いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2006年 03月 ( 4 )   > この月の画像一覧

春疾風 (はるはやて)

▲日々、めまぐるしく変わる三月の気まぐれお天気。
いまも窓の外は春疾風。
びゅうびゅう風の音(ね)、庭木の葉っぱの がさごそ 。近所のどこかで ひっきりなしに 戸がバタンバタンいうてる。
道行く小さな子どもが風の強さにきゃーきゃー高い声を上げて。
いろんなおとが 耳にとびこんでくる昼下がり。

▲朝から買い物に出たら「まち」は真冬の格好そのまんまの人から、春の装いの人までさまざま。
寒がりのわたしは間違いなく前者。
通りがかったクリーニング店の ウインドウに映る 上から下までみごとに厚ぼったい我が身!に苦笑い。で、店の中、山積みのコート類を眺めつつ・・・「いまなら30%オフ」と書いてあるけど。こんなに冷えるのにまだ出せへんやん・・と一人ぼやく。

▲この前、信州の友人一家が大阪に来て寄ってくれた。引っ越しのとき以来の再会だったので、しっかり都会化した我が家の生活を見て貰おうと思ってた(笑)
が、しかし、前述の如く。
春だというのに、家の中でもしっかりフリース着込んで、ずぼん下 着用、足下は冬用スリッパの寒がりなわたしらより、信州組の方がうんと軽やかな春のファッションで、しかも都会的であったのである(泣)
ま、「どこに行っても『麦麦』的暮らしぶり」と 言うてもらえるのは誉め言葉と思っておこう。

▲夜は 修学旅行かクラブの合宿みたいに、二間続きの部屋に七組の布団を敷いて。
大人がのんだりしゃべったりの間も、いつまでも部屋から聞こえる子どもたちの話し声。三人とも年もちがうし、ひさしぶりに逢うのに「昨日」の延長みたいに小さな灯りの元、こっちと向こうでしゃべってる。
文字通り足の踏み場もない 布団だらけの部屋に「民宿よりよっぽどお客が多い」と言われてた信州での暮らしを思い出しながら、うれしく、にぎやかな夜更かしだった。

▲村で会った子どもたちは、みなどこか親戚の子のようでもある。
小さな村の小さな学校で、2~3年学年の上下ならわたしでも全員の名前が言えるような近さがあったから。保育園から小、中まで1クラスでクラス替えもなく、センセだって小・中は3年間持ち上がりだ。当然、保護者同士も親密になる。
けど。
1クラス40人のここでも、15人にも満たない かの地でも、子どもの抱える問題もガッコウの持つ空気もほぼ同じで。
もはや「田舎だから」も「都会だから」もなく。
なべてニホンの子どもたちは息苦しくて忙しく。
それでも。
春疾風みたいに「はっちゃけてる」んよね。きっと。その元気がおばちゃんにはまぶしくも救いでもある。

*あ、「はっちゃけてる」とは 一昨日友人の娘sanから教えてもらったばっかり(笑)のことば。さっそく使ってみたけど。
使い方・・まちごぅてへんかなあ?(笑)
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by bacuminnote | 2006-03-30 16:42 | Comments(0)
▲暖かかったり、雪が舞ったり、日替わりお天気の今日この頃。
で、その日はぽかぽか晴天の日。バスに乗って相方のおかあさんを訪ねる。リクエストのたこやき持って、ね。
バスの中は暖房がよく効いていて、ぷんぷんぷんと たこやきのにおい満ちる車内(苦笑)
冷めないうちに、早く、早く、とバス降りて坂を駆け上がって。足踏みで待つエレベーター。

▲この間見つけた相方のちっちゃいとき~16,17才くらいまでの家族写真のアルバムも持って来た。
互いの「夫」の若いときの写真見ながら 誉めたりけなしたり。 女ふたりで食べるたこやき。
いっぱい食べて いっぱいしゃべって。ええお彼岸や。
またバスに乗って帰る。
帰りのバスも暑いくらいだったけど、終点で降りたら肌を刺すように つめたい風。まだまだ、やっぱりの、三月です。

▲家に帰ってから『死に花』という邦画を(DVDで)観ました。この前観た『メゾン・ド・ヒミコ』と同じ犬童一心監督によるもので、これもまた舞台は老人ホーム。
ここに住む釣り仲間の男五人組の内一人が亡くなり、彼の遺志に賛同してみんなで穴を掘りまくって銀行強盗を企てるという大胆不敵、エンタテイメントな?お話。

