いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2008年 06月 ( 3 )   > この月の画像一覧

▲あさ おきてすぐ ごみすてにいくとちゅう ちらっとあかいものがみえました。
なんだろうとおもいながら ごみおきばからもどって、いえのかいだんを じゅうだん
あがったところで、あさがおのはなが ひとつさいているのにきづきました。ついに はながさきました。

▲「生えずともよき朝顔を蒔きにけり」(高浜虚子)・・・だった。
そうは言うても、芽が出たというては 声をあげ、双葉が出ると大さわぎ、そんでもって開花でにっこり、の「あさがおのかんさつ」である。
最近のわたしは 空模様よろしく曇りのち雨。始終 寝不足のようなぼんやりした感じ(どうもそんな「お年頃」のもよう~)が続いてたのだけれど。「団子」より「花」にはげまされる、というのが 新鮮だ。
で、間に合わせに植えた鉢では 窮屈になってきたから地植えに。広いとこにお引っ越しして、ちょっとたよりなげな朝顔にたっぷり水をやって。うれしい朝だ。

▲ここ数日 夢中になって本を読んでいた。
シアワセの時間はだいすきな湯本香樹実さんの本。ちょっと思うところあって読み返していたら、おもしろくて、かなしくて、すごくて。引っ越し以来そのままの段ボール箱から前に読んだ本を探して、一冊読み、二冊読み、持っていないものは図書館で借り、図書館にないものはネットで古本を買って読み返してた。

▲その中の一冊にガラクタ置場でのら猫にえさをやる不思議なおばさんが出てくる話があって。主人公の弟が「猫と仲よくなるのって、どうしたらいい?」って聞くと、おばさんはちょっとずつ仲よくなるの。すこーしずつ。だんだん。あせっちゃだめ。「猫は子どもと大工さんと掃除機がきらいだからね」と答える場面がある。
大工さんはトンカチ持ってるから。掃除機は吸い込まれたら毛が抜けちゃうのかな、と弟は考えるんだけど・・・掃除機って、猫でなくてもなんだかコワイよね。

▲何年か前のこと。かつて不登校を経験したという若いひとの話を聞く機会があった。
そのときに「親にされて嫌だったことは何か?」という会場からの質問に「朝、母親のかける掃除機の音」と、彼が即答したことが胸にささるように残っている。
すごいリアルな、それに母としては いたい答えだなあと思った。子どもがガッコに行ってなくても、行ってても、これを聞いて「どきん」とした人 多かったんとちがうかなあ。会場は一瞬しんとした。
「母のかける掃除機の音が 自分の部屋に近づいて来るその感じが嫌やったんです」と
もう一度彼は言った。

▲たしかに。
掃除機って「早く、早く」って、何か急かしてるような音がする。ガーガーいう音に加え、ヘッドが椅子や机の脚に当たるドーン、バタンという音も。掃除してる人の「いらだち」をどこかに含んでるような音。なんか大きな力で吸い込まれる、そんな気もするし。

▲まだ下の子が小さくてアレルギーが大変だった頃に、高かったけれど、迷って考えて、そして又迷った末に(苦笑)外国製の掃除機を買った。排気もクリーンで、冬の間じゅう窓を開けることのない山の暮らしには好都合で、吸引力も強かったから。けど、そのかわりボデイは重く、音も大きくて。その頃のわたしは、子どものことや仕事のこと、かりかりしながらいろんな思いを物にガンガンぶつけて 掃除機をかけていたのだろうな。掃除を始めるときまって相方の機嫌が悪くなったっけ。
今はもう子どもも大きくなって、ほんまにこんなんでいいのか、と思うほど 掃除もええかげんになってしまってるんだけど。

