いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2009年 09月 ( 4 )   > この月の画像一覧

大きな欠伸ひとつして。

▲日中、あまりに残暑きびしいので「夏のおわりは心さびしい」などと言うてたことを撤回。もうええし、早う「秋」と替わってちょうだい、と勝手なことをぼやいてたら、今朝のなんとすずしいこと。なんか「夏」にあやまりたいような気持ちで(苦笑)カーデーガンを引っ張り出してきた。昨日よりうんと冷たくなった空気に「秋」がすぐそばにいることをかんじる。いつもこの時期に書くすきなことば。『秋立ち 秋闌(た)て 秋仕舞う』
まだかまだか、と思ってるうちに、すうーっとやってきてま横に立って。心地よくおもっていると、気がつけばもうそこにはいない。秋はだいすきでふしぎな季節だ。

▲夏じゅう籠もっていたわたしも9月に入ったとたんに外出することが多くなった。見かけによらず体力がないので、いつもはカレンダーの数字に丸印が多くなると、それがたのしいことの丸印でも なんだか気が重くなるんだけど。意外に元気な今日この頃。エアコンOFFで夏を過ごしたからやろか。
すきな「本関係」では角田光代さんの講演会にも、また国際児童文学館(行くとそのすばらしさに再び「存続を!」と思う)では編集者・小宮山民人氏(理論社)の講座『児童書編集者に本作りを聞く。一冊の本ができるまで』にも行って来た。

▲そして、児童文学館に行った翌日は おなじ万博公園内にある国立民族学博物館に相方とでかけた。いくら方向音痴のわたしだって、一日前に行った場所やもん。(この二つの建物は同じエリアにある)「みんぱく」には車でしか行ったことのない相方に「まかしといて」とばかりにすたすたと先を歩いた。というか、この日もモノレールの中から一緒だった女性の三人組・・・きっと「みんぱく」行き、と思ったらやっぱりそうで、その人達のあとに続いただけの話なんだけど。

▲ところが、ついて行ったらなんと行き止まり。「わあ、間違ったねえ」と言い合いながら引き返す三人組・・・というわけで、結局わたしは相方の後をとぼとぼ ついて目的地に到着、というなさけない結末となった。が、汗だくになって歩いたあと、館の前のお店で食べたソフトクリームがおいしくていっぺんに元気が出た(←なんか失敗して しょげた子どもがアイスでソッコウ笑顔に、の図である)「みんぱく」は常設だけでじゅうぶんに楽しい場所だけど、この日は『伝統芸能パンソリによる韓国文化の理解』という公演鑑賞。

▲パンソリとは歌い手が太鼓の伴奏者と二人だけで物語りを歌い語る韓国の伝統芸能で、「パンソリのパンとは、多くの人が集まって何かをする場所を、ソリとは人の肉声は無論のこと、鳥獣や虫の声から雨風に至るまで、およそ森羅万象の発する音声すべてを意味する言葉」(当日配布の資料・・野崎充彦『朝鮮の物語』大修館書店刊より)
わたしはずいぶん前に映画『風の丘を越えてー西便制』で観たことがあるけど、実際に観る、聴くは初めての経験だった。

▲多くの伝統芸能がそうであるように、パンソリもまた師匠が口伝えで弟子に指導する。腹の底から絞り出すような迫力のある声が出るようになるには、文字通り「血を吐く」修行を重ねるのだそうだ。その日はバックのスクリーンに日本語字幕が映ってわかりやすかったけど、たとえ意味がわからなくても引き込まれると思う。聴く者を放さない、じんじんと胸の底までひびくものがあって、揺さぶられる。

▲一部のパンソリや合奏のあと二部ではワークショップがあって、実際に南海星ナム・ヘソンさん(韓国の重要無形文化財)がお弟子さんに、どのようにして伝えるのか、口伝の実演をみせて下さった。「今日はやさしいから怖がらなくてもいいよ」とたのしい先生。でもその前に座るとお弟子さんの顔がとたんに引き締まる。ふだんは相当きびしそうだ。
その後 会場の皆も師匠の声のあとに続ける、という練習をしたんだけど、声だけを頼りに、あとに続けるむずかしさ!

