いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2006年 05月 ( 3 )   > この月の画像一覧

▲雨上がり。抜けるような青空。そして日曜日。
みんな待ってました、とばかりに「外」に出て来たのだろう。万博記念公園行きのモノレールはホームも車内も家族連れや若い、中高年のカップルであふれてた。
わたしはひとりで。

▲田舎暮らしの頃は車がないとどこにも行けず。が、運転はへたくそやわ、あかんたれやわ、の わたしはゴールドながら村内限定免許(苦笑) 
だから、村外に行くとなると相方(運転)と下の子(都会とはまた別の意味で一人留守番させるのは気がかり)と、たいていは三人一緒で。
だから、こんなふうに朝から思い立って一人ふらりと出かけることのできるんは「まち」ならでは、とほんま しみじみ うれしい。星はちょっとしか見えへんし、真夜中も車の音が遠くこだまして、何より水がイカン!水が・・・という思いは今日は のみこんでおくことにして。

▲駅に着いて、どどっと流れる人の波に「ヒマ人がなんにも日曜に来ることなかったなあ」とちょっと後悔する。それでも、変わらない太陽の塔の圧倒的存在感に「万博に来た」ことを実感しつつ、緑いっぱいの公園内を歩く。お祭り広場ではフリーマーケットが開かれてて、すごい熱気。世間知らずのおばちゃん(わたし)は、どれどれ、と覗こうとするも「入場料」が要ると知り後ずさり(苦笑)
ちょっと先はバラ園。グリーン・ローズ、ブラック・ティ、アンネのバラ、マチルダ、アイス・バーグにストロベリーアイス・・・花よりその名前に惹かれてしばし園内をうろうろ。

▲何見ても珍しいおのぼりさん(わたし)あっち見て、こっちにしゃがみ、やっと目的の日本民藝館に到着。夏のような暑さと人の波にくらくらしていたので、ひんやりした館内の空気にほっとする。そして、ここはもう別世界のように静か。しかも特別展『沖縄の染織』の会場に入ると・・・わたしの他はだれもいない。
その気安さもあってガラスにはりつくように見入り、展示されたものひとつひとつに「わあ」と声を出しそうになる。(いや、出してたかも・・・)

▲読谷山花織(ゆんたんざはなうい)、芭蕉布、首里の絣、久米島の紬、竹富島の麻織物。どれもずっと眺めていたい。
手巾(ティーサージ)という小品は、その名のとおり「てぬぐい」らしいけど、可憐。「かつて土地の娘たちが愛する男への想いをこめて贈った織物で「想いの手巾(うむいぬてぃさじ)」とも呼ばれる」と説明にあった。
金城次郎の焼き物も展示されていて、これもまたよかった。(金城さんは2004年暮に逝去。朝日の記事

▲隅にテーブルと椅子があって、資料のコピーが閲覧できるようになっていて。わたしは自分の家にいるみたいにどしっと座ってゆっくりページをめくる。ここにあるどれもが 昔は暮らしの中に当たり前にあった「手仕事」だったのだ、と改めて知る。
柳宗悦が芭蕉布を讃えて「この前をただ通り過ぎることは出来ない」と書いていた。この手仕事のすばらしさをことばでどう表現できるのだろうと思ってたけど、彼のひとことに ただもうノックアウトされる。

▲どれくらいそうしていただろう。気がつけば60代くらいの夫婦が読谷山花織の前で立って何か言うてはる。若いカップルは熱心にメモとったり二人で作品について小声で話してる。
そう、ひとりのつまらんとこは「ええなあ」「せやなあ」が言えないことかな。
いや、わたしみたい「しゃべり」はたまにこうやって、「思い」を声に出さずひとり静かにしてるのがいいかもしれん。
そんなことを思いながら民藝館をあとにする。
そうそう。
この日の万歩計はめでたく一万歩をこえた。

追記 / 先日、ジッカに帰ったら82才の母の携帯に万歩計表示がしてあったのを発見。わたしは母と同じ携帯(シルバー仕様!)なので、対抗して(笑)やってみた。
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by bacuminnote | 2006-05-22 13:11 | 出かける | Comments(0)

ぼくら から。

▲つめたい雨があがると、そこらじゅうの緑たちが ぐんと大きくなっているのに目をみはる。そして、その勢いのよいgreenに しばし見とれる。もはや身体的成長はない(「太る」は別にして・・笑)我が身ゆえよけいに「伸びる」に惹かれるのかも、などとちょっとセンチメンタルな気分になったのもつかの間。
裏庭のぼーぼーの草を見てため息、ため息。

▲この間の日曜日は母の日で。
この種の記念日に乗っかった商業主義(or 商業主義に乗っかった記念日?)にはうんざりしてるんだけど。それでも「母の日」だけは特別。何かと心配をかけ続けてるふたりの母に「おおきに」のきもちをのせて ちっちゃな贈り物を選ぶ。
いつも値段よりアイデア勝負の買い物(笑)なので、あれこれ考えるのは楽しみでもある。

▲けど、デパートの「母の日ギフトコーナー」で品定めしている 息子くらいの若いひとたちを見て、はたと自分も母であることに気づき「贈る日」でしかないこの日がちょっとさびしい。いや、それにしても。わたしって『東京タワー』(リリー・フランキー著)の「おかん」みたいな、心底やさしい「無償の愛」からは 遠いよなあ(苦笑)と、若干うなだれつつ帰宅。
この日の献立は煮魚、揚げ出し豆腐ときのこ、ひじきの炊いたん、お浸しで。今年も『母の日の 常のままなる夕餉かな』(たしか去年も小沢昭一のこの句をここに書いた気がする)やなあ、と思いながら鍋を火にかける。

