いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2006年 06月 ( 3 )   > この月の画像一覧

まあ ちょっと先の駅。

▲窓の外は大雨。
さっき ずぶ濡れになって宅急便のおにいさんが配達に来てくれた。腰が痛むので上まで持って上がってもらう。
「雨、よう降りますね」と言うと「急にこの大雨ですやろ。困りましたわぁ」と言いながらも、にこやかで きびきびした応対・・・ふっと某市役所・某分所のブアイソウな面々が浮かぶ。そして彼らにこの様子 見せてやりたいぞ、と思う。

▲宅急便にはパン屋をやっていた17年間お世話になった。
長い間には、パンがつぶれた、台風や雪で遅配。それに、違うステーションに荷物が行ってしまってた、なんていうアクシデントもあって、はらはらしたり、どきどき報告を待ったり。時に事務所の人と言い合った事もあったけど。
現場のドライバーはいつも感じよくて。名前となるとあやしいが、滋賀の頃も開田高原のときの担当の人たちも顔はしっかり覚えてる。そうして思い浮かぶ「顔」は みんな笑顔だ。天候の話から家族のこと、前にしていた仕事の話・・・と、集荷のたびにちょこっと立ち話するだけだったけど、そういう時間があって 安心してパンの入った箱を託せた気がする。

▲そうそう腰痛、のこと。
金曜には太極拳も休んで、月曜日から整体・整骨院に通い始めた。で、昨日は朝早くに予約入れたら、次から次へと 来はるわ、来はるわ。おばあちゃんばかり。
「やあ、お宅も早うおますなあ」
「せやかて、この頃ちょっと遅ぅなったら暑いもんねぇ。早いとこ用事済まさんとな。まあ用事って別にないんやけどね」
「いやいや、ココやろ、内科に眼医者に歯医者さん。お互い 忙しいことでんなぁ。ほんま 顔以外は悪いとこだらけやわ。ははは~」
その掛け合い漫才みたいな明るい話っぷりに、ここは大阪(笑)とうれしくなる朝のひととき。

▲昔・・・若い頃は「おばあちゃん」っていうたら、遠い遠い「未来」のひとやったけど(笑)今はもうすぐそこ。いや「すぐ」ってこともないか・・・まあ、ちょっと先の駅みたいな存在。
そして、この年になってわたしはよく、そういう「先輩」たちから声をかけられる。それは相方のおかあさんの住むホームの人たちだったり、いま通う整骨院に来てはる方や、あ、そういえばこの前ここに書いた公開講座のときも。
「まあまあ、大きいのね。失礼だけど どれくらいある?」
「背が高いんやねえ。何センチ?」
質問に答えるとたいてい「まあまあ、よろしなあ」「うらやましいわぁ」「大きいのはいいことよ」と満面に笑みをたたえて そう言うてくれはる。

▲今や すらりと背の高い「モデルサイズ」の若いひとはたくさんいて。太めだし、猫背だし・・のわたしなどはちっとも高いうちには入らない。
それでもお年寄りの多い場に行くとやっぱり「大きさ」で目立つのだろう。
けど、この年になるまで そんなことで誉められたことなどない。むしろ、それをマイナスに思うことがわたしを「猫背」に、と思ったりもするくらいだ。
だから うれしい。ちょっと声をあげたいくらい ほんまにうれしい。ひょっとしたら、そのときだけは背筋もぴんと伸びてるかもしれない。

▲そして、今朝はくだんの整骨院で 脱いだわたしの靴に そばの椅子に座ってはったおばあちゃんが驚かはった模様。
さすがに「足が大きくてうらやましいわ」とは言われなかったけれど。
「いやあ、おねえちゃん きもちええくらい おおきいねんな~」と返ってきて笑い合う。
こんな何気ない会話に ぽっとあかるいきもちになるのは 窓の外 降り続ける雨のせいかな。
それとも わたしがひとつ向こうの駅へと進んだから?
あ、「おくさん」やなくて「おねえちゃん」って言うて貰ろたから?(笑)
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by bacuminnote | 2006-06-22 17:16 | Comments(0)
▲朝 窓を開けたら、色鮮やかな紫陽花が目にとびこんではっとする。この間までは薄い緑色で、昨日はたしかまだ白っぽかったのに。淡いブルーにピンク、薄紫に、額紫陽花も色づいて。
「紫陽花や はなだにかはる きのふけふ」・・・はるか昔 老教師が子規を語る梅雨時、だるい午後の授業を思い出す。
ガッコというところで、熱心に授業を受けたことなどあんまりない気がするのに、こうして突然ひょっこりと記憶が戻るのも
いとをかし(笑)

