いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

<   2005年 05月 ( 3 )   > この月の画像一覧

そして一年がたち。

▲前の住所から郵便物の転送も昨日にて終了。
「そうか、もう一年か」としみじみ思っていたら、夜 信州の友人から久しぶりの電話。
「この間とあるパン屋さんと知り合って、いただいたパンがおいしくて・・・そしたら麦麦さんのことを思い出した。お宅が大阪に引っ越してからはすっかりパンから遠ざかっていたけど、おいしいパンを食べられる、ってこんなにシアワセな気分になれるんだなあ、ってこと思い出したの。で、改めてありがとうが言いたくて電話してみた」
という、ちょっと恥ずかしいくらいの、けど、ものすごーくうれしいメッセージだったのです。

▲今季はまだまだ寒くて、薪ストーブを一日燃してるらしい かの村で、車でも結構かかる所からいつもパンを買いに来てくださった彼女をはじめ、あの人、この人の顔を思い浮かべながら、こっちも昨日は肌寒かったのでお昼は雑炊を。
昆布と鰹節でだしを多めにとって、白菜・人参・豚肉に葱。そして、なくてはならないのは電話の主『池上きのこ園』のとびきりの 乾椎茸。

▲いまは「春子(はるご)」の収穫(開田村は標高も高く寒いので余所より春子の収穫が遅い)とほだ木の手入れに追われてる頃かなあ。
これが終わると夏から秋にかけて二度目の収穫。冬は山奥で原木を切り出し、植菌。ハウス周辺にうんと積もる雪をかいて・・。
「『苦節○年でしたが』ってよく言うけど、うちはいつまでたっても『ずっと苦節』だよね」と重労働の日々をこぼしながら笑う池上さん夫妻。

▲でも誰よりも御嶽山や開田高原の自然と、原木栽培の椎茸を大事に思っていることは、その丁寧な仕事ぶりを見てるとよーくわかる。
この日もふうふう言いながら食べた雑炊のおいしかったこと。
池上さん、わたしのほうこそ「この椎茸」が食べられるシアワセを思っています。
そして大阪ではとても出会えない池上さんの生椎茸の味と
この季節 緑、緑、そして緑の開田高原が心から懐かしい。

▲と、まあちょっとセンチメンタルな夜。
が、その後 ふとつけたテレビのニュースの画面には「厚顔無恥な為政者」が薄ら笑いで大写しになっていて、そんな気分も一気に吹っ飛んだ怒りの夜、です。

(*原木栽培とは、原木に穴をあけて種菌を打ち込み、一年間林間地など自然環境下において菌を蔓延させてきのこを発生させる方法。近頃多いのは菌床栽培で、これはオガコに米ぬかなどの栄養源を加えて固めたものに種菌を接種し三ヶ月ほど空調設備などを備えた施設内において菌を蔓延させてきのこを発生させる方法)
[PR]
by bacuminnote | 2005-05-27 11:10 | 開田村のころ

かがむたびに唸ってた。

▲夏のように汗ばむ日もあり、朝夕冷え込む日もあって・・そんな日の家の中は春とも思えないくらいひんやりして。
相方などはまだずぼん下を愛用(苦笑)かく言うわたしも冬とあまり変わらない格好です。街には真夏のように肌を出した若い子から、冬のまんまのジャケット姿の人までじつに様々。そして今日は朝から灰色の空と強風・・・とまあ、気まぐれな五月のお天気の今日この頃です。

▲去年の今頃は信州→大阪への大移動の準備中でした。あの悪夢のような日々(笑)を思うたびに「ほんまによく引っ越し出来たもんや」と常にわたしたちより てきぱきと働き助けてくれた開田高原と大阪の友人たちに改めて感謝です。
あれから一年。
しかしいまだに未開封段ボール箱は山積み。広いはずの家の限られた部屋で親子肩寄せ合っての暮らしぶりは、ひとが来るたびに笑われる事になるのですが。

▲先日、ある講演を聞く機会がありその中で、山の中で子どもたちと合宿という話が出て来ました。日頃、体験したことのない薪割りや水汲みをし、火を燃す子どもたちがスクリーンに映し出され、わたしは去年までの山暮らしに思いを馳せながら写真に見入ります。どれも子どもたちの表情はとてもいいものでした。
けど、講演のあと「うらやましいわ。あの子どもたちはああいう所で暮らして皆シアワセなんでしょねえ」という声を背後に聞いたわたしは「そんなあほな」と なんかムカムカ。(この種のムカムカが最近多いのは年とってひねくれてきたせいか?)