▲まあ、銀行から17億強奪計画というのも、入居金が9 千万~2億というとんでもないお金持ちのホーム、という設定も現実感はないんだけど。お金を持つものにも、持たないものにも「老い」も「死」も等しくやってくるわけで。
映画では、この亡き友人が練りに練った計画の標的になっている銀行というのが、メンバーの一人がかつて責任を押しつけられ理不尽なリストラにあった所とあって、よけいにみんな燃えて。
毎日真っ黒になってただただ銀行の地下金庫目指して土を掘るんだけどね。

▲そうそう、この前ここにも書いた母と行ってきた姪の結婚式での写真ができてきて。
わたしのジッカ周辺はだいたいデカイ系で、死んだ親父は183cmくらいあったし、母も158cmくらいはあったはずなのに。
写真でみたら、デカイ娘たちの谷間に母のなんとちっちゃくなったこと。
ここ数年 足や腰の手術をしたんだけど、それが関係してるんだろうか。とにかく一回りは確実に縮んだ母に、ちょっと胸がつまるような思いがした。
子どもは大きくなり、大人はやがて小さくなってゆくんよね。

▲けど、背は縮んでも人の思いも願いも縮むなんてことはなくて。年寄りだって、時には何かにどきどき、わくわくしたい気持ちはかわらないし、希望だって捨ててはいないと思う。
たまにデイサービスの様子などをテレビで見たりするけど、ものすごい「年寄り扱い」に見ていて気分が悪くなることがある。「子どもに帰ってゆく」と「子ども」とは ちがうよ。

▲気持ちだけはまだまだ若いつもりのわたしも五十をすぎて、これからは「できる」より「できなくなること」も少しずつ増えてゆくのだろうけど。
「さあ、みんな揃ってイチ・ニ・サン」は今も嫌いだし、年をとったからって、好きにはならんやろなあ。
いや、もしかしたら、そもそも そういう判断すら できなくなってるかも。ま、先のことはだれにもわからへん。
ただ できることなら、いつまでもすきなことをする自由と時間と。
それにちょびっとでいいから(あんまり「いっぱい」でも しんどいやろし、ね・・笑)「どきどき」も「わくわく」もほしい。
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by bacuminnote | 2006-03-23 14:51 | 映画 | Comments(0)

あつあつのごはんに。

▲今日は思いもかけず大阪は雪が舞った。いや「舞う」なんてものじゃなく「吹雪」いており。5月はじめの信州で 桜の花の咲く そのうしろに雪が舞うのは何度か見たことがあるけど。
大阪で満開の梅の背景が雪、という光景に出会ったのは初めてのような気がする。
買い物に出るときすでに冷え込んではいたけど、まさか雪が降るなんて思わず、いつものように自転車で駅前まで走った。

▲1時間余り 地下で用事と買い物をすませ 上にあがってきたら、なんと えらい吹雪いていて、びっくりした。
それでも、どこかこういう雪の降り方がわたしはなつかしくて。
歩道橋の上、自転車から降りて すこしの間 ちゃんと目が開けてられないくらいの勢いの雪と 空を震えながら見上げていた。

▲家に帰って来てからもまだ降り続く雪だったが、いつのまにかあがっていた。
というわけで、 こんなに冷える日の夕ご飯は 水菜のはりはり鍋。
ごはんのあと、雨戸を閉めに立ったら、窓の外、庭の白梅がぽっと明るくて。その妖しげなうつくしさにはっとする。
鍋のあとのほてった ほっぺたにつめたい空気がきもちよくて、ゆっくり夜の梅を眺める。ああ、夜の梅。
と、思ったあと、思い出すのはだいすきなあれ。やっぱり花より団子、いや、とらやの羊羹『夜の梅』である(笑)

*余談ながらこの和菓子のうつくしさ と言ったら。

▲そういえば。
この間観た『メゾン・ド・ヒミコ』にもおいしそうな場面が何回もでてきた。メゾンド・ヒミコというのはゲイの老人ホームなんだけど、そこでは毎週土曜には皆でおいしいものを持ち寄って食べる、というのだ。
「あつあつのごはんに鮎のうるか。パンケーキに季節の果物・・・なんでもいいのよ」
ヒミコがそう言うや、思わずわたしはつばをごくりとのみこむ。

