いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2005年 03月 ( 4 )   > この月の画像一覧

春は自転車に乗って。

▲行きつ戻りつの春。
だけど
もうじき、すぐ、ほらほら そこ・・・なぁんて思うだけでうれしくなる春の訪れです。
窓越しに入るやわらかな陽ざしに、欠伸をひとつ。今日は一枚薄着ですごす午後です。

▲友だちのweb日記を読んでいたら「目指すは川。とっつきの駅から川の左岸を上流目指してひたすらこぎ出した」という一文に出会いました。いいなあ。春の自転車!
写真を撮る彼の自転車の籠にはきっとカメラの入ったバッグが出番を待ちながら 揺れてるんだろな。
きらきら光る春の川と少年の顔でペダルをこぐ友が浮かぶようで。 Spring has come !

▲自転車がすきです。
乗るのも乗ってるひとを見るのも。それに自転車の出てくる話や映画も。
朝、街角に立ってると近くの高校生が次々と自転車で登校してゆきます。春休みだけどクラブに行くのかな?
昨日は遅うまで起きてたんやろなあ、って思うぼさぼさ頭・寝ぼけ眼の男の子。自転車乗りながら器用に朝一番の?メールを打つ子。何度もぶつかりそうになっては、きゃっきゃっ笑って二台くっついてゆっくりゆっくり走るカップルとか。

▲着替えの入った大きな袋は籠からはみ出し、こどもは後ろの荷台で足をぶらぶらさせて何だかぐずってる・・・保育所通いの若いママは半分泣きそうな顔で「いい加減にしなさい!」と怒ってて。サラリーマン風のおっちゃんは何度も時計を気にして せわしなくペダルをこいでる。
朝、まだ冷たくてあわただしい空気の中 の自転車もいいかんじです。

▲そういえば、わたしがまだ十代の入り口の大昔の話(笑)
ガッコウからの夏の合宿で一緒のグループだった隣町の子と文通(いまや死語?)してたのだけど、あるとき「こんどの日曜に自転車でそっちに行きます」と書いてきて「やっぱりまちの子は行動的やなあ」と(笑)田舎者のわたしはびっくりしたりそわそわしたり。
それでも、その日は一日 家の外の自転車の音に耳をすましてずっと待ってたけど、とうとうその子は来なかった。
何日かあとに届いた手紙には「行きたかったんだけど、学校で自転車の遠乗りが禁止になって行けませんでした。ごめん」と書いてあった。子どもにとって遠くに行く手段は自転車しかなかった頃のおはなしです。

▲この間久しぶりに里帰りして、電車の窓から外を眺めてたら なぜか突然そのことを思い出しました。駅にしてみっつ先。
当時はその距離感がもうひとつピンと来てなかったんだけど、その子のまちからわたしの家までは相当あったんだなあ、と。ほんまに来てくれるつもりやったとしたら、たいへんだっただろな、と今頃になって「少年と自転車」に思いを馳せ、なんだか
どきどきするおばちゃん(笑)でありました。やれやれ。
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by bacuminnote | 2005-03-29 15:48

春、ときどき冬。

▲いつものことだけど、この時期は日々気まぐれなお天気に振り回されます。
それでも。
昨日は真冬の格好で 背をまるくしながら歩き、今日はコートを脱いで、一枚薄着。吹く風に春を感じながら背筋を伸ばし早足で街歩き。と、日々季節があっちに行ったりこっちに来たり・・・というのも結構楽しくてすきです。

▲そしてそんな「冬」バージョンのある日。子どもの卒業式がありました。
わたしは小さい頃から「式」というのは苦手で。
できるだけ関わりたくない行事のひとつです。あ、今までで一番嫌だったのは自分のケッコン式かも。
もう二度としたくありません(笑)
が、これは「親の思い」に屈した(苦笑)にしろ、最終的には自分たちの意思によるもの。まだ笑って話せるけど、「強制」がセットされた「式」などとんでもないと思ってしまいます。

▲そういえば、ここ数年なぜかガッコウや教育関係の印刷物に 金子みすゞの『私と小鳥と鈴と』の詩がよく引用されています。この詩の最後の一行「みんなちがって、みんないい」というところが、みなさんお気に入りみたいなんだけど。
でも、現実に彼らが求めてることは 一人ひとりが「ちがう」ことじゃなく「みんなと同じ」なのに。

▲大人たちがそういう刷り物読みながら
「そうそう。個性も(「が」ではなく「も」)大事」などと うっとりしてる(苦笑)一方で、子どもたちはとうにその欺瞞を見抜いている、ということに気づかない、想像できない、大人。
何より、金子みすゞさんも自分の詩を勝手にこんな都合のいい使われ方してるの知ったら、頭にくるやろなあ。わたしやったら、空の上から大声で怒鳴り散らしてるな。きっと。

▲それにしても。
子どもは ほんまに大変です。子どもを取り巻く 辛いニュースは絶えることがないし。
ロボットみたいに歩いて「卒業証書を授与」される姿を・・そのカク、カクって音が聞こえそうな歩き方を見ながら、しみじみそんなことを思ってた。
みなお仕着せ。校長の話もココロに届かなかったし。結局何のための 誰のための「式」やったんかなあ・・・と改めてうなだれるのでした。

▲けど、やっと!式が終わり、体育館の外に出て写真を撮ってもらってる子どもたちは みなすごーくいい顔してた。
冷たい風の中もへっちゃら。
大声あげてさわいでる彼らに カイホウという字が次々浮かんでくる。
解放・開放・快報・快方・海宝・解方・・・。
いいぞ、いいぞ。なんでか どの字も明るくてうれしくなる(単純なわたし)
けど、今日、こんな日には わたしの一番すきな字「解放」をみんなに贈りたいなあ・・・なぁんて思いながら あまりの寒さに涙と鼻水のハハでした。
Congratulations!








