いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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ピカピカの。

▲ 朝 雨戸の内側がほんのりと温かったから。
きっとよいお天気なのだろうと、力いっぱいに戸を引くと光の束が部屋に一気に舞い込んだ。この二、三日 足の具合がよくなかったりで、沈みがちだったけど「やっぱり行こう」と大急ぎで洗濯物を干した。この日はずいぶん前からカレンダーに◯をつけて楽しみにしていた詩人・伊藤比呂美さんの講演会のある日。いつもお世話になっている鍼灸院でお昼前に診てもらって、その足で会場に向うことにした。

▲ 足の痛みの原因は「老化」と言われてちょっとがっかりしながらも施術のあとはずいぶん楽になった。
交通の便にはまあまあ恵まれた所に住みながら、どこかに行くたび(しかも近場なのに)「いっつも大冒険やなあ」と友だちにからかわれてるけど、この日も鍼灸師のMさんにとんちんかんな質問をして「大丈夫かいな~」と笑われつつ、丁寧に教えてもらって電車に乗り、乗り換え、会場へとむかった。

▲ 降りた地下鉄の構内から出口までの道には何カ所にも「ドーンセンター」と矢印があって「今日は楽勝やな」とほくほくしてたのに。地上に出るや案内板がぷつり途絶えた。なんとなく勘で歩いてたけど不安になって駐輪場にいた60代くらいの女性にたずねたら「どーん?何?知らんわぁ」と言われてしまう。
すると、少し離れた所に自転車を止めてはったお仲間が間髪を入れず「あんた、ドーンセンターも知らんの。ほら、あそこにあるピカピカの・・・」と、いきなり始まるボケとツッコミ(笑)

▲ 「わたしはよーく知ってるし」という人が、歩道に出て指差して「信号渡って右に曲がって」と教えてくれた。お礼を言って信号の所で待ってたら「ちょっと、ちょっと。そこの信号やったらもう一回渡らんとあかんから、あっちの信号から行き」と言いに来てくれた。いろいろ笑いのネタにされることの多い「大阪のおばちゃん」やけど(そしてわたしもその一員やけど)この暖かさ、この愛すべき世話焼き。よろしなあ。

▲無事「ピカピカの」 ドーンセンター(苦笑)に着いてお昼食べて、時計みたらまだ開演まで2時間近くある。まずは5階に。ここのホールにある壁画は相方の写真の師 山沢栄子さん(1899-1995) の作品を陶板にしたもの、と聞いていたからいっぺん来たかった。陶板の隅にはなつかしいセンセの特徴のある字で『What I am doing   Eiko Yamazawa』とサインがあって。しばし壁画の前に立ってお元気な頃を思い出していた。(山沢栄子氏と装丁家・坂川栄治氏のことを以前 ここに書きました)

▲ 次は2階の情報ライブラリーへ。(←相変わらず前置き話ばかりが長くてなかなか「講演会」にたどりつかず)
ここは「女性関係情報の専門ライブラリー」で、図書・行政資料・雑誌・ビデオなど置いてある。何気なくDVDの棚を眺めてたら観たかった作品があった。こんなことならゆっくりご飯なんか食べてんと先にここに来ればよかった・・とか、ぶつぶつ、ぐずぐず言うてんと時間一杯まで観て行こう、とビデオーブースに。

▲それは 『女工哀歌(エレジー)』(原題はCHINA BLUE /ミカ・X・ペレド監督)というドキュメンタリーで、中国広東省のジーンズ工場で働く少女たちの日常をうつしだしている。彼女たちのほとんどは出稼ぎだ。従業員の平均年齢は15歳。(それ以下の年で偽の身分証をもって働く子もいる)一日平均18時間労働。時給はたったの0.5元(7.8円)。残業手当なし、遅刻は1分単位で罰金をとられ、12人一部屋、食事代は給料から差し引かれ、洗濯やシャンプーに使うお湯はバケツ一杯0.5元とられる。とにかくひどい労働条件なのに、まだまだ従業員がたるんでる、仕事の遅いだめなやつはクビだにしろ・・・と、社長は言う。

