いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2008年 02月 ( 3 )   > この月の画像一覧

ずきずきとしみじみと。

▲朝からぽかぽか陽気で、朝一番に予約してあった隣町の医院まで歩いて行く。片道30分弱、ちょうどいい感じの散歩コースだ。
いつから集まってはるのか、公園はゲートボーラー!の若々しく元気いっぱいの声が響いてる。日溜まりで立ち話のママたちは、こどもを幼稚園に送ってったあとだろか?傍らベビーカーのあかちゃんのまぶしそうな目も、ちいさなあくびもかわいくて。
団地のベランダのあちこちに干してある色とりどりの布団や洗濯物。外にほっぽったまんまの錆びた三輪車。駐車場・・青いバケツの水で洗車してるおっちゃんや、見上げた空のまっすぐ伸びる飛行機雲も。
こんなにも晴れた日は、何もかもがきもちよくて、それにいとおしい。

▲お天気がいいと、わたしは「にわか働き者」に。
で、年に一回の検診が終わり、家に帰ってからも古新聞を片付け、布団カバーや綿毛布を洗濯し、買い物に行って、高野豆腐を炊いて、それから、それから・・とはりきってたんだけど。
午後になって再び用事で出かけたとき、考え事しながら歩いてたら、ちょっとした段差につまづいて転倒した。

▲本人はいつものように、おっと~と「つまづく」だけで収まるつもりやったのに。あろうことか、狭い歩道をふさぐように大の字になってこけてしもた。
映画みたいに”Are you ok?”と抱き起こしてくれる おとこまえが登場するはずもなく。何事もなかったかのように、のっそり一人起きあがって、買い忘れのゴボウを近くの店に買いに行った(←ひさしぶりに炊き込みご飯の予定だった)幸い大した怪我はなかったけれど、とっさについた両手首が、肩や背中、それに足首も痛くて。ずきずきと しみじみと年を感じる夕暮れ時だ。ふうう。

▲今月は手術した友人ふたりを見舞った。
さいわい二人とも無事に手術もすみ、術後の経過もすこぶる良好で「患者さん」だということも忘れるくらいに元気な笑顔にあえた。どちらの病院も新しくきれいで、病室も広く明るくて。その窓からみえる景色もこころ和むもので、ほっとして帰途についたのだった。

▲わたしが初めて入院したのは今から30年近く前の夏のこと。
某市民病院ではまだぎゅうぎゅうの8人部屋なんて大部屋もあった頃だ。イケズなおねえさんや名主のように仕切るおばちゃんがいたりして、ナンもわかってへん24才の新妻!は文字通り泣いたり笑うたりの入院生活だった。

▲わたしの右隣のベッドのSさんは長いこと入退院を繰り返してる方で、無類のお酒好きだった。消灯のあとカーテン越しに「わたしにはわかる。あんたもいける口やろ。ほれ、ちょっと呑み」とウイスキーのポケット瓶を回して来はるのだった。どきどきしながら「そ、それは病気が治ってからにしますわ~」と言うと「これから長い闘病生活になるんやし、そんなん言うてたら息詰まるで。まあ、遠慮せんと、一杯いきぃな」と、すごいことばが返ってくるのだった。

▲彼女は外泊許可がおりると、歩けんようになるほどのんで、救急車で戻って来はる。看護師さんたちにも「また、あの人か~」と呆れられてたけど。
腎臓の検査入院で、けっこうきびしい減塩食だったわたしが食事記録をつけていると「わたしもな、はじめはそうやって、何を食べたらあかんで何がええか、帳面につけてやっててんけどなあ・・・続かんかってん。けど、あんたはしっかり治しや~」とやさしい。ま、そういう時にはお酒を勧めたことも忘れてはるんやけどね(苦笑)
そうそう「醤油はな、上からかけるとちょっとですむけど、煮物にしたらけっこう使うし、減塩にならんから気ぃつけなあかんで」と教えてくれたりもした。

