いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2006年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

まどの外はつめたい雨。

▲息子その2から朝一番 突然「あ、おかあ。おめでとうございます」と言われたもんで
「あ、あけましておめでとうござります」(笑)と照れ隠しの「ご挨拶」(知らん顔されると腹たつくせに、正面切って言われると恥ずかしさで身がもたんのである) 相方はいつも通り知らん顔。そもそも自分の誕生日を祝われるのも、人の誕生日を祝うのにもまるで関心がないお方なので、まあええか・・・と だいぶ前に「おめでとう」は諦めた(笑)

▲それでも。
かつて、請求しないのに(笑)誕生日の贈り物を貰ったことがあります。手紙好きのわたしに、と HENCKELSのペーパーナイフとハサミが(華奢なデザインで持ち手が金色)焦げ茶色の皮のケースに入ったもので。
けど、わたしの友だちや周囲の方々は ほぼ皆 筆無精(苦笑)ゆえペーパーナイフはあんまり使ってないのですが、これが最初で最後の相方からのバースデイプレゼント(たぶん)と思われるので大事にしています。
このケースの裏側はコルク張りで、そこには小さく'79.1.30とマジックで書いてあって。
ヨロコビに満ちていたのであろう当時24才のわたしの字がじつに「かいらしい」(笑)
・・・というわけで、今日で51に。

▲今日は朝から大阪城公園や靱公園では野宿者のテントの強制撤去。
一昨日はホテルが障碍者用の駐車場や客室の車椅子回転スペースを、無断で改造して、喫煙スペースやリネン室にしていた と報じられました。
持たない者、弱い者にどうして人はこうも残酷になれるのだろ。持てる人、強い者にはナンも言えへんのに。

▲「大阪市、公園の野宿者排除へ 緑化フェアに向け」と(1/18asahi.com)いう記事を読み返しながら、「排除」ということばにひっかかって調べてみたら、
「おしのけてそこからなくすこと」(大辞林)・・・これ、改めてものすごい傲慢なことば やなあ、と思いました。
ましてやこの寒いときに。
『銭がない ものがない 歯がない ひとり 』とは山頭火の句ですが、さっき見たニュースで警備員と市職員に引きずられてた 「おっちゃん」の人のよさそうな歯抜けの顔が忘れられません。
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by bacuminnote | 2006-01-30 15:26

破いて捨ててね。

▲はがきや手紙を以前のように書かなくなりました。
今やもう友だちのほとんどが、パソコンか携帯でメール送受信可能だし、身内を見ても3人の姉と82才の母ですらメールできるようになったので、ここ数年は 出すことも 受け取ることもめっきり少なくなって。
毎日郵便受けをのぞいても、DMやピザやおすしの宅配と住宅会社のチラシしか入っていない日が多く、わかってはいるものの、いつもすこぅしがっかりしながら郵便受けのフタを閉めるのでした。
だから、新年からしばらくの間 毎日のように届けられる年賀状はなんだか新鮮だったな。

▲けど それももう終わって、またいつもの郵便受けに戻りました。
何を隠そう (って、ここ読んでくれてる人たちはそんなこと皆知ってるか・・笑)わたしは子どもの頃から はがきや手紙が大すき。
文通も年の近い従姉に始まって、小学校の合同キャンプで知り合った隣町の男のコ。友だちの家に毎年夏休みに来ていた彼女の大阪の従姉。そしてその従姉の友だちまで。
『ヤングギター』だったか『新譜ジャーナル』だかに載ってた「文通しよー」の男のコ(笑)
それだけではおさまらず、ラジオの深夜放送の番組にもせっせ、せっせと。

▲当時は深夜放送の全盛期だったので、ラジオ局に届くすごい数の「おたより」の中から自分のを読んでもらうのに じっくり推敲に推敲を重ね(笑)手紙のときは、封筒も外国のファッション雑誌のカッコいいページを破いて自作・・・と授業中はもっぱら糊とハサミで封筒貼り・・という文字通りの「内職」。

▲そうして火曜日の夜 、パーソナリティーの西岡たかしさんがちょっとハスキーな声で「ははは、また来たな~」とか言いながらわたしの手紙を読んでくれると、ああ、うれし!
翌朝ガッコに行くとマニアなクラスメイトが近寄って来て「聞いた!聞いたで!昨日も読んではったやん」と言うてくれるんが又うれしかったし(笑)

