いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2008年 12月 ( 3 )   > この月の画像一覧

年暮れきりし。

▲クリスマスの翌日、義母にたのまれた竹輪とかまぼこハーフサイズを買いに近くのデパート行った。うかうかしていたらあっという間に店内はお正月モードに入れ替わってしまうから、と思って出かけたのだが。26日にしてウインドウの中身は すでに金ぴか「迎春」シールをぺたぺた貼った 紅白のかまぼこやら、だて巻がずらり。結局どちらの品物も置いていなかった。

▲街はクリスマスが終わるやソッコウ迎春商戦に入るんよね。そんなもんには巻き込まれないぞ、と「いつもどおり」に徹していたつもりが、ここ数日買い物に行くたびに財布が予想を上回り軽くなっている(いや実際は紙幣が消え小銭が増えて「重くなっている」のだが)

▲連日スーパーやデパートの食品売り場はすごい人出で、みんなそれぞれに、ぎっしり書き込まれた買い物メモを片手に、カートの上のカゴはどの人のも満杯だ。
ウチはいつもどおりで・・と思っているのに。デパートだって、スーパーだって定休日は一年に一回。もはや元旦の一日だけなのに。ついつい明日の分、あさっての分、とカゴにほおりこんでいるおろかもの(←わたし)

▲地上にあがると、つめたい風がほてった頬にきもちいい。深呼吸の後、ため息ひとつ。「来年」でもよかったあれやこれやを浮かべつつ、腕に食い込んだ買い物袋が重い。

▲このあいだ図書館で本棚をぐるぐる回っていたら ヴィンセント・ギャロ・絵、と書いた本 『茶色の朝』(フランク・パヴロフ著/藤本一勇 訳/大月書店刊)に出会った。棚から声をかけられるような、本との出会いは わくわくする。
えっ?あのギャロ?と、手に取る。色とりどりの花、えんぴつで落書きしたような絵がいい感じ。

▲そう言えば、と、この本(日本語版)が出版された当時、あちこちで書評を見て、読みたいと思っていたことを思いだした。その頃は山暮らしで、近くに本屋も図書館もなくそのままになっていたのだけれど。絵をギャロが描いていたとは知らなかった。すでに読んだ方も多いかもしれない。でも、今さらながら、いや、今だからこそ、と思うので紹介してみようとおもう。

▲お話は、陽の光がふりそそぐビストロで、主人公の「俺」が友人からペットのラブラドール犬を安楽死させたことを聞く場面から始まる。ちょっと前に「俺」が白に黒のぶちの猫を処分したのと同様に。それは政府が茶色の犬や猫しかペットにしてはいけない、という法律を作ったからだ。「俺」は胸を痛めつつも『人間ってやつは「のどもと過ぎれば熱さを忘れる」ものだ』と流してしまう。

▲ところが、そのうちこの法律を批判していた新聞が廃刊に追い込まれる。次は図書館の本だ。その新聞社系列の出版社がつぎつぎ裁判にかけられ、そこの本は強制撤去される。
その主人公と友人は、だれに会話を聞かれているかわかったもんじゃない、と「用心のために」ふだんの会話にも、あらゆる言葉に「茶色」という修飾語をつけ加えて話すのが習慣になってしまう。そのうち、「茶色にそまること」に違和感を感じなくなっていく。

▲ある日、二人はお互いにペットの「安楽死」の後、茶色の猫と犬を飼い始めたことを知って、笑い転げる。
『街の流れに逆らわないでいさえすれば 安心が得られて、面倒にまきこまれることもなく、安心が得られて、面倒にまきこまれることもなく、生活も簡単になるかのようだった。茶色に守られた安心、それも悪くない』と。

▲しかし、そのうち友人が、多くの人たちが、過去にまで遡って「法律に合わない」犬や猫を飼ったことがある、という理由で逮捕され。とうとう「俺」の所にも「やつら」が来る、ところでお話は終わる。

▲この本(原書)は極右の進出に危機感を持った著者が広く若者に読んでもらいたいと印税を放棄し1ユーロで’98年に出版されたそうで。日本語訳の方は原文にギャロの絵と後半に高橋哲哉氏のメッセージ(『やり過ごさないこと、考えつづけること』)が加わる。高橋氏によれば、ヨーロッパで「茶色」はナチズム、あるいはファシズムの象徴だとか。

▲氏は言う。茶色の朝を迎えたくなければ『自分自身の驚きや疑問や違和感を大事にし、なぜそのように思うのか、その思いにはどんな根拠があるのか、等々を考えつづけることが必要なのです』と。

▲本を読むのは数分だったけれど、読んだあともずっとこのことを考えている。
本は薄いけど重く、明るい装丁ながらこわい話だったが、年の瀬にふさわしい読書だった。そうだ。やっぱりだいじなことは「考え続ける」こと。そして おかしいことには「おかしい」と言う勇気なのだと。

▲さて、今年もあと一日でお仕舞いです。
いつも読んでくださってありがとう。いっぱいありがとう。
前にも書いた気がするけど、すきな句ひとつ。
『うつくしや年暮れきりし夜の空』一茶
どうぞよいお年をおむかえください。

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by bacuminnote | 2008-12-30 23:14 | 本をよむ

空の青。

▲朝起きると一番に雨戸を開ける。古いけれど頑丈な作りなので、重くて開け閉めが結構たいへんで、それに音も大きい。その昔 一時期、相方の両親、祖母と同居していた頃、早起きの義母が朝一番に開けるその音が二階まで聞こえて来て。
勝手なもので平日は目覚まし代わりになるこの音も、休日には「早う起きておいで」と言われているようで、もうちょっとあとにしてくれたらいいのに~と思ったこともあったんよね。

▲が、しかし。
義母のような早起きではないものの、今わたしも同じことをしており。「その荒っぽい開け方がいかにも『早く起きろ』と言うてる」そうで。
家族からは時々ぼやかれる。
そういうときは「そんなこと言うてんと、わたしより早く起きて来て、開けてよ」と言い返すんだけど。

▲朝一番 雨戸を開け「待ってました」とばかりに暗い部屋にさーっと朝の光がすべり込んでくる瞬間は、なんともきもちのいいものだ。
ちょっと寝坊の朝は、雨戸の内側がほんのりぬくくて「今日もいいお天気」と、うれしくなる。そんな日はがらりと開けたまま、しばらく空の青に見入る。
今ではボタンひとつで開閉できる雨戸が常識らしいが、この感触はやっぱり手動式(笑)ならでは、と ひとりほくそ笑んでいる。あ、けど、これは家族には内緒だ。(そんな愉しみがあるんやったら、と「雨戸開け」の専任にされそうやし、ね)

▲自慢やないけど「新しい家」に住んだことがない。
生まれて50数年の間に10軒の家やアパートを移り住んで来たけど、たいていは「旧式」スタイルで暮らしてきた。信州にいた頃、たまに訪れた今のこの家を下の子は
「すごーい。ここは、水洗トイレだし、お風呂にシャワーがあるんだね」とカンゲキの声を上げていたものだけど(苦笑)
この家すらも「新しい家」から見ると、雨戸だけじゃなく、台所もお風呂も、トイレも洗面所も。もはやあちこちが旧式のようだ。

▲そういえば、以前はジッカに帰るたびに上の子が「おばあちゃんとこは、いつ行っても変わらへんなあ」と言うので大笑いしたことがある。
台所には古いガス瞬間湯沸かし、ガスオーヴンも、ポットも、炊飯器も。「住んでる人間が旧式やから、これでええの。第一まだ使えるし」と母。さすがに「いっこも吸わへん」古い掃除機には「新しいの買えばいいのに」と言ったけど。案の定「これがあるしええねん」と箒を指さして断られたっけ。

▲いまはもうその家もなく、母は新しい家で、新しいものに囲まれて暮らしている。
床暖房で暖かく、バリアフリーで、便利で、大きな窓からは山や川も見える明るい家だ。
「こんな結構な生活に慣れたら、もう前みたいな家では暮らせへんなあ」と言って笑う母が、それなのに何故かどこかさびし気で。
「あの家、暗いわ、すきま風が入るわ、雨漏りはするし。トイレも遠いし、寒いし。ほんま、広いばっかりで、ええとこなしやったやん」と、茶化しながらも わたしはいつも階段下につるしてあった箒を思いだしていた。

▲さて。
今日も朝一番に雨戸を開けたら、みごとな青空。冬の空の青はほんとうにきれいだ。寒いのも忘れ、身を乗り出して空を見上げた。
『空の青はとくべつな色のひとつなの。だって、すごく深い色なのに、むこうがすけて見えるでしょう』
(いま、読んでいる本『きらきら』(シンシア・カドハタ作・代田亜香子訳 /白水社刊)より)
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by bacuminnote | 2008-12-19 21:59 | 本をよむ

白い息に急かされて。

▲ここ二、三日急に冷え込んだと思ったら、彼の地では早々と零下二桁に突入したらしい。大阪でこれだけ寒いんやから。さもありなん。

「寒い、寒い」とぼやきつつ一方では、この寒さこそ暮れゆく年にふさわしいと、そわそわするところもあって。やっぱり「暑い」より「寒い」がすきなんやな、と思う。
街はもう先月からクリスマスモードで大きなツリーに、電飾。某ショップのスタッフの頭にはサンタの帽子にトナカイの角まで!買い物に出るたびにその光景を目にしていると、早くも食傷気味のわたし。