▲昨日は午後から某大学で作家の山田詠美さんと奥泉光さんの公開講座というのがあって、行って来た。同じ大阪とはいえ、出不精で方向オンチのわたしがネットで調べ、人に聞き聞き、電車乗り換えて。この熱意、30年前にはガッコの外に向いていたんやろなあ・・・とか思いながら、その名も大学通りという商店街を人の波にのりながら歩く。
当たり前だけど、70年代後半の空気とはあまりにちがう 今の学生の風貌と まち に改めて自分の年を思う。

▲お昼前に家を出たので、どこかでごはんを・・と、歩きながらあっちこっち眺めてたけど「ここ」と思うところがないまま、とうとう門が見えて。しようがないから終わってからにするか・・と がっかりしてたら、門のすぐ手前「キッチン・カロリー」という店の入り口に立ってはったおばちゃんと目があった。
「さあ、いらっしゃい。空いてますよ~」の呼び声に引っ張られて入ったら、
おおお!70年代の香りに満ちた店内(笑)

▲厨房のおっちゃんの火をふく鮮やかなフライパンさばきを見ながら、注文のオムライスを待つ。
隣のテーブルには、十数年ぶりに懐かしのキャンパスに来た(と、おばちゃんに言うてた)30代前半とおぼしき男ふたり。あっち見てこっち見て「なつかしい。変わってヘン」の連呼。
で、「ガチャ」とかいうこの店の名物メニュウらしい てんこ盛り野菜炒めの上に生卵?ひとつ、横にはスパゲッティ・・とめちゃ大盛りの「思い出の鉄板焼き」を注文して、ケイタイで写真撮ったり盛り上ってる。

▲料理運んで来てくれるおばちゃんがまた昔から学生街にいるようなひとで。オムライス食べてたら、ピッチャーと何故かスポーツ新聞を持って来てくれる。
顔馴染みらしい学生には「どしたん?今日はガッコ行って来たんか?」と肩をたたき「何や?この頭?こんなん今流行ってんの?」と遠慮なく男の子の髪をさわり(笑)なかなかええ感じ。

▲そのうち「はい。おまたせ~」と注文の一皿が運ばれて。
薄焼き卵の下には ケチャップライスがもう思いっきり詰まってて。横にはたっぷり刻みキャベツに一筋のマヨネーズ。いかにも男子学生対応ボリュームのオムライス。おいしかったけど、さすがのわたしもあと二、三匙・・というところで「もうあかん。残してごめん」で、店をあとにする。

▲さて、会場に着くと長蛇の列でびっくり。
列には50~60代が圧倒的多数。30~40代は家庭や仕事でまだまだ忙しく、若い人たちはやっぱり「ガッコの外へ」なのかもしれない。(せっかく「大学」まで来てるのに。同年代のおっちゃん、おばちゃんばかりでおもしろくない「おばちゃん」ではあった)
山田詠美さんは思うことをはっきり話す、そのしゃべり方が感じよかった。最後に奥泉光さんのフルートと山田さんの朗読(『風味絶佳』より)もあって。日々、緊張感のない暮らしをしてるので、特大オムライス満腹感から居眠りしないか、心配だったけど、しっかり最後まで聞いた。(斜め前のおっちゃんは始まるなり、眠りの世界に行ってはった様子)

