いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28

<   2006年 02月 ( 4 )   > この月の画像一覧

ずっとずっと広がって。

▲昨夜は一晩中雨風が強かったのでしょう。眠りながらもずっと雨戸が音をたてて揺れているのを感じていました。
朝起きて、雨戸を開けると(開け閉めはとても面倒だけれど、朝一番のこの時間 そのがらがらいう音も、さ~っと入ってくる朝の光も。気に入っています)雨に洗われた庭の緑がみずみずしく。
ふと梅の木に目をやると 細い枝に ちいさな濃いピンクのつぼみとまぁるい水滴が行儀よく並んで、なんとも可憐。ああ春、と思う朝でした。

▲21,22日と姪の結婚式で鹿児島まで飛びました。
ケッコン式なんて、とか「親戚ご一同様」で一泊二日はキツイなあ、とか。
さんざんぶつぶつ言いながらの参加だったのです(苦笑)が、これが思いの外 たのしい時間で。
82才の母と合計219才(そんなもん足してどーすんの!)『枯草物語』の四姉妹(笑)はおいしい海の幸にカンゲキの大食。よく飲んで(あ、これは長女とわたしだけ)よくしゃべり、よく笑い。
そして姪のウェディングドレス姿に鼻をずるずるさせて大泣きするのでありました。

▲ホテルの窓からはただ海と空があるばかり。
ここからだったら もう朝鮮半島も中国もすぐそばだなあ、と ずっとずっとひろがる海と空を眺めながら、わたしはこの前読んだ絵本のことを思い出していました。
この本『赤い大地 黄色い大河』(アンコー チャン/著・絵 青野繁治/監修 稲葉茂勝/訳)は サブタイトル「10代の文化大革命」が示すように、当時13才だった1953年生まれの著者アンコー・チャンの体験した文化大革命が描かれた本です。この前、図書館の子どもの本のフロアでみつけたもので、絵本ですが十代向きの本でしょうか。

▲ここには芸術家の父親を「革命の敵」とされた少年(著者)の眼に映る当時のまちや人びとが 痛いくらいにまっすぐに描かれています。「黒五類」の子どもとして、みんなから避けられるようになり、やがて紅衛兵の一員となり。
その後、少年は封印された父の書棚の扉の蝶番をはずし、数ヶ月の間、家にこもり 父の蔵書のほとんどを読むことで『世界にはたくさんの異なった種類の人びとがいること』を知ります。

▲そんな ある日 家の屋根の上に登った彼は いつも中庭から見ていた空は『四角く切り取られた空だった』と気がついたのです。
『高く登るにつれて、自分のまわりの景色がどんどん開けて』、ある家の中庭には『かわいらしい女の子がすわって、編み物をしていました。そばには松葉づえが置いてありました』
そうして 少年はひとり屋根の上に座り、ハトが空にのぼってゆくのをしばらく眺めます。

▲時代の大きな流れと変化の中で、自分とは何か?という問いかけのきびしさも、自分は自分にしかなれないのだ、と気づくまでの時間の重さも、「わたしだったら?」と思いながら読み終えました。
いい映画を観たあとすぐ席を立てないように、この本もまた閉じてから ずっとわたしの中で「余韻」が続いています。
[PR]
by bacuminnote | 2006-02-26 17:10 | 本をよむ

春はちかく、とおく。

▲ここ数日暖かい日が続き、いつもの厚ぼったい格好!で出かけたら、歩いてるうちにちょっと汗ばむくらいで。ああ、春はすぐそこ、と いそいそ お雛さんを出して飾る。外観がおっさんっぽい(笑)わたしなので、こういうことを書くと「意外と」かわいらしいとこあるのね~と言われたりするのだけれど。
 
▲で、今日も暖かいかと思ったら、なんと風のつめたいこと。
一回近づいた春がまた遠のいたようだ。
足下が薄いストッキング一枚という慣れない格好のせいだったかもしれないけど、寒くて肩がこる。というわけで、靴の中に、腰にとカイロを貼り付け、ちょっと遠くまで親戚の告別式に。あまりお会いしたこともない 話す機会もなかった高齢の方だったのでそんなに重いきもちで出かけたわけじゃなかったんだけど。
それでも、おつれあいの嗚咽や 娘さんが立ってられないくらいに号泣してはる姿に 胸が詰まる。
ひとが一人死んでゆく、というのはこうして いろんな人の心の中に何か投げかけてゆくのだな・・と思った。
同時にストレートに号泣できる父娘の関係だったのだろなあ、とちょっとうらやましくもあった。

