いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2008年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

すべてを超えて。

▲海岸通り1の5の10
・・・って、なんかドラマに出てきそうな住所だけど(笑)
そこにあるサントリーミュージアムという所に行って来た。大阪の人だと天保山(てんぽうざん)と言ったほうがわかりやすいかもしれない。前方には海が広がり、かの海遊館は道をはさんで向かいに建つ。
この日はまずひさしぶりの 「ロカ」に寄って。おいしくてチカラの出るお昼ごはんを食べながら、カウンターの中 てきぱき、きもちよく立ち働くMちゃんに見とれ、満足・満腹状態で電車に乗り込んだ。

▲いつだったかTVで奈良県人は海を見たら決まって「おお」と立ち上がる~と言うてたのを聞いて大笑いしてたんだけど、電車が「大阪港駅」に近くなって相方が「ほら、そこ見てみ~」と指す方を見て 案の定「おお」と腰を浮かすわたし。
駅に降り立つと、磯のにおいがぷんとして。
ああ、これこれ、この感じ。このロケーション。たしか前にもあった。そうそう、兵庫県立美術館に行ったときだ。そう言えばサントリーミュージアムも兵庫県立・・もおなじ安藤忠雄氏の設計だったっけ~と思いながら、海と風に、圧倒されつつ歩く。

▲この日は『アトリエインカーブ展』を観に。アトリエインカーブとは大阪にある知的障害のある人のアートスタジオだ。
大阪心斎橋にある農林会館という所で去年の秋から作品展「ギャラリーインカーブ」(3月2日まで期間限定)というのをやっている。「すごいぞ」と、企画がかわるたびに観に行っている相方から話を聞いたり、彼が持ち帰るパンフレット、それに去年はテレビで紹介されているのを関心をもって見ていたのだけど。

▲実際に作品を目の当たりにすると、もっともっと、その色にも造形にもノックアウトされる。
その作品は「美術教育の枠にはまらない人々による芸術」ということで「アウトサイダーアート」とよばれているそうだが。案内のチラシにも『束縛。伝統。支配。そのすべてを超えて。いま、ここへ。』とあるように、その自由自在に拡がる作品世界に「いったい美術教育とは何なのだろう?」と改めて思う。そうして美術にかかわらず、教育が引き出してくれるもの、奪ってしまうもの、を思うのだった。

▲たまたまその数日前に 『ニキフォル』という「アール・ブリュット(アウトサイダーアートという言葉の元になった仏語で、生(き)の芸術という意味)の聖人」とよばれるポーランドの画家を描いた映画(DVD)を観た。
ニキフォル(1895~1968)は、言語障害もあって、うまく話せず、文字の読み書きもできない。ただひたすらに絵を描いては路上で観光客に売って生計をたてている細くて小さな老人だ。あるとき、役場の職員で自らも画家のマリアンのアトリエにニキフォルは勝手に入り込み、まるでそこが自分の部屋みたいにラジオですきな音楽を流し、そこで絵を描き始めるんよね。

▲そのまま居座った上、大学で美術を学んだマリアンに「おまえの絵は駄作だ」「どうして学校になんか行ったんだ?」「おまえは絵を描くな」と容赦ない。けれど、ニキフォルの絵にすばらしい才能と、孤独を見る彼は、愛する家族との間にヒビが入りながら、終始ふりまわされながらも、この画家の世話をする。
やがてパリの画壇にも認められ1959年にはパリで初個展が開かれるんだけど、ニキフォルは権威や名声にまったく無頓着。彼にとって、描くことが生きること。最期まで生(き)のままのアーティストだった彼は4万点もの作品を残し、73年の生涯を終える。
地味でしずかだけど、観たあと何回もいろんな場面を思い出す映画だ。

▲この日もアトリエインカーブ展を観終わって、ニキフォルのことを考える。
美術館の外に出たら、明るかった空はいつのまにかすっかり色をなくして。海からの風のつめたいこと!
それでも、海が近いというだけでおなじ大阪とはおもえないまちの雰囲気に、あっち見てこっち見て歩く。この日の歩数計9718歩。歩きながら、電車の中でも、家に帰ってからも相方としゃべり通しの一日だった。

*追記*
アウトサイダーアートについての説明をここでも 読みました。
最後に書いてある『「アウトサイダー」という語そのものが、実は「インサイダー」であるわれわれの都合から生まれたものであることを忘れてはなるまい』(by暮沢剛巳氏)に同感です。
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by bacuminnote | 2008-01-27 23:45 | 映画

You’re not young.