▲ドアの向こうに相方が面会に来るのがわかると「ほら、ほら、今日も来はったで~」と左隣のおばあちゃんと二人すーっと部屋を出て行ったり、カーテンをそっと閉めたりしてくれるんよね。
左隣のおばあちゃんは、もうよくなってるのに息子さんに「帰ってくるな」と言われた、と「まだしんどい」と言いながら長居してる、とSさんが言うてはった。聞けば、同室のみなそれぞれに「事情」があり。ひとは病気だけとちがって何か痛いとこ抱えてるんやなあ、と世間知らずの自分をはじた。

▲夜になると隣の男性の病室では、毎日のように「だれそれのいびきがうるさい」と派手なけんかが始まったり、相方に電話しようと10円玉いっぱい握って公衆電話のところに行くのに、やっぱり硬貨じゃらじゃらいわせて、チョー長電話の骨折のおにいさんがいてやきもきしたり。洗濯機のことで同室のおねえさんにエライ怒られて泣いてしもたこともあったっけ。
「長い闘病生活」とSさんに言われて、そんな~まだケッコンしたばかりやのに、と泣きそうになってたけど、わたしの入院は2週間で終わり、ありがたいことに減塩食もこの期間だけで済んだ。
ほんまにいろんなことがあったけど、なかなかの時間やったなぁとおもう。
そして、今でも酒屋でポケット瓶をみつけると Sさんのことや、あの大部屋での時間を思い出すのだった。

▲そういえば。
「闘病」について、杉浦日向子さんのこんな一文がある。
『江戸のころには「闘病」ということばはありませんでした。かわりに「平癒」(へいゆ)といいました。病とは、外からやって来るものばかりでなく、もともと体に同居していた、ちいさな身内だったのかもしれません。それが突然、訪問客として、「頼もう」と声を荒げた瞬間が「発病」です。なにか、メッセージがあるから、姿を現したのです。招かれざる客ではあっても、まず用件を丁寧に聞いて、かれらがなにものなのか、自分のどこがいけなかったのかを知り、なるべく、すみやかに、おひきとりねがいたい。これが「平癒」の意味するところなんですね。好きなことばです』『杉浦日向子の食・道・楽』"不健康は健康のもと"より
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by bacuminnote | 2008-02-21 23:45 | 本をよむ

『Three Days of Rain』

▲昨日の春のような陽気はたった一日でどっかに行ってしまったようで、今日は朝からまたまたつめたい雨が降った。
義母のところに行こうとバスを待つ間、冷気が足許からじんじんと せり上がってくるようでふるえる。そんな中、すぐ隣にあるケーキ屋さんの店頭では「バレンタインチョコレート」の売り込みをしていて。
若い女の子が着ているピンクのワンピースは見るからに制服用の薄い化繊みたいで・・・使い捨てカイロなかったかなあ、と思わず保護者的視線のおばちゃんがバッグの中を手探りしてたら、バスが来た。

▲あいにくカイロはなかったんだけど(あ、もしあったとしても、差し出す勇気があったかどうかはわからない)
そういえば、とクリスマスの日にも 同じような感じでここでバスを待っていたのだった。
中年女性が二人、サンタクロースの帽子と上着姿で足踏みしながら「クリスマスケーキはいかがですか?」と声をはりあげて。その店の喫茶室から出て来た常連客らしいおじいちゃんが「あんたらも大変やなあ」と声をかけてはったっけ。
この頃は25日よりイヴの方が盛り上がるみたいで、その日のケーキも売れ行きが芳しくなさそうで。たいていの呼び込みに負けないわたしも、寒さゆえの「足踏み」っていうのに弱くて、買うつもりのなかったケーキを買ってしまったのだった。

▲そんなことを思ってたら、車内でぷーんとたこやきのにおい。暖房のよくきいたバスの中、今しがた買ってきた「それ」のにおいが、もわーんとしており一人赤面する。6個入りはおかあさんに、10個入りはわたし用(笑)の「それ」である。
ホームに着いたのはまだ11時すぎだったけど「久しぶりやなあ。たこやき。ほなら、もう食べまひょか」と義母が言い、レンジで温めて「おいしい、おいしい」と食べて。ひとしきり、昔話やおいしいもんの話をしてたら、あっという間に帰りのバスの時間となった。