▲わたしの父は亡くなってもう20年にもなるけど、わたしとは さんざんけんかを繰り返し母がよく「頼むから~して」と言ってたなあ、と思い出す。
たのむから、よぅ話し合って。たのむから、おとうさんに「父の日」に何か買って来てやって。たのむから、もっと仲良ぅして。
それでも、末期癌で入院中の時間には 信じられないくらいに、おだやかにいろんなことをベッドのそばに座って話した。
父もよく笑って話を聞いてたし、いつも帰りには「また来てや」と言ってた。
死んで行ったひとはずるいなあ・・・と ときどき思う。
もう今は 両頬に大きなえくぼをへこませて(わたしのえくぼは親父ゆずり)にこにこ笑ってるおとうさんの顔しか思い出せないもん。

▲そんなこんなを思っていたら、何やらスピーカーから聞こえてきた。
斎場のナレーションが故人を偲んで、と 何か言うてはる。最後列に座ったわたしのすぐ横には エレクトーンがあって奏者がBGMをえらい高いキーで弾いてはる。ナレーターの女性はまるで故人に近しい人のように、泣き出しそうな顔と声で これまでの故人の人生をドラマチックに 参列者に語りかける。

▲「他人」に語ってもらわなくても、ひと一人の人生は十分にドラマで。そしてそれはその人に関わったすべての人の心の中を通り、残ったり、あるいは消えたりしてる。
もう、それでじゅうぶんやん、と思う。
顔を上げたら、祭壇のとなりで大きなビデオカメラがこっちを向いて撮影中で。ふと横を見たらうしろでもカメラが回っていた。
いつから「まち」の斎場は こんな風に芝居がかったことをするようになったのだろう。そんなことを思っていると、だんだんたまらん気持ちになってきて わたしはひとりビデオカメラを睨んでた。

▲やがて式が終わり斎場を出て、帰りにデパートに寄って ひさしぶりに大好きな和菓子屋さん(福寿堂秀信)の草餅と
桜餅を買った。
ほんの二時間くらいのことだったのに。
泣いたり、怒ったりしてたからか なんかぐったりして地下鉄に乗って座るなり熟睡してしまったらしい。気がついたらひとつ手前の駅だった。一瞬そこが車中だとわからないほど深く眠ってたことに、どきりとする。
もしかしたら。
あのナレーターのことを思ってて 寝言で「シャラップ!」などと口走ってたかもしれんなあ・・・と
ちょっと心配になって(苦笑) 両隣や前に座る方々をちらちら見たけど、みなさん知らん顔で(←当たり前か・・笑) 携帯メールをしておいででした。
[PR]
by bacuminnote | 2006-02-18 21:12

「かんばしい空虚」

▲昨日、今日とぽかぽか陽気。
お日さまをいっぱいあびて、シャツやタオルやパンツがきもちよさそうに ゆらゆら揺れているのを見ていると、まるで世界中が 今 こんなしずかな時間の中に在るかのように 錯覚 してしまいそうだ。

▲庭のむこう、小さく見える四両のモノレールは 今日も派手な広告車で。
青空を横切って走り去り、そしてまた青空が戻る。
隣の家から犬の名前を呼ぶ声。応える鳴き声。どこからか珈琲の香り。
『人が幸福とよべる時間はこんなかんばしい空虚のことだ』
洗濯物を取り入れながら、ふと思い出したのは すきな金子光晴の詩『山之口貘君に』の一節です。

▲お昼頃だったか、友だちから小包が届きました。
中を開けたら、チョコレートの香りがぷーんとやってきて。
もうその香りでノックアウトされたわたし。
ひとつひとつちがう手作りチョコ。紅茶のトリュフとパヴェ・オ・ショコラ(正方形のカタチのことをパヴェと言うらしい)それにトルタ・カプレーゼも!(チョコレートケーキ)

▲まだ小さい子もいて、仕事も持って、しっかり学習もしている彼女が、夜更けの台所に立ってチョコレートを刻む姿を思いながら、あついお茶にだいすきなトリュフひとつ。
だいじにふたつ目。
そういえば。
明日は(あ、書いてるうちにもう今日になってしまった)バレンタインデイ!と
気づいたのはみっつ目を食べたあとでした(苦笑)
[PR]
by bacuminnote | 2006-02-14 00:23
▲何事も慎重派だった義父の設計で地震や台風にも結構強い(らしい)我が家は、雨戸もまた旧式のがっしりと重いものです。そして、これが より重く開けにくい日はたいてい雨か雪で。今朝も二枚目でつっかえて、頑として動かなくなりました。仕方なく外側から開けようと、サンダルを履いて庭に出たら、わあ!雪やん!(やっぱり)