▲外は凍えるような雨が降っている。
こんな日は鍋か粕汁である(鍋の話ばかりですまん)
子どもの頃は大根も関東葱(と関西で呼ぶ「白葱」)も苦手だったから、水炊きも粕汁も大がつくほど嫌いだったのに。
「お葱食べたら賢しこぅなりまっせ~」「この大根とろけるように甘ぅて、おいしいねんから」「な、欺されたと思うて一口食べてみぃ」
この台詞 祖母が言い、母が言い、姉たちが言うて。ガッコのセンセにも。何べんも何べんも言われたのに。

▲そのつど「きらいなモンはきらい」「あんなもん食べなアカンのやったら、別に賢くなんかならんでもエエし」「欺されたと思ぅて、と言われても欺されへんし」とか思ってたんだけど。
やがて偏食少女(←前に ここにも書いたけど)も大きくなってコイをして。そしたら、あろうことか 相手は大がつくほどの葱と大根好きやったんよね。
時は経って。いまやウチの冷蔵庫にこのふたつは切らしたことがないし、相方が苦手な切り干し大根まで好きになってしもて・・・ああ、コイとは偉大である(笑)

▲とはいえ、コイの魔法の力などはちょっとの間のことだから。
ほんまのとこはケッコン早々病気や入院で凹んだり、子どもが生まれたりで、少しは努力もしてみたり。そんなこんなのうちに、あたりまえに食べ、おいしさもわかるようになったのだろう。
あ、けど、一向に賢くならへんとこ見たら「葱・賢人説」っていうのはうそやったんか?それともわたしの食べ始めた時期が遅すぎたからやろか?

▲まあ、賢人になれなっかったにしても。
できなかったことができるようになったり、食べられるものが増えたり。大人になるのも、年をとるというのもなかなかのモンである。
そういえば、ときどき訪れる 『考える高校生のためのサイト・マンモTV』の中のひとつ、多賀谷浩子さんの 『映画のある生活』に先日こんなことが書いてあった。

▲多賀谷さんは海外の映画監督や俳優と話していて、たまに
You’re not young.
と言われることがあるそうで。初めてそう言われたときはびっくりしたけど、そのすぐあとにそれは「君は物事を理解しているじゃないか」みたいなニュアンスの褒め言葉なのだと気づく、とあった。
多賀谷さんも書いてはるけど、日本語で同じように言ったら相手はどう受け取るだろう?この国では「若く見える」は褒め言葉でも「若くない」が褒め言葉になることってほとんどないもんね。

▲だから
You’re not young.
とほめてもらえる、そんな風に相手を認める、というのはいいなぁと思った。
去年から友だちの病気や手術の話が続き、からだの中であちこちのパーツが軋み始めてもおかしくない、そんな年頃になったのだとしみじみ思っている。
白髪が増え、皺とシミ、五十肩にコーネンキ。
それでも「だから見え始めた」こともあるし。
友だちもわたしも、皆ええ年になったけど、すきなことずっと続けられて。なんかええ感じやんとおもってる。「人として成熟」なんて事からはまだ遠いけど。
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by bacuminnote | 2008-01-23 15:42 | たべる

いま、人がそこで。

▲寒い。
スーパーに着くまでの間 ほっぺたは冷蔵庫で寝かしたパイ生地みたいに(あ、もはやそんな張りはないが・・)しんから冷たくなっている。もう少しで『冷ゆることの至りて
はなはだしきときなれば也』(暦便覧)の大寒だから。この冷え込みも納得の寒さである。開田高原でもマイナス20度なんていう気温を記録するのは毎年このじぶんだったし。

▲そういえば、この前読んだ本(『家守綺譚』いえもりきたん・梨木香歩著)に『季節の営みのまことに律儀なことは、ときにこの世で唯一信頼に足るもののように思える』という一節があったっけ。
そんな風に考えたら、この寒さにもまた「よう、お越し」というきもちになったり(ならなかったり・・・笑)

▲前回ここに子どもの頃のお正月のこと書いてたら、よしのに帰ってみたくなって。
土曜日の朝 ちょっと早起きした。
上の子のときから13年ぶりの出産・育児、それに仕事に、と たいへんだった開田の頃は 最長10年間も帰ることのなかったジッカだけれど。大阪に戻ってからは2時間あまり。よしのは「ちょっと早起き」したらじゅうぶんゆっくりできる距離となった。そして、何よりいまは母や姉と「座って」しゃべれるようになった事がうれしい。

▲遠く離れた信州で想う故郷、というのも なかなかのものだったけど。見えるものや、聞こえるもの、そして空気やにおいも。からだ全体でじかに感じるよしのという所はそれを簡単に越えるようにおもう。
田舎のええとこも、そしてやっぱり好きになれないとこも。行けばはっきりと見えるんやけど。もう子どものときみたいにめそめそすることもなく、若いときみたいに攻撃的になることもなく、目をそらさずにまっすぐに見ることができるようになったのも、この年になったからか・・。

▲さて、その日は前日夜半から降り始めた冷たい雨のせいか、連休の初日だというのに、人出はなく、せっかくの4両編成の(たいていは2両)特急電車も1車両にお客さんは、わたしと他にもう一人きり。その方も次の駅で下車しはったから、あとはずっと貸し切り状態だった。