▲鮎のうるか・・・は故郷の味。「子うるか」と「にがうるか」二種類あって。実家ではにがうるかはいつも金の縁取りのある杯みたいな器に思わせぶりに、ちょこっと盛ってお客さんに出していた。だいじそうに器に盛る母の手元をよく覚えている。
うるか、といえばパン屋のとき、山口県のお客さんが時々「このわた」を送って下さった。この高価な珍味もあつあつごはんに最高だ。
いや、やきたてのパンケーキにとろりとメイプルシロップも捨てがたい・・と 食欲にはキリがない(笑)

▲そうだ。『タッチ・オブ・スパイス』という映画
では 主人公の少年ファニスにいろんなことを教えてくれるおじいちゃんがなんとスパイス屋さん!
たくさんの親戚・ご近所が集まって台所で料理を作る場面、みんなでそれを食べる場面がいっぱい出て、その様子がほんまにたのしくて、かつ食「文化」を感じる作品だ。

▲何よりこのおじいちゃんが語る「スパイス」「料理」がすばらしい。
『美食家の中には天文学が潜む』『料理に塩加減が大切なように、人生にもスパイスが必要』『塩や胡椒は目に見えないが、見えないものにこそ目を向けること』・・・。
そして、そんなおじいちゃんに教えられたファニス少年の料理人ぶりがみごと!
やがて成人した彼は宇宙物理学者に。まさに美食家の中に天文学が潜む大人になる。

▲すぐに関心が「食」へと走るわたしだけど、この作品はしかし、ただのグルメ映画ではなかった。
物語が始まる1959年。トルコ・イスタンブールに住むギリシャ人であるファニス一家が、やがてキプロス紛争のためおじいちゃんだけその地に残ることになり、家族は引き裂かれ 他の皆はギリシャへと強制退去させられる。
わたしはこのころのギリシャの歴史がまるでわかっていないので、映画の深いところがわからなかった気がする。
せめてもうちょっとは知識をもって もう一回観てみたい。
食から語られる人生だけど、そのうしろにあるものは大きいから。
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by bacuminnote | 2006-03-13 23:06 | 映画 | Comments(0)

春は電車にのって。

▲一昨日のこと。
太極拳でさわやかに!汗をかいたあと 家路を急いでて。しばらく歩いてふっと見上げた空から はらはらと雪が舞っててびっくりした。頭の中は太極拳と今晩のおかずでごちゃ混ぜ状態だったので気づかなかったんだけど、道端の自転車や歩道橋の手すりにうっすら雪が積もってたから結構前から降りだしていたのかもしれない。
けど、雪でおどろく、なんて。
感覚がもうすっかり「大阪」になってる。

▲ところが「あれは夢だったの?」と思うほど昨日は快晴だった。しかも風もなくぽかぽか陽気のほんとうに行楽日和。
というわけで、朝からお墓参りに相方と出かけた。(お墓に「行楽」かい?とつっこまんで下さい)
その後、わたし一人電車でいくつか向こうの駅で下車。
そこの図書館で大阪在住の児童文学作家・風野潮さんの講演会に。
「作家」の知り合いっていないからわからないけど、この方 作家然とせず、控えめで繊細な感じ。館員の紹介がなかったら、わたしと同じように講演を聞きに来てる人だと思ったかもしれない。
だけど、お話を聞いていると「物書き」として、しんどいことを越え、いまも越えている最中だという「強さ」を感じて「やっぱりプロ」と、思いました。
そして彼女の「不幸だった思春期」という話にうなずき 「だから書く」にも大きくうなずいて。

▲あっという間の一時間のあと、図書館の外に出たらお日さんがぱあっと明るくて。
ぽかぽか陽気に 道行くひとの笑顔にもなんか「春」! そのまま 家に帰るのがもったいないなあ、と急遽 来週行こうかと思ってた兵庫県立美術館『山田脩二の軌跡』に 続きで行くことにしました。
この前の雪に、ちょっとウエットな気分で思い出していた田舎暮らしだったのに、こんなにも気軽に講演に、美術館に、と一人ひょいと出かけられるのは「まち」に暮らしてこそ、と 泣いたカラスがもう笑ぅてる(笑)

▲まず阪急電車で梅田に。
隣の席にすわった若い男のコが膝の上に開いてるのは『やさしくわかる原価計算 入門ビジュアル・アカウンティング』(しらんふりしながら、横目で本の表紙を見、題名を必死で覚えるわたしも相当)なんやらぶつぶつ言うて覚えようとしてる様子なんだけど、いかんせん、車窓から惜しげもなく 注ぐ暖かな陽差しと車内の暖房が彼のまぶたを重くする(笑)
何回も本を落としそうになって、ついに諦めてバッグに仕舞う彼。「大変な時代やけど がんばってや」と、いつの間にかわたしはしっかり「おかん」視線になっているのでありました。

