いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2009年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧

パン屋のおばちゃん。

▲信州から大阪に戻って、もう六回目の夏だ。
街にも仕事をもたない暮らしにもなじみ、パン屋のおばちゃんだったことを時々ふっと忘れそうになる。引っ越してきた時のまま、段ボール箱の中には、捨てきれなかったスケッパーや温度計、大量の「パン工房 麦麦」のシールもねむっている。何よりこのブログさえ、パン屋の名前をそのまま残しているんだけど。こうして時間がたつと「記憶」は感熱紙の文字がうすくなるように、そのうち読めなくなってゆくのやろか。

▲昨日、出先からの帰途 ひさしぶりにパン屋の先輩「楽童」(がくどう)さんに寄った。
初めてこのお店をたずねたのは、わたしたちフウフがパン屋を志した時だから、もう24年も前のことだ。以来多くを教わり、子どものこと、教育、社会・・・と熱く語り、愛知川(滋賀)にも開田高原にも家族で、子どもだけで・・・と何度も来てくれた。その間(かん)お互い仕事に、たのしみの時間に忙しくて、いつも密に関わってきたわけじゃないけど、会えば即 昔に戻れるなつかしい旧友のようなおつきあいが続いている。

▲阪急豊津駅を降り(方向おんちのわたしにSさんは「(電車は)うしろに乗るねんで」とあたたかいアドバイス(笑)を忘れない)道を渡り、細い階段を一段、二段と下りかけたら もう懐かしい天然酵母パンのにおいがしてきて、ちょっと泣きそうになった。
かわらない店構え。黄色い看板に楽童のロゴ。「かわいいお店」なんて安易な表現はしたくない。小さいけれど風格あるパン屋だから。

▲店の前に立つと、おいしいにおいと共に熱気がもわーとやってくる。たしか窯は店先のウインドウの裏だった。常連と思われるお客さんがひとり、ふたりと次々に買いに見えて、すこし離れたところからうれしく眺めた。
天然酵母だからと特別な店じゃなく、町に八百屋やお米屋があるように、町のパン屋をめざしたい、と初めて会ったときに言うてはったことを思い出しながら、待っている間、店のまわりを歩いてみる。

▲じつは「楽童」さんの近くで暮らしたことがあった。まだ彼らが店を始める前のことで、わたしたちもそこには二年足らずしかいなかったので、すれちがいだったんだけど。そもそもわたしが家でパンを焼くようになったのは、その町から田舎に引っ越すことになって、これまで自然食品の店で買っていた天然酵母パンが手に入らなくなるからだった。もし、あのままあのアパートで住んでいて「楽童」開店のニュースを聞いたら、きっとすぐにパンを買いに走っただろう。で、やっぱり一家とはなかよしになったこととおもう。

▲でも、そうしたら自分でパンを焼かなかったかもしれないし、天然酵母のパンの講習会に行くこともなかっただろう。ということはパン屋にもならなかったかもしれないんよね。
ほんま ジンセイの出会いのタイミングというのはなんておもしろいんやろ。
とにかく、ちょっと回り道したけど「楽童」さんとはどっちにしても、どこかで出会ってた気がする。

▲お店の周辺の家はどこも建て替えで新しくなって、知らない町に迷い込んだようで心細くなる。でも、たまに「昔のまんま」のお家があって、玄関口に並んだ植木鉢や物干しの洗濯物がゆれているのを見てほっとする。そうそう、この近くに親戚の家もあったはずだけど、と探しているうちに、元の道に戻る自信がなくなってきて諦めた(苦笑)
ぶじ?店の前の道に出てくると、お客さんが「ありがとう」と笑顔でパンの袋を持って出てきはる。Sさんの「ありがとうございます」の声に わたしも「おおきに」と頭をさげそうになる・・・いつのまにか「パン屋のおばちゃん」になっているのだ。

▲ウインドウの中、レーズンのパンにごまパン、ココア色のパンはキャロブ。それにきれいに窯伸びした山食のきつね色がおいしそう。どれも開店のときのまま、気取ってなくておいしいパン。あたらしい顔ぶれもあるけど、みな名前がわかりやすくていい感じ。(この頃は横文字の覚えにくい名前が多い)
それにしても、この熱気もにおいも、この間まではわたしにも「日常」やったんやなあ、としみじみ。
「まあまあ、暑いけど中に入って」とSさんに促されて仕事場に入ると、ソッコウ汗がふきでて。これ、これ、この感じ。これが夏のパン屋やなあ、と出してもらったつめたい麦茶をぐいぐい飲んだ。