▲久しぶりに早起きして 朝食べる時間がなかったので、駅で買った缶コーヒーと家から持って来たライ麦パンをほおばる。人がいないのをいいことにちょっと歌を口ずさんだりもして。そのあとは、いつも通り車窓に顔をくっつけて流れる景色を追う。この電車、特急とは名のみで、結構ゆっくり走らはる。
かわることのない家並みが続いたかと思うと、ところどころにメルヘンチックなお家が建っている。新興住宅地じゃないから、きっと若い人が中心の家造りとなったのだろう。玄関先にコマ付き自転車が転がっているのが見える。

▲昔みたいにすき間風に身を縮ませることもなく、寒い土間で立ち働くこともなく、階段には手すりがあって、段差のない家。いつだって熱いお湯に浸れる、キレイで、どこにいても暖かい家。
いちばん大事なのはそこに住む人の暮らしだもんね。
けど。
あの屋根、あの壁。絵の具のチューブからそのまま出したようなあのブルーやピンクは、家の前に後ろに 広がる深い緑に 哀しいほど似合ってない。

▲最寄りの駅が近づくと、あきらかに誰も住んでいないような傾いた家、古い家、が何軒も目に入る。小雨の舞う灰色の空のもと、主を失った家はもっと哀しい。
だから、まわりの自然と合ってなかろうが、趣味が悪かろうが(すまん)。いま人がそこで「生活している」というエネルギーを感じたあの家のほうが元気は出る。

▲そんなことを思ってるうちに電車はぼーっという警笛と共にトンネルに入った。短いトンネルを通り、もう一つ長いトンネルを過ぎると駅だ。ホームに降りると暖房でふやけた肌がきゅうと一気に締まるのがわかる。
単線の駅が持っている ひなびた空気とこのつめたい風がすきだから。
いつまでもこのままでいてほしい、と思うのは「たまに」訪れる者のエゴかもしれない
けれど。
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by bacuminnote | 2008-01-16 12:12 | 本をよむ
▲ひとのお休みの時がいちばん忙しいという旅館に生まれ育ったので、ジッカの休みは元旦の一日(半日?)だけだった。それでも、家の空気が数時間前の「去年」のお節づくり(お得意さんからの注文のお重)の喧噪とは一変して「新年」らしくなるのがふしぎで、わくわくしたものだ。
いつのまにか枕もとに母が置いてくれたよそゆきの服に新しいタイツをはいて起きると、もうお祝いの支度ができていて、仲居さんたちがきれいに髪をセットして晴れ着姿で来はる。

▲箱火鉢のそばには父が座って煙草を吸っている。母はいつもの割烹着。
仲居さんたちは板の間に正座して一人ずつ「旦那さん、おかみさん新年あけましておめでとうございます」と深々とお辞儀しはる。父も母も、仲居さんも、えらくかしこまって いつもとちがう言葉遣いで挨拶するのがおかしくて、障子戸のむこうでくくっと笑ってはおこられた。
板前さん、ぼんさん、仲居さん、お手伝いのおばさん、いつもの顔ぶれをその頃は当たり前のように思っていたけど。
そういえば、みんな故郷に帰らない、帰れないお正月だったんだなと思う。

▲そんなことをつらつら思い出しながら、
台所 湯気立つ中で 去年今年(こぞ ことし)・・オソマツ。不精者と特別なことが嫌いなカップルゆえ、わが家は去年も今年もたいして変わることがない。
けど、二日には 年末帰省した息子や4年ぶりの友人夫妻、それに東京に帰る途中に立ち寄ってくれた姪一家も加わっての食卓はにぎやかにHappy New Year !

▲大きい掘り炬燵の中も16本の足で満員御礼(笑)
おでんの鍋の湯気とみなの笑い声、次々と空になるお皿や酒瓶。
夕方になって姪一家が発ち、次に息子が東京へと帰って行き。彼の「ウチに着いた」メールの頃になっても、まだ食べてしゃべって呑んで。しゃべっても、しゃべっても話は尽きず、夜は更けて。

▲やがて友人たちが帰り、残る三人(つまりいつもの面子)で後片付けをしながら、ジッカを思う。旅館はもうずいぶん前に閉めたけど、相変わらず「ひとがお休み」のときに忙しいたべもの屋やから。かつての母のようにお正月から働く姉を思う。

▲子どもの頃は、家族が炬燵でみかんを剥く図、カルタやトランプをする図、親戚や従兄弟たちが集まってにぎやかに食卓を囲む図を想っては、「ウチの家はいっこもお正月らしくない」とすねたものだが。
当然ながらお正月だからと休めない人も、故郷に帰れない人もいっぱいいて。
そうそう、いつも読んでいる病院勤務の小児科のセンセもブログに書いてはったっけ。
『もういくつ寝るとお正月じゃなくて、正月が終わるまでに もういくつ寝られるだろうという繁忙期』
・・・というわけで、
休めた人も、休めなかった人にも、どうかよき一年でありますように。
そして、そして、今年もどうぞよろしくおねがいします。
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by bacuminnote | 2008-01-07 11:20 | yoshino