いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2007年 10月 ( 3 )   > この月の画像一覧

本屋の前には自転車が。

▲京都に行ってきた。
まずは淀屋橋から京阪電車に乗り換えて出町柳に。二十年ぶりくらいに乗る京都行きの京阪はどの駅も、どの景色もなつかしい。とりわけ一時期 暮らした東福寺から七条あたりを通る頃になると、窓にべったり張り付くようにして外を眺めた。
変わったなあ、と見知らぬまちを見ているようだったのに、途中30数年前そのまんまの風景が少しの間続いてどきんとする。窓の外、18,9のわたしが自信なげな顔しておんぼろ自転車で、長い坂道を風を切って下ってるのがみえた気がして。ちょっと泣きそうになった。

▲出町柳で叡電に乗り換えて、一乗寺は「恵文社」という本屋さんまで。あ、その前に「東風」というパンやさんがすごくいいよ~と京都暮らしのこの方に教えてもらったのに、ちゃんと場所を確認しないまま家を出てきてしまった。で、通りのおすしやの店員さんに尋ねたら「すぐそこやと思うけど、え~っとちょっと待ってくださいね。店長さんやったらよぅ知ってはるし・・」と、奥に「てんちょーさーん」と呼びに行ってくださった。

▲前掛けでぬれた手を拭き拭き「店長さん」が出て来てくれて「あ、そこまっすぐ行かはって緑色のテントを左に入ってすぐのとこ。東風と書いて「こち」って読むんですわ」と笑顔で教えてくれはった。
ほんまにおおきに。
ひとはやさしくしてもらうと、しんそこ やさしいきもちになれるとおもう。

▲おかげで「東風」はすぐにみつかったものの、月・火曜日は定休日と書いたシャッターがおりていた。うう~残念。けど、もう場所を覚えたし大丈夫。また来よう。
さて、一回左に曲がると「駅からまっすぐ」と教えてもろた恵文社がたちまちわからなくなる超のつく方向音痴なわたしである(泣)スーパーから出てきはった二人組のおばちゃんに聞くも「悪いけど、わたしらもこの辺わからへんのですわ」と言われ、探し歩いているうちにさっきのおすしやの前に出てしまった。いくらナンでもここでもう一度聞く勇気はない。回れ右して、自転車押しながら歩いてる若いママに尋ねると「東風」よりまだ向こう、とのことで又引き返す。

▲まあ、そんなこんなでやっと恵文社に着いた。入口にずらりと並ぶ自転車が店とよく似合ってる。いつも行くスーパーの駐輪場とはちがう感じがするのはその自転車が所帯じみてないから(苦笑→つまり大きなカゴが前後についてるとか、子ども用のイスが付いてるとか・・)かな。近くに大学がいくつかあるみたいだし、お客は学生が多いのかもしれない。

▲夢中で本の森に入るも、ふとお昼がまだだったことを思い出して一旦外に出た。帰る道を確認しぃしぃぶらぶら歩いてたら、お日様さんさん小さなカフェから、jazzが流れてきて吸い寄せられるように入る。
常連さんみたいな若くてセンスのいい女の子がランチを終えて珈琲をのみながら、今日こそはカットに行こうかなあ~と店主に話してて。そのうちご近所のおばさん風の方が「いつもの」と入ってきはって、ふたりに加わって日向ぼっこ的会話。一人でごはんはつまらないな、と思ってたけど、彼女たちの話し声とちょうどいいくらいの音で音楽があって。ああ、それにごはんもおいしかったしね。

▲そのお店出て、迷わずに(・・って、すぐそこやけど)恵文社に戻る。本を持ってレジに行ったら、さっきのカフェの女性!ここの店員さんやったのか~。お互いにっこり会釈。
あの本棚の前で立ち止まり、この本棚ですわりこんでるうちについに時間となり、河原町まで出る。
昔は三条から四条までソラで言えたこの通りの店も今はみる影もない。だいすきだった京都書院も丸善もなくなったし、ね。

▲六曜社(←同じように「社」がつくけど、ここは喫茶店)で友だちを待つ。
別の本屋(三月書房)に行ってた彼女が階段をかけおりてきて、オクノさんの珈琲を淹れる手に見入り、その香りにうっとりして。珈琲とドーナッツに ほっと一息ついたあと、ジュンク堂(本屋)に寄って、次は壽ビル(←すてきなビルディング)に出来たというメリーゴーランド(児童書専門書店)に。
じつに本屋、本屋のシアワセな時間だった。

▲そうだ。
そういえば、昔本屋に就職しようと思ってたことがあったんだ。
その店の入社試験には、たしか本の題名が紙一杯書かれていて、それをどういう本か分類する、というのがあったんよね。面接ではどんな本を読んでる?から始まって、新聞の一面、コラム下の本の広告はいくつあるか知ってる?右からどんな順番で載っていると思う?とか・・・本の話ばっかりでたのしい試験だった。数日後せっかく採用通知をもらったのに。卒業後は「イエニ カエッテコイ」と親に言われて、反対を押し切ることができなかった。(なさけない・・)

▲K大の正門前にあったその名物書店(創業者は「丸善」から独立した方だそうだ)も’89年冬に閉店してしまった、と新聞で読んでおどろいた。いまは出版社になっているそうだ。建物が傾くかと思うくらい(実際傾いてた気がする) いっぱいの本の並んだ店先、本棚と本棚の間をすりぬけ二階に上がり、床がぎしぎしいう部屋で受けた面接試験を思い出す。
そうそう、この店の道の向こう側にも自転車がいっぱいいっぱい並んでたっけ。
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by bacuminnote | 2007-10-26 21:58 | 本をよむ | Comments(0)

「童臾無欺」

▲どこからともなくやって来てかすかに漂う甘いかおりが きんもくせい(金木犀のにおいは平仮名だとおもう)のそれだと気づく、秋の日のその瞬間がすき。
けど、あきらかに金木犀だとわかる香りがあっちからもこっちからも いっぺんに来るのは(今年はとくに強い気がする)なんか頭がくらくらするようで苦手だ。同じく「苦手組」の相方などは「どこ行っても便所のにおいや」(きんもくせい好きのひと、ごめんなさい)なんて、台無しなことを言うのであるが・・・。

▲いや、それはトイレの芳香剤がやねぇ 金木犀の香りをまねして化学的に作って年中そのにおいを全国(のトイレ)にまき散らし、いつのまにか「ほんまもん」みたいな顔(におい?)してるのが悪い~ あ、けど、今はもう「キンモクセイの香り」は流行ってへんみたいやで~とフウフで語る日曜の昼下がり。
ああ、きょうも窓の外はうわさの香りに満ちて。お隣の大きな木、橙色のお星さまみたいなかわいい花はこぼれんばかりに満開だ。

▲何がほんまもんで何が偽物か。
世の中ごちゃごちゃでよくわからない。それに「ほんまもん」でもウソつくことがあるしね。複雑。ついこの間もこどもの頃から大好物の甘いもん屋さんが「深くお詫び申し上げます」とウソを謝ってはったし。

▲夏に行った松本民藝館の柱に貼ってあった一枚の紙を思い出す。
そこには「童臾無欺(どうそむき) 子供や老人といえどもだましません」と書いてあって。こころに残ったそのことばの意味を、しかし電車の時間が近づいたので たずねそびれて館をあとにした。それから数日後大阪にもどって、やっぱり気になって民藝館に電話して聞いてみたら、
わたしは気がつかなかったのだけど(かえすがえすも残念!)その紙の上には「童臾無欺」と書かれた中国の木の看板があったらしい。インターネットでも調べてみたら(「童臾」の「臾」の字が出せなくて苦労した)中国の商店では「貨真価実」(良質の商品を手ごろな価額で)などと共に掲げられているその店のモットーのようだ。

▲そういえば昔 職人さんや商店の人が掛けていた紺色の前掛けには「信用第一」「親切丁寧」なんて白抜きで書かれていたっけ。そんな「商い」の基本の基本であるモラルが、いつのまにか格好だけになってしもたんかな。いやいや、今でも誇りをもって仕事してる人、ものを作り出している人はちゃんといる。でも考えてみたら、そういう人たちはみな大きなビジネスからは遠いところで、やってはる気がする。

▲以前ここにも紹介したことがあった『和菓子の京都』という本で著者の川端道喜氏がこんなことを言うてはった。
『もともと京都の菓子屋のくらしというのは低いところで安定していて、家族が飯を食っていく分にはやっていける。京都人の生活というのは菓子屋にかぎらず、そういう生活だったろうと思いますね。何屋にしても、そういう余分の金を必要としない。持っていたって、いつ何がおっぱじまるかわからんし、いつ家を焼け出されるかわからないということでしょう』

▲そうやって「多くを作りすぎない」を500年も通してきたのは老舗の貫禄なのか、だからこそ続いているのか。商いというのは「低いところで安定」に飽き足りなくなったときが分かれ道なのかもしれないな。
なぁんて、エラソーなことを思いつつ 熱い番茶をすすりながら 友だちが届けてくれた山栗のきんとんをほおばる。
ああ、おいし。
(この和菓子屋さんに電話したら、いつもたぶんおかみさんと思われる方が出てきはる。近頃のよく「教育された」お店みたいなマニュアル通りの受け答えやないので、ほっとするのであった。)
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by bacuminnote | 2007-10-16 14:58 | 本をよむ | Comments(0)
▲先週末は法事で再び吉野にかえる。いつもは閑散としている近鉄の吉野行きホームに、その日はリュックを背負った人があふれていて驚いた。
乗り込んだ特急も満席で、わたしのとなりに座った方もまたリュックを足許に。どちらからともなく「よしのですか?」と声をかけあって。聞けば6~8日は金峯山寺 ご開帳だったようだ。しばらくしてその女性が奈良・吉野の特集の雑誌を開かはったもんで、ついついそちらに吸い寄せられ、横目にて拝見(苦笑)