▲しゃべってる間にもSさんタオルで汗を何度も拭う。で、やおら立ち上がると「さあ次はこれの出番やな」と棚からうちわを二つ取り出さはったので、大笑い。窯の予熱が冷めないから、しつこいようやけど、ほんまにほんまに夏のパン屋は暑いのだった。
そのうち配達に出ていたおつれあいのAさんが帰ってきはって「やあ、いらっしゃい」のあとは「暑いやろ。けど、なつかしいやろ、この暑さ」だった。やっぱりキーワードは「暑い」なのだ(笑)お店をAさんにまかせて、わたしたちは(申し訳ないけど)近所の涼しいカフェに移動。

▲Sさん曰く「けったいなパン屋のおかみさん」同志(わたしは「元」がつく身になったけど)話は尽きない。「ほんでな、ほんでな」と大阪弁と早口。本の名前も人の名前もすぐには出てこなくて「あれが」「それが」の連発。くわえて脱線と大いなる飛躍(苦笑)
よその人が聞いてたら二人の会話は「何言うてんのか、わけわからん」やろなあ、と思いながらも楽しく、そして実のあるおしゃべりだった。お互いにすきなことはだいじに続けていこう、と言い合って。「会えてよかったなあ」「また、しゃべろ」「また、あおな」と別れた。

▲電車の中、ひざの上にのせたパンの袋からいいにおい。その昔、よくお客さんに「パンのにおいはシアワセのにおい」と言うてもろたけど。ほんまにそうやね。
感熱紙の文字がやがて消えてなくなっても、わたしの根っこにはパンにつながる人やものがしっかり残ってることを おもう一日だった。
暑いけど、しんどいけど、たいへんな世の中やけど(そんで、自分ちはやめてしもたけど)町のパン屋「楽童」さんが これからも長く「シアワセのにおい」と「陽気と元気を」届けてくれますように。


*追記*
『パン工房 楽童』HP
〒564-0041
大阪府吹田市泉町5-26-28
TEL&FAX:06-6380-2656
営業時間:9時30分ごろ~6時半ごろ(売り切れしだい)
定休日:日曜、月曜日
■通販あり(詳細はここで)
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by bacuminnote | 2009-08-22 15:23 | 出かける
▲暑くて眠れない夜がいくつかあって、朝 起きるなりすぐに又横になりたいような日が続いていたけれど。一昨日の夜のまあ涼しかったこと。朝まで一度も目を覚まさず熟睡できたのは久しぶりだ。いつもは敷布団の上に畳んだまま、足の置き場になっている掛け布団も、知らんまに被っていたし。
ぐっすり眠って元気百倍。この間から「今日こそ」と思いながら、暑いし、曇ってるし、と延び延びになっていたこと・・・座布団とクッションのカバーを外して洗い、積んだ本を片付け、あの部屋この部屋と隅々まで掃除をした。ああ、きもちいい、と思ったのは洗濯機を回し始めた頃まで。すぐに全身汗だく、ぐったりしてしまった。ふうう。やっぱり「隅々まで」というのは時期尚早だったか。

▲けど、暑いし、雨やし、鬱陶しいし、風邪ひきそうやし、寒いし「またこんど」とか「好機」を待ってるうちにあっという間に一年がすぎてゆく。
友だちのじゅんとはいつもこの調子で、あそこに行こな、いつか行こな、こんど行こな、と言いつつ 行けずじまいの場所や叶えられない約束が、年々積もってゆく。
それでも。「今年こそは」と先日、京都は 下鴨納涼古本まつりにふたりで行って来た。たいそうやなあ。海外にでも行ったんかと思ったら、京都かいな~とこれを読みながら笑ってる友人知人の顔が次々と浮かぶ。ほんま。自分でもそう思う。大阪→京都なんて通勤圏や。

▲で、下鴨行きは初日に、と決め 早くからカレンダーに赤丸つけて、その日に備える(←やっぱり「たいそう」である)
それなのに、よりによって前日は台風接近で大雨。落ち着かない思いで何度もテレビやネットで台風情報を見る。地図同様 天気図も読めないから「ぐるぐる」が(苦笑)よけいに不安を煽る。どきどきしながら一晩あけると、雨もあがり曇天ゆえに かぁーっと暑くもなく、出かけるにはちょうどええ感じの朝となった。

