いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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忘れる。

▲そういう年頃なのか、この頃よく「忘れる」。
いや単純に年頃のせいになんかしていて大丈夫かなあ(笑)と
いう気もちらっとするんだけど。
さっきも受話器の向こうで友人は「えっと、えっと、ああ、ここまで出てるのに思い出せない」と唸ってるし、傍ら相方は「買い物に行ったら、ほら、あれ、あれ、わかるやろ?あれ買うて来てくれ」と、のたまう。

▲ま、50もすぎればハードディスクの容量も年々小さくなって、どんどん、すぐそこの過去の記憶もはみ出してしまうのかも(そのくせ、うんと昔の記憶は頑固なまでに、きちんと抱え込んでたりするのだが)と思いながらも、
図書館で「おお!これ、これ」などと喜々として借りて帰った本を途中まで読んで初めて「あ、これ前にも読んだ」と気づく自分に、いま、しみじみと呆れ果てています(苦笑)

▲昨日は午後から親子で『国際政治を読み解く』という講演を聞きに出かけたんだけど、講師である某大学教授も講演途中二度ばかり「ど忘れ」というのがあって「クルド」と「東ティモール」が出て来ず、しばし苦渋の面持ちで沈黙のあと、会場から助けて貰ってはりました(笑)
そういうセンセの失敗はしっかり覚えてるんだけど(そういうときは何故だか目が冴えている/苦笑) 二、三回居眠りしてごっそり記憶が飛んでるとこもあって。「あかん、あかん」と思うのに、聞いてる内にどんどんまぶたが重くなる 午後からの講義のあのだるーい感じを久々に体験しました。

▲申し込みのときは、はりきってたくせに隣席の息子は爆睡してたし。
前列ビジネスマン風三人は初めからもう肩が大きくゆれていて。最後まで扇子ぱたぱたの手を止めなかったおっちゃんや、熱心にメモをとったかと思うと退屈そうにハナクソぽりぽり、親指と人差し指を絶えずこすって、そのうち眠る・・・を繰り返していたお方もいて。相方は最後まで「静聴」していたみたいだけど、あとで聞いたら感想は「新しく得ることは何もなかった」そうであった。ううむ。
・・とまあ、そんなわけでわたしには「聞く」より「見る」がエクサイティングな2時間でした。

▲帰りは熟睡して目覚めさわやかな息子(笑)のリクエストでこの暑いのにラーメンと餃子。
親は生ビールと串カツも注文して。まだ明るいうちにビールをのむシアワセに酔いながらよろよろと(笑)店を出たのでした。が、家まで歩くわずか10分余りのうちにそんなシアワセも「忘れて」「ああ、家に着いたらビール飲も!」と思う(笑)
とにかくまあ、ものすごく暑い大阪の一日でありました。
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by bacuminnote | 2005-06-26 10:24 | 出かける

Father's Day

▲父の死からもうすぐ20年になります。当時はほんとにもう病気ばっかりしていたからそんなに早い死、とも思わなかった気がするのだけど。
考えてみたら64才・・・おとうちゃん、えらい早ういってしもうたんやね。
元気なときはけんかしてることの方が多かったし、だから思い出すのはその理不尽とも思える父の怒りへのイカリ(苦笑)・・・かと言えば、そんなことはなくて。
何故か「ええこと」ばっかり浮かんで来る。
究極のジコチュウだったから、腹立つことも許せないことも一杯あるはずやのに。なんかあほらしい気もするけど(笑)

▲そういえば、
怒られることはあっても、かわいがってもらったという記憶が殆どないのに、子どもの頃「父の日」にはいつも何かプレゼントしてたっけ。
小さな田舎まちの小学生なりに毎年「何か目新しいものはないか」と、贈るものを練っていて。
で、何年生のときだったか忘れてしまったけど テレビのCMで『シェービングクリーム』(たぶん花王石鹸の)というのを
見たわたしは「今これが新しい!」(笑)と思って(1960年代のことです)貯金箱のお金じゃらじゃらさせてお隣に買いに行きました。

▲家の隣は化粧品屋さんだったのです。
ここのおばちゃんは「子煩悩」じゃない父(苦笑)をよく知ってるからか「あんたはやさしいなあ」と恥ずかしいくらいに誉めてくれ、値引きやヘアピンをおまけしてくれました。
「肩たたき券」や「お手伝い券」の時は、その辺にほったらかしの父だったけど、このときのシェービングクリームは「ええもんくれたなあ」と大受けで喜んで使ってくれたのを思い出します。

