いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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ひなあられ。

▲毎日 冬と春をはげしく行き来している。今日は「春」の番。
絵はがきみたいでちょっと気恥ずかしいくらいに真っ青な空と満開の梅のピンクを見上げて 大きなあくびをひとつ。
洗濯物は今日もはやく乾きそうだ。

▲この間「お雛さん」をかざる。いつも通り『裏店(うらだな)や たんすの上の 雛祭り』(高井几菫)なんだけど。それでもふだんは「かわいい」物のないわが家が、なんだか いっとき華やぐ気がする。
ひな祭りといえば、子どもの頃 通っていた保育園では この日の給食はちらしずし、と毎年決まってた。友だちはみな楽しみにしていたけど、当時わたしはおすしが大嫌いで。だから、その日の朝は憂鬱でならなかった。

▲近所の子たちが「行こか~」と誘いに来てくれてるのに、いつまでもぐずぐずしては親に怒られた。
それでなくても、親は朝から ちらしずしの準備に(そう、ウチが納品するのだった)大忙し。けど、嫌々ながらも登園したのは「おすしが嫌いやから」と休むのは、子ども心にも親に悪い気がしてたからかなあ。それとも、おやつのひなあられがほしかっただけだったのか・・・。もう遠い日のことで忘れてしまったけど。

▲ひとつ覚えているのは、この日友だちの女の子がぽりぽりひなあられを食べながら
「なあ、くん坊って、ほんまは男の子なん?女の子?どっちやの?」 と、聞いてきたことだ。
ここには何回も書いてるけど、四人姉妹の末っ子のわたしは「男の孫がほしかった」おじいちゃん、おばあちゃん、その他みなさんの意向で(苦笑)その頃は刈り上げ頭に半ズボン姿。
それはボーイッシュなんて生やさしいものじゃなく、男の子そのまんまだった。
だから呼び名も「くみちゃん」ではなく「くん坊」で。とはいえ、ほんまも何も女子だからして(笑)並ぶときも当然 女の子の列だったけど。

▲この日、センセや子どもたちが繰り返し言う「女の子の節句」に、普段から不思議に思ってたことを その子は聞いてみたくなったのかもしれない。
今なら大笑いの無邪気な質問も、当時のわたしの胸の内はどんなだったのかなあ、とふと思う。
男の子みたいなわたしを家族も、近所のおっちゃん、おばちゃんも(今でも「くん坊」と呼ばれたりする)みなかわいがってくれたし、わたし自身も男の子の格好は気に入ってた気がする。
けど。
なんで、女の子ばっかり4人つづいたら あかんのん? なのだ。

『手に受けて 少し戻して 雛あられ』(鷹羽狩行「俳句研究」07,3月号)

* 追記 *

その1
おひな祭りって「女の子の節句」と思いこんでたけど、元々は5月5日の端午の節句とともに、男女の区別なく行われていたものらしい、です。

その2
子どもの頃は 家中に充満する酢のにおい、母の割烹着に染みこんだそれに むせてましたが(苦笑) なんと、いまでは おすし(にぎり )は大好物。
せやから 「すし食べに行こう」というときは誘ってください(笑) 
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by bacuminnote | 2007-02-27 19:36 | yoshino | Comments(0)

もう一杯 お茶を。

▲昨日から冷え込んできた。
足下からじんじんくる冷気なんてひさしぶりのことだ。寒いのはいやだけど、まだ二月なんやもん。あたりまえ。せや、今夜は鍋にしよ、とひとりごと。
相方の友だちが畑に行って来たからと届けてくれた、見るからにみずみずしく力強い野菜をたっぷり。少しのお肉(→息子は「これだけ?」と不満気)と豆腐をいっぱい。みるみるうちに部屋もあったまって、ほてったからだに つめたいビールの一杯(一杯というのはうそやけど)が ああ おいし。

