いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2009年 04月 ( 3 )   > この月の画像一覧

朝は夜に、夜は朝に。

▲時間の使い方が下手なのか、動きがのろいからか、あっという間に朝は夜に、夜は朝になる。
まだ子どもが小さくて手がかかり、パン屋をしていた頃は、どんな風に暮らしていたのだろう、とふと思うんだけど。若いときはわたしみたいに「あゆみののろい」者でも、それなりにアクセルを踏みこんでいたのかもしれない。
いつもは当たり前と思ってる自分の「時計」ながら、たまに姉や母や友だちと一緒に過ごすと速い人、遅い人、じつにさまざまでおもしろい。

▲母も義母も昔から自営業の家で「嫁」として働いて来た人だから、いまだにせっかちだ。これをしたら次はあれ、という風に、つねに頭の中のタイマーが鳴っている(気がする)
義母は直接仕事には関わっていなかったが、義父の両親や祖父母、出入りの職人さんも多く、いつも台所に立っているような生活だったらしい。

▲その習慣は義父が店をたたみリタイアしてからも長く抜けず。義母は友だちと出かけても4時が近づくと、夕飯支度が気になってそわそわし始めるので、みんなに「4時の女」と呼ばれていたそうだ。
そんな義母もいまはもう食事の心配のないホームでの暮らしだけれど、4時にはお風呂なので(と、自分で決めている)3時を過ぎるとしゃべっていても、ちらちら何度も時計を見てはって。「4時の女」は健在だ。

▲母に至っては、からだの弱かった父以上に働き手であり、つねに家業の旅館や店の「段取り」を考えながら動いて来た人なので、かつては娘たちが帰省してくると、その段取りというものが皆無の たらりんとした生活態度に、たいてい二日目くらいから我慢ならんようになるのであった。
今思えば、孫が何人も生まれるような年になっても、母は忙しく働いていて。それでも夜更けに墨をすり、刺繍をし、レコードを聴いて・・・一体いつ寝てたんやろなあ、と改めてそのバイタリティーにおどろかされる。

▲そんな風にあってもあっても、足りない時間をずっと走って生きて来たひとも、いまはいっぱいの自由な時間を持てるようになった。それなのに、やっと持てた時間が 老いと体調がゆえに存分に使えない、と時々ためいきをついていて、ちょっとさびしい気もするけれど。相変わらず「段取り」はいつも頭の中で健在なようで、電話で話していると「たらりん」として暮らしてる娘もその時だけは背筋がのびる思いだ。

▲今日は朝から春とはおもえないつめたい雨が降り続き、ぬれた新緑のみずみずしさに見とれる。
こんなにうつくしい緑を前にして、しかし四月 もの思いにふけることが多いのはかけ足で友人がいってしまった月だからか。年を重ねて、とうに忘れてしまっていたような小さな思い出が突然ふっと湧いてきて、頬がゆるみ、そして「時間」に思いをはせる・・・明日はJ.Jがいってしまった日だ。

▲『たとえば、青空に浮かんで動かないように見える白い雲が、ちょっと目を離した隙に遠くまで行ってしまうように、物事は思った以上に早いスピードでどんどん流れてゆく。そういうことを最近やっと実感として感じるようになり、その結果ちょっとわたしはせっかちになった。』(山本文緒『みんないってしまう』より抜粋)

「ほらほら、洗濯機はだいぶ前に止まってまっせ。それにお昼の支度でっしゃろ」
お~っと。
ぼーっとしていたら、うしろから義母や母の急かす声が聞こえてきそうだ。
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by bacuminnote | 2009-04-25 14:01 | 本をよむ

手放さない。

▲きょうも晴れ。スギ花粉の時期が終わったようなので、洗濯物を外で干す。つよい陽差しの中 麦わら帽かぶって、あおぞら、タオルに、シャツ、パンツ。芽吹きの緑、つつじの蕾。くつした、シーツにバスタオル。ああ、きれい、と干す手を休めてしばし見入る。
そもそも「欲求」がこじんまりしてるのか(苦笑)庭に出て、木々の少しの緑とお隣の桜の木を仰ぎ見るだけでマンゾク。買物も歩いていけるところでマンゾク。何より買物ついでに図書館や本屋にも寄れるのがうれし。
まあ、そんなわけで、出不精はますます「デブしょう」となり(苦笑)
せっかくの誘いもことわってばかりいる。(すまん)

▲昨日は図書館に行くエレベーターの中で、ベビーカーの赤ちゃんがぷうぷう言うてるので、ちらりと見たら目があって、にっこりスマイルもらった。かいらしい。まさに「水温む赤子に話しかけられて」(岸田稚魚・遺句集『紅葉山』)だ。
この前も書いたけど、今春は若い友だちの出産や友だちの娘の出産、とニューフェイス!の登場が続いていて。今日もその中のひとりが(いや母子二人だ)ぶじ退院するという。

▲「おばあちゃん」になった友人がその昔 お母ちゃんになりたての頃、彼女のジッカに赤ちゃんに会いに行ったのは夏の日のことだ。
友人の中では一番早く母となった彼女と、おばあちゃんと呼ぶにはまだまだ若かった彼女のお母さんが二人、おむつが濡れてる、おっぱいのあとのゲップが出ない、とおおさわぎしているのが、大変そうなのにたのしそうで。まだ独身だったわたしも顔がゆるみっぱなしだった。