▲しかし、父はと言えば、誕生日にもお正月にも何にも買ってくれたことがなかったなあ。もっとも、うちだけでなくその頃の「父親」とはそういうもんだったのかもしれないけど。
ただ、わたしが二十歳の頃だったか海外旅行のみやげに、とシルクのスカーフを買って来てくれたことがあって。
ツアーの皆が買わはったから父もその勢いで買うことになったのか・・・とにかく父からの贈り物なんて生まれて初めてのことだったので、よろこびよりとまどいの方が大きくて、包みを手渡されてもすぐにことばが出なかった。

▲果たして包みを開けると、わたしにはとうてい、いや絶対と言えるくらい似合いそうもない大きな花模様のえらく派手なスカーフで。
けど、これ、某高級ブランドのものだったから「けち」な親父にしたら、こんな布切れ一枚が免税店でさえ「これだけもした」
ことが、もう感慨ひとしおの様子で(笑)「どや?くみちゃん、ええやろ、なあ」とコーフン気味に繰り返すのであった。
思わず「えっ?」と声に出そうだったのをこらえてわたしも「いやあ、これ高かったやろ。ありがとう」とやさしい娘のフリして応えたのでした(笑)

▲そのときのわたしの喜びようが不満だったのか、その後は海外に行っても何か買って来るということもなく、結局父から娘への贈り物は後にも先にもこのスカーフ一枚きり、となりました。
だからというわけでもないのですが、
不要なものは持たない主義ながら、いまだ身につけたことのないこのスカーフをしかしいつまでも捨てられずにいる、のでありました。
おおきに。おとうちゃん。
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by bacuminnote | 2005-06-20 10:43

文化住宅。

▲今日は午後から歩いて駅前の銀行に出かけたのですが、もう暑いの何のって。ちりちりと、陽に当てられてると なんか焼き豚になった気分(笑)
が、一転して銀行に入るとひゃあ、涼し~い。
これだけ省エネと言われてても相変わらずの低温設定のエアコン。
何してんのん。無駄。勿体ない・・・と思うのは、取りあえず汗がひいてからなんだけど。

▲引き出し伝票を書いていて日付の欄に、あ、今日は何日やったかな?とカレンダーを見たら「6月13日」。
なんと(ってこともないんだけど)今日はケッコン記念日であった。
こんな暑いときやったんやなあ。しかも蒸し暑い京都やったし。
せやのに、あちこちから駆けつけてくれはったみなさん、ほんまおおきに。お疲れ様でした・・・と改めて(今頃になって)思うのでした。

▲その日は披露宴が終わるとホテルからそのまま友だちと河原町に出ました。今はもうなくなったらしい『コニーアイランド』という喫茶店で珈琲をのんで、そこでみんなとは別れて、相方とわたしはカーテンを買いに行って。
それから古くからある洋食屋さんでコロッケを食べると(披露宴でも二人休むことなく食べまくってたのに・・)さっさと京阪電車に乗ってアパートに帰ったのでした。
相方は滅多に着ることのないスーツが、わたしはよそゆきのワンピースが鬱陶しくてならず、だからそんな格好で帰り道に
どうか友人・知人に会わんように、と願いながら(笑)帰宅。帰るなり二人とも真っ先に服を着替えたことを思い出します。
二十数年前の6月13日のことです。

▲当時住んでいたアパートは関西で言うところの「文化住宅」。
あの古びた建物のどこに「文化」があったんやろ?と
思うけど(笑)
いまネットで調べたら『高度成長日本の象徴、文化住宅』という見出しで『文化住宅は1955年(昭和30年)あたりから大阪圏に集中的に建設されたらしい。工業化の発展にともない労働人口が急激に増えたことが背景である』と、のこと。
「文化」って言うてもカルチャーの意味じゃなく、「文化鍋」や「文化干し」の仲間のようで(笑)特に深い意味はなさそうです(やっぱりね)

▲ガラガラって開けるガラスの引き戸。ちっちゃな玄関・6 畳・4畳半・台所・バス・トイレ(くみ取り)の間取りで月2万円。
当時のわたしたちには贅沢、と思って迷ったけど、一階の端だったし部屋も明るくてうれしかった。しばらくは段ボールの上にお盆載せてごはん食べてたっけ。その次は相方のデスクをテーブル代わりに。やっと買ったテーブルはわたしたちやその住まいには不釣り合いだったからか、配達・組み立てに来たお兄さんが「ここでいいんですよね」とすごく失礼なことを二回も言ったのである(苦笑)

▲結局、そこには1年半くらいしか住まなかったんだけど、ずいぶんたってからのこと、
当時から今もその近くに住む友人が 飲み屋で一緒になった酔ったおじいさんを送って行ってあげたら、行き着いた家というのが
なんとわたしらがかつて住んでいたあの「文化住宅」だった、そうな。
なんかほこほこするようなうれしい話で、何かあると思い出しています。
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by bacuminnote | 2005-06-13 17:33