   
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by bacuminnote | 2005-03-20 13:30

忘れてしもた。

▲ぽかぽか春の陽気から一転、昨日は真冬に戻ったかのような冷え込み。
外は、淡いグレイの空をバックに 白い雪と紅梅が一緒に舞って、息をのむようなうつくしさでした。

▲昨日は大事な用事があって 朝早くからひとり京都に行って来ました。
京都(学生時代に暮らしたなつかしいまち)に行くのは、最後がいつだったか思い出せないくらい久しぶりのことです。
お昼過ぎに用事は終わり、バスで五条坂から四条河原町まで。
道中 車窓から見覚えのある古い看板や家並みを眺めていると、窓の向こうに 思春期特有の すね顔で歩く18,9のわたしが見えるようで、思わず顔がゆるみます。

▲けど、八坂神社を越え、祇園をすぎる頃になると だんだん「今の京都」が見えてきて。
知らなかったビルが建ち、京阪電車が地上から姿を消し、河原町に着くと角にあったはずのカネボウもなかったし。
この頃から京都では雪が降り始め、どこでお昼を食べていいやら、探すのも寒いし、と田舎者はデパートの最上階へと登るのでした(笑)
が、日曜日のデパートの食堂街がこんなにも一杯だとは。
目をつけた店はみな行列か、店の前の椅子で待機。そこまでする情熱もなく、おなかも空いてたし。
で、唯一すぐ入れそうなお店に。そしたら案の定 高い・少ない・味はもひとつ・・の哀しい結末でありました。

▲ 前の晩から「一人京都でごはん」にそわそわしてたのになあ。
「しゃあない。もう家に帰ろ」 と しょんぼり外に出たけど、やっぱりまだおなかのあたりが物足りなくて。
思わず近くにあった店に入って、好物のバウムクーヘンと珈琲。おお~うまい。ここのバウムクーヘンには ちゃんとゆるめに立てた生クリームが添えられていて、満足。

▲思ってたより京都は近く1時間ほどで最寄りの駅に着きました。
強くて冷たい風と雪の中、お芋に大根、かぼちゃの入った重い買い物袋をひきずるようにして帰ったら、留守番の男ふたりは 暖かい部屋のおこたに寝そべるようにしてテレビの漫才に夢中なのでした。
ふん。
重たいモン持って 寒い中帰って来たのに。
「おかえり」 とか 「外、寒かったやろ」 とか  ないん?
洗濯物も雪の中 取り入れんと 外にほったまんまやん。
台所もいっぱいやし。
なんやねん。
と、めちゃ腹たってたのに。
「おかあ、次、中田カウス・ボタンだよ」の息子の声に 「えっ?何?ほんま?」と、即、テレビの前に。
気が付けば、親子三人カウス・ボタンの話芸に大笑いしており。
あ、怒るの 忘れてしもたやん。
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by bacuminnote | 2005-03-14 21:05 | 出かける

「自由に関する宣言」

▲一昨日 図書館でいつものように本やCDを借り、帰ろうとしたら 入り口脇に貼ってあった紙と目が合いました(笑)
数え切れないほど この前を通ってるのに こんなんあるの気がつかなかったなあ、と最初は何気なく立ち止まって眺め、そのうち手に持っていた荷物を下におき、眼鏡をはずし読んで(かけてるのは近視用なので近くのものは、はずして見る)ついには、かばんからペンと手帖を出して書き留めました。

▲それは日本図書館協会による『図書館の自由に関する宣言』(1954年採択、79年改訂)でした。曰く、
図書館は基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することをもっとも重要な任務とする。
この任務を果たすため、図書館は次のことを確認し実践する。
第1 図書館は資料収集の自由を有す
第2 図書館は資料提供の自由を有する
第3 図書館は利用者の秘密を守る
第4 図書館はすべての検閲に反対する
第5 図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る。
(1979.5.30 総会決議)

▲とりわけ、第5の一文には感動して わたしは少しの間そこから動けないでいました。近頃見かけることのないその力強いことばに。間にふたつの句読点がまた、より言葉の意味を深く強いものにしている気もして。
ここにいる館員のどれだけの人がこのことを認識してるかはわからないけど、少なくとも図書館というところでこんなことが決議されていたのだ、と知って。

▲帰り道はちょっとコーフン気味につめたい風の中を歩きました。
家に着いて、お昼ご飯食べながら さっそく手帖に書き留めたその宣言を家族に披露。
わたしも相方も気づかなかったそれを息子が知ってたことがうれしかった。
世の中はどんどんヘンな方向に向かい始めてる気がするけれど、だからこそ 『図書館の自由の状況は、一国の民主主義の進展をはかる重要な指標である』(上記第五章の中に書かれてある)ことをしっかり見据えていかなければ、と思うのでした。
(この宣言については下記日本図書館協会のHPで詳しく書かれてあります)
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jla/ziyuu.htm

▲さて、この日は高校生の頃 擦り切れるほどに聴いたニール・ヤングのレコード『アフター・ザ・ゴールドラッシュ』のCD版を見つけ借りて来たのですが、聴き始めるやココロは一気に十代に飛んでゆきます。
大好きだった(いまも)「Birds」を聴きながら 『検閲』に怒り『自由』について考えた あの頃を思い、先の宣言文を何度も読み返しています。
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by bacuminnote | 2005-03-03 14:59 | 本をよむ