いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2009年 03月 ( 3 )   > この月の画像一覧

こども。

▲この間、友人の娘Aちゃんから「はじめまして」の件名で携帯にメールと写真が届いた。携帯の小さな画面から、まだふにゃふにゃの赤ちゃんのやわらかな感触とあまいお乳のにおいがしてくるようで、思わず頬がゆるむ。近くに住んだことは一度もないけど、名古屋から始まって、千葉、九州、オーストリア、そして大阪・・・と一家の移動のたびにAちゃんの成長ぶりを見聞きして来たから。あの子の赤ちゃん誕生、というのがおばちゃんは感慨深い。
もうひとり、別の友人の娘○ちゃんも「もうすぐ誕生」だと言うし、今月はじめには、ガッコの若いクラスメイトから「赤ちゃん誕生」の知らせをもらい。気分はすっかりおばあちゃんなわたしだ。

▲いつのときも、小さな命は忘れてしまいそうになる「希望」ということばを思い出させてくれる。世の中はあっちむいても、こっちむいても大変な事だらけで。ほんまにごめんやけど。ようこそお越し。ゆっくり大きくなってね~と思いながら、もう一回「写メ」を眺める。
まだ寒い日も多い。でも、いつも歩く道の桜はぽつぽつ花が咲き始め、芽吹きの木々のみどりはちっちゃいけど瑞々しくて。 ああ、スプリング・ハズ・カムやねえ。

▲そんなわけで、このところ友人やその娘サンに、とこの絵本
『ちいさなあなたへ』
(原題は『someday』)求めて何べんも本屋さんに行った。初めはすみっこにひっそりあったのに、行くたびに本の位置が目立つところになって、この前行ったときは、お店の絵本ベスト10の二位のところに飾られていた。
子どもがいても、いなくても。
だれかの子どもであれば(とくに「娘」であれば)
たぶんみんな胸がきゅんとなる本だから、多くの人に読まれているのだろな。

▲「赤ちゃん」がいつのまにか「子ども」になって、しがみついていた母の手をふりほどき、一人で歩き、そして家を出てゆく。ふりかえると、大きいと思っていた家が小さく見えて。
『いつかきっと、あなたもとびこむだろう。 ひんやりすきとおったみずうみのみずの中へ。 ほのぐらいもりへさまよいこもこともあるかもしれない。 うれしくて愉しくてひとみを キラキラかがやかせる日が きっとある。 心臓がはりさけそうになるまではやく、とおくへかけていく日もくるだろう。 もっとたかく、もっとたかくとはずみをつけて、めまいがするほどたかくまで、自分をためすこともあるだろう。』(本文中より抜粋)

▲そう言えば、今日繕い物をするのに針箱を開けたら 針刺しパッド(と、勝手に命名してる)が出てきた。チューリップが三つとわたしのケッコン前のイニシャルがクロスステッチで刺してある。その昔、まだ若くてかりかりしていた頃。何かというと父とけんかばかりしていた頃のことだ。帰らないつもりで家を出たけど、夜遅くになって帰ったら、母が一人起きて食卓で刺繍をしていた。

▲待っていてくれて「ごめん」と思ったけど、声に出して言うことはなかったんよね。
余り布を使って、きっと何を作るというのでもなく、ちくちく針を動かすことで、あふれる不安も心配も憤りも抑えていたのだろう、と 今ならわかる。
ハタチすぎの娘が使うにはかわいすぎるチューリップの刺繍を、その時は「幼稚園の子のみたいやん」と、笑ってしまったけれど。
それも、今ならわかる気がする。

▲たまたま一昨日観たDVD 『ペルセポリス』という映画(アニメーション)にも娘・母・祖母が描かれていて、ぐっと胸に来るものがあった。とはいえ、この映画は背景にイラン革命とイラン・イラク戦争で混乱の社会背景抜きには語れないんだけど。
1978年9歳のマルジは好奇心旺盛でブルース・リー好きの女の子。テヘランで両親や祖母の愛に包まれ暮らしていた。革命が起き、女子はヴェール着用などの法律ができたり、風紀取締がきびしくなる。そのうち戦争が始まり、自由に発言もできなくなって。そんな中でもマルジは「PUNK IS NOT DED」(パンクは死なず)なんてバックプリントのジャケット着て、大音量でロックを(「ビージーズは「ダサイ」には苦笑。マルジが愛するのはヘビメタのアイアン・メイデン!)聴いたり、校長に意見したり、とけっこう大胆だ。