な、ええやろ。

▲庭の紫陽花が咲き始め、家の中、あちこちに それぞれが脱いで丸まったソックスが転がり、椅子の背にかけたままのカーディーガン・・・そのだらりと垂れた黒い袖も鬱陶しくて。
干したお布団は今夜横になるのが心配なくらい「あつあつ」に仕上がり(笑)
ああ、もう「初夏」なのだ、と思ってビールを開ける夕方。
まだ明るいうちから入るお風呂とお酒は、なんかすごい贅沢してる気分でいいもんです。
けど、そのどちらもすると、お米をとぎ、ガス台の前に立ってフライパンを使い、洗いものしたり・・する気力が一気にしぼむので取りあえず、ビール!

▲いつだかも書きましたが、最近よくビデオショップまで散歩もかねて出かけます。
きりがないから、こんどこそ「返すだけ」と思うのに、ついまた店内をぐるりと見回しては必ず何か「見つけて」しまいます。
この前はThe Bandの解散コンサートのドキュメントフィルム『ラストワルツ』だったし
次は映画館でと思ってた『Ray』(ご存じレイ・チャールズの物語、がもうDVDになっていたので)そして、昨日はずいぶん前から見たいと思って捜していた『奇跡の人』(監督は『俺たちに明日はない』のアーサー・ペン)と、なんだかエンドレスです。

▲が、思いがけなく見つけた古い映画二本は全く違う世界のものながら、わたしにとって大きな収穫でした。
『ラストワルツ』はゲストのニール・ヤングが歌う場面を30回は繰り返し観て聴いてしまった。
ビジュアル的には猿系(笑)の彼だけど、このときはなかなか魅力的。よく見ると(よく見過ぎ?)左鼻腔にちっちゃなハナクソがついたまんまで(笑)けど、それもまたお茶目でかいらしかったし・・・と相変わらずのミーハーぶり。

▲50になってなお、初めてこの歌を聴いた16,7の頃の昂揚した
気分になれた事がうれしくて、だれかにその思いを伝えたくて。
けど、相方の好みはfree jazzやし、上の子には常々「オレ'70sってキライ」と宣言されてるし(苦笑)仕方なく下の子に「な、ええやろ。ええやろ」と言うも、もひとつ反応なくて。
あげく幼なじみのニールファンにメール。
で、はげしく共感(笑)してもらって、やっと落ち着いたのでありました。(しかし、わたしもしつこい奴なんである。ちょっとは大人しく一人しみじみと浸れんのか?)

▲『奇跡の人』についてはもう言うまでもなくヘレン・ケラーとサリバン先生の話です。
そういえば、小学生の頃『りぼん』の付録のマンガ(水野英子作)で『奇跡の人』を初めて知って感動したわたしは、クラスのみなにも読んでもらいたくて(この頃から「共感してもらいたい症候群」だったんだなあ、と今になって気づく)学級会で提案してこのマンガを学級文庫に入れてもらった、ってことを思い出しました。

▲その後、本も読んでこの映画も観た、ような。実際のヘレン・ケラーはもっと大人しい子だったとか、断片的に記憶には残ってはいるけれど、よく覚えていませんでした。でも今回改めて観てみたら、そんな自分のわずかばかりの記憶や知識など一気に吹っ飛んでしまうすごい作品でした。

▲伝達手段を持たない少女とどう「対話」するのか、「ことば」の存在をどう伝えるのか、サリバンとヘレンの激しいぶつかり合いも衝撃ですが、人間にとって「知りたい」という欲求はどこから来るのか、「知る」ということはどういうことなのか、と見終わってからもずっと「知る」ということばの前でうずくまっています。

▲「対話」と言えば、このビデオショップに行くといつも店員の元気よすぎる「こんにちわ。いらっしゃいませ」が気になって仕方ないわたし。それだけじゃなく、彼らが言うてる内容もその話し方も、もろマニュアル通りで聞いてるとすごく苦痛。
「来るたびにそんな説明、もうええって」と思いながら「もうちょっと、もう終わる」と話の終了をじっとがまんしてる自分もなんか滑稽。あ、これはここだけでなく、あちこちで経験するストレスです。

▲たまに捜し物の作品がわからなくて、調べてもらうのに、あれこれしゃべると相手がいつしか「地」の話し方になってて、そういうときは心底ほっとする。
・・・って、ここまで書いて思ったのですが、あのマニュアル通りの話し方というのは、もしかすると「対話」というものを拒否してるのかもしれんなあ、と。

*『奇跡の人』映画情報http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=5306
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by bacuminnote | 2005-06-05 14:35 | 音楽