いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2006年 10月 ( 4 )   > この月の画像一覧

▲ここに越してきてもう三年近くになるけれど、二階に放り上げた段ポール箱がまだ散乱したまんまだ。「また引っ越すかもしれんしなあ」と言う相方に、七回の引っ越しを思い出してはため息つきつつ それでも ちょっと(そう、ちょっとだけ)箱を開けたり閉めたりしてたんは一年目まで。
今は、もう、この未整理の荷物抜きで十分成り立ってる日常(苦笑)を思いながら、見て見ぬふりを決め込んでいる。
いやあ、ほんまに生活に必要なモンって そんなに多くは ないんよね。

▲そういえば、この間モンゴルの遊牧民の一家のお話『天空の草原のナンサ』という映画を観た。モンゴルの草原の中の一軒(というのかな)のゲル(移動式住居。よく言う"パオ"というのは中国語の呼び名"包"に由来するそうだ)に若い夫婦と六歳の少女ナンサ、それに彼女の妹弟が暮らしている。

▲季節の変化に合わせて移動しながら暮らすのだから、文字通りのシンプルライフなんだけど、白いゲルの中、色鮮やかなデール(遊牧民の民族衣装)が映える。 やさしいお父さんお母さんの眼差しがすぐそこにあって、小さな子どもたちが団子のようにくっついて遊んだり、寝ている姿がかわいくて、かわいくて。そんなようすを見ているだけで涙腺がゆるむ。

▲ある日ナンサは母親にたのまれて燃料にする牛糞を拾い集めに行く途中、洞穴でかわいい子犬を見つける。さっそく犬にツォーホルって名前をつけてナンサは家に連れて帰るんだけど、お父さんは飼うことに反対されて・・・と話は展開してゆく。

▲どこまでも続くみどりの草原、透き通るような青い空のもと、羊を放牧し、家畜の乳からチーズを作り、牛糞で肉をあぶる。簡単な型紙を使って子どものデールを縫う。次々と自然に流れるような手仕事をわたしはうっとりと眺める。

▲だけど、ナンサの家の暮らしの中にも変化は起きている。
お父さんが町に羊の皮を売りに出かけて(バイクで!)おみやげに買って来たものは、妻にはグリーンのプラスチックの柄杓、子どもたちにはピンクの動く犬のおもちゃだった。町に住む親戚には、学校に通うためにナンサを預かってもらう話もしてきたようだし。妻に「町に出て働こうか」ともちかけたりもする。

▲こうして順番に子どもたちが学校へと出て行き、いずれ ゲルの中は夫婦二人になるのだろうか。
そのころには、もしかしたら町での暮らしを選択するかもしれないし。「伝統」と「近代化」はこれからもっともっとぶつかってゆくのだろう。

▲「今」への疑問や不満の話のあとに、よく「昔はよかった」「古き良き時代」なんて言葉を聞くにつけ、ちょっと、ちょっと。古い「悪しき」時代は忘れてしもたん? と 腹立たしい気持ちになるわたしなんだけど。

▲劇中チーズを作る行程を見ながら、この一見面倒くさい作業のひとつひとつは 忘れたらいかんと思った。
監督はインタビューで「私の願いは、古いものと新しいものが互いに学びあい、それぞれを尊重しあって共生していくことなのです」と語る。

▲そう !古く「悪しき」ものは終わりにして、「良き」ものを残してゆくには、どうしたらいいのだろう。
「便利」や「簡単」には落とし穴があることを、快適な暮らしが当たり前の日々を送る子どもにどうやったら伝えていけるだろう。それに、この映画に描かれるお父さんの仕事、お母さんの仕事に、男女の役割のことも。
なげかけられた問題はいっぱいある。

▲映画の最後の方で次の場所に移動する場面があるのだが、ゲルの解体は圧巻。ここにはいろんな知恵が集まっているのだろう。(上記リンクの公式サイトの上・右端にあるゲルの絵をクリック→一家の写真の背景の左あたりをクリック→「ゲル」の文字をクリックすると、その解体のシーンが再現されている) みるみるうちに「家」はコンパクトに たたまれる。その無駄のなさに 我が暮らしを思い わたしは頭を垂れるのだった。