▲南さんの弟子であり、その日の企画もなさったという在日三世の安聖民(アン・ソミン)さんは、ご自分がパンソリにであった経緯の中、パンソリの稽古に毎年夏に山で行われる合宿したことを話された。
合宿は「山工夫」(さんこんぶ)と呼ばれているそうで。「工夫」とは日本語でいう「勉強」の事。でも、勉強のように「強いられる」ものではなく、山で自分のうたや声の出し方を工夫して学ぶ。「いいことばだなあと思います」と言うてはったが、本来「学び」とはそういうものなんやろね。忘れないようにノートに書き留めた。

▲帰りは会場で会った相方の友人と一緒に歩いた。行くときは真夏の暑さだったのがうそのように、すっかり熱が引き、風が出て、大きな木々の上、みどりがゆれる。空はうすい灰色で、大きな欠伸ひとつしてゆっくり出口にむかった。
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by bacuminnote | 2009-09-30 01:04 | 音楽
▲昨夜は冷え込んだのか、目が覚めたらタオルケットに夏布団、それに綿毛布を巻き込んでいた。まだ布団を替えるほどでもない、と薄物をちょっとづつ重ねていたんだけど、そろそろ合布団の季節かな。さいわい外はよいお天気。さっそく押し入れから布団を出してきて庭に干す。お隣から聞こえるしゃか、しゃか、ちょき、ちょきとリズミカルな植木屋さんの鋏の音、お日ぃさんのやわらかな光浴びる布団や洗濯物が秋のうす青の空によく似合う。

▲きもちよくひびく鋏の音にひかれ、洗濯物を干す手をとめてお隣の庭木の上を見上げていたら 職人さんと目が合った。「あ、おはようございます。いっぱい(お宅に)落としてすみません。あとで掃除に伺いますので」「いえいえ」と木の上と下でごあいさつ。そんなつもりで見ていたんとちゃうねんけどね・・と心の中でそっと弁解。

▲いやあ、それにしても見事な鋏さばき、カッティング! 木の上に登っていて、うしろに下がって全貌を見ることもできないのに、どうしてあんなにうまい具合に刈り込めるのだろう・・・と、いつまでたっても上達しない相方の散髪係は、ただただ「すごいなあ」とその仕事ぶりに見入る。と、その時、木がぐらり、と大きく揺れた。おっとー。おばちゃんに見つめられて(苦笑)気が散って落ちはったら大変、と回れ右。

▲まだかごに半分残ったままの洗濯物を続けて干しながら「あとで掃除に」来てくれはるのはありがたいが、掃除してもらう前に、掃除と草抜きをしないと恥ずかしいような有様なんやけどなあ・・・と心配になった。あ、けど、そんな事 高い木の上からぜーんぶお見通しか、とひとり苦笑する。
そういえば、この前 帰省した上の息子が帰り際、庭をちらっとのぞいて呆れたように「荒地やなあ」と言ったことばを思い出して、再びしょんぼり。相方のお父さんが空の上から見てはったら、さぞがっかりしてはるやろなあ。
『あ そうかそういうことか鰯雲』(「多田道太郎句集」所収)

▲さて、おきまりのことばでちょっと恥ずかしいけど、読書の秋だ。読書欲も食欲も!年中無休ながら、秋は活字になじみがよいのか本を開くと、ことばがすぅいーっとからだの奥まで入って、なんか賢くなった気がする。(←ほんまか?)
先日、相方と 『ポケットの中のレワニワ』上下巻(伊井直行著・講談社刊)という本を読んだ。先にわたしが上巻を読み始め、あとから相方が追いかけて。この本、レワニワという架空の生き物=主人公の父親の「ちょっとした」ほら話が、いつのまにか「ちょっと」を越えて動き出す。

▲『「レワニワってなに?」……「これは内緒だからな。絶対だれにも言っちゃいけないぞ」俺は、というか「ぼく」はコックンとうなずいた。疑いの心は、「内緒」の一言でもろくも崩れた。』(本文中より抜粋)これだけ読んだら、なんだか 『グエムル』みたいな話?と思うかもしれないけど、そうではなくて。
派遣労働者、ベトナム難民、2ちゃんねらーが主な登場人物の 深刻で、せつなくて不思議な 愛の物語でもある。(そして「レワニワ」ということばがいつまでも残るんよね)フウフふたり読了のあとは下の息子にバトンