いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2007年 03月 ( 3 )   > この月の画像一覧

▲ぶ厚いコートはもうクリーニングかな、と思っていたら真冬の日が戻って。でも、ここ数日の陽気は「ほんまもん」やろか。お布団干したり、毛布やカバーを洗濯したり、拭きそうじしたり。長いこと「またこんど」と済ましてきた あんなことも、こんなことも すいすいできるきもちのいい朝。もちろん窓の外はブルースカイ。春の光がまぶしい。

▲先日、息子(その2)が(その1)の住む東京へと出かけたので、相方と二人きりの数日を送った。生まれて二ヶ月後から医者通いが始まり、病院までうんと遠い山の中に在って、心配ばかりしてきた下の子も、去年は眼科に一回行ったきり。いつのまにか相方やわたしのほうが健康保険証を使うことが圧倒的に多く、息子はそんな親の「過ぎる」心配から解放されたい年頃になったようで、感慨深い。

▲そんなわけで、東京に行ったその日の夜、相方と天ぷらを食べに行く。
思えば、ふたりで外食なんて14~15年ぶりのこと。日頃から座り込んでは、よくしゃべるフウフだけれど、外で向かい合って座るのは落ち着かなくて。それでも、次々に揚がってくる天ぷらをほおばりながら生ビールをのんでいたら、ああ、シアワセ、とキンチョーも解け(笑)いつの間にか「ふだん」に戻る。

▲黙々と食べていた間、二人とも気になってたのが 隣席から聞こえる会社員グループの話とわかって笑う。新入社員二人を上司一人で歓迎会のもよう。「会社」に縁のないわたしらには、時折漏れ聞こえる会話がドラマのようなんである。
「あの人ら、どんな仕事やろ?」「不動産関係?いや広告の会社やろか?」とか、勝手なこと言わせてもろてる間に、天ぷらは魚介から野菜に。そして〆の天茶。
ところが、天茶のえびのかき揚げがとても美味だったので、〆のはずがもう一度かき揚げ、れんこん、生ビールを追加して・・・満腹と満足の夜、家までの道をならんで歩くも、これがまたなんだか照れくさい。

▲けど、もう何年かしたら、また「ふり出し」に戻ってふたりなのだ。昔みたいなドキドキは、とうに消えてるけど(笑)お互いに長くよき「相方」でいられるといいな と思いながら、帰り道、閉店間近の店で買ったシュウクリームふたつ入った箱を揺らして歩いた。
次の日は三食かんたんなものですませて! 三日目は夕方駅前で待ち合わせてピザを食べに行くことになった。ところがウチはこれまでも、いまもずっと家で一緒なので、外で「待ち合わせ」ということがないのであるからして、これまた落ち着かない。先に用事で駅に出てきていたわたしは待ってる間 そわそわ若者みたいに友人に携帯メール(苦笑)

▲ようやく相方が現れ、お店に入って向き合って座ったら、いきなり相方の後方 ガラス戸越しにちっちゃな男の子と目があった。家族と食事に来ている様子なんだけど、きっと大人たちはおしゃべりに夢中なんだろう。彼だけシートに立って後ろのガラス越しに「笑ろてるおばちゃん」をじっと見てる。初めは恥ずかしそうに。そのうち「いないいないばあ~」をし始めて、なんとも、かいらしい。

▲この生地はどうのこうの(パン屋の頃はよく家で焼いてたし)と いいながらも がつがつと食べる相方。わたしは、そんな相方の頭ごしに、ちっちゃな男の子と交信(笑)しつつ、ピザとビール。時々ママらしき人がこっちを振り返り、かるく会釈しはる。その間だけおとなしく座っている彼は、また少しするとこっちむいてにっこり。それだけのことなんだけど。彼のおかげでほんわか、しみじみ、いい時間だった。久しぶりのピザもおいしかったしね。