▲で、将来を考えて、両親は彼女をウィーンに留学させる。生まれ育った国を離れ、自由な空気の中でティーンエイジャーはいろんな人に会い、恋をして、無茶もして、挫折もして。傷つき悩んで、結局テヘランの家族のもとに帰ってくるんだけど。
若いってつらい。
でも、すごいチカラを持ってるんよね。と、これも今ならわかる(苦笑)
『淋しきは愉しいものかスレートの屋根に寝そべりゐぬ少年と猫』
『傍らに来て寝ぬる子よ寂しさも怒りも独りのものと知るべし』
『ひとけなき白昼空深くさらはれむまでブランコをこげ』
すきだった 干刈あがたさんが子どもをうたったものだ。
(わたしの古いノートの書き込みで、どの本に載っていたものか不明です)
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by bacuminnote | 2009-03-28 09:20 | 本をよむ
▲買い物に出るとどの店先も春の装いで、見ていたらなんだか着て来た上着が重く汗ばむようだった。それでも外に出ると風はまだつめたくて、マフラーのない首筋が寒いくらい。ああ、まだこの厚いので正解、とおもいながら首をすくめて帰り道をいそいだ。
若い頃は少々寒くても「ちょっと先」のものに目がいったけれど、 今はもう胸張って(って、いばることはないか・・)かっこより快適を選ぶ。何より窮屈なのと寒い、または暑いがあかんのよね。

▲そういえば、若い頃 母に服を贈ると「ほしいもの」から少しずれることが 時々あって。「格好ええのに。なんで着ぃひんの?」と不満だったが。
このごろは母の要望(ツボ)・・・ネックや袖、胸まわりのきつすぎず、ゆるすぎない、ちょうどええ「ゆとり」もよーくわかるようになった気がするのは、自分がかつての母の年齢に近づいたからか。
けど、年をとってきたからこそ「快適」だけではなく「シック」も、ほんま言うとあこがれ。(無理!という声が身近なとこから聞こえてきそうだ)

▲田舎暮らしの頃はパン屋の仕事だけじゃなく、育児に、外回りの仕事(春は薪割り、夏は草刈り、冬は雪かき)がけっこうあって。服を買いにまちに出る時間も(お金も)なかったので、都会に住む衣装持ちの友だちから要らない服をもらっていた。
真夏以外はずっと着るので袖口のほつけたトレーナー(でもこれがラルフ・ローレンだったりする)と、中には綿のシャツ、ひざの抜けたチノパン(これだけは友人のサイズに合わず(泣)ユニ○○のネット通販で買っていた)年中、どこに行くにもこの格好だった。

▲下の子が生まれる前には(上の子の出産から13年もたっていて、赤ちゃんのものは人にあげたり、処分して何も残ってなかったので)友人や各地のパンのお客さんが、マタニティーウェアーや、おんぶひも、洗って洗ってくたっとやわらかな布おむつや産着などなど、箱いっぱい送って来てくれて。

▲長いことそういう生活をしてたから、ここに戻って最初の頃は、何をどこで買えばいいのかとまどい、自分の趣味もどんなだったか忘れてしまい、それにラルフ・ローレンって高いんでびっくりした。(苦笑・・・ウラシマタロウ状態)
もうちょっとしたら、二回目の大阪暮らしも六年になるんだけど、やっぱり家族みな 年中同じような格好して暮らしていて。たまに写真撮っても服装がほぼ同じなので「いつの写真かわからへんなあ」と笑うのも相変わらずだ。

▲さて、
この間、ひさしぶりに図書館に行った。ずっと開館を待っていたのに(システム調整で長い間休館だった)ぎっくり腰になったり、整骨院通いしたり、で行けなかったんだけど。
目的の本を借りたあと、本棚と本棚の間を何を見るとはなしにぶらぶら歩く。ふっと目についた長田弘さんの 『自分の時間へ』を手にとって、ぱらぱら見ていたら古本屋のことを書いたエッセイがあった。

▲『古本屋には、本の声を「聴きに」いった。黙りこくっている本のあいだに、ここにいると、こちらに語りかけてくる本があった。ない本を探しにゆくのではなく、そこにある本の声を聴きにゆく。語るべきことをもつ本はかならず本のほうから語りかけてくる。聴くものに聴こえるだけのひそやかな声で語るのが本だ』(p23『早稲田通りのこと』)