▲梅田からは阪神電車。土曜日ということもあってものすごい人です。こんなにも多くのひとたち 皆どこに行かはるんやろぼぉーっとしてると 「人の波」に飲まれそうになる「まだまだ都会に慣れきっていない」わたし。
それでも眼鏡つけたりはずしたりしながら看板見て、見て、無事(って、たいそうやなあ)阪神、に。

▲ひさしぶりの「阪神」・・この線には この線の空気があってええ感じ。
とくに途中で特急から普通に乗り換えてからは、どこかなつかしく遠いところに来たみたいな気分で 窓の外を見たり、前の席で本に読みふけるおじいさんを眺めたりする。
そうそう、わたしは電車で人を見るのがすきなのです。
とくに本を読んでる人を眺めてるのがすき。
もっとすきなのは 本を読んでる姿の うつくしい 若い男のコ。(笑・・・残念ながら、なかなか「であえる」ことはないです)

▲そんなこんなを思いながらの電車なので たいていバッグに入れた本は出さずじまいのまま、目的の駅に到着です。
改札を出るなり つめたく強い風に 海はすぐそこに、と感じて うきうき(なんせ海のないとこ生まれなので海には特別反応する)
駅からたった徒歩8分の美術館への道。
結局3人の方に道をたずねました(苦笑)
小さい子どもと一緒に歩いていた若いママは「階段もあるけどエレベーターでも下に行けますよ」と、おばあちゃんに教えるみたいにゆっくりやさしく丁寧に教えてくれてカンゲキ。
あれ?もしかして。そういう年に思われてるのかな。

▲(あ、わたしの話は いつも「本題にたどり着くまでなかなかや!」と相方がぼやく。ほんま、そのとおり。ごめんやけど、もうちょっとやし、この話 つきあってください・・笑)
兵庫県立美術館は大きな灰色と黒の建物(安藤忠雄の設計)。なかなかいいです。
わたしの前に一人 学生風の子が歩いていて、向こうからおじいさんが近寄って来ました。
で、「ちょっと、そこのおふたり」と声をかけられる。
「おふたり」って言われてもなあ、と思いながら(笑)「二人」立ち止まると、
おじいさんが「グループで来たけど友だちの切符が余ってるから二枚¥1800でどうや?」と交渉を開始されました。
そしたら男のコは「あ、ぼくは中の図書館に行くので入場券はいらないです。あ、ぼくは、ですけど」と、丁寧に きっぱり さわやか。かたや、一瞬「この話は得か?」と判断に迷い、黙って突っ立ってたおばちゃんはめちゃカッコ悪かったです。

▲友だちのA夫妻の紹介で山田さんと知り合ったのはもう何年も前・・まだわたしたちが信州の山の中でいた頃のことです。二、三回は我が家にも見えたのだけど、そのうち一回は息子さんと来られて、話し始めてちょっとして 相方の「一杯 
どうですか」はビールから、やがて焼酎になり、ウイスキーになり・・・そのうち息子は氏に頼まれて外に氷柱採集に。ウイスキーのオン・ザ・つらら をご所望だったのでした(笑)

▲そうしている間にも 日はとっぷり暮れ 雪はどんどん降り積もり、結局その日は山田父子はうちで泊まっていかれることに。
特別展のパンフには”人生 焼きが 大事" カメラマンからカワラマンへ。 とあったけど、
わが相方もカメラマンからパン屋へと”焼き"の道を歩んで来たので(笑)なんだか親近感を覚えて。加えて息子さんがその後、なんとわたしの故郷でパン屋を始めるという「偶然」もあって。改めてA&Yちゃんがくれた出会いに感謝。そして、ジンセイはほんまに不思議でおもしろいリンク・リンク・リンクに満ちてるな、としみじみ思う。

▲作品については、わたしは瓦作品はもちろんなんだけど、一番見たかった山田さんの若い頃の代表作と言われる「日本村1969-79」に出会えて満足だった。(見に行けない方はここ(神戸新聞)を読んでみてください。いい記事です)
帰りはワインとPAULのパン買って。ああ、いい春の一日でした。(長文におつきあい、おおきにでした)

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by bacuminnote | 2006-03-05 11:57 | 出かける | Comments(0)