▲じゅんとは京阪・出町柳で待ち合わせ。ここは二月彼女の個展に一人で来て道に迷い、あとで彼女のブログ 「道草日記」の中でも、ばかにされた思い出の駅である。
案内によると、駅から下鴨・糺の森までは歩いて五分くらいらしい。来るときに電車の中で、この人は、このカップルはもしや、と思った人たちが、ちゃぁんと前方を歩いてはる。
ロックのライヴでも、講演会でも、電車の中から「この人」と思った人のあとを付いていけば、たいてい目指す会場に着くんよね。(←方向音痴なりの生活の知恵。だが、たまにはずして、とんでもない方角に行ってしまうこともあるからおススメはできない)
そうこうしてるうちに「古本市」と染め抜かれた藍色の旗が立っているのが見え、本の森はすぐ前にひろがった。

▲はじめの2、3軒はつかず離れずだったわたしたちも、そのうち「ほな」と自由行動。わたしは古本市どころか古本屋で本をみる、という事すら、もう何十年ぶり。というか、長いあいだ本屋も図書館もないところで暮らしていたから。こんなに本・本・本の世界は夢のようだ。一冊100円のところで唸り、三冊500円のところでしゃがみこみ、けど、持って帰ること思ったら重たいし、とか何とか思いながら次に進み。結局「あとで又」と、目をつけた本がどこにあったのかわからなくなって右往左往。すっかりくたびれてテント前の床几にどすんと腰かけた。

▲お茶をのんで、ふううとためいきをついて、ふっと後ろを振り返ると、背中あわせにすわった年輩の女性の柔らかな白髪と横顔が目に入った。古本市に来てはるお年寄りの多くが男性なので、珍しいなあと思ったそのとき。あれ?どこかで見たひとの気がする。知ってるひと?・・・も、もしかしたら「お母はん」?(この前 ここにも書いた友人のお母さん)
そんなあ、まさか、と思いながらも緊張しつつ「あのー○○さんですか?」と聞いてみた。「は、はい・・・ひゃあ。クミさん、あんたこんなとこで何してるん?」「いやあ、お母はんこそ」と奇跡の再会(笑)

▲ふしぎなことがあるものだ。
15年も会わなかった人と、この2週間で二度も会えるやなんて。広い会場で、たくさんの人が行き交い、休憩の床几だっていくつもあるのに。同じ時に同じ場所に背中あわせで座るやなんて。
大急ぎで携帯にてじゅんを呼び出す。彼女にも「お母はん」の話をしたとこやったから。「お母はん」の娘Jとじゅんとわたしは おなじガッコ仲間なのだ。

▲聞けば、この下鴨だけでなく、秋の知恩寺、メッセ、と毎年三回古本市に来てはるというベテラン。くわえて、横においた二つの袋には本がずっしり。80をすぎた方が同じ京都とはいえ、バスや電車を乗り継いでの下鴨入りである。すごい!その向学心と好奇心と・・・何より元気あふれる姿にじゅんもわたしもノックアウトされてしまった。薄い絵本2冊だけ入った袋を撫でながらわたしはそっと下をむく。
その日は別のところでお昼のやくそくがあって「お母はん」とはそこで別れたんだけど。それじゃ又 と、手を振るわたしらに返って来たことばに二人再びカンドーする。 「ほな、また、こんどは知恩寺で、でも」



*追記*
うらたじゅん「路地裏展覧会」
9/17 thu- 9/22 tue 11:30-20:00 (最終日は18:00まで)
詳細はギャラリー・ミリバール
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by bacuminnote | 2009-08-17 12:25 | 本をよむ
▲京都に住む友人の「引っ越したし泊まりがけで遊びにおいで」のお誘いに、おじゃますることになった。
新居はどのあたりかな、と地図をみていたら旧友Jのお母はん(と彼女はかつてそう呼んでいた)が暮らしてはるケアハウスが、結構近くだとわかったので、思い切って電話してみた。
「わあ、久しぶりやねえ」という歓声はやがて「京都駅まで出る用事があるし一緒にお昼を食べようよ」という展開に。日帰りだと、あそこも、ここも、とはいかないけど「ゆっくりしておいで。夕飯作って待ってるよ」と友人のやさしいことばに甘えて、先に「お母はん」とデートすることになった。