▲義母の部屋を出て、エレベーターの所に行くのに空き部屋の前をとおる。
エレベーターで一緒になると、決まって娘さんのことを話してはった方の部屋で・・・ここに来るといろんなことを思う。 同じホームの方と話しながらの帰りのバスから降りる頃には雨はあがっていた。件のケーキ屋さんの前にはまだ「バレンタインには・・・」と声が聞こえていて。けど、振り返ったら、みな上着を羽織ってはったので他人事ながらほっとする。

▲チョコレートと雨といえば、この前観た『Rain』という映画を思い出lす。(DVD/日本では劇場未公開。監督・脚本 マイケル・メレディス 製作総指揮 ヴィム・ベェンダース)ロシアの劇作家アントン・チェーホフの短編の幾つかが元になった作品だそうだ。
舞台は夜の街やビルがゴーストタウンのようにみえるクリーブランド。原題の『Three Days of Rain』のとおり、雨が降り続く三日間の物語はWOLH(ラジオのジャズ専門局)のジャズとDJの声が流れる中で始まる(←かっこいいです)。

▲最愛の息子を亡くしたばかりのタクシー運転手、妻に逃げられたタイル職人、鉄道会社で働く障碍をもった青年、ヘロイン常習者の若い女の子。そして何不自由なく美しい妻と居候のその妹と暮らす中年男性、アルコールと息子に依存する老人。
この6人とその周囲の人たちの三日間のエピソードが折り重なってゆく。

▲中でも心に残っているのが中年カップルの話だった。
何不自由ないこの夫婦、予約していたレストランでディナーを食べたあと 駐車場まで歩いていると ひとりのホームレスの男性に「何か食べるものを恵んでほしい」と呼びかけられる。
ちょうど家で待つ妻の妹に、とテイクアウトしたものがあったので「少しだけなら彼にあげられる」・・と提案する夫。一方妻は「これは妹に持って行くものだから」と受け付けない。「少しだけなんだから(いいじゃないか)」と夫はもう一度言うんだけど、妻の方は頑なに拒むんよね。

▲「じゃあ」と夫はお金を男性に渡そうとすると「お金がほしいんじゃない。食べ物がほしいだけ」という返事。「だったら、せめてデザート(チョコレートムース)でも」と夫は再び妻に持ちかけるんだけど、これまたあえなく却下されるのだった。どんどん険悪な空気になってゆく夫婦にいたたまれなくなった男性の方が「旦那、もういいですから」と申し訳なさそうに引き下がる。

▲むっとする夫はそれでも車の中で、何もなかったかのようにふるまおうとして、妻もそれに笑って応えて。
一見落ち着いたかのようにみえたんだけど、それでも、やっぱりこのときのことが夫は忘れられない。喉にささった小骨のように、いつまでもちくちくとひっかかる。雨の中のホームレスに何もしてあげられなかった自分を悔いて。

▲だからといって、彼がそれまでもホームレスの人に何かしてきたか、というと(映画で見る限り)そうではないと思う。もしかしたら、妻と同じように「たった一人だけの人に食事を与えても何にもならない」と思って来たのかもしれないし、いや、それすらも思わず「無関心」で通り過ぎてきたかもしれない。けど、この雨の日のできごとがきっかけで、彼にはホームレスの人が「見える」ようになったのだろう。
そして、このことがきっかけで夫婦はうまくいかなくなるのだった。

▲「一生をかけて、地位も金も手に入れた、だけど、胸を張れない人生なんて~」と夫は呟く。
フウフって、二人おなじ道をおなじように歩いているつもりでも、歩幅もちがうし、目線も、見ているものも微妙にちがっており。でも、だからこそ、お互いに何を見たか、見てどう思ったかを相棒と話すのが 共に暮らす愉しみだとおもうんだけど。

▲さて、この二人はどうなるのか?
この話だけでなく、他の5編もみな結論めいたものはないんだけど。三日間降り続いた雨はあがり、それぞれの登場人物にもあたらしい日が始まる。ラストの雲の切れ間からすーっと光が差し込むところがきれい。そして音楽は最初から最後までcool!
そう言えば『人生は、時々晴れ』って映画もあったっけ。いつもじゃなく、時々しか晴れない空。だから、ジンセイは深くおもしろいのかもしれない。

*追記*
チョコレートはわたしの数多い?すきなもののひとつですが、
カカオ豆農場で働く(働かされる)こどもたちのことを知って、胸がいたみます。
児童労働についてはここ(バレンタインデー・アクション2008 / アムネスティ)にも書いてあります。
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by bacuminnote | 2008-02-13 16:46 | 映画
▲きょうは晴れ。
このところ、うっとうしいお天気が続いてたから、朝 雨戸の内側の桟がすこぅしぬくいとうれしくなる。がが~っと勢いつけて雨戸をあけて ぬけるような青空が目に入るともっとうれしい。
花を育てる、ということをしていないので、いまの時期は緑の濃淡とわずかに南天の赤・・と色の少ない庭なんだけど。
今日窓を開けたら紅梅のちっちゃな赤いつぼみがいくつも見えて、おもわず「わあ」と声が出て頬がゆるむ。

▲そういえば、友人が今時分に彼女の実家近く 湘南の産院でお産したとき、庭の白梅がそれはみごとだったので、娘のミドルネームは「梅」だなと思ってた~って話してたことを思い出した。(←彼女んちは皆日本人なんだけど、子どもにミドルネームつけて楽しんではるのでした)
じつは彼女と同じ日にわたしも息子を木曽にて出産。信州では梅などまだまだ先の話で。その日もやっぱり寒く雪の舞う日だった。病室の窓からは一面真っ白、凛とした雪景色がしずかできれいだった。

▲上の子のときから数えて13年ぶりのお産は、予定日をはるかに越え(だから件の友人ともまさか同じ日に出産となるとは思ってもみなかった)
当初希望し準備していた自宅出産じゃなく、病院で点滴受けながらのものだったけれど。
病院は新しく、看護師さんも助産師さんも皆やさしくていねいで、あたたかく。こどもも元気に生まれてきて「ええお産」やったと思っている。

▲初産のときは大阪の病院だった。
まだ夫の「立ち会い出産」というのが一般的でなかった頃で、相方の「お産に立ち会いたい。できたら写真を撮りたい」(この頃 はカメラマンだった)という申し出も簡単に断られたし、わたしが陣痛室に入るや追われるように外に出されて。
あとで「がんばって」と手紙を渡してくれ、うれしかったり痛かったりで泣いたっけ。
13年もたつと病院の雰囲気も対応もずいぶんと変わっており、むこうから「お父さんはお産に立ち会われますか?」と聞いてくれはったのでおどろいた。

▲結局この日 相方は立ち会わなかったんだけど、分娩室に入るまではいっしょにすごした。とはいえ、ケッコン14年目、初めてのときとはちがって二人ともええ年になってたからか、結構落ち着いており。陣痛に唸るわたしを相方はベッドの脇に立って、ドクターみたいに腕組みしてモニター見ながら「うーん。今のは、たいした痛みとちゃうやろ」とエラソーで。「何言うてんの?本人が痛いって言うてんねからイタイの!」といつもの調子で言い合ってた。
それでも「おなかがすいた」と言うたら、雪の中パン屋に行って菓子パンを買ってきてくれて、うれしかったんよね。(←ウチは甘いパンは焼いてへんパン屋やったから、菓子パンなんてめちゃ久しぶりでカンゲキした)

▲あの日から15年。
「梅」という家族限定!ミドルネームをもつ、えがおのすてきな少女も。
何回もはらはらしながら遠い病院に走ったのがうそみたいに、いまは病院に行くこともなくなった rockと本と映画好きの少年も。
二人ともずいぶん大きくなって反抗期と思春期とそして空腹期のまっさかりだ。

▲去年の今頃のこと。 ひこ・田中さんに息子の誕生日のことをメールに書いたら「おめでとう」と共に「ゆっくりと大人になっていってください」とメッセージをいただいて、はっとした。
ただただ「早う大きくなってほしい」とばかり思って来た、から。
だから、ひこさんのことばに心底どきんとした。
けど、ほんまそのとおり。
いろんなところに行って、いろんなものを見て、いろんなひとに会い、こどもたちよ、
あわてんでもええ。
ゆっくり大人になっていってください。
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by bacuminnote | 2008-02-05 23:46