▲そうこうしてると、出かけていた息子たちが帰宅。
下の子が「はい、これ。母の日やし・・・ぼくらから」と大きな紙袋を差し出した。おお、のぞき込むと中身はわたしの好みの店の好みのバウムクーヘンではないか。
わああ。うれしい!思わず声が出る。と、同時にお昼の不満顔を覗かれていたみたいで、なんだか恥ずかしくなる。

▲ま、そんなこんなで、わたしも晴れて「贈られる」母の日を迎えたんだけど。
久しぶりに家族全員そろって、『常のままなる』夕ご飯を食べてると 上の息子が思い出したようにしみじみと言うに
「この間日本へ帰って来て すぐに食ったすし、アレめっちゃうまかったなあ・・・」
おいおい、おかんの作ったもん食べながら 君は何言うてんねん!
・・・あっという間に 感涙乾く母の頬(笑)
それでも。
バウムクーヘンは甘くておいしい。
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by bacuminnote | 2006-05-17 17:39 | 本をよむ | Comments(0)
▲5月5日。あまりに青くてきれいな空に、心誘われて というより 背中を押されるように、散歩に。家を出てすぐに 長袖のシャツを着てきたことを後悔する。ちょっと暑いくらいの陽気だった。
あちこちの家の前に他府県ナンバーの車が停まっていて、小さな子どもの声がどこからともなく聞こえて。
角を曲がったところのお家の前を取りすぎると、なんだか明るい感じがしたのであれっ?と思わず振り返った。

▲わあ。
普段は閉まったまんまの雨戸も全部開いていて。お布団や座蒲団が庭にいっぱい並んで、気持ちよさそうにお日さんを浴びてる。開け放たれた窓からは にぎやかな笑い声がもれて。どおりで、明るいはずや。
いつもは年寄りの多いひっそりしたこの住宅街も連休中は「帰省組」で沸き・・・なんだか「まち」の中の田舎的光景。
それでも何でも、子どもの声がして笑い声が響く街角にうれしくなる。

▲帰り道、粽を買う。いつもながら そのうつくしいお姿(笑)に ああ、うっとり。
そうそう、木曽では一ヶ月遅れのお節句に朴葉巻きというのがあって、これもまた食べる前にしばし見つめてしまう姿のよさ。
5月末頃から出始めるこのお菓子を、いつも通った村の食料品店のおくさんが引っ越しのその日に袋一杯持たせてくれたことを思い出す。

▲粽と言うたら川端道喜。ここのお店の紹介に、家の方が「ほどくのがもったいなくて、家の者はあんまり粽を食べません」と言うてはった、とあったけど、わかる気がする。
「多くを作りすぎない」との方針は 零細パン屋「麦麦」も同じだったが(苦笑)500年も続く老舗がそれを貫くのはすごい、と思う。

▲ずいぶん前のこと。
『四季の味』という季刊誌にここの15代目店主がエッセイを連載してはって、とてもおもしろく読んでいた。いま調べたら1990年に亡くならはったらしい。この方 文章も魅力的だったけど、その風貌たるや芸術家。かっこよくって掲載された写真を見てよけいファンになった。(相変わらずミーハーである・・)

▲ネットでいろいろ見ていたら川端氏は『和菓子の京都』という本を書いてはることを知ったので、さっそく図書館に。(これとは別に『酒れん』という随筆集もあるとか。この本 絶版らしいが、老舗の菓子屋の主がその随筆集に「酒」のタイトル。ぜひ探さねば・・・笑)

▲さて、粽を買ったあと、行きは「軽い」と感じた我が身が重くて(笑)足を引きずるようにして家に戻った。
それでも熱いお茶と笹のにおい一杯の粽に「ああ、おいし」
そこで思い立って物置から木箱を取り出す。これは上の子が生まれたときにわたしの両親に贈ってもらったもの。

▲親は最初 ごく普通に兜や鎧の五月人形を、と思っていたらしいが、そんな「勇ましさ」も「武器」も嫌やったし「なーんもいらん」と言ったのだけど。
何かにつけ文句の多い娘フウフ(苦笑)にため息をつきながらも、結局 姉の知り合いに木彫を頼んでくれることになった。

▲奈良一刀彫の作家のOさんは 大阪まで出て来て下さって息子をデッサン。わたしたちがOさん宅におじゃまさせてもらうことも何回か。一家にはその頃小学生の娘さんがいて、彫刻の話だけでなく、こどものこと、音楽や教育、Oさんが習ってはる狂言のことまで、いっぱい話をして。たっぷり時間をかけて。
たぶん、いやきっと採算を度外視しての「仕事」をして下さったのだろうと思う。最初にお逢いしてからどれくらいたってからだろうか。やがて「童」と書かれた桐の箱に入って作品が届けられた。

▲以来 毎年5月になるとこの箱を開ける。
Oさんと贈ってくれた両親に感謝しつつ。
これからもずっとずっと 子どもたちに 勇ましさも武器もいらん、と思いつつ。
楠で出来た まるまる太った男の子は はだかで座って、こっちを向いてる。
手には何も持たない。

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by bacuminnote | 2006-05-07 16:25 | 本をよむ | Comments(0)