▲京都に出かけるというだけで、なんとなくそわそわするのはその昔(大昔)セイシュン時代をすごした町やからか。それでも京都駅に降り立つと、あまりの変貌ぶりにおろおろしてしまう。けど中央改札を出て正面・・ちょっとくたびれた京都タワー(すまん)の佇まいが視界に入ると、雑踏のなか昔のまんまの友だちを見つけたようなきもちになって頬がゆるむ、のもいつものことだ。

▲Jと「お母はん」に最後に会ったのは信州に越したばかりの頃やから、かれこれ16~17年前のことになる。
約束の時間になって駅に現れた「お母はん」は髪こそ白くなっていたものの
おしゃれな黒いTシャツに細身の白いパンツ姿も若々しい。「わあ」「きゃあ」と女子高生のような嬌声で再会を喜び合ったあと、さっさか、どんどん、颯爽と先を歩き、お店に案内するのは・・・わたしではなく80すぎた「お母はん」のほうだ(苦笑)

▲で、席につくなり「お母はん」にっこり笑うて「あんた ビールは?煙草は?」である。「え、 えーっと、煙草はもう とうの昔にやめましてん」と言うと「ほんなら、生ひとつ!」となった。(いやあ「昔」をよくごぞんじの方には、ほんま頭があがりません)
それにしても。
友だちのお母さんと二人でランチやなんて。ほんまに不思議。その昔 Jの家におじゃましてご馳走になった事、何にもないわたしの下宿に「いただきもの」と称して、彼女が家からお盆やお茶碗をせっせと運んでくれた事。せやせや、パン屋さん始めはったときもあの子と一緒に滋賀の家に寄せてもろたなあ、あ、吉野にも、信州にも行ったし・・と思い出話は尽きることがない。

▲「せやけど、クミさんいっこもかわらへんなあ」「お母はんこそ」と言い合い笑い合って、ふと口をつむぐ。
変わったのはかんじんのJがここにも、どこにも、いないことだ。
「ほら、ほら、これも食べよし、あれも食べよし」の「お母はん」の声に、向いのお膳の天麩羅、蛸の黄身酢にハモに・・・と図々しくも箸をのばす。

▲おなか一杯お昼をごちそうになったあと「お母はん」のエスコートにてケアハウスにおじゃまする。コンパクトながら清潔でセンスのよい部屋には「独り」を愉しんで暮らしてはる様子が ここそこに感じられて、うれしかった。
Jが東京で亡くなって7年。お仏壇に手を合わせるのは初めてだ。そばにはJとお父さん、それに彼女のニックネームの元 トッポ・ジージョが額の中で弾けるように笑ってる。

▲彼女は頭がよくてガッコもその後の仕事もきちんと結果も出し、新しいことにもチャレンジしては努力を惜しまない人だったから。おちこぼれのわたしは初めから追いかけることすら諦めて、その後ろ姿をぼーっと見ているだけだった。けど、ちょっと待って、スピード落として、と、もっと言えばよかったのかもしれない、と思うことがある。いや、いや、先へ先へスピードあげて走るその後ろ姿こそJ、と思い直したり。

▲そういえば、亡くなる何年か前 彼女が「本の整理してるねん。読んだら処分してくれてええし」と送ってきた本の「まえがき」のタイトルは「後ろ姿について」だったっけ。
なんで「まえがき」かというと、わたしには本文が難解で頁を進められなかったけど「まえがき」だけは何回も読んだから。「あんたらしいわ~」とあきれたように笑うてるJがうかぶようだ。
『後ろ姿は大事である。それは取り消せないし、逆行することの出来ない終局であって、自分には見えないものだからである。』(藤田省三著作集「あとがき」より抜粋・みすず書房刊)

▲さて、家に帰ってから母に電話でJのお母はんに会って来た話をすると、しきりに「よかったなあ、よかったなあ」をくりかえす。わたしが友だちの母親といい時間をすごし、母は別のわたしの友だちからたびたびやさしい便りをもらったり、気にかけてもらっている。
かつての はねっかえり娘たちもそんなことが(ちょっとだけ)できるようになったのか。そんな若き日を思い出す句ひとつ。
『セーターの黒い弾力親不孝』(中嶋秀子『陶の耳飾り』1963所収)
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by bacuminnote | 2009-08-07 11:50 | 本をよむ