いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2006年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧

▲一昨日は久しぶりにたくさんの洗濯物を「外で」干した。
雨続きでここ数日は仕方なく乾燥機を使ってたけど、やっぱり外でお日さん浴びてるシャツやパンツを見てると うれしくなる。訪れる友人たちはたいてい「たったこんだけ?」と言う我が家の洗濯物だけど、この日は大物小物、庭いっぱい広げて干した。
そのあとスーパーに行く途中 信号を待ってるあいだに、
ふとみあげたマンションの どのベランダも洗濯物とお布団でいっぱいだったから。
あちこちで山盛りの洗濯ものを干す 見知らぬ人たちの姿を想像して、なんかおかしくなって一人笑ってたら、
あっ、しらんまに信号は青。

▲けど、晴れた、乾いた、と喜んだのもつかのま、翌日はまた雨の一日となった。
しかも「またかぁ」などと気楽に言うてられへんくらいに、各地で ものすごい雨。被害も大きかったようだ。この前の大雨のときは信州もたいへんだったらしい。かの地の友人は松本に出た帰り道、電車が停まって、急遽お家の方に車で迎えに来て貰ったと電話で話していた。道中、片側通行や泥水や石が流れ込んでいるところもあり、もう少し遅かったら通行止めにあってその日のうちに帰れないところだった、と。

▲雨とその被害で通行止めの経験はないが、信州では雪の季節に、こういうことがよくあった。
わが家も子どもの病院通いで松本まで出るとき、だから慎重に慎重に予定をたてたものだった。
「自然」は人間の都合で存在してるわけじゃない、という当たり前のことを こんなときに改めて思う。
濁って太く荒く流れてる来る川は「怒り」の表情で。ニュースの映像は、川のすぐそばで育った子ども時代に 何度となく見てきた像と重なって つよく迫ってくる。

▲そうして一夜あけて、今日も降ったりやんだりの一日で。
窓の外がこんなんやから。
わたしの肩も痛むし、ふたりの母からも足が、腰が、あちこちが痛いと電話がかかる。
友だちの声もしんどそうやし、メールも重い。
黴くさいお風呂やすだれも。じめじめの畳も。家の中に干した洗濯物も気分を重くさせる。
ああ、早くからりと晴れた夏空が仰ぎたいな、と思う。

▲けど、そんな梅雨の合間の青空みたいなところが ひとつある。
それは肩を診てもらってる整骨院。場所柄、どこか痛いとこ持ったひとが集まってるのに。そしてほとんどはお年寄りなんだけど、いつもだれかの笑い声が響いてる。わたしも行くたびに一回はおっきな口あけて笑って帰る。
加えて。
何かおもしろい話もひとつはひろって帰る。そして夕ご飯食べながら、相方と息子にリポートして(笑)もう一回笑う。

▲今日は「試着室で試着中にぎっくり腰になって救急車呼んだ」というおっちゃんの話が 「センセ」を待ってる間に、カーテン越しに聞こえてきた。
ぎっくり腰の痛いのも知ってるし、試着室でこむら返り起こしたこともあるし(苦笑) 他人事とは思えない出来事だけど、
想像するとおかしくて、おかしくて。「おっちゃん、ごめん」と思いながらも 治療台の上で声をころして 笑った。
せやから。
こんどもし小説書くんやったら
舞台は絶対 整骨院や と決めてる(笑)
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by bacuminnote | 2006-07-24 23:44 | Comments(0)

Eureka!

▲洗濯物を干しながら、買い物に行く道すがら、台所に立って、お風呂洗いつつ。
相方と息子に、かかってきた電話で、出会うひとごとに。今日も一日何回となくぼやいた気がする。
暑い。暑すぎ。たまらんなあって。
だから、夜 9時を過ぎてちょっと風が入って 涼しくなると心底ほっとする。
そうして、もっと風を感じたくて窓際に立つ。