* 追記 *

*パン屋をやってた頃、モンゴルに住むパンのすきな若い日本人の女の子からメールをもらったことがあります。
ここまで宅配は無理ですよね?(笑)なんて書いてあって、おどろいたりうれしかったり。
当時、シカゴに住む方からもメールをいただいたあとだったので
「麦麦はインターナショナル!」なーんて自慢して回ったもんでした(笑)

*モンゴルはウランバートルに住む彼女とは その後もときどきメールをやりとりして、彼女が草原の馬にあこがれて(実際、馬乗りの案内役もしてはった)モンゴルに行ったことや、むこうでの生活、パンを焼くことなどをたのしく読ませてもらいました。わたしは食べられないから、せめて家族に・・とおっしゃってご実家にパンのご注文をいただいたこともありましたっけ。
あわただしくパン屋の廃業や引っ越しで連絡はとぎれてしまったんだけど。

*だから
この映画観ながら、ずっと w さんのことを思い出していました。
どうしてはるのかなあ?
もし、これを読んでくださってるとしたら・・・お元気ですか?パン焼いてますか?

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by bacuminnote | 2006-10-30 14:17 | 映画 | Comments(0)
▲秋晴れのきもちのよいお天気が続く。
散歩日和。行楽日和。そして洗濯日和。
あんまり服を持ってへんってこともあるけど「服を着替える」ということが少ないわが家の面々ゆえ、日々の洗濯物はよそ様に
くらべたらうんと少ないらしい。
けど「干した洗濯モン」がすきなわたしは、廊下に立つと ついつい用事の途中ということも忘れて、庭で数少ないパンツやシャツやタオルが きもちよさそにゆれてるのをしばしぽーっと眺め、そして空を見上げる。

▲この間、新聞にその名も「干し物の眺め」というエッセイが載っていた。書き手の黒井千次氏は散歩しながら「洗濯物の干し方が変わった」ように思う、と言う。「かつては、シャツやパジャマのような衣類は、物干竿に袖を通して腕を大きく拡げる形で干されていた」のに・・・と。
そういえば、そんな干し方をした洗濯モン 長いこと見てないなあ。

▲一番には干し場が狭くなったこともあるんだろうけど、昔は今みたいに洗濯が簡単じゃなかったから洗濯籠に入れようとしたら「まだ着られるやろ」(笑)って怒られたし、圧倒的にその量も少なかったんだろうと思う。もちろん、あんな風に干す方が断然乾きやすいしね(脱水機なんてものもなかったわけだし)

▲干し場の眺め、といえば忘れられない光景がある。
子どもの頃のうちの庭。 物干し竿に両手を拡げた浴衣が 何枚も何枚も泳ぐように川風にゆられてた。
いまはどこの旅館もクリーニング業者さんに出してはるんやろけど、その頃は大きいところは別にして、うちくらいの旅館ではたいていは家で洗濯していたのだと思う。
いつだか『オードリー』というNHKの朝のドラマで 昭和30年代の旅館の女将さん役の大竹しのぶが女中さんの君江ちゃんの藤山直美(←大ファンです)と二人で浴衣のアイロンがけしてる場面があって、ものすごく懐かしかった。

▲糊付けした浴衣は乾いてくると、ゆらゆら というより ぱたぱたとゆれるんよね。
せやから、あっちでもこっちでも ぱたぱた 浴衣がブランコしてるみたいでおかしかった。
取り入れた浴衣は母が畳む。わたしも手伝いたくて横にすわってじっと見てるんだけど
「こうやって おくみとおくみを合わせて・・・」と何枚も見てるうちに、こんがらがってわからなくなる。その内ひも(五角形に巻いていく)だったら、と教えてもらって手伝ったもんだ。

▲淡いブルーグレイと白の細い横縞の浴衣、こげ茶色の紐・・・その頃のうちの浴衣、糊のぱりっときいたそれをまだ50枚ほどは そのまま置いてあるねん、とさっき電話で母。
旅館をやめてもう何十年にもなるのに。何をするつもりでもないんだろうけど、母の中にもあの干し場の眺めはいまもきっと鮮明に生きているのだろう。

▲昼下がり、洗濯モンを眺めてるうちに、そうそう と思ってこれを書いたり、母としゃべったりしてるうちに、いつのまにか外は日が落ちて、気がつけば あたりはすっかり暗くなった。
あ、せや。
洗濯モン・・入れるの忘れてるやん!

