いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2007年 06月 ( 3 )   > この月の画像一覧

▲先週末は終日雨で(と、わざわざ書かんとあかんくらいの空梅雨だ)ちょっと肌寒いくらいの一日だった。けど暑いのは苦手なので、みんなが鬱陶しいと言うグレイの空も、すーっと首筋をぬけてゆく湿っぽい風もけっこうすきだ。
買い物にいく道すがら「水を得たみどり」のそのゆたかな表情に 何度も何度も立ち止まっては街路樹を見上げた。知らんひとが見てたら、きっと「ヘンなおばちゃん」やろな と、ふっと後ろを振り返ったら、不思議そうな顔して木を見上げてはる年輩の方ひとり。さては上にナンかあるんやろか?と思わはったのかも。心の中ですみませ~んと言いつつ、わたしは笑いをこらえながら さりげなく前に進むのであった。

▲翌朝、雨はあがったものの いつ降り出してもおかしくない曇り空だったけど。外に洗濯物を干す。ビンボー症なもんで、乾燥機にぬれたままの洗濯物を入れたのは、お産で入院中の時(いったい何年前だ?・・・)くらいだと思う。だから、どんなに悪天候でもまずは「ちょっと風を通してから」ということになるのだった。
乾燥機は出始めた頃に相方のおかあさんが買ったモノで わが家の家電の中でもかなりの古顔。いつか壊れたらメーカーからは「修理不可」と言われるんやろか。それとも「新しい製品買っていただいたほうがお得ですよ」かな。

▲この日 電器屋さんとその家族の物語『幸せのスイッチ』という映画(DVD)を観た。舞台は和歌山県田辺市のちいさな田舎町の電器屋「イナデン」(稲田電器商会の略)だ。ここの店主(ジュリー)は、昔ながらに「カネよりも信用、効率よりサービス」大事、で 修理仕事に心血をそそいでいる。
そんな父親に反発し、東京の美術専門学校を経てイラストレーターをする次女の怜(上野樹里)は、入社一年で上司とぶつかって辞表を出して・・・冴えない日々を送ってるところに、高校生の妹にだまされて帰省する。そしたら、結婚後も実家を手伝っている姉(本上まなみ)は妊娠中だし、父親は屋根から落ちて骨折・入院中というわけで、思いがけず電器屋の仕事の手伝いをすることになるのだが。

▲家族よりお客第一。なんでもかんでも「お客さん、お客さん」のジュリー演じる誠一郎を見ていたら、亡き父の商人スピリット(苦笑)を思い出す。たまに休んでも注文が入ると「はい、はい。かしこまりました」と調子のいい返事をしていた父に「なんで、おとうちゃんは断るっていうことができひんの?」と、おこって、すねて、泣いて。何度 親子げんかしたことだろか。
だから怜の不機嫌な顔はそのままかつての自分と重なり「どあほ!」と父親が怒鳴るたびに「なんでやのん!」と一緒になって画面にむかい悪態をつくのであった。とはいえ、家族経営の店は多かれ少なかれ、こんなふうに家族の犠牲の上に成り立っている気がする。怜の母親はそんな中、病気の発見が遅れて亡くなっており、そのこともあって彼女は父に素直になれないのだったが。
しかし家族には不評でも、そんな店だからこそ「イナデン」は地域のお客さんに重宝されている。

▲電器製品を買うのは量販店やネットショップで。故障したら修理はメーカーに送って・・という時代に在って、イナデンのモットーは新しいモン売るより、買っていただいたものを修理して長く使ってもらう。一人暮らしの家にはご用聞きにまわる。電球一個から配達して、つけかえて。聞かれたらテープレコーダーの操作の仕方、果てはマッサージ機の移動まで。
「ウチは売ったあとのサービスがウリなんじゃ!お客さん第一の店なんじゃ!」と誠一郎が言えば「そのやりすぎで火の車なんやろ」と怜が返す。やがて、そんな怜もお父さんの仕事の意味がみえてくるんだけどね。

▲それにしても。
量販店か個人商店か、ではなく、モノを「買う」「使う」の次に来るのが「直す」ではなくて「捨てる」に(捨てる気はさらさらないのに「部品がありません」「製造中止です」で)なってしまうのは口惜しいし、やっぱりどう考えてもおかしい!
そうそう、この映画で話されている和歌山弁は隣の奈良県の南部、吉野のあたりの方言に似ているところがある。そのちょっと荒っぽいけど、どこかのんびりした物言いを聞いてたら、ふるさとのまちのあちこちでシャッターの降りた小さな商店を思い出してせつなくなった。