▲窓のむこう、夜の木々たちは昼間のそれよりも何だか圧倒的な存在感があって。濃い緑の隙間から近くのマンションの灯りが
ぽつぽつ覗いて見える。
白く長く光ってモノレール4両は、家路へとむかうひとたちを乗せて夜の中を走ってゆく。ああ、すずし。いくらエアコンがなんたらの森やら高原の風と名付けようとも、やっぱり自然の風には勝てへんわね。

▲森、といえば、夏休み前ということもあってか、広告に「アウトドアには・・」という文字をよく見かける。
今更言うのも何だけど、わが家はインドア派である(ただの出不精、ともいう・・苦笑)
それでも昔。
「よし!キャンプに行こう!」と家族で盛り上がってたこともあった。
そもそも 子どものときはともかく、大きくなってからは相方もわたしも どっちかというと明るい場所より暗いところを好んできたし(苦笑)キャンプの経験もほとんどないに等しく。そのくせテントはやっぱ Eureka! (ヨーレイカ) が色がキレイ、とか言うて・・カタログ広げて無邪気にはしゃいでた。

▲たしか上の息子が小学3年のときだったと思う。信州に(その頃は滋賀・愛知川に住んでいた)初めてキャンプに行くことになった。真新しいテントはEureka!の。(しつこい・・)グレイに深いワインレッド。いや、色やデザインの話はとりあえず横に置いておいて。
設営の仕方を「おさらいしておかんとな あかんな」ということになって、夕方 パンの仕事を早々に終わり(夏のパン屋はヒマ)近くの運動公園に親子三人繰り出し、設営の練習をした。

▲夕方とはいえ、まだまだ陽は高く。暑い運動場、炎天下のキャンプごっこの親子は、どう見ても滑稽である。いや、しかし、本番でうまくできないとイカン、と本人たちは真剣。汗かきながら時々マニュアルみながら、出来た!出来た!おおお~余裕。余裕。結構 簡単やん。と家に帰ってビールとお茶でカンパイした。

▲で、いよいよ夏休みになって、いざ出発。一日目はおどろくばかりに、さっさかさーとテント設営もできて「やっぱり、あの練習のおかげやなあ」とビールとジュースでカンパイした。ところが、二日目場所を移動してのキャンプ。何故かうまくいかず、だんだんあたりが暗くなるわ、風は出てくるわ・・で、焦って「あんたが悪い」「お前がまちがってる」と フウフでののしりあう、というおきまりのコース(苦笑)
一方「火の係」の息子もなかなか点火せず。
「もう休憩したら」と何度言ったことか。持って行った団扇がボロボロになった頃、ようやく着火!

▲すっかり遅くなった夕ご飯。
よそのファミリーキャンパーはたいていバーベキューや鉄板焼き。お肉の焼けるいい匂いと、笑い声。キャンプサイトもなんだかゴーカだし。それに比べて我が家が自慢できるのはEureka!(しつこい)だけ。テントと火の一件ですっかり意気消沈してたし。それでも、信州の友人特製の虹鱒の薫製・ベーコンに取れたてのきゅうりとなすび。家から持参した自家製の味噌・・・地味ながら、充実の夕ご飯(と、わたしは思ってたけど、あとで聞いたら息子は「バーベキュー家族」がうらやましかったらしい)

▲その後 丸二日雨に降られたけど、最終日にはきもちよく晴れ、テントにも慣れ、初めてゆっくりたき火を楽しんだ。小枝がぱちぱち燃えるさまにじっと見入った静かな夜。
よかったね。また来よう。と、珍しくけんかもせず、言い合った気がするのに。
それから、だれも「キャンプに行こう」とは言わなかった・・・なあ(笑)

▲もっとも、そのときは遠かった信州に、しかもその地よりも もっと遠くもっと高い所に、その2年後にはキャンプではなく家ごと引っ越してしまったのだけど。
結局あの数日のキャンプ以後、使わなかったテントは滋賀から開田高原に持って行ったものの、彼の地での暮らしはそのままアウトドア・ライフの世界の日々で。二階の物置に上げたきり使わないまま、また次の引っ越しとなり(苦笑)友人でもある次の住人に託して来た。
そういえば。
Eureka!とは 「わかった !」って意味だった。
なんだか意味深い。
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by bacuminnote | 2006-07-14 20:43 | 出かける | Comments(0)