▲息子ふたりが小さい頃は 田舎暮らしで。そんなクリスマス一色の街も無縁だったから十二月に入るのを待ちかねるようにして、ツリーや飾り付けをしたものだけど。そういえば、今年はまだ玄関に蚊取り線香入れ(友人にベトナムで探して来て貰ったアンティーク)を飾ったままだ。

▲母の友だちにSさんという方がいる。
「疎開」で知り合ったというから、ほんとうに古く長いおつきあいの人で。ふたりのやりとりを聞いていると、年を重ねてなお 若い頃の繋がりがずっとかわらず続いていることが、母にそういう友だちのいることをうれしく思う。

▲Sさんは毎年クリスマスのころになると「お孫さんに」(ウチの子ども)と、贈り物を下さった。リースにオルゴール、スノーマンやサンタクロースの人形、クリスマスバージョンのテディベア、オーナメントに、モビールに、それから、それから・・・といっぱい。
Sさんの都会的なセンスで選ばれた贈り物の中には、ときどきわたしの好物のチョコレートや紅茶も入っていて、わたしにもたのしみの贈り物だったんよね。
雪の中 宅配便が届き「Sさんから~」と言うと息子がとんで来て、寒い玄関先に座り込んで「早く、早く」と白い息に急かされ、かじかんだ手で封を解いた日がなつかしい。

▲とりわけ信州生まれの下の子は大のクリスマス好きで。
12月になると、絵本もサンタクロースのお話ばかり、あれもこれもと飽きることなく何度もくりかえし読んだものだ。
フィンランドの絵本作家 マウリ・クンナスの 『サンタクロースと小人たち』などは ひとつひとつの場面がいまも鮮やかに思い出せるほど 読んだっけ。(ウチに来るサンタクロースの贈り物には、この本の中に出てくるトナカイのマークと同じものが必ずついていた!)だからSさんの贈り物にはいつも大喜びだった。

▲ある年、布製のカレンダーが届いた。それはツリー型の布にクリスマスまでの日付のついた小さなポケットが並んでいて。
アドベントというのはイエス・キリストの降誕を待ちわびる期間。クリスマス までのカウントダウンを行うためのカレンダーをアドベントカレンダーと言うらしい。その24の小さなポケットに、キャンデーやチョコレートを入れて、毎日一個ずつ摘みながらクリスマスの日を待つ、というもの・・・と知ったのは ずいぶんあとのことで。
その頃は「これ何に使うんやろなあ?」と親子で考えたんよね。

▲そして「貯金箱」というのが当時わたしたちが出した答えで。(苦笑)

いま思えば、アドベントの意味もわかっていなくて、勘違いもいいとこ な「使い方」だったのだけれど。
ちょうど、その頃 保育園の帰りに寄る食料品店で(ウチから一番近い・・と言っても3km先。食料品店ながら、百貨店並の品揃え!)息子のお気に入りのおもちゃ(ラムネ付きのレゴ)があって。「じゃあ、あのカレンダーのポッケに毎日何か手伝ってお小遣いをためて『自分で』買うというのはどうやろ?」ということになったのだった。

▲まあ、手伝いと言っても、新聞をとってくるとか、薪を小屋から運ぶとき一本づつ手渡し、とかそういう小さなことだったと思うし、何にもなくても「はい、今日の分10円」という日もあった気がする。ところが、何日かたつと息子はおもちゃがクリスマス前に売り切れないか、気になって仕方なく。「なに?なに?Rくんどうしたの?」とお店のおくさんが聞いてくださって。事情を話すと「じゃあ、こうしょう」とビニール袋に件のおもちゃを入れ「Rくん用」と大きくマジックで書いて、商品棚の上にぽんと置いて下さった。「もう、これで大丈夫だからね」とおくさん。

▲そして、ようやく「その日」が来て、カレンダーのポッケからお金を出し集めて袋に入れてお店に直行。息子は喜々としてレジで袋のお金を出して。おくさんが「はい、はい。まってましたよ~」とおもちゃを手渡してくれた。
家の近くに子どもがいなくて、保育園やガッコから戻ると 家の中で一人遊びの長い冬だったけど、息子にも、そしてわたしにも、これは開田村でのクリスマスのたいせつな思い出のひとつだ。

さて、これを書いてるうちに、やっぱり、と思い立って、さっき「クリスマスの箱」からいろいろ引っ張り出してきた。

今は多分もう雪景色の彼の地が しみじみと恋しい夜だ。
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by bacuminnote | 2008-12-08 22:29 | 開田村のころ