない生活を君自身心配なんじゃないか~って。
こういうきもちはわたしにも覚えがあってズキン。

▲物語は、娘の進学と恋。村長選に出ることになったお父さんや弟の恋?も描かれて。作品としては、ちいさな不満もいくつかあったんだけど。
わたしにはポーラの「走る」「歌う」がサイコーやったから、まんぞく。
そして、登場人物の3人が聞こえなくて話せないので、ほとんどのシーンに手話が出てくるんだけど。手話って、「話す」代わりのことばなんかじゃなくて。表情ゆたかなもうひとつの言語なんだなあ~とあらためて。そして、ポーラの両親のおしゃべりなこと!弟の手話もユーモアたっぷりで。

▲そうそう、音楽の先生もよかったな。ちょっと変わってるけど「音楽がすき」っていうのが全身に出てるかんじ。もう長いこと忘れてた高校のセンセを思い出した。音楽は数少ない(!)すきな授業のひとつだったんよね。神経質そうな人だったけど、「音楽がすき」があふれてたし。それまで(この前の小学生の通知簿の「歌う」が×だったように)声が低くて皆と同じキーでは歌いづらかったけど、試験のときにはわたしのキーに合わせて伴奏してくれはったし。それがきっかけで「開花」してたらそれこそドラマやけど。残念ながらそれはなかったな(苦笑)

▲すっかり映画の中に入り込んで、笑うたり、泣いたりしてる内にあっというまの105分。
館内はわたし入れてたった7人。みなさん女性でシニア料金対象者だった。(←たぶん)
映画館に行った日は、途中食べたもの、飲んだもの、出会ったひとも光景も風景も~何より出不精のわたしが「外に出た」感満載の新鮮味あふれる(おおげさ)1日やから、その映画のことはDVDとはちがったカタチでいつまでもよく覚えてる。

▲帰途、うっかりエレベーターの場所を通り越してしまい、長い階段にふうう。
踊り場で一息ついて空見上げたら、わあ!きれいな青色。火照った肌にちょっと冷ための風がきもちよく、ポーラの疾走をイメージしながら(笑)少女のきぶん。
ええ映画時間でした。


*追記
その1)
ポーラのように、聞こえない親をもつ子どもたちを「コーダ」と呼ぶそうです。
以前『コーダの世界 手話の文化と声の文化』(澁谷智子著・医学書院刊)という本を図書館で借りたことがあります。残念ながら読みかけたところで返却日がきてしまい、その後続きを読まないままになっているのですが。また読んでみたいと思っています。

映画『エール!』~いつものことながら、日本版予告編はよけいな(すまん)説明が気になって(わたしにとって意味のわからない)仏語版のほうがええ感じです。
最初に観るならこの予告編を→
つぎに公式HPをおすすめします。→
原題は”La Famille Bélier” (ベリエ)という家族の物語、という意味らしい。
それがなぜ邦題「エール」になったのかなあ?「エールを送る」のエール?
いろいろ調べてたら、フランス語で歌は「air」だとか。

その2)
思春期というたらね、この前読んだ『大人になるっておもしろい?』(清水真砂子著 岩波ジュニア新書2015年刊)の中に「毎日歌壇」で著者がであった短歌ふたつ紹介してあって。
ふたつともわたしにも又「おぼえのある」シーン。ノートに書き留めました。

「挨拶をしなくなりたる少女いて成長とはかく黙すことなり」
(嶋田武夫~毎日新聞2012.2.5)

「愛だけがわたしをすくうと思ってた今日手にとった本を読むまでは」
(李祐実~毎日新聞2010.4.18)


その3)

上記『介護民俗学へようこそ!』は相方読了後いまわたしが読んでいます。
大学で民俗学を研究していた著者が、様々な理由で大学を退職して介護の世界で働くようになるのですが。
「利用者さん」(この呼び方には何かどっか、ひっかかるんだけど。介護の世界ではみなさんこう仰るので、それに倣って)が語る子どもの頃のことや、社会人として活躍していた頃の話に著者は民俗研究者としての好奇心を刺激され、聞き書きを始めたそうで。

そこから昔食べたもの、拵えたもの、の話をきっかけに、みなそれぞれの来し方を語り始め、それに反応してまた別のひとが語り始め、グループホームの空気がなごやかになって。
ひとは誰にでも歴史があって。華やかな時代も、なかには誰にも聞かれたくない、話したくない時代もあるかもしれないけれど。それもふくめてそのひと自身なわけで。
あたりまえやけど、紙に書かれた生年月日と家族構成、病歴だけでは「そのひと」を語るのはあまりにも大ざっぱすぎるわけで。

ひとに話を聴く、まただれかに自分のことを話す、という(ひとの営みからしたら、ごくフツーのことだけど)ことのおもしろさと力をあらためて感じています。

この本、まだ途中やから、読了後書きたいと思いますが
読みながら、いま週2回デイサービス通いを楽しみにしている母のことを何度も思っています。

そうそう、義母の杖は長身のわたしには短すぎるので、のちに友人が背丈に合わせられるのを貸してくれました。で、昨日は相方が今後のために~と、わたし用のを買ってきてくれました。

その4)
きょうは劇中「ポーラ」のうたうこれを聴きながら。
Louane Je vole paroles →
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by bacuminnote | 2015-11-29 12:06 | 映画 | Comments(0)