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by bacuminnote | 2006-10-20 19:15 | yoshino | Comments(0)

baby blue sky !

▲ここ数日 朝晩急に冷え込み始めた。 道ゆけば、秋の陽差しはやわらかく 空はだいすきなベビーブルー。金木犀の香りがあちこちからあとを追ってくる。通りの家の二階 窓にゆれる色あせた簾(すだれ)が なんだか みすぼらしく見えて・・・そういや、うちも簾や葦簀(よしず)や扇風機に団扇、そろそろ片付けんとなあ、と思うのだった。

▲けど、
使わないものでも結構出しっぱなしで 整理整頓のできていないわが家なのに「季節もん」の仕舞い忘れに限って、何故そんなに気になるんやろか・・・と、この間ここにも書いた「四季」についてぼんやり考えながら歩く。
そもそも わたしは人といて「黙っている」ということができないタチ(苦笑)ゆえ、たまにはひとり口を閉じ、こうして静かに歩く時間もいいものだ・・・なぁんて思ったりするのも「秋」だから、かな。

▲この間、二十数年ぶりに東京に行った。
甥の結婚式に出席するため またまた我が四姉妹「枯草物語」とプラスワン(母)が集うことになった。
♪ うちら陽気な かしまし娘~ (って、こんな歌知ってる人は年がわかる) どこに行ってもうるさいことだ。そして久しぶりに会う 成長した甥や姪たちに、その陽気な「枯れ草」がみな同じ顔をしていると笑われるのであった。

▲もはや結婚式も告別式もその道のプロがプロデュースする時代になったようで、司会者の弁もなめらかで、昔のように友人の司会を「とちらないか」と心配することもない。
反面、ショーを見ているような気分もあって、なんだか落ち着かなくて・・・と、まあ いろいろ思うところはあったんだけど。
何より、もうたまらん、というくらいの笑顔がまぶしい若いふたりと 長いこと女一人 泣いて笑うて 踏ん張って この日を迎えた新郎の母である姉の嗚咽には「ケッコン式なんて」と ぼろくそに言うてた鬼(→わたし)の目にも涙だった。

▲この結婚式の他にも、東京では息子のアパートをのぞき、職場も訪ね、そのおもしろくて 感じのいい仲間たちとにぎやかにお昼ご飯も食べて。
田舎モンのわたしは広い東京でうろうろ、おろおろしつつも いつのまにかすっかり大人になった息子に「親ばか」視線な秋の一日。

▲夜遅くに大阪に着いて、翌日は旧友うらたじゅんの作品集『嵐電』の出版を祝う会。
東京では つげ義春氏も来て下さったらしい出版記念会の 関西版は、友人による友人のため、とも思える(笑)同窓会のようなにぎやかでたのしい集まりとなった。
じゅんとは初めてであった18の春以来、あほなこと いっぱいやってきた。彼女を通じて知り合った友だちも数多く、思えば彼女繋がりで相方とも出逢って。
いわば、わたしのジンセイの恩人(笑)でもある。

▲初めて会ったその日、自己紹介はいきなりマンガの話だったじゅん。
どこに行くにもバッグの中には鉛筆とスケッチブックが入ってて、わたしはわたしでノートとペン常備で、二人おもいっきりしゃべったあとは それ開いて、描いたり、書いたりしてたっけ。
今や知る人ぞ知る漫画家となったじゅんだけど、その清楚で賢そうな容姿をきっちり裏切る(笑)ずっこけキャラは相変わらずで、この日もちっとも主賓らしくなく、あっちこっちにグラスを配り、料理を運び、こけそうな話をしながら(笑)動き回ってた。

▲会場を見渡せば、お金もちはみごとに誰もいない(たぶん・・)仲間たちながら、みなそれぞれ若い頃とかわらず「すきなこと」をいろんな形で続けて「豊かな」暮らしをしていることを感じて とてもとてもうれしかった。
宴が始まって6時間後(つまり、まだその後も続いたもよう)後ろ髪を引かれつつ「酔っぱらい」はじゅんと心やさしい友だち数人に駅まで見送ってもらって(方向オンチなので)みんなとハグして別れる。
帰途 懐かしい緑色の京阪電車に揺られながら 一人でも多くじゅんのまんが、じゅんの世界にくらくらしてくれるといいなあ、と思いつつ大昔 シンコン時代をすごしたまちをあとにするのだった。