▲大人になってからはさすがにその手の「おたより」を書くことはなくなりましたが、信州ではひとり暮らしのお年寄りと文通をしました。
「はがきボランティア」というのを村で始めると、広報で見つけた息子に「これ、ぴったりやん」と勧められて、申し込んだらわたしが第一号だった。でもボランティアとは名ばかりで、楽しませて貰ったのはわたしの方だったなと思う。

▲はがきは常に何人かに書いてたけど「読むのはうれしいけど書くのは・・」というひともいてはったので、実質「文通」していたのはふたりの方と。
「きょうも一日こたつですわってすごしました」 などと震える字で書かれたはがきが届くと、寒い玄関で座り込んで何度も読み返したものでした。
『斑雪(はだれ)照り 山家一戸に来るはがき』 
鷲谷七菜子『花寂び』所収

▲一番の思い出はある日突然 我が家まで来て下さったそのうちのひとり。Aさんのこと。
背広に革靴履いて、両手に持った大きな風呂敷包みにはゼリーやおかきやアイスクリーム、いっぱいのおみやげが入ってて。バスに乗って遠い我が家まで。
このときが初対面でした。

▲ちょうど子どもを保育園に送り出したあと、朝ごはんの後かたづけもしないままで、家の中はひっくり返っていたのだけど。焦りながらも家にあがってもらって・・・ところがこのAさん、ものすごくシャイな方で「はじめまして」の挨拶のあとは いっこも話しはらへんのです(泣)
相方は仕事場でパン焼きの最中だし、わたしひとりあれこれ話しかけるのですが 頷くか 「いやあ」くらいで、話は全く進まず。

▲お見合いよろしく二人 向かいあって座って黙り込んでたら、村生まれ村育ちの友だちが貸していた本を返しに来てくれて。玄関口で状況説明(笑)さっそく上がって貰って・・・そしたら地元の言葉で彼女はAさんにあれこれ世間話。
ああ、よかったぁ。Aさん、しゃべってはる! AさんはAさんでわたしの大阪弁に対応に困ってはったのかも(笑)

▲帰りはバス停まで車で送って、バスが来るのを二人で待っていたのですが、待てど暮らせどバスは来ない(泣)
次の便は何時間もあと。
相方は仕事中で手が離せないし。「ゆっくり行ったら大丈夫って」と励まされながら、こわがりのわたしが超・緊張しながらAさん宅まで送ることに。道中、やっと慣れて来はったのか 亡くなられた おつれあいのことなど、ぽつりぽつり話してくれました。長い峠の狭い道だったけど幸い対向車もなく、無事おうちまでお送りすることができて、ああよかった。
次の次の日だったか来たはがきに「○○さんはほんとうにいいひとだなと思いました」と書いて来てくださったAさん。この日のことはわたしのたからもののような思い出です。

▲親父とは元気な間はけんかばっかりしてたけど、長い入院生活に毎日出してたはがきを 看護師さんが「きょうもラブレターきましたよ」と届けてくれると 「来た、来た」とよろこんでいたらしい。
危篤の報にかけつけたときはもう遅くて。家族が取り囲むベッドのその脇の小さなテーブルには 読んだのかどうかわからない 二日前に出したわたしのはがきがちょこんとのっていて。

▲そうそう。
ケッコン後すぐに腎臓の検査入院したときは、毎日見舞いに来てくれた相方に、病室から家に宛てて毎日はがきを出したっけ(いまからは到底想像もできんが・・苦笑)

▲とまあ、そういうわけで。
50年の間に書いたはがきや手紙も、それにまつわるあれやこれや ものすごくいっぱい。
そのひとつひとつは大事なんだけど
わたしが出したものが残ってるかも、と思うと恥ずかしさでくらくら。
たまに友だちに「あんたの手紙置いてあるんよ」と言われて顔から火の噴くような思いをします。
だから、お願い。
破いて捨ててね。
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by bacuminnote | 2006-01-20 21:33
▲この間、去年と同じ『英会話日めくり』というのを買ってきて(年が明けたらちょっとは安くなってるかとねらってたんだけど、あかんかった)台所に吊しました。
コレ、一日にひとつ会話の決まり文句みたいなのが書いてあって、土曜は格言、日曜は6日間のまとめ、というようになっていて。ここ数年 英語学習に励む友人が使ってるのでちょっとマネして去年初めて買ってみました(笑)