▲ほっぺたを刺すような冷たい風に信州の「立春」の頃を思い
お産から一夜明けた病室の窓辺に立ち、 雪まみれの山や まちをまぶしく眺めた13年前の朝を思い出したりして。
開けっ放しの窓も 途中でつっかえたまんまの雨戸も、そしてどんどん冷えるからだも忘れて、すこしの間、灰色の空から舞い落ちる細かな雪を仰ぎ見るのでした。

▲いやはや、こうも寒いと(ほんま大阪ってこんなに寒いとこやったんかなあ、と思う冬の日々)出かけるのが億劫になります。土曜日も「この冬一番の寒さ」と天気予報では言っていましたが「たいしたことないやん」と思ったのは 家を出て3分くらいの間だけ。いや、でも、この日は心待ちにしていた講演会のある日。大股でさっさかと颯爽と?首をすくめながら駅へと向かうのでありました。

▲けど、モノレールのホームというのがこれまた寒い。(ここまで書いて「寒」「冷」「雪」という字の多さに我ながら呆れてます・・)
そんな強風の中、わたしの前に並んで立ってたのは小学3~4年くらいの男のコ。首から回数券(カード)と水筒をぶらさげ、片手にはお弁当袋、リュック姿。少年サッカーとかのクラブにでも行くんかなあ・・と思ってたんだけど、その内 仲間とおぼしき同じようなスタイルの少年たちが近寄って来て、話す様子を見るともなしに聞くともなしに観察してたら(って、しっかり見てるんやん!)どうも学習塾に行く方たちのようで。

▲わたしも降りた駅でまた別の電車に乗り換えて、車中のひと、となられました。
まだ小さいのに、いま時分(お昼過ぎ)からお弁当持参で塾とは。なんかおばちゃんは一人せつない気分やったけど、このあたりでは「別にフツー」の光景なんやそうです。
そういえば、年が明けると受験で欠席が多くてクラスの集合写真がなかなか撮れない、と息子の6年のときの担任が嘆いてはったなあ。コンビニも塾もないところで暮らした時間が長いので、こういう話 ほんまおどろきです。そしてそれを「別にフツー」と思うて見る感覚も。

▲たまに電車に乗ると、こんな風に相変わらずウラシマタロウ的視線であれも珍し、これも初めて・・で立ち止まったりしてるので目的地まで時間がかかる(苦笑)わたし。
結局会場に着いたら(一番乗りかと思ったのに)すでにたくさんの人が受け付けで並んではりました。講演の山田真さんは福音館の『かがくのとも』でおなじみ、いや、その前に読み継がれている『はじめてであう小児科の本』や最近では『闘う小児科医』の著書でも知られる小児科のセンセで。同時に「障害児を普通学校へ全国連絡会」世話人として活動されています。

▲子どもや親に向けられるやさしい語り口と、一方では「管理」や「差別」を許さない、という姿勢に共感するところが大きく、前々から氏の書かれたものはよく読んでいたのですが
いつだったか友人とそのグループが山田さんの講演会を企画して招いた折、講演が終わって茶話会にお誘いしたら「今日は食事当番だから帰らなきゃ」と早々に東京に戻られた、という話を聞いてからはもっとファンになったのでした。

▲この日は「インクルーシブ教育を考える」というシンポジウムの講演で、来年4月から全小中学校で始まる「特別支援教育」(文科省によると「従来の障害児だけでなく学習障害など軽度発達障害の子どもも含めて支援する」とか、エイゴに訳したらspecial support education・・・とか。これだけ見てたら、なんかすごい ええことみたいな気がするのですが、現実には山盛りの問題を積み残したままの「発車」のようで)について、おかしいと思うこと、障碍を持つ子の教育、不登校の子ども、差別意識・・・と、いまわたしのアンテナにひっかかることばかりであっという間の
1時間。もっともっといろんなことが聞きたかったなあ。

▲2時から始まって講演、シンポが終わったのはもう5時半を過ぎており。帰り道、来たときよりももっと冷えた空気の中、深いブルーの空がきれいだった。電車をふたつ乗り継いで駅から走るようにして家に。
早く帰らないと聞いてきたこと忘れたらあかん(苦笑)
夕飯を食べながら 、取ってきたメモを時々見つつ相方と息子に講演内容を報告。で、質疑応答(笑)の後、再びワイン飲みながら相方と話し込んでたら。息子が「で、おかあの憧れの山田さんってかっこよかった?」と聞くのでしたが(笑)
壁の電話にバッグをひっかけて受話器を落とさはったり、プリントを椅子の下に落っことしたり、お見かけするに なかなか そそっかしくて(笑)恥ずかしがりなセンセみたいだったけど。弱いものへのやさしい視線。考え、怒り、行動する姿に すごいエネルギー感じるし。 君もそんなかっこいい大人になってほしいなあ。
[PR]
by bacuminnote | 2006-02-06 21:24 | 本をよむ