▲そう言えば、この間 外出先から戻るとそろそろ掃除をしなければ と思ってた寝室がきれいになっていたので、びっくりした。
ふだんはわたしが「掃除しよう」と言っても(わたしの五十肩以来 掃除は分担制!)「まだ、ええ」「まだ大丈夫」となかなか腰をあげない相方が 率先してやったらしい。
彼曰く「寝転がって本読んでたらな、二階で、あいつ(息子) がーがー自分の部屋 掃除し始めたもんやから。なんかオレもせんとイカンような感じでしてん」
なるほど。二階から無言の圧力(?)かけられての掃除だったのね。そろそろあの重い、うるさい掃除機買い換えようか、という話も出てたんだけど。もうちょっと このままで いこか。
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by bacuminnote | 2008-06-27 00:13 | 本をよむ
▲春から某校に週一回通っている。超がつくほどの方向音痴だけど、若いクラスメイトの暖かな指導で地下鉄の乗り継ぎもすいすいできるようになったし、途中気に入りの店に寄る、なぁんて「街歩き上級編」まで できるようになって(苦笑) じつに刺激的な「電車通学」を楽しんでいる。
というか、ガッコそのものよりこんな風に電車に乗り、行ったことのない町を歩き、教室でいろんな世代の方とであう事にひかれて、人混みの中を通っているような気がする。
で、その片道30分ほどの道のりに、いつも本をバッグに入れてゆくんだけど、たいていは膝の上に開いたまんま人物ウォッチングしているうちに、あっというまに目的地に着いてしまう。

▲目も覚めるようなピンクとグリーンの髪の若い女の子の二人連れは お互いのコーディネートのことをほめ合って。大きな水玉模様のリボンが頭の上できゃっきゃっ笑うたびに揺れている。その隣りには黒髪、黒スーツの就活スタイル女子三人。茶封筒を胸に抱えて何の話かわからないけど「それはわがままというもんやわ」「せや、せや」とコーフン気味だ。
だれにということなく一人はげしく怒ってるおじさんがいてはるかと思えば、「篤姫」を熱く語ったあと、中吊りの『’08後半あなたの恋と運命を占う』に「見て見て、もう’08年後半やてぇ。早いなあ。いややなあ。また年とるなあ」と沸くのは某放送局見学帰りとおぼしき初老の女性四人組。

▲向いの席ではサラリーマン風の若い男の子がパンフレットのどっさり入った紙袋を両足に挟み、電車の中とは思えない爆睡ぶり。「乗り過ごさへんのかなあ~」とおかあちゃん的視線を送りつつも、目的の駅のアナウンスにあわてて席を立つ。ぷしゅうと音たててドアがしまり、捻挫の足をかばいながらゆっくり歩くわたしの真横を電車はびゅーんと追い越して行く。

▲「ひと」好きは、人の出入りの多いウチの子ゆえか。
こどもの頃のわたしは四姉妹で一番甘えん坊だったので、母のあとばかりついていた気がする。そんなわけで「しゅくだい」も帳場ですることが多かったから、帳場の机の上に敷いてあったラバーの深みどり色はいまもよく覚えている。それは縁がぎざぎざにカットされていて、ところどころカーボン紙の黒いインクが染みになっていた。
当時は公給領収書というのがあって、控えとお客さん用と税務署用と三枚複写で。カーボン紙を間にはさみ、五つ玉のそろばんと暗算で、流れるように公給領収書に書き込む母をいつも横から「すごいなあ」と眺めていたっけ。

▲この間、母と電話でその話をしたら「お銚子何本でいくらとか、宿泊の計算とか、全部覚えてて計算早いの自慢やってんけどな、いつやったか調理場と帳場と行ったり来たりしてばたばたしてたら、えらい計算まちごぅて。一回大阪のお客さんとこまで謝りに行ったこともあるねん」という告白(苦笑)を初めて聞いた。
あの頃の母は何歳くらいだったんだろう。わたしは授業参観に来てくれなかった、と言っては拗ね、運動会で皆とうにお弁当を囲んでるのに、来るのが遅い、と泣きべそをかき、いつも母をこまらせてたけど。今思えばほんまに大変やったんやなあと思う。

▲こどもが仕事の場にいることを親は好まなかったようだが、わたしは人が集まる「そこ」がすきだった。
帳場のうしろの板の間には大きな冷蔵庫があって、仲居さんたちはビールやジュースを竹の籠に入れて、帳場に「○○に、おビール4本、お銚子6本です~」と言うて客室に運んでいかはる。わたしはメモ用紙に母のまねをして「正」の字で飲み物の本数を書いてたっけ。

▲そうそう、冷蔵庫の横の棚には 吹き寄せやあられ、塩豆といった「おつまみ」が入っている一斗缶が並んでいた。母が席をはずしていると仲居さんが「ちょっと、おいで」と手招きして、左手で袂を押さえたかと思うとさっと一斗缶に手をつっこんで、わたしの両手いっぱいあられを入れてくれるんよね。
清流、若鮎、かじか、吉野川、桜花、若杉・・・それから何だったか~ その頃の客室の名前を思い出すとき、掌に受けたあられの香ばしさがいっしょに浮かんでくる。仲居さんの白粉(おしろい)やらお酒のにおいと、いっしょになったそれがよみがえって、もう今はない旅館の帳場がこいしくなる。
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by bacuminnote | 2008-06-16 13:48 | まち歩き