▲自分の故郷のガイドブックって、なんか知り合いの子の写真を見つけたみたい。あ、その子のこと「知ってる、知ってる!きれいし、なかなかええ子なんよ~」と、最初はコーフン気味なんだけど、そのうち そのあまりのすまし顔に「ちょっとちゃう(違う)なあ」「それは、ちゃうやろ」(笑)とツッコミを入れたくなるんよね。
・・・というわけで、コーフンさめて。やっぱりその日もずっと窓の外に見入ってた。

▲ジッカのある駅で降りる。いつも通りはしんとして・・・ああ、あの家もこの家もお年寄りの住まいと思える風情である。どこからもこどもの声が聞こえないのはほんまにさびしい。
昔 まだ小さかった息子を連れて老人ホームに知人を訪ねたとき、息子の甲高いしゃべり声に「こどもの声をひさしぶりに聞きました。いいですねえ」としみじみ言うてはったことを思い出す。
信州に越して、下の子が生まれたときもご近所のお年寄りたちは、ウチの子が泣いても笑ろぅても「赤ちゃんの声なんてひさしぶりだもん。元気が出るよ」とよろこんでくれはったっけ。

▲こどもといえば、ここの近くに保育園があって朝 近くを通ると、前にうしろにちっちゃい子が乗った自転車が何台も通っていく。歌を歌いながらの親子もいれば、ぐずるこどもに叱りとばす親の声、兄弟げんかの末、泣きじゃくるこども。渦中にいると「うるさぁい!」と怒鳴ることもあるかもしれないけど。通りすがりのおばちゃんは、ええな、ええなあと「かわいい未来たち」にみとれるのだった。

▲先月ETV 特集(9.23放映)で共同保育所のドキュメントを観た。それは東京練馬区の住宅街の行き止まりに建つ平屋の粗末な、でも暖かな空気に満ちた「ごたごた荘」という小さな保育所のお話だ。
「ごたごた荘」とはわたしも、あの人もこの人もすきな(笑)『長くつ下のピッピ』の住んでいるお家の名前から もらったらしい。
『ここに集う子ども、女、男がみな、力持ち(力にはいろんなものがあるよね)で、たくましく、心やさしい人間であってほしいという願いやジェンダーを越えた子育てをとの思いが込められています。』(ごたごた荘HPより)なんて、この名前に込められた「願い」を読んだだけでもぐっとくる。

▲赤ちゃんから小学校入学前の子まで、いわゆる異年齢のこどもたちが保育士の大人たちと、時に親も一緒に ごちゃまぜですごす一日。赤ちゃんが はいはいしてるそばに、元気いっぱいのこどもたちが遊んでるんだけど、この小さな仲間にどんなことを注意しなければならないか、保育士がこどもたちに問いかける。かわいくても頭 撫で撫ではいけないよね~ どうして? まだ頭がやわらかいからだよね~という風に話し合う。そうして年上の子たちが不器用ながら自分ができることを手伝ってるんよね。この雰囲気がすごくいい。
スタッフと保護者は指導や保育理念、運営資金から保育士の給料まで話し合う。自分の子だけじゃなく、みんなでいっしょにこどもを育てている感じが伝わってくる。

▲ある日の話し合いの席で、保護者が連絡帳に「今日こんなことができました~とかいいことしか書いていないけど、悪いことも書いてください」というような事を言うと、ひとりの保育士さんが「ごたごた荘に預けている時間、自分(親)の見ていない子どもの時間のことを一から十まで知りたいという気持ちはわかりますが、ごたごた荘で過ごす時間というのは もうその子のもの。その子の人生の時間なんです」と言うてはったのが印象に残っている。
そういえば、いつだったかテレビでどこかの幼稚園が教室の様子をライブカメラで撮り、インターネットで各家庭で親がそれを見るというレポートをして、ここまできたのか と唸って見たことがあった。

▲こどもの安全に目を配りながらも なおかつ彼らの自由を奪わない保育は、見守る(保育する)側からすればたいへんなこと。しかし、そのたいへんなことの向こうに、のびのびしたこどもの姿やスタッフや保護者のかけがえのないよろこびも又あるのだろうとおもう。
だけど、こういう小さな園のほとんどが運営はきびしくて、スタッフたちの給料はきまって低い。番組の中で 使い古された計算機のキーを叩きながら、ちいさな命をあずかる責任の大きい仕事をしているのに「せめて人並みの給料が渡せるといいのだけど」とため息をつくスタッフの姿に胸が痛かった。

▲それに、ごたごた荘ではいま大きな問題を抱えているらしい。今回東京都の制度変更で運営の頼みの綱の補助金が打ち切られるかも知れない、とのこと。
そもそも「制度」とは何のため、だれのためのものなんだろう。
こどものことを大切にしない国(政治)は、では一体 何を、だれを、大切にしているというのだろう。

*追記
ちいさなすてきな保育園がここにも。友人がたのしくがんばっています。
今月19日~21日はいつもこどもたちが遊んでいる森の中で写真展をするそうです。
「山の遊び舎 はらぺこ保育園」
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by bacuminnote | 2007-10-10 23:53 | Comments(0)