▲講師が言うてはったことには共感することも多く、いまの公教育に対する疑問も批判も都市生活の中でどんどん欠落してゆく何かも、たしかにその通りだと思った。
子どもだけでなく大人にとっても自然の中の時間は「学び」が詰まっていて。
しかもそれは有無を言わせず自分のからだの中にぐいぐいとやってくる感じで。「不便」であるがゆえに得るものもあって・・・というのはかつて身を以て感じていたことです。

▲だから、街に住む子どもにはそのひとつひとつが貴重な体験だろうし「知らない」ままでいるより「知る」機会があればぜひ、とも思う。
だけど、だからって、
そんな中で暮らす子どもたちがみなシアワセ、なんて。コトはそんな単純じゃない(はず)。街の子どもがみな不幸なんて言えないように。それでも「シアワセそうな絵」を見せられると、そこに行けばシアワセが待ってるように思ってしまうかなあ。

▲世の中が複雑になればなるほど、わからないしんどさから逃れたくて、はっきりとした結論や答えが早いことほしくなって、ついつい難解な言葉よりはわかりやすい言葉、耳障りのいい言葉へと流されてゆく気がする。
問題の根源に至る前の解決、の中には うそやごまかしがあるかもしれんのに・・・と、つらつら思ってたら、はるか昔 ジャズ喫茶のトイレの壁にあった落書き「現実を直視せよ」を何故だか急に思い出した。
ごまかしたり、ごまかされたりの自分をまず直視すること、ってこの落書きの前に屈むたびに唸ってたっけ(苦笑)

▲・・・とここまで書いて、窓の外、とうとう降り始めた雨に気が付きました。
雨に濡れた新緑が風でさわさわと揺れて、清々しい五月の木々 です。
[PR]
by bacuminnote | 2005-05-18 14:08

常のままなる母の日に。

▲この間のこと。
下の息子が「ねえねえ、子どもの日に何もしていらんから、母の日にも何もしない、っていうのはどう?」
と持ちかけてきました(苦笑)
わたしが「母の日には何してくれるん?」と迫るもんで(笑)悩んだあげくの「譲歩」だったようですが。
ま、世間の決めたあれやこれやに振り回されることもないよなあ、とめでたく取引成立と相成りました。
『母の日の常のままなる夕餉かな』(小沢昭一・句集『変哲』より)

▲だけど、わたしにとって母の日は忘れることの出来ない日でもあります。
かつて「母の日に」と買ったブラウスと手紙を部屋に置いて、家を出たから。
いまだにこの話になると、昔をよく知ってる友人にさえ「しかし、ようやったなあ」と笑われてしまうのですが。
いや、若き日のその情熱(笑)を一番信じられないのは誰よりもわたしたち自身かもしれません。
ま、そういう恥ずかしい話はさておき。
そのときからずっとずっと変わらないきもちで応えてくれる「ふたりのおかあさん」には今年も心からありがとう、のささやかな贈り物です。

▲今日は連休最後の日。
パン屋を始めてからの17年間は連休といえば、あっちからこっちからの懐かしい顔を迎えて賑やかな時間を過ごしていましたが、今年はいつもと変わらない、特にどこに出かけるというのでもない不精者一家の日々でした。

▲そういえば。
漫画を描いている友人が昔、わたしの家出からシンコン生活までを描いてくれたことがあって、その中に「日曜なのにどこにも行かない夫婦」というのがあったなあ、と今思い出しました。
つまり
その「どこにも行かない」歴もちょうど26年ということになるのですよね。やれやれ。
[PR]
by bacuminnote | 2005-05-08 10:44