いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2005年 12月 ( 4 )   > この月の画像一覧

そして暮れゆく。

▲外が暗くなって台所に立ち夕飯の支度を始める頃になると、
ふっとひとり暮らす母のことが気になって電話をします。「あっ、ちょっと待って。ガスとめてくるし」と言う母の声に「ああ、今日もご飯ちゃんとこさえてるんや」とほっとして。
今夜は「久し振りにサンドイッチ作ってん。あとはインスタントのポタージュにミルク入れたらできあがり」・・・らしい。

▲少しあついな~くらいの暖房(これが母の唯一のぜいたく!)の部屋でひとりほっぺを真っ赤にして重ねたパンに包丁を入れる姿を思い、そういえば、と
子どもの頃、遠足のお弁当にはいつもサンドイッチをいっぱい作ってもらった事を思い出し。あれやこれやと浮かぶ光景に、かつての親不孝娘はちょっと鼻の奥がつんとする・・年の暮です。

▲この間、友人の呼びかけで関西に休みで帰省中の旧友T君と逢いました。あとの二人は二年前にも彼と逢ってるのですが、わたしは30年ぶり。
その声はジャズや文学をちょっと暗い顔で語っていた18の頃の男の子そのまんまだというのに。目の前に居るのは、落ち着いた雰囲気で静かに微笑む白髪混じりのおっちゃん(これ ほめてるつもり)である、という不思議。

▲家に帰って相方にさっそくその話をしたら「そら、むこうもきっとそう思ってたやろ」と返されてしまった!
そう。おっしゃるとおり。おたがいええ年になりました。
この日のメンバーは
その昔同じ予備校で共に学ぶ・・・ことなく(笑)近くの喫茶店で共に語り合った仲間で。
けど、そのたった1年の間のつきあいが、こんな風に30年もブランクがあっても「おっ。ひさしぶり」と手をあげた瞬間「あの頃」にワープできる不思議。
そうして4時間余りノンストップでしゃべったあとは「ほんなら」と、明日もまた『ミカ』(件の喫茶店)で逢うみたいに片手をあげて、皆それぞれの場所に帰って行くのでした。

▲さて、今年もきょう、あすでお仕舞いです。
日々更新のブログワールドに在って、月に3回程度の更新のbakubakuですがいつも読んでくださっておおきにです。
船上で読んでいるという息子からは「おかん、切れがないぞ」と けなされながらも、紙の『麦麦通信』から数えたら もう丸18年。これからもぼちぼち、しつこく(笑)と思っていますのでよろしくおつきあいくださいね。
・・・いま、これを中断して雨戸を閉めに立ったのですが。雨戸引く手をとめてふと上を見上げたら
『うつくしや年暮れきりし夜の空』(小林一茶)
みなさんもよいお年を。
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by bacuminnote | 2005-12-30 10:26

小さき手の跡

▲昨日の朝はここ大阪でも道にうっすら雪が積もっていました。
それは開田高原(信州)で暮らしたわたしたちにとって「積もった」とは とても言えない雪だったけれど。久し振りに はらはらと雪の舞うさまに じんと来た朝でした。
大阪でこんなだったのですから、豪雪地帯は大変だったようで。
雪下ろしの最中に亡くなられた方のニュースを見ていると、画面に映し出された雪に埋もれた古い家屋が かつて我が家が暮らした家とよく似ていて、同じことを思ってたらしい相方と思わず顔を見合わせるのでした。

▲ここ数日ほんとに寒くなりました。
自転車に乗って走っていると、目的地に着いた頃には ほっぺたが冷蔵庫で休ませたパイ生地みたいに!つめたく締まってる。
それでもわたしは「暑い」よりは「寒い」方が強くて、おこたでまるくなる相方の足をけとばして(笑)「さ、買いモンに行って来るわ」と立ち上がるのでした。意識して背筋伸ばして大股でさっさか歩いたり、冷たい風受けながら自転車で走るのも。
寒い12月が、けっこう好きです。

▲ただ、この頃の街なかは過剰にクリスマス空気で満ちており、普通のお家でも玄関先にイルミネーションがにぎやかだったりして。(たまに「すてき!」と思うのもあるけど「こんなとこにいつからラブホが?」と、ぎょっとするのもある)
商業主義に流され、おかされたクリスマスには「あほらし」と思って横むいて(笑)足早に通りすぎます。

▲だけど、忘れられないクリスマスの空気はあって。
それはこどもの頃 姉に連れられて通った日曜学校でのクリスマスです。
聖劇や賛美歌、心のこもる交換プレゼント。それらは古くて粗末な造りの小さな教会の石油ストーブのにおいと一緒にしっかり記憶に残っています。
それに、こどもの目にも貧しく映ったオーストラリアの若い宣教師夫妻の 地味で質素で、だけどセンスのいい暖かな暮らしぶりと、その仲のよさ(いま思えば新婚!だった)も、わたしにとって新鮮なおどろきでもあり・・・信仰心は今もないけど、あの教会でのことを思い出すと なんかぽっと灯がともるようなそんな気持ちになるのでした。
『硝子戸に 小さき手の跡 クリスマス』 
(大倉恵子『新日本大歳時記・冬』より)

▲この間『今日から始まる』という映画(DVD)を観ました。フランスの北部の、かつては炭坑で栄えた町、いまは炭坑の閉鎖で高い失業率・・・そんな小さな貧しい町の幼稚園の若い園長ダニエルが主人公です。
長引く不況の中、生活苦からこどもへの虐待やアルコール中毒に陥る親たち。そんな親の苦悩を「感じている」いるこどもの眼がなんともかなしかった。
そのうち不況のあおりは教育現場も直撃して、予算は切り詰められ、結局追いつめられるのはこどもや弱い者たち。ダニエルは福祉局の人間を怒鳴り、市長に直談判し全力でぶつかるのだけど、事態は一向に回復しません。