*追記*
この映画を観たあと 相方が 前にテレビでこういうきめ細やかなサービスで、倒産寸前だった地方の電器屋さんが成功した話を見た、と話し始めた。
調べてみたら、それはNHKビジネス未来人「町の電器屋さん・復活への道」という番組で、鹿児島県の小さな電器店が地元のお客さんでにぎわう店に生まれ変わるようすをリポートしている。経営難にあえいでいた小さなお店ばかりがこのチェーン店に加盟して地域に密着したサービスをしているとのこと。番組詳細は
「ここ」
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by bacuminnote | 2007-06-20 21:43 | 映画
▲紫陽花の季節になった。ほっておいてもいくらでも増えるらしく、不精者の庭にも季節がめぐると、ちゃんと色とりどりの花が咲いてくれる。見れば見るほど不思議な花・・・紫陽花の学名”Hydrangea”は「水の容器」という意味らしい。

▲「みずのうつわ」とはなんとも涼し気で、町家で佇む姿が似合うかと思ったら、どこか深窓のおじょうさん風でもあるこの花(笑)をよく表しているなあ、と唸る。そもそも学名ってそんな情緒的な視点でつける名前じゃないんだろうけど。
雨降るなか、水のしたたる花びらの そのうつくしいさまを眺めながら「みずのうつわ」の名にふさわしい花、と改めておもう。

▲昨日スーパーに行ったら、魚売り場に発砲スチロールのお皿にパック詰めされた鮎をみつけた。おお、もうそんな季節なのね、と思いながらも こんなところでこんな姿の鮎に会うなんて(苦笑)
いや、なんとも落ち着かないのである。鯖や鰺や太刀魚がパック詰めされていても、特に何も思わないのに。川魚を見るとどきんとするのは、川育ちやからかなぁ。

▲もう20年ほど前に母が『きょうの料理』というTV番組の「鮎料理の特集」というのに出たことがあった。
この間その古いビデオを出して来て見てみたんだけど、まだ髪も黒い60すぎの母はテレビカメラの前で、ちょっと緊張しながらも鮎すしをにぎり、小出刃で手早く鮎を開き塩漬けしていた。それまで取材はたいてい父が受けていたんだけど、この前の年の秋 駆け足で逝ってしもたから。

▲母がしていたベージュに焦げ茶色のリボンテープのついたエプロンは、たしか母の日におくったものだと思う。「たまにはゆっくりしてね」というカードの決まり文句とは裏腹に、このころ母への贈り物はきまってエプロンだったんよね。

▲父が亡くなる前まで住んでいた、その昔旅館だった建物の二階でテーブルいっぱいに鮎料理が並ぶ。塩焼き、みそだき(赤みそ仕立て)、せごし(生の鮎をそのままぶつ切りしたもの)うるか(鮎の内臓の塩辛)、鮎すし(酢でしめた鮎)と焼き鮎すし(鮎の素焼きに甘辛い葛あん)。アナウンサーに質問を受けて、古いおつきあいの釣り師の○さんと母が鮎の話をしている。

▲「あかん、あかん。おかあちゃん。緊張しすぎや、って」と、とうに過ぎた場面にやきもきして肩に力が入る。最初は寝ころんで見てたのに、いつのまにか正座してるし。
なつかしい鮎料理と、窓のむこう きらきら光る吉野川の川面(かわも)に まだ現役だった母や亡き父を思い、むねがつまった。

▲こどもの頃は当たり前でナンの感慨もなく、眺めていた山や川やよしので見てきたあれもこれも。じぶんの中で、じつはゆっくり醗酵していたのかもしれないな、とこのごろよく思う。
そういえば、古い木造校舎でこどもたち皆でぶつぶつ言うてた小学校も「林業の吉野」にふさわしい重厚な建物だった。思い返せば、その広い大きな瓦屋根も圧巻だった。

▲その小学校(もう何年も前になくなった)の近く、川の方にちょっと下ったところに皆が「ベッソー(別荘)」とよぶ お家の「龍門文庫」のその文化的価値のすごさを知ったのも 恥ずかしながら最近のことだ。

▲龍門文庫というのは、文庫主人である故 阪本猷氏が収集した和漢の古写経、古写本、古版本、古活字本、自筆本、江戸絵入版本等を納めたもので、かなり専門的でわたしには遠い世界だけど、漱石や荷風の生原稿もあるそうだ。
阪本さんの本宅は吉野の龍門という所で、小学校の近くにあったのはその別荘だったのだ。(別荘の敷地内に阪本氏亡き後、氏の意志を継いで妻の千代子さんが文庫の収納庫を建てられた)