▲わたしの両親はお酒を飲まなかったので、ふだん食卓に酒瓶がのぼることはまずなかった。そのかわりいつもあったのが魔法瓶にいっぱいの甘い紅茶(笑)
この話をすると「田舎育ちやのに、ハイカラな家やってんねえ」と言われるけど、そんなかっこええもんやなくて、ただ父が日本茶より紅茶のほうがすきだっただけ。お茶っ葉も田舎で手に入る日東紅茶の紫か青缶だったし。それに今思えばずいぶん大胆な入れ方で、ほとんど麦茶をわかすのとかわらなかった。しかも砂糖入りやし、ね。

▲お茶といえば、旧友にとてもうまいお茶を煎れてくれるひとがいる。
学生時代 お寺の娘である彼女の九州の家に初めて遊びに行ったんだけど、あるとき茶の間でおとうさんとわたしが二人きりになることがあった。おとうさんは とてもシャイで無口な かたなので、この「二人きり」というシチュエーションに(笑)ちょっと困ったな、という風だった。
一方「黙ってる」のが苦手なわたしは、彼女と一緒に住んでいた京都の下宿の事、ジッカの話、果ては羊羹の話(おうちから彼女への荷物によく虎屋の羊羹が入ってた)まで、思いつくこと次々に話すのだけれど。
ことばのちがいもあるからか「ほー」「へぇー」で、ことごとく、あっけなく話は終わってしまうのだった。

▲そうして、しばし気まずい沈黙のあと、おとうさんが「お茶でもいれるけん」と立ち上がった。
うちの父はそんなことしてくれたことがないので、びっくりしながらも、手慣れた様子で用意しはるのを眺めた。そして「さあ」と差し出されたお茶がほんまにおいしかったので、わたしは二重に感激した。
「もういっぱいどうか?」と聞かれては 調子にのって「はい。おいしいです」と何回もお代わりをしてたら「あんたも お茶のみじゃのぉ」と三煎目くらいまでは にこにこしてはったおとうさんも、そのうちめんどうくさくなったのか「あとは自分でいれなさい」と とうとう席を立ってしまわはった。

▲いつも下宿で彼女がいれてくれるお茶がおいしくて、それに何より「ついでくれる」タイミングが絶妙で、わたしにはまねできないなあ、と感心していたんだけど。ああ、ふだんからこんな風にお茶をたのしんでいたのだな、と思った。
この家では「お茶」は紅茶ではなく緑茶だったのだ。
その後も何度となく彼女の家におせわになり、彼女もまたわたしんちによく泊まりに来た。
大分の海辺のお寺と奈良の山間部の商家。その環境のちがいは お互いに刺激的でたのしいカルチャーショックがいっぱいあった。

▲そうだ。
わたしがケッコンしたとき、彼女のおとうさんからのおくりものは 宝瓶(ほうひん→持ち手のない急須)と湯冷ましだった。
備前焼の宝瓶は蓋のつまみがざくろになっていて渋くてとてもいい感じ。
あの日のことを覚えててくれはったのかなあ、と、うれしかった。
それでも「ポット紅茶」育ち(苦笑)が 朝一番 いれるのは珈琲と共にポットいっぱいの番茶で。
「おくりもの」はわたしのだいじな宝物。
桐箱の中でまだねむっている。
あ、そういえば、いま思い出したけど
彼女のケッコン祝いに わたしが贈ったのは ティーカップだった気がする。
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by bacuminnote | 2007-02-19 14:32 | Comments(0)
▲今年になってまだ一ヶ月ちょっとすぎただけなのに。
お正月がずいぶん前みたいな気がするのは、庭の梅がいつもより早くほころび始めたり、毎日春のようなお天気が続くからかなあ。そうして、今日もぽかぽか陽気が「外に出ておいで」と出不精のわたしを誘う。
『ただ歩く。手に何ももたない。急がない。気に入った曲り角がきたらすっと曲がる』とは長田弘氏の詩の一節だけど、わたしには これがなかなか難しい。