▲帰りの電車の中、珍しく眠らず 持って行った本(辺見庸『永遠の不服従のために』毎日新聞社刊)を読んでいたら「朗読」について書いてあった。
「この世には、喉の浅いところからの発声を拒む、なににせよ たやすくはまつろわぬ言葉だって多数伏在しているのである」という氏のことばと、引用されている谷川俊太郎の『詩ってなんだろう』の中の「たんか」にある「こえにだしてよんでみると、いみはよくわからなくても、きもちがいい」の間で唸る。

▲結局、この日いちばん熟考したのが帰りの地下鉄の中での読書だった。
そうそう、歩数計は一万歩。
寄り道もせず帰って来たというのに。
いかに地下でうろうろ まよっていたか示す数値である(苦笑)が。
たのしかったから、また、ひとり道に迷いながら出かけようと思うのであった。
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by bacuminnote | 2006-06-11 21:46 | 本をよむ | Comments(0)
▲いつまでも肌寒い日が続いてたから 冬物を仕舞い終えたのも ほんまについこの間のことやのに。いきなり真夏日。半袖、扇風機、アイスに冷や奴。
それから・・・えーっと、とりあえずビール!(笑)
それでもあちこち開けたら、さわやかな六月の風が家の中をとおる。窓の外、さやさやと揺れる木槿の木の きれいなみどり色に 見とれながら、つい うとうと 土曜日の昼下がり。たらりんと寝ころんでても「何してんねん」なぁんて 誰にも怒られへんし・・・大人っていいなあ(笑)

▲昨夜は『レセ・パセ/ 自由への通行許可証』(監督は前にここ(12/19)にも書いた『今日から始まる』のベルトラン・タヴェルニエ)という2時間50分の長篇を観ていて 遅くなったのに、前夜先に観た相方とああじゃ、こうじゃ、といつものように感想発表会をしていたので(苦笑)床についたのは何時だったのか・・・。
音楽も映画も本でも、二人の基本的「入り口」はちがわない(つもり)が、ちょっとつっこめばもう全然そのとらえ方も「出口」も違ってたりするので、相方がどう思ったか、どう考えたか 興味深い・・てなことに惹かれて「六月のハナヨメ」となってからもうすぐ27年。相変わらずああいえば、こういう。ああでもないし、こうでもなくて。

▲そんなことはともかく。
映画は1942年ナチス占領下のパリが舞台。(実話に基づいて描かれているらしい)ドイツ資本の映画会社コンティナンタルにレジスタンス活動のため、あえて入社した助監督ジャン=ドヴェーヴル。コンティナンタルの誘いを頑なに拒み自分流を貫く脚本家ジャン・オーランシュ。
この二人のジャン、映画への情熱以外は違ったタイプなんだけど、対独協力を迫られる中で、二人共 映画への愛を捨てることなくそれぞれのやり方で「抵抗」を続ける。
「レセ・パセ」とはフランス全土を検問なしで横断できる通行許可証のことだそうだ。

▲脚本家のオーランジュは恋多き男で、複数の恋人のところを転々としていて。
一方ドヴェーヴルは空爆が激しくなって妻子を田舎に疎開させるんだけど、仕事の合間にパリから妻子のいる村まで、なんと片道385kの道のりを自転車で向かう。元競輪選手だというドヴェーヴェルの自転車で走る姿がいい。瑞々しくうつくしい野や山を夜を徹して走り続ける姿がもうなんとも言えず。その背景には大好きなビゼーの『真珠採り』(byティノ・ロッシ) が流れて。(観終わったあと このチャプターだけ何回も観てしまった)

▲もう一曲 劇中何度か流れるシャンソン「時のすぎゆくままに」(原題はレセ・パセ)はこの映画の脚本を監督と共同執筆のジャン・コスモが歌詞をつけたものだそうだ。
「時の過ぎ行くままに/日々の流れるままに/風の吹くままに」「でも愛だけは見失わないで/人生を見失わないで/喜びを見失わないで」
愛も人生も。
そして表現も自由あってこそ。
どうか「自由」に「通行許可証」が要る時代など再び来ることのないよう、と つよく 思う。
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by bacuminnote | 2006-06-03 21:48 | 映画 | Comments(0)