▲「この子とわたし、ふたりで一人前やろ」とママばあちゃん(←友人のお母さんの呼び名)が首にかけたタオルで汗拭き拭き笑ってはったけど。ちいさな娘が泣くたび、母も祖母も、おんな三人ひたいを寄せて、わあわあ言うてた そんなシアワセに満ちたあの日を思い出しながら、今これを書いている。
友よ、かつてのママばあちゃんみたく 明るくはりきって「おばあちゃん」してください。

▲おばあちゃん、といえばこの間『マルタのやさしい刺繍』という映画を(いつものようにDVDで)観た。スイスの小さな村に住む80歳のマルタは夫に先立たれて9ヶ月になるのだけど、いまだに鬱々として元気がない。そんなある日、彼女の裁縫の腕を覚えていた人の進言で、村の合唱団の敗れた旗の修理を頼まれる。
久しぶりの「針仕事」は彼女の眠っていた創作意欲に火をつけて。若い頃は手刺繍のランジェリーの店をパリで、と夢見ていたけれど、夫の反対であきらめたことを思い出す。

▲何事にも積極的な親友リジーの手助けで、マルタは9ヶ月着続けた喪服を脱ぎ、町に布を買いに出る。それでもマルタの息子が教会の牧師ということや、だれもが皆顔見知りという保守的な村に在っては、下着屋というのがなかなか理解されない。何度も困難な状況になるんだけど、マルタにはリジーの他にも、いい友だちがいて。彼女たちの応援もあってマルタは自分の夢をこんどこそ手放さない。

▲この映画の監督は思ったとおり女性。1972年生まれのベティナ・オベルリ。主役を演じたシュテファニー・グラーザーはスイスでは有名な俳優だけど、映画はこれが初主演らしい。実年齢は88歳だそうだ。他の出演者もプロフィールを見たら40年近い演劇人生とか、劇場に50年以上在籍とか、そのキャリアに圧倒される。顔はしわくちゃなんだけど、その笑顔はみなめちゃチャーミングで、そして辛いことも楽しいことも、いっぱいいっぱい重ねて生きてきたひとの誇りのようなものを感じる。

▲いつまでも夫婦や親子の関係に縛られず、世間の因習にとらわれず。80からだって「なにか始める」ことはできるんよね。本人が自分自身から目をそらす事さえなければ。自分のだいじなものを手放さないかぎりは。
きょう二つめの俳句はこれ。
『新緑やうつくしかりし人の老(おい)』(日野草城句集所収)
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by bacuminnote | 2009-04-13 19:30 | 映画
▲いつも通る道がここ数日なんだか明るいと思ったら ここそこに桜の花が満開で。
毎年書いているから、またか、と思われるかもしれないけれど、わたしは桜の季節がいつもなんだか落ち着かない。すなおにきれい、と花見にでかけるきもちになれなくて、桜をこえた桜の話(この時期、新聞でも雑誌でもきまって「桜特集」が組まれるし)にはため息をつき、そのくせやっぱり気になって。ちょっとねじれた思いをもてあます、そんな季節でもある。

▲この間 毎年恒例「花見弁当」をデパートで買って義母をたずねた。いろんなおかずが少しずついっぱい詰まったかわいいお弁当の蓋を開けただけで、食卓はぱっと華やぎ春いろに染まる。
「こういうおべんと買うて、みな花見に言うて出かけはるねんけど。ウチはみなが言うほど桜に関心ないねん」と笑う義母と二人「花より団子」派インドア・ランチ(笑)は、今年も賑やかに、華やかに? おしゃべりの花が咲くのであった。

▲帰途 図書館で予約の本『ナイン・ストーリーズ・オブ・ゲンジ』を受け取った。これは9人の作家たちが『源氏物語』の各章を自由自在に翻案したもので、タイトルはごぞんじサリンジャーの作品名のもじり。
最初に町田康氏の『末摘花』(すえつむはな)を読んで、いきなり冒頭の一文、そのみごとに「町田なゲンジ」に笑う。サイコー!

▲『春はいろんなものが朧で、生きるということの根源にあるぐにゃぐにゃしたものが、そこいらに噴出していて、美しと言えば美しいが醜いと言えば醜くて、それを、ただ単に人々が美しいと言って賛嘆している、或いは、実は美しいとはまったく感じていないのだけれども人が美しいと言っているから真似をして言葉のうえだけで美しいと言っている人があって、そんな人をみるにつけ、おかしいような心持ちがする』

▲この本に在るゲンジは原典から近く、遠くて、また別物かもしれないけれど。おもしろい。
先日もここに書いた長田弘著『自分の時間へ』に「対話というのは手わたす言葉だ。翻訳というのもそうだ。翻訳というものの根っこのところにあるのは対話だ。翻訳はいわば一つの言葉ともう一つの言葉のあいだの対話の記録だ。」とあったのを今思いだしている。この本も 源氏物語と現代作家との対話なのかもしれない。

▲ガッコ時代、古文は大の苦手で(よく卒業できたな、と思うほど)たいてい授業中はうつむきっぱなしだった。
今日のような陽気の午後は、大胆にも突っ伏して居眠りしていた気がする。そうして、いつのまにか古典なんか、と見向きもしなくなってしまっていた。
だから源氏などは、何度も前を通りながら、そのウィンドウの壺をちらちらのぞくのが精一杯の、一向に中に入ることのできない骨董品店みたいなものだった。
でも。こんど前を通ったらドアくらいは開けてみようかとおもっている。「対話」はできなくても「対話」に耳を傾けることならできるかもしれへんし。
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by bacuminnote | 2009-04-07 20:43 | 本をよむ