▲古本屋と図書館はちがうけれど、こんなふうに「ひそやかな声で」「本のほうから語り」かけられたときのトキメキはおなじだと思う。もちろんこの本も借りて帰る。
家に帰って、お茶をのみながら読み、大根が煮える間 台所のまるい小さな椅子に腰掛けて読み、寝る前にスタンドの灯りで読む。シアワセの時間。
『自分の時間は、ほんとうは、他の人びとによってつくられているのだと思う。他の人びととのまじわり、他の人びとの言葉とのかかわりをとおして明るくされてきた自分の時間について、ふりかえって記憶の花束をつくる』(あとがきより)
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by bacuminnote | 2009-03-17 23:59 | 開田村のころ

何はともあれ早いこと。

▲外に出たとたん、わあ~って声をあげたくなるような青い空と陽気で3月がスタートした。2月の末には雨の日が多かったので、今日こそは、と たまった大物洗濯・掃除・布団干しをしているうちに、なんだかむくむく元気がでてきて。
体調がもうひとつやしと、友だちの誘いを断った事をちょっと悔いながらも、ひさしぶりのお陽さん浴びてきもちよさそうな洗濯物やら布団を 飽きずにしばらく眺めてた。
庭のむこう モノレールがその派手な宣伝ボデイを物ともせず(←ちょっとは恥ずかしがってほしい気もする)青空の真ん中をゆっくりスルーしてゆく。

▲いつもの「さっさっと」ではなく、部屋の隅っこまできれいに掃除して(←これがフツー?・・)さあ片付けるか、と延長コードをたぐり寄せたそのときのこと。
ぐにゃり、へなへな、あれ?・・・ひさしぶりのぎっくり腰(号泣)
月曜になるのを待ちかねて いつもの整骨院に行った。鍼と整体をしてもらってかなりの回復にカンドー。背中にテーピング、腰痛ベルトにて帰宅した。
入浴後、腰と背中一面に張り巡らされた テープが濡れて、拭いても乾かず冷たいので、仕方なく相方にドライヤーで乾かしてもらう。なんか、わたし、今すごい格好なんやろなあ~ スパイダーマンとか、絶対 何か言われるやろうなあ~と思ったんだけど。
案の定 満身創痍のツマは「ボンレスハム」と命名された。

▲整骨院には三日通ってOKもろて、金曜日には はげしく雨の降るなか駅に向かった。週一回、一年通ったガッコもこの日が最後のクラス。
学期の終わりは皆でランチが恒例で、ガッコ近くの中華料理屋さんに集まった。
水餃子も海老マヨ・チリソースも、五目あんかけそばも、炒飯も、もやしと豚肉の炒め物も、胡麻団子も、ぜーんぶおいしくて。ランチのあとは合評会だというのに、ビールもちょっと注いでもろて。のんで食べて、しゃべって、食べて、何度も大きな口あけて笑った。
にぎやかに円卓を囲むどの人も、去年の今頃はだれも知らなかったのに。もうこれでお別れかと思うと、しゅんとしてしまう。おわりに一人づつスピーチして、最後の人が途中で泣き出してしまい もらい泣き。いや、じつは「もらう」前からちょっとキテいた気もする。

▲クラスメイトのほとんどは来年度も続けて来はるとか。けど、わたしは予定通りこれでおしまい。
昔っからのガッコ嫌いが、初めて文章でいただいた賞金をおもいきって投入して(ほんまは電動自転車を買おうと思ってた!)入校したんだけど。まちがいなく電動自転車以上のものを得た、とおもう。
何より30代~70代までいろんな人にであい、学生の頃のようにノンストップでブンガクを語り。書いて書いて書いた時間は、しんどくて、たのしくて、エキサイティングで。ほんま ええ時間やったなあ、と 帰途いつものようにあんパンかじりつつ(頭を使うとお腹が減るんよね)暗い道を歩きながら思った。

▲と、ひとつのことが「おわった」充実感とさびしさの中、なんだか今はまだちょっと放心状態だけど。
書きたいことも、やってみたいこともあって。ああ、何はともあれ 早いこと「ボンレスハム」を脱し のびのびと動きたい。
はるよこい、はやくこい。
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by bacuminnote | 2009-03-07 20:55 | 出かける