▲「うまかったけど、こんなんだけでは、また夜おなかすくなあ~」と 大食らいフウフは店を出たあと、デパートの地下で買い物をして、さあ帰ろうということになった。待ち合わせの前に 用事で歩きくたびれていたわたしは、階段がきついのでエスカレーターで回り道を。先に階段で上がった相方がエスカレーター上階できっと待っててくれるのだろう、と思ってたんだけど。
なんのことはない。はるか前方をさっさか歩いてるお方は、わがオットである。
かくして この日の年寄りカップルのデート(笑)は別々に帰宅とあいなった。
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by bacuminnote | 2007-03-27 14:45 | まち歩き | Comments(0)
▲昨日の朝は目覚めもさわやかで、それに窓の外はとてもいいお天気。そのうえ前夜、大鍋で粕汁も大量のキャベツやじゃがいものカレー煮込みも(すごい組み合わせだけど、別々に食べる)作ったし。夕方までゆっくりできそう、と 急に思い立って友人宅に出かけることにした。
おなじ大阪ながら1時間あまりかかる友人の住むまちは、その昔、わたしと相方が最初に2年近く暮らした思い出の地なのである。

▲当時住んでいたアパートは(文化住宅と呼んでいた)友だちんちからは反対の方向なので、いつも行く機会を逃してたんだけど。
今日こそは「ちょっと寄ってみたいねん」と、電話で友に伝えると「わあ。ほんま久しぶりにわたしも見てみたいし。行こ。行こ。ええお天気やしおにぎり持ってくわ」と話がまとまった。

▲だんだん降りる駅が近づいてくると、わたしはちっちゃい子みたいに身をよじって、窓の外、走る景色を追いかける。
24の春だった。その頃どこに行くにも持ってた大きい黒いバッグを肩にかけて「家を出た」。

▲この前書いた近鉄電車から のりかえ、のりかえて、この電車に乗ったのだった。あの日のことを思い出しながら、ふっと、近鉄のあとに乗ったのは「国鉄」だったのか、地下鉄だったのか・・・いつのまにか忘れてしまってることに気づく。着ていた服も靴も思い出すことができるのに。この日の どんな些細なことも わたしは一生忘れない・・・なんて、かっこつけて手帖に書いたのに、な。

▲車窓からは暖かそうに見えたけど、電車を降りると風がつめたかった。改札口まで友が迎えに来てくれて、さっそく二人で思い出のアパートを目指して歩く。駅の周辺はみごとに変わって呆然とするも、少し歩いてると思い出の場所は ぽつんぽつんと残っていて。
果たしてそのアパートは改装されて、すっかり新しくなっていたけれど。見覚えのある電柱も、ひとつ奥の通りの古い住宅も。それに裏の土手も。故郷に帰って来たようなほわっとしたきもちになる。

▲当時は彼女一家の他には近くにだれも知ってる人はいなくて、おまけに「家出」の身の上で。だから心細かったか、というとそうでもなかった気がするのだ。
そう、愛は強く(笑)そして友情も熱く・・・乗った電車の名前は忘れても、ここでの時間は「一生忘れない」。

▲そうそう、このあとわたしたちは7回引っ越しをする。
そのつど、親のわたしたちの側にしてみたら、それなりの理由があっての転居だったけれど、こどもにはつらい引っ越しもあっただろうと思う。

▲この日も朝、駅に向かう途中近くのマンションの前でちょうど引っ越し作業中のトラックを見かけた。
荷物の中 小さな自転車にちょっとどきんとする。身も知らぬおうちの引っ越しだけど、こんど住むところでもいっぱいたのしいことがありますように。友だちができますように、って思いながら通り過ぎた。

▲この間読んだ『ドアーズ』(ジャネット・リー・ケアリー著 /浅尾敦則 訳/ 理論社刊)という本も(ロックバンドのDoorsのことじゃないです)親の都合で嫌々引っ越し、転校する女の子ゾーイのお話だった。
ゾーイはお父さんの失業でそれまで住んでいたカリフォルニアからオレゴンの町までやってくる。しかも引っ越し先にはまだ「家」はなくて、引っ越してきたワンボックスカーで親子四人の生活。新しい地では、そんな事情を隠しての登校。だからクラスメイトに「おうちはどこ」と聞かれても答えられないし、友だちになった子に家に招かれても、自分は「おうちにおいで」と言えない。