ああ、ええ風や。

▲蒸し暑い日が続く。
こういう日はわたしもウエットに、そして おこりっぽくなってる気がする。
散らかってる部屋に、乾かない洗濯物に、寝ころんで本を読んでる相方に。途中で嫌になった押し入れ掃除。母の愚痴。重い掃除機。脱ぎっぱなしの息子のソックス。また痛み出した肩。
そして、新聞の一面飾るノーテンキなおっさんたち。
いやいや、最後の二人はともかくとして。何でもかんでもケチつけたくなって。イカン、イカン。

▲寒さにはちょっとだけキャリアもあって結構強いんだけど、そもそも暑さには弱い。
子どもの頃から夏の日の朝の会には、くらっと来て「保健室組」だったし、アイスやかき氷 食べるのが誰よりも早かったし。(って、関係ないか・・笑)
まあ、そんなこんなで悶々としてるうちに、気がつけばもう7月。
大阪に戻って3回目の「夏に喘ぐ」が始まった。

▲それでも、夜も8時を過ぎる頃になると 今はまだ涼風が窓からすぅーっと流れるように入ってくる。
これ、これ、この風がすき。
この風に故郷 吉野を思い出す。吉野川畔に吹く風。
その昔、わたしがまだ小学生の頃のこと。 旅館をしていた我が家から夏になると鮎舟が出ていた。

▲夕方お客さんが浴衣に着替えて、次々屋形船に乗り込む。冷えたビールやお酒や料理をぼんさんが運び入れ、仲居さんたちは太鼓や三味線を積み込んで。「ああ、暑ぅ」と団扇ぱたぱたさせると、汗と白粉と香水が混じったような匂いが飛ぶ。それから着物の裾をちょっとあげて乗ったのを 確かめると「ほな、行きまっせ」と船頭さんが舟を漕ぎ出す。

▲舟が出ると、旅館の中はさっきまでの騒ぎがうそのように しんとして。
母は玄関に残った下駄を片付けて「ああ、行った、行った」と
邪魔者追っ払ったみたいに(笑)豪快に伸びをする。
それから、川のほうを向いて決まって言うのだ。
「ああ、ええ風や」

▲そういえば、一度だけこの「舟遊び」に親父が「乗せたろ」と言うてくれたことがあった。
「お客さんのとこに子どもは出たらあかん」といつも見てるばかりだったから、大喜びで乗り込んだ。
川下に下ってしばらくすると、舟の動きが止まり 船頭さんが鮮やかな手つきで、ぱっと網を投げ込む。
そうして、捕った鮎や「はいじゃこ」を川原で焼き、フライにするのだ。
「今日は特別や。ほれ食べてみ。うまいぞ」と親父が焼きたての鮎と揚げたての「はいじゃこ」をお皿に入れてくれた。
そのおいしかったこと!(今も鮎の塩焼きは大好物だけど、あのときの鮎には届かない気がする)

▲台風が来ると、母が船頭さんに電話かけて頼んで集まってもらってた。「ほんまに すんまへんなあ」と何度も電話口でおじぎをしていた姿を思い出す。
どんどん川の水かさが増える中、みんなカッパ着て五艘の舟を順番に道端まで上げている姿は、子ども心にも「人も舟も流されないか」とはらはらした。

▲その後、船頭さんをしてくれる人が年をとり なり手もなく、いつからか舟は道に上げたままになり、鮎舟も終わった。
そうそう、あとに残った「鮎狩り」と書かれたチラシはわたしの落書き帳になった。裏に宿題の計算やマンガを描きながら帳場で、母の仕事の遅い終わりを待っていたものだ。
さっき母と電話で舟の話をしてたら、チラシの図案とその焦げ茶色のインクを思い出した。記憶の糸って不思議やなあ。
それは屋形船のまわりに鮎がぴょんぴょん飛びはねている図。たぶん ええ風 吹く中に、ね。

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by bacuminnote | 2006-07-03 00:23 | yoshino | Comments(0)