▲いや、しかし、マネとはいえ
煮物してる間にでも毎日眺めてたら何かひとつくらいは残るかもしれん・・・と思ったんだけど。
案の定、去年一年でしっかり覚えてるのは「ひとつ」だけ。
しかも、それは覚えるも何も。「XOXO」これだけ。
「最近の流行表現で親しい友だちや家族への手紙の最後にXOXOと記し、たくさんのキスとぎゅーっと抱きしめたい(hug)という気持ちを表す」のだそうで。いつか、ここ、というとき使いたいと思いながらまだ「いつか、ここ」というのがなく(苦笑)未使用です。残念。

▲それでも、台所仕事しながらちょこっと読んで 得たネタを家族や友だちにひけらかす(笑)のも楽しみで、今年も懲りずに買ったというわけでした。
思えば、初めてであった中学生の頃からエイゴはずっと気になる存在なのに。いつもカレ?は近くて遠い、のだ。

▲内田樹氏はその著『先生はえらい』で『人は学びたいと思ったことしか学ぶことができない。その代わりそれはどんなことからだって学べるもの』と言うてはりますが、そう考えるとわたしの「英語できるといいなあ」には「学ぶ」気力も努力もなしに、ある日突然(日本語を話すように)しゃべったり読んだりできることを夢想しているにすぎないのかも。
ううむ。
そうして、そのあたりを誤魔化すためにこういう日めくり買ってくるのか?わたし(苦笑)

▲英語といえば、いつだったか上の子が帰省していたとき、家から仕事のことで外国に電話をしていたのですが。短いセンテンスだったし、発音もいっこもよくなかったんだけど(笑) なんか堂々としてていい感じで。
そばにいたチチ・ハハ・オトウトは おっ! と しずかにちょっと カンドーしたのでありました。(家族ばか)
そう!もじもじしてんと 下手でも何でも「表現」せんと、ね。
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by bacuminnote | 2006-01-12 17:28 | 本をよむ
▲2006年1月1日。
いつもどおりの朝が来て、それでもnew yearなんだし、と相方の家流のお雑煮を作りました。
昆布と鰹でていねいにだしをとって水菜とお餅・・・と、とてもシンプルだけど、すごくおいしいお雑煮。

▲けど、だれも起きてこない。
そのうち珈琲がのみたくなったのでお湯をわかし、おなかが空いたのでチーズトーストを食べて、分厚い新聞と年賀状を表まで取りに出て読んでいたら、やっと相方が、息子が、と起きて来ました。
あれっ?この光景はどこかで・・・と思って、さっき去年の1月 1日付けのブログ読み返したら、わたしの食べたもんがトーストかバウムクーヘンかの違いだけで、あとはまるっきりおんなじ展開。

▲つまりは、毎年繰り返される我が家のお正月の風景、なのでありました。
いや、しかし。
こういうのを恙無く(つつがなく)新年を迎えられた、と言うて よろこぶべきことなのかもしれません。
が、ううむ・・・あまりにメリハリがないというか、なんか物足りんなあ。

▲・・・と思ってたら電話が。
「もしもし、ボクやけど」
「ん??今どこにいてるん?」
「ベトナム」
「メール出してもいっこも返事ないし・・けど、ちゃんと生きてたんやね(笑)」
「うん。あ、新年おめでとうゴザイマス」
お正月も仕事の息子(その1)から かかったそんなとぼけた電話に、皆でひととき沸いて。
恙無き時間の中にも、こういうちょっとした!(びっくりマーク)があると、ココロがはずみます。

▲さて、
今季はどこも雪が多いようで、信州はもちろん、滋賀の頃の友人からも雪掻きに疲れた声のたよりがありました。
雪掻きも灯油入れも薪運びもない大阪での二度目の冬。
初めのころは雪掻きしなくていい朝にカンゲキしたのに。
「楽」に慣れるのは早くて、いまはここでさえも「寒い。寒い」と言いながらの冬。そんな軟弱モノのわたしが言うのもなんですが。雪の地で暮らすひとたちが無事に冬を越えられますように。
あ、それから ごあいさつが最後になりましたが
あけましておめでとうございます。
今年もおいしい、おもしろい、心豊かな時間がいっぱい持てますように。
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by bacuminnote | 2006-01-03 22:31