▲そんなゾーイが宝物のようにしているのは、昔おばあちゃんがくれたガラスのドアノブ。おばあちゃんは「自分のドアを見つけるんだよ」というんだけどね。
「自分のドア」って何だろ?ドアを開けたら、そこには「ここ」とちがった世界が広がるかもしれない。だけど、なかなか その一歩がふみだせなくて。それでも、いろんなできごと、いろんな人とであっていく中で、やがてゾーイにもドアを開ける日が来る。このゾーイ一家の物語にかつての自分や相方を、何より引っ越しの多いこども時代を送った上の子のことを思い、胸がいっぱいになって本を読み終えた。

▲「あとがき」に著者がこんなことを書いている。
【夫と私はまだ若くて元気で向こう見ずだったころのある時期、旅に明け暮れる生活を送ったことがあります。そして結婚して最初の16年間で15回の引っ越しをしました。 (中略)  私の息子たちとマーサー・エルキーにこの物語を捧げます。でもこれは大好きだった家を出ていかなければならなかったすべての子どもたち、そしてすべての大人たちのための物語でもあるのです。あなたがゾーイのように、いろんなところに出かけて自分の居場所を探し求めてくれますように。そしてあなたのドアが見つかりますように】

▲かつてドアの前で考え込んでいた上の息子も、いつのまにか いろんなドアを開け、さっさか 一人で歩く大人になって。そんな様子を親ばかながらうれしく眺める。そして、こんどは下の子が同じように、でも又ちがった方法でドアをみつけ、世界をひろげていきますように、と思う。

▲思いつきで出かけた「わが家のスタートの地」だったけど、変わってしまったものや、変わらないもの、であえてよかった。
昔よくそうしたように、友となつかしい店や通りを 途切れることなくしゃべりながら ゆっくりゆっくり歩いて。身もココロも ほっかほかに ぬくもった。外でおにぎりは食べられなかったけれど。
あ、この日の歩数計は一万歩をこえた。 よう歩いたよね、J。

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by bacuminnote | 2007-03-17 22:03 | 本をよむ | Comments(0)
▲窓から眺めた外は みずいろの空を横切るようにゆっくりすべって走ってゆくモノレール四両。庭木に集まる小鳥たち。やわらかな日差しの中 太った猫がのっそり歩いてはじっとしてる。こんな日は遠く聞こえる高速道路を行き交う車の音も、家の前 新築工事の休みなく動く重機の音すらも、なんだかヘイワに聞こえる。

▲なんでもないこと、ありふれたことの あれやこれやがひかってみえるのは、ここ一ヶ月ほど、ありすぎるくらいにいろんなことがあったからだろか。
うれしいことも哀しいことも。いっぱいいっぱいだったからだろか。
ぽかぽかしてるか、と 窓を開けたら思いのほか 外は風がつめたくて身がすくむ。この前の日曜などは半袖姿も見られた大阪だけど、ほんまもんの春はやっぱり「東大寺のお水取りが終わってから」かな。

▲人と待ち合わせするのに、昨日久しぶりに近鉄 阿部野橋駅まで出かけた。
こどもの頃「でんしゃ」といえば、この近鉄南大阪線であり「ひゃっかてん」といえば近鉄百貨店だった。
そうそう、近鉄特急がこの線に開通するとき、事前に関係者招待の試運転というのがあって、父に連れられて乗ったのを覚えている。東京オリンピックのあと、たしか’65年のことだと思う。エンジ色の地味な電車しか見たことがなかったわたしは、その明るいツートンカラーとゴーカな車内に驚いた。

▲ふるまわれた紙コップのビールに、父は「すごいやろ。ビール飲みながら気ぃついたら大阪やで~」と下戸のくせにうれしそうに話してたっけ。帰りにはCMソングのソノシートをおみやげにもらった。何度も繰り返して聞いた楠トシエさんが歌う
♪きーん、きーん、きんてーつ特急。そら来た「2階の電車」~は 、けどその後もこの線では(フツーの特急電車だけで)走ることがなくてがっかりしたものだった。