▲たいていは図書館に、レンタルビデオの店に、バゲットの焼き上がりにあわせてちょっと遠くのパンやに・・・と、まず何か「用事」があって重い腰を上げる。それでも、いざ家を出て歩き始めると気分は爽快なのだ。わたしって歩くのが結構好きかも~などと 思ったりする。(相変わらず単純)
公園ではゲートボール。点が入ったのかお年寄りの歓声が上がる。幼稚園のこどもを見送ったあとも立ち話の終わらない若いママたち。ベビーカーの中 着ぶくれた赤ちゃんの寝顔。団地の無数の窓、風にゆれる洗濯物、いっぱい並ぶ植木鉢、家庭菜園。バナナにみかん、玉葱、じゃがいも、それから ふっとい大根・・・道端にいっぱい箱広げてる八百屋さんの豪快な笑い声が響く。

▲そうそう、ときには「気に入った曲がり角」にきて「すっと曲る」こともある。
だけど、自他共に認める超・方向おんちであるからして、そのうち帰り道がわからんようになる(やっぱり)。そんなときは、遠くから初めてここに来た・・みたいなふりして、ひとに道を何度もたずねるのが常套手段だ。(わたしがすぐ近くの住人だとわかったら、きっと呆れはる やろな)
おかげで、ちょっと散歩のつもりがいっぱい歩くことになるんだけどね。

▲加えてイカンのは、行きはバッグひとつなのに、帰りにはついついスーパーに寄って「ついでに」と、夕ご飯の買い物なんかしてしまうこと。だから両手いっぱいの荷物抱えて「ああ、しんど」と ため息と共に帰宅することになることも多い。
そういうわけで「ただ歩く」「手に何ももたない」「気に入った曲り角がきたら すっと曲がる」散歩は わたしにとってまだまだ
あこがれ だ。
そういえば。
長田弘氏はこうも書いてはる。『この世でいちばん難しいのは、いちばん簡単なこと』と。

▲先日『ククーシュカ ラップランドの妖精』という映画(DVD)を観た。舞台は1944年第二次世界大戦の末期 フィンランドの最北ラップランド。フィンランド軍はドイツ軍と同盟を結びロシア軍と戦っていて、それぞれの理由で置き去りにされたフィンランド兵とロシア兵を、そこに 夫を亡くしひとり暮らしている先住民族サーミ人のアンニが助けるのだが。フィンランド語、ロシア語、サーミ語と三人三様の言葉はお互いにちっとも通じることがないまま、三人の共同生活が始まるのだった。

▲映画を観ているわたしは字幕を読んでいるので、三人がどういうことを言うてるのか、なぜ怒ってるのかわかるけど、彼らは言葉によるコミニュケーションがとれないまま、しかし(かといって「話す」こともやめず)めいめいが勝手にしゃべって、勝手に解釈して、話は何も通じていないままそれでも「話」は進んでゆく。このあたりのことを説明するのはむずかしい。
けど、ストーリーはよくある「言葉のちがいを超えて心が通じ合う」なんて風には かんたんに行かないところが もどかしくも、おもしろい。

▲誤解は解かれないまま、お互いの気持ちも ちぐはぐなままの彼らの共同生活の中で「通じ合う」のは未亡人のアンニが二人と交わるところだ。「ごぶさた」のアンニの欲情ぶりはみごと(笑)
いや、ほんまにもう これが じつにおおらかで。セクシーというよりはちょっとおかしくて愛らしく。
それに、何より いとおしくて。
「生きる」ことのすばらしさをしみじみと思う。
そうしてあることがきっかけとなって、敵対していた男ふたりも ぎくしゃく することがなくなる。やがて戦争は終わり・・・続きは(ああ、書きたい!けど)ぜひ観てください。
(映画の公式HPの日本語版は終了しているので上記リンク先は英語版。原題は英語では『THE CUCKOO 』カッコーはアンニの本名でもあり、狙撃兵を表す隠語でもあるそうだ。)
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by bacuminnote | 2007-02-09 10:49 | 映画 | Comments(0)