▲それでも彼の、その私生活での悩みにも苦闘し続ける姿が観る者に熱いものを伝えて来る。
もしかしたら、それは「じたばた」してるだけにすぎないのかもしれないけど。はねのけられても屈せずに「じたばた」し続けることの意味を いま思っています。
ドキュメンタリーではないのですが、地域のひとたちも撮影に参加したというこの映画はそれゆえにか、とても近く感じられ、暖かさもそして痛みも 静かに深く染みいるようでした。

▲12月になって、新聞の折り込み広告は これでもかというくらいに日々大量に入ります。そしてそのほとんどが塾の冬期講習とクリスマス商戦のチラシで。「欠乏」は悲惨だけれど「過剰」もまた、と思う年の暮れです。



*『今日から始まる』の情報はここで
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by bacuminnote | 2005-12-19 10:16 | 映画

『はんぶんあげてね』

▲今から16年ほど前(パン屋を始めて二回目の秋に)友だちが一冊の絵本を送ってきてくれました。
それは、とちのき山のおばあちゃんぐまが、かたくり山のおじさんにたくさん小麦粉をもらったのでパンを焼いて、もみのき山のくまくんに送る、というお話で。
大きな大きな包みで宅配便のお兄さんが届けてくれた山型食パンには、おばあちゃんからの手紙が入ってて「のぞみちゃんにも
はんぶんあげてね」とありました。

▲その大きなパンをはりきって半分にのこぎりで切って、赤いリボンを巻いて、さっそくのぞみちゃんちに届けに出る くまくんですが、道中会ったたぬきに、うさぎに、りすに、かえるに、ねずみに・・と半分ずつ切ってあげていたら、とうとう何にもなくなってしまいます。

▲困ったくまくんは、でも、お家に半分残ってることを思い出して、いそいで家に戻り
残してあったパンを半分に切ってもう一度赤いりぼんを巻いて、こんどこそ のぞみちゃんにおばあちゃんのパンを届けます。着いたらちょうどおやつの時間で。
くまくんとのぞみちゃんは「ばたーとはちみつをたっぷりつけて」パンをほおばります。
いつもこの場面になると、パンの焼ける香ばしいにおいがしてくるようで わたしは思わずつばをゴクンとのんで、最後の一行を読むのでした。

▲食い意地の張ってるわたしとしては「えっ?またあげるの?そんなことしてたら自分の分がなくなるよ」と、どきどき、はらはら展開の(苦笑)この本『はんぶんあげてね』はそれゆえに座右(自戒)の書、となったのですが。
おいしいモンこそみんなで。
living is sharing !

*この絵本についてはここで
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by bacuminnote | 2005-12-11 18:07 | 本をよむ

金銭と快楽と健康と。

▲12月に入って突然冬がやってきたかのようで、からだがびっくりしています。
信州でいる頃は、大阪の寒さなど「何それ?」なんて思ってたくせに、大阪に転居して二回目の冬にもなると「寒いなあ」を言わない日はなくて。
からだがまた関西仕様に戻ったのかなあ?(笑)いや、「寒さ」を語るその基準値?が変わるんですよね。たぶん。
開田高原では寝室で一晩中つけっぱなしのFFヒーターの設定温度は12℃。今は寝る前1時間ほどだけエアコンをつけるんだけど、それは20℃の設定で。
ん?どうなってるん?・・・と混乱するわたし(笑)

▲一昨日、昨日の冷え込みで、かの地は積雪50cmだったそうで。友人が朝一番に送ってくれた雪景色の画像に思うのは「寒そう」ということより、きーんと冷えた空気。のんびり上がる白い煙突の煙。どこの家でも玄関に並ぶいっぱいの長靴。部屋に入るや 冷え切ったからだがとろけるような薪ストーヴのぬくもり。
けど。
この極上のあたたかさを味わえるのは、今朝は早くも零下10度になったという 厳寒の地に暮らしてこそ、なんだろな。きっと。

▲こんなこと思ってるとほかほかやさしい気持ちになるけど、相変わらず毎日毎日こころが凍り付くようなひどい事件が続きます。とりわけちいさな子どもが標的になる事件には胸が痛みます。
どこで読んだかは忘れてしまったのだけど「子どもに一番影響を与えるものは親や友だちよりも社会である」という一文を思い出しました。
ずる賢くお金儲けする大人が、大嘘ついても悪いことしても平気な顔してる、そんな大人が威張ってこの国を仕切ってて。そのしわ寄せは全部 持たざるものに、弱いものに、抵抗できないものにやってくる「社会」。

▲そういえば。
去年の暮れに亡くなったスーザン・ソンタグが5年ほど前に大江健三郎と『未来に向けて』という往復書簡を新聞紙上で交わしていて「いま、多くの人々が何かの行為の動機として理解できるのは、三つだけ。金銭と快楽と健康です」と語っていました。

▲お金と快楽と健康かぁ。
結局のところ「自分のため」ってことなのか。
街行けば、皆そこそこにおしゃれで身綺麗でスマートだけど、頭の中は自分とそのごく狭い周辺のことだけなんかなあ?
いや、他人はともかくわたしはどうなん?
そんなことを思いながらクリスマス一色のショッピングセンターを歩いていると、うしろで大好きなクリスマスソングが流れてきて。だけど、暖かなそれとは裏腹にわたしはどんどん冷えていくのでした。
自分が時にものすごく絶望的なきもちになるのに、こんなん願うのは大人の身勝手だと、わかってはいるけど。それでも子どもたちには「希望をすてないで」と思うのです。
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by bacuminnote | 2005-12-07 15:57