▲高校にもこの線を使って通った。ガッコ帰り、たまに家とは反対方向行きの電車に乗って、この駅経由でガッコ周辺には売っていないレコードを探しに行ったりした。初めの頃は心斎橋ヤマハで、そのうち梅田は阪急東通り商店街の「LPコーナー」まで遠征。
当時の小遣いではレコードだけでも大出費なのに、切符の出費は「余分な」お金(苦笑)のように思えてならず。とはいえフセイはいかん、フセイは・・と、通学定期の駅までの切符を毎回買っていたんだけど。
いつだったか、友だちと「どうせ検札もないし一駅向こうの切符買おう」と言うことになり、改札を通ったのであった。

▲さっとすまして通過したはずなのに、駅員さんに「君らどこまで行くの?」とやさしそうだけど鋭い一声で呼び止められた。焦りまくりの二人組は、今しがた券売機で見たうろ覚えの一駅向こうの駅名を告げたのだけど。「ちょっとこっちに来なさい」と駅長室に連れて行かれてしまった(泣)

▲今思えば、わたしらが着ている制服からも、そのおどおどおどした態度からもプロの眼から見たら「きせる」をしようというのが、もう見え見えだったにちがいない。ホームの中、一段上の駅長室で「これからはもうこんなあほなことしたらあかんで」としばし説教され「未遂」ってことで罰金もなかったけど・・・。切符を買い直して、凹んだ二人組「もうせんとこな」と電車に乗ったのだった。

▲そんなことをつらつら思い出しているうちに、電車が着いた。
たくさんの人たちがいくつもある改札口から流れ出て来て、くらくらするも、向こうの方から手を振って歩いてくる背の高い人が見える。身長順ではいつもわたしのすぐ後ろ、最後尾だったMちゃん!人目をはばからず「わあ」「きゃあ」と大きいモン同士ハグ&ハグ。何たって、35年ぶりのカンドーの再会やもんね。
この年になると各種同窓会(笑)がよくあるみたいやけど、わたしは行ったことがないので、かつての同級生とはたいていはそれくらい長いこと 会っていない。

▲ゆっくり話せるように、と選んだ某ホテルのランチバイキングとやらは、開店前から行列ができ、お店の人の案内が始まるやどっと中に入って、早くも料理の前に人だかりができてるのには、まだまだ再会のコーフンの中にいる二人は圧倒される。
長い長いお互いの近況報告のあと、もうすっかり忘れていた過去の自分を友が語る。曰く、△センセが苦手で、○○クンのことすきで、いつも足に青あざいっぱいつくってクラブしてた(らしい)わたし・・・は、自分が思っていたそれとは微妙にずれていて、けっこう明るく元気な中学生で。

▲そうかぁ。そうだったのか。出口の見えないモヤモヤの中にいて、暗かった気もするのに、そんな風に友の目には映っていたのか、と「14歳」をいとおしく思う。そうして彼女もまたわたしの気づかないとこで、悩みを抱えていたことを知って。ほんまにこの年頃の子どもって、自分のことをだれにもうまく話せないでいるんよね。いまもむかしも。たぶんそう。

▲いつしかバイキングの時間(3時間もあると思ったのに)をすぎるも、まだ話は終わらず場所を移動する。(教訓→バイキングは自分で料理を取りに行かないとイカンということを忘れてた。しゃべるのに夢中になってたら、席を立つ時間も惜しいのであるからして、あんまり食べられないモンである)
当たり前のことだけど50年も生きてきたら、いろんなことがあるもので、お互い声からして ほぼ5時間ノンストップ・トーク(苦笑)ながら、話しても、話しても、話しきれないのであった。
仕方なしに「またあおな」とそれぞれの電車に乗った。

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by bacuminnote | 2007-03-09 19:25 | 出かける | Comments(0)