▲阪本さんは実家の昔からのお客さんで、父は三輪車で「はいたつ」に行っては「お駄賃」にと、当時珍しいお菓子を薬袋に入れてもらったらしい。こどもがいてはらへんお家だったからよけい父をかわいがってくれたのかもしれない。
以来父も、そして母も何かおいしいモンやめずらしいものが手に入ると「ベッソーのおくさんに」。海外旅行に行っても「おくさんに」と、おみやげを届けてたりした。

▲そうそう、わたしも「はいたつ」に何度か行ったことがある。ひんやりした玄関、上がり口にお客さんの履き物がきちんとそろえられていて、それでなくても緊張してるのに「こんにちは」という自分のかすれ声が土間にひびいてドキドキしたものだ。

▲本好きなこどもだったけれど、それでも敷地内にあるりっぱな書庫に、何が納められているかまったく関心もなく、そこはたまに「はいたつ」に行かされるお客さんのお家でしかなかったのだけど。
この間からインターネットで調べて おどろいている。そして龍門文庫が古典の宝庫であることだけでなく、地域でこども文庫も開いていることを知って、うれしくなった。


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by bacuminnote | 2007-06-12 13:42 | yoshino

そして三つ目の味が。

▲朝起きて窓を開けると、雨戸の内側がほんわかとぬくい。
古くて重いそれをえいやっと引くと 待ってました、とばかりに初夏のひかりが部屋の中まで走る。
軽いサッシの雨戸がいい、と言うのに、亡き義父が「いや、木の方が重ぅてもしっかりして丈夫やし、外から簡単に破られることもない」って「いっこも聞いてくれへんかってん」と、義母は昨日のことのように口をとがらせるのだけど。
重い戸だからこそ、開けた瞬間ひかりの届く朝が こんなにもきもちいいのかもしれない。

▲この間、福岡に住む友人が「香りに酔いながら収穫しました」と、山椒を送ってきてくれた。荷ほどきすると、つーんと青い香りがして、山の中にいるような感じがする。
早速 夕ご飯のあと台所で 枝から実をはずしていたら、ん・・・? 福岡から旅をしてきた小さなアリがするすると腕をはい上がる。
若い頃なら途中で投げ出していた こういう地味で単調なしごとを、けっこう楽しみながらできるようになったのも、年の功ってモンやろか。

▲こうしてもぎ取った実(み)はさっと茹でて冷まし冷凍する。これで一年間は、昆布と山椒を炊いて、ぴりりを楽しめるというわけだ。
訪れたことのない福岡の山の中、まだ会ったことのないそのひとが一人木の棘やアリに悪戦苦闘しながら 実をもいでくれる姿を想う。N chanありがとう。
夕食後 台所に立つのはひさしぶりだ。
時間にしたら、どれほどのこともないんだけど、やり終えると達成感があって満足。満足。何年か前までは毎年大きな常滑の壺に味噌を仕込み、夏の来客が多かった開田の頃は梅シロップを7kも作ったり。家族総出でハムやベーコンに、と薫製に凝ったこともあったっけ。

▲そういえば、年々こういう保存食を作ることが少なくなっているなぁ。まちに暮らすようになって、来客が減ったことや、何と言っても三人きりだし「ちょっとでいい」ものはだんだん作らなくなった。
そんなことを思いながら夜なべ仕事を終え、山椒の香り立つ台所で缶ビールをあけたら、山椒の味がした。
『青山椒 雨には少し 酒ほしき』 星野麥丘人(ほしのばくきゅうじん)

▲さて、この山椒と共に炊く昆布や山吹の佃煮 相方のおかあさん流とわたしの母流と二つの流儀(苦笑)があるんよね。
ケッコンって、ふたりがそれまで持ってきた食文化が(って、ちょっと大げさかな)交わる大きなきっかけだといつも思う。
いや、交わる文化は「食」以外にもいっぱいあるけど、何たって「食べる」は毎日だもん。ふたつの食生活はこうして交わり、反発し、融合するものもあれば、時にけんか別れになる「味」もあって(苦笑)
かくして、どちらもうまい!ふたりの母の味を思い描きながらわたしが作ると、三つ目のあたらしい味が生まれるのであった。

* 追記 *
「食べる」ことがすきだし「食べることがすき」な人がすきなので(笑) 「食べる」に関する話にはすぐ反応してしまいます。
これを書いたあとで、読んだ 『先見日記』の駒沢敏器さんの『別の人生へ送り出す』もまた興味深いお話でした。
見習い料理人についての一文です。
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by bacuminnote | 2007-06-07 21:55