たねをまく。

▲「庭に自慢できる花のひとつもなくてドクダミ眺めてる」って話書いたのは、ついこの前のことだけど。
あのときはまだ うす緑色のブロッコリー!みたいだった紫陽花が、一昨日あたりからいっぺんに色づいて。今朝は小雨降る中 その学名のとおり「水の器」はきらきら光る雨粒を抱えてうつくしい。
いつもいつも、ほったらかしたままやのに。毎年、その時期が来るといっぱい花咲いてくれて、ほんまにどうもありがとうと思いながら、今日は窓から身を乗り出すようにして紫陽花を眺めていた。

▲そういえば、この間 郵便受けに入ってた銀行のチラシを捨てようとしたら、その角に花の種の袋がホッチキスで留めてあるのに気がついた。一緒に捨ててしまうのには忍びなく、土の入ったまま「ほったらかし」の鉢に(←こんなことばっかりでお恥ずかしい)ぱらぱら蒔いて水をやった。
しばらく何も出てこないので相方が「ちゃんと袋に書いてるとおり蒔いたか?深く植えたら芽ぇ出てきいひんぞ」とエラソーに言うので「なんやのん」とむくれながらも、見守ること数日。「やっぱりあかんかったなあ」「わたしら、ほんまにこういうのアカンなあ」なんて話してたら、ある日突然ちっちゃな、しわしわの双葉が見えて「おお、出た、出た」と大歓声。ひょろりと出た芽がいとおしい。
というわけで、ここのところ毎日「あさがおのかんさつ」の大人ふたりである(笑)

▲ずいぶん前のことだけど 『種をまく人』(原題はSeed Folks/ポール・フライシュマン作・片岡しのぶ訳)という本を読んだ。(この本、以前の『麦麦通信』でも紹介したことがあるんだけど、再度)舞台はアメリカ北東部のクリーヴランド、さまざまな人種の人たちが貧しい暮らしをしているまちの一角。生ゴミが投げ捨てられ古いタイヤがころがり、廃棄物の山となったその空き地に、ある日ヴェトナム出身の少女がさび付いた冷蔵庫のかげに、スプーンで固い地面を掘りながらそっとマメを6粒蒔くところからこの話は始まる。

▲いつのまにか、この子に導かれるようにして、ひとり、またひとり人種も年齢もちがう人たちがここに種を蒔き、畑を作るようになって。自分たちが食べるために、ある人は一儲けしようと思い、その動機もさまざまだけど、ゴミだめは少しずつ片付けられ、きれいになって、やがてそこには菜園がうまれる。
なんて書くと夢物語みたいだけど、なかなかすんなりは いかなくて。いろんなトラブルが次々起こってくる。

▲だけど、そのつど いろんな人のいろんな知恵と機知が、その場その場を救ってゆくんよね。
菜園に稔ったのは野菜だけじゃなく、そこに種を蒔いた人たち。・・それまで何の関係もなく、あるいは偏見を持ち、遠くから眺めていただけの人たちのきもちもほぐしていく。共通項は「畑」ひとつでも、ね。
この本、一章ごとに、いろんな人種・民族・境遇の人たちがそれぞれの人生も含めて「空き地」を語っていて、わずか100ページ足らずの本ながら、描かれた世界はあたたかく、そしてふかい。

▲そうそう、この本にであったのは信州で住んでいた頃、村の中学校の図書室で。
本屋も図書館もない村だったので、小中学校の図書室が一般開放されるようになるや、ガッコ嫌い、加えて車の運転の苦手なわたしが、それでも本が読みたい一心で、カーブの多い中学校までの道をせっせと通った。
職員入口で挨拶をして、静かな校内の階段をそろりとあがる。図書室で電気を灯す。たいていはわたし一人で、音楽室からピアノの音や合唱の声が聞こえる中、本の森に佇む。
それはとても小さな森だったけれど、こういう本にであえたシアワセな時間だった。
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by bacuminnote | 2008-06-03 00:16 | 開田村のころ