▲ 中心になって登場するのはジャスミンという17歳の女の子。四川省の農村から家計をささえるため出稼ぎにやって来る。彼女の仕事は糸切り係だ。ジーンズの縫製のときに出る糸の始末を延々としている。毎日朝早くから夜中までの激務。家族と離れて暮らす淋しさを忘れるために自分で物語を作ったり、日記をつけ、早く給料をもらって家族に仕送りする日を楽しみにしてる。それなのに給料はその日が過ぎてもなかなか支払われない。
来る日も来る日もジーンズの山。休み時間にその山に埋もれるようにしてひととき眠る従業員。しかし、これすらも見つかったら罰金だという。この他にも工場に出勤時にIDカードを忘れたら罰金。態度が悪いと最高200元の罰金。

▲ このジーンズ工場の様子を見ながら、わたしはかつてパートで働いた子ども服の会社のことを思い出していた。仕事は倉庫でのピッキング(店からの注文の品と数を揃える)と値札つけと検品。主に大手スーパー向けの比較的安価な商品で、倉庫に並ぶ大きな段ボール箱にはたいていMADE IN CHINAとかINDONESIAと書かれていたけど、当時('85~'87年)はそれでもまだ日本製の物も結構あったように思う。ちょうど子ども用のジーンズが流行り出した頃で、毎日のように主任が「今日は〇〇スーパーに1万枚出荷です。☓☓ストアには5千枚。できるだけ残業協力おねがいします」と朝礼で言ってた。

▲ ジーンズにつける値札はピストルと呼ばれる器具を使って、ベルト通しのところにピンを留めるんだけどデニムは針が通りにくくて大変だった。
ときどき検品もあって、ミシン目の縫いはずれがないか、布の引きつれや汚れをチェックして、不良品は伝票に書いて報告する。たまにまち針や針がささったものもあって、こういう時はすぐに主任を呼んで手渡すことになっていた。「あ、針!」と言うと同じテーブルで仕事している人たちから「わあ」と声が上がった。

▲はじめは何のことかよくわからなかったんだけど、針が残ってたり危険なものが入っているのを見つけたら、見つけた人に二千円だったか、三千円だったか、よく覚えていないけど報奨金?が出ることになっていたのだった。聞けば、会社がそれを縫製工場に報告してペナルティーを課す、というような話だった。
そうしてもらったお金は、同じ班のみんなで休憩時間に食べるお茶菓子か何か買う習わしだったと思う。わたしも何回か見つけたことがある。ペナルティーと言ってもどうせ工場が出すのだから、と無邪気にみんなと一緒に臨時収入をよろこびお茶菓子を頬張っていたけれど。

▲ 遅刻1分ですら罰金の工場だったら、こんなミスがあったらただじゃすまないんだろな、と映画をみて二十年以上前のことが重なって、胸がきりきり痛んだ。あの頃だって過酷な労働条件で女の子がミシンをかけていたにちがいないのに。若かったわたしは自分の目の前に山と積まれたジーンズと単調な仕事にため息をつくばかりで、そのジーンズがどんな所でどんな風に作られてるかなんて、思うこともなかった気がする。

▲こんなことばかり書くと暗いだけの映画に感じるかもしれないけれど、画面には思いのほかあかるい光がある。それは工場で働く少女たちの明るさ。過酷な労働とカーテンで間仕切りしただけのぎゅうぎゅう詰めのひどい寮だけど、夢を語り、踊って、恋もして。そして工場にも怒る。階段の踊り場に貼った紙に書かれた文句「今日仕事を怠ければ、明日の仕事がきつくなる」を見ては「また、スローガンよ、ぞっとする」と皆で笑い飛ばす。

▲あっというまに時間になって、つづきが気になりながらも講演会の会場に移動した。講演が始まる前に、と入ったトイレでふと自分の着ている服が気になってタグを調べてみる。セーターとジャケットは中国製。スカートはインドネシア製で、日本製はわずかに肌着だけだった。でも、日本製のものだって縫製工場では安い賃金で外国労働者が働いているのかもしれないな。
鏡の中、安くじょうずに買い物したつもりの服を身につけたわたしがむっつり顔で映ってた。


*追記*
講演会のことは今回やっぱり?書けなかったので(苦笑)次回。 
帰宅後 、映画について調べてたら、あの後あまりの給料の遅配についに工員がストライキを起こす、とあって思わず拍手。でも、その後はどうなったのだろう。ぜひ続きを見たいと思っています。

Photologue - 飯沢耕太郎の写真談話35 活躍する女性写真家たち(1) 記事中程に山沢栄子氏の紹介と 作品(4/17枚目 と 5/17枚目)
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by bacuminnote | 2010-11-29 23:41 | art | Comments(0)