いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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七月蝉。

▲今日もパジャマの襟のじっとり濡れたいやな感じと蝉の声で目が覚めました。
五月の蠅と書いて「うるさい」と読むけど、七月の蝉はもっと
うるさいやん(意味はちがうものの)と思う朝。
庭の木槿の白い花だけが唯一涼しげでいい感じ。
ああ、でも、あの空。今日も暑くなりそうやなあ。

▲信州にいる頃は朝のつめたい風がきもちよかったよなあ、としみじみと思うのですが、向こうにも「うるさい」とルビを打ちたいようなものがありました。
それは「草払い機」です。
休日の朝ともなれば(しかも田舎の朝はめちゃ早い!)あっちの家からこっちの畑から、うぃーん、うぃーん。そこにチェンソーの音が被さることもあって、静かな高原の夏の朝は一気に「働き者の村」の空気に満たされるのでした。

▲いや、単に音がうるさいというのではなく、自分ちの草ぼーぼーと、まだ出来ていない薪の準備が頭に浮かんで。それは「○○ちゃんはもう宿題全部したんやてぇ」と、おかあちゃんにせっつかれる夏休みのこどものきぶんそのもの。
けど。
ここでもたまに通路の草刈りや街路樹の枝を切るチェンソーの音がどこからか聞こえることがあって、そういうときはなんともたまらないきもちになるのでした。
まさかあの(うるさい)音に郷愁を誘われ、胸のあたりがきゅんとする(笑)やなんて、ね。

▲そうだ!
「うるさい話」で忘れてはならないのが相方のピアノ(笑)
家族に嫌がられ、ご近所には「熱心」と言われ(思えばやさしい方ばかりでした)宅配便のおにいさんには「すごいピアノを弾く方」(どういう意味?)と言わしめたピアノ(苦笑)でしたが、今となればちょっと(だけ)懐かしい気もする。
あのグランドピアノやドラムスはいまも開田の家にあって、わたしたちの続きで家を借りてくれた友人にあずかってもらっています。いつか「いい音のサイレントピアノを買って弾きまくる」というのが相方のささやかな夢ですが・・・叶うかなぁ。
ともあれ、我が家はピアノに関しては「静かな暮らし歴・1年2ヶ月」となりました。
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by bacuminnote | 2005-07-25 11:23 | 開田村のころ

「人」

▲あんまり暑いのでなんだかいつも頭がぼぉーっとしている
感じ。
大阪に越してもう二回目の夏やのに、からだがいっこも「ついて来てへん」感じ。
「もうあかん」と日に三回くらいは深いため息(笑)の今日この頃です。
「本州」では三本の指に入る厳寒の地で13年間も暮らしたので、からだがすっかり寒冷地仕様になってしまったのか「暑さ」「湿気」にはホント弱くなった、と思う。
まだまだ夏はこれからなのに。

▲・・・と、そんなぼぉーっと状態で本を読んでたんだけど、興味深い事が書かれてあったのでぱっと目が覚めました。
それはこのところ気に入って続けて読んでいる理論社の「よりみちパン!セ」のシリーズの
『神さまがくれた漢字たち』
白川静監修・山本史也著という本です。

▲常々「人という字はね、支え合って成り立ってるでしょ。助け合って生きる、それが人というもの」なんて風な話を聞くたびに、何かクサイなぁ(笑)嘘の臭いがするぞ、と
ひねくれモンのわたしは思っていたのですが、この本では「そのような人と人の関係がいつまでも保たれてゆくならそれはどれだけ幸せなことか知れません」とした上で
「しかし、即座に私たちの理想に当てはめてその漢字の成り立ちを考えるのは、やはりいくらか先走りであるように思われます」と言うてはるのでした(同感!)

▲曰く「人」という字形はもとはすこし首をすくめた人を横から見る形で示されているのだそうです。何かに服従してるような、重いものをひしひしと背に感じてるような、心なしかうつむきかげんの姿勢を写しとった形。なんか哀れで貧相な姿・・・それが「人」というわけです。
もとより「人」とは「崇高な存在として重んじられてきたわけではなく、神に試され、操作され、ときにはそのからだを傷つけられ、また神の意向のままにたやすく生命を損ねてしまう場合さえあった」そうなので、そう言われれば納得の「姿勢」です。

▲甲骨文には羊や牛と共に「南人」と呼ばれる南方の異族、「羌人(きょうじん)」と呼ばれる西方の異族の多数が捕獲され、生け贄として神に捧げられたという内容が頻繁に見えるそうで。その犠牲者の和はある甲骨学者の統計によれば1万5千人相当にも及ぶと言われているらしい。

▲ちょうど同じ頃に『百年の愚行』
という写真集を図書館で借りて来ました。
湾岸戦争の際に重油で汚染された海、製紙工場の廃液処理池、森林伐採の跡、密猟者に殺されたゴリラ、収穫量が多すぎて投棄されたトマト、AIDS発症の幼児、内戦と飢餓に苦しめられている難民キャンプ、道に横たわる瀕死の子ども・・・これでもか、これでもかというほどに続く「人」の「愚行」の記録には目眩がするほど。圧倒されます。
もちろん、あらゆるものの「進歩」で「人が救われた」こともあるけれど、それを差し引いたとしても「愚行」のツケはあまりにも大きいです。

▲ああ、愚かなる「人」。
だから。
だれが言い始めた知らないけど「倒れかかった二人がお互いを支え合ってる」という「人」のいいかげんな漢字物語が
よけい滑稽で哀しくて・・・あほらしい。
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by bacuminnote | 2005-07-17 17:07 | 本をよむ

The Constitution of Japan

▲降らない暑い日が続くなあとため息をついていたら、傘などさしていても○の突っ張りにもならないような(苦笑)大雨が突然降って、やっぱりため息です。「ちょうどええ具合」ということがない むちゃくちゃなお天気の今日この頃。
で、今日は久しぶりに晴天。
朝からかっーと暑いので山盛りの洗濯物を干し、足下ににょきにょき生えてる草を抜き、この数日の雨で黴だらけになったすだれをはずし、あちこち開け放ち。
突然働き者になる雨上がりの朝、です。

▲先日ネットで注文のDVD『映画 日本国憲法』が届きました。
映画もいま各地で上映しているようですが、うまく日程が合わない、なかなか出られない、子どもにも見せたいし、で思い切って購入(といっても¥2800-です)
ジャン・ユアカーマン監督によるこの映画は憲法制定の経緯や平和憲法の意義についてチョムスキー、ジョン・ダワー、ダグラス・スミス、日高六郎らが語るインタビューで綴られています。
さまざまな立場の知識人の(とりわけ外国の人たちの)語ることばのひとつひとつに改めて「そうだったのだ」と自分の生まれ育った国に、この憲法の在ることの意味を知らされはっとして。
そして平和も人権も、そこにほっておけばいつまでもそのまま在る、当たり前のものではないのだ、と。

▲DVDについていた冊子に「監督から」という一文が寄せられていて、そこにこんな一節がありました。
『平和憲法と、それに守られている人権は、空気のようなものである。私たちはそれを当然のものと感じ、ことさら考えてみることがない。現在の改憲論議は、私たちに憲法の意味をふたたび気づかせてくれる。日本に住み、日本で働き、日本で家族を育んでいるすべての人にとって、それがなぜ、どのようにして書かれたのか、そしてどうすればその精神を守り、広げていけるかを考えるよい契機となる』
「そんなん知らんかったもん」ではすまされへん、から。この映画 若い世代にこそ見てもらいたいなあと思いました。

*映画情報はここ
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by bacuminnote | 2005-07-05 21:28 | 映画