* あ、恥ずかしさのあまり 一番最後になりましたが この作品集 『嵐電』に 解説を書かせてもらいました。
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by bacuminnote | 2006-10-13 16:13 | 出かける | Comments(0)
▲暑い、暑いと言うてるうちに、気がつけば10月になった。
デパートはだいぶ前からすっかり秋冬物一色で。
若いコに到ってはブーツにタイツ、ショートパンツ、ニットの半袖には毛皮が付いてたりして。・・・と、夏も秋冬もクロスオーバーした格好やし。

▲そんな中、何気なく振り返ったウインドウに映る くたびれた半袖Tシャツ姿のおばちゃん(わたし)に どきっとするも(苦笑)
ま、昔のこと思えば、夏だから、秋だから、ということもだんだんなくなって。
みな、それぞれに思い思いに すきな格好をしているのはええなあ、と 人通りを眺める。

▲ただ、こうして、いつのまにか四季のうつろいはどんどん曖昧になってゆくのだろうけれど。
暑くても 寒くても エアーコンデションされるてるわけだし。それを「当たり前」のことのように思って子どもは大人になってゆくのだし。

▲そういえば、この前「四季」について書かれた興味深い文章を読んだ。(『先見日記』by駒沢敏器・8/21「日本の夏が終わる」)
駒沢氏は「いつも不思議に思う」こととして、すし屋での会話を挙げる。

▲【常連客がお薦めのものを尋ね、職人はそれに対して旬の走りを薦める。
「何か夏らしいもの、ないかなあ」
「それならイサキの早いのが入っていますよ」
などという会話だ。そしてこのときに必ず付け加えられるひと言が「日本には四季がありますからねえ」だったりする。】

▲そのやりとりが想像していた通りの展開なので、おもわず笑ってしまった。
このあと駒沢氏は
【職人も客も、四季があるのは世界で日本だけであると、なかば本気で思っている。
考えるまでもなく、北半球の中緯度に属する国はどこにでもはっきりと四季があり、陸地の総面積は少ないものの、それは南半球の国にもあてはまる。】
と、続ける。

▲う~ん。たしかに。恥ずかしながら 結構な年になるまでわたしも「日本だけ」の四季 を何の根拠もなく「なかば本気で思って」いた一人だったし。
【アメリカ人は鮮やかな紅葉に秋の到来を、やがて来るクリスマスのことを想い、フランス人であれば焼き栗の香りに冬を抱きしめる】・・と、彼が言うように
当たり前のことだけど、それぞれがそれぞれの場所で季節を感じ、たちどまり。
俳句に、詩に、歌にきもちをのせるんよね。

▲服の話にもどって。
いまも四季がはっきり存在するのは着物の世界で。それは四期どころか、もっと細かく分かれているらしい。
けれど、着物の美しさはその細かな「きまりごと」ゆえに守られているのかもしれない。
それに、もしかしたら「きまりごと」にしばられる快感、というのか、決められた中での自己主張の愉しさ、というのもあるのだろうか。

▲だけど。
そもそも「きまりごと」って、はじめは、それなりにきちんと理由のあったはずのものが いつのまにかカタチだけ残って、従う方も「何故かよくわからへんけど」「昔からそうやし」「皆してはるし」・・・となってる気もして、ひっかかるんやけど。

▲さて。
お店にはもう来年のカレンダーや手帖が並び始めている。
ふと見上げたカレンダーはうすっぺらで。ちょっとあせってる自分が何だかおかしい。
ほんまに一体何を焦る、というのだろう。

▲すきな映画に『藍色夏恋』という のがあるんだけど、その中で終盤、主人公の高校生の女の子と男の子が夏休みのあれこれを思いながら「夏も終わりなのに何もしていない。ただ走り回っていただけで」 と 話してた場面が浮かんでくる。
あ~あ。 いくつになっても、夏休みのあとの高校生の気分なんやなあ。

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by bacuminnote | 2006-10-05 23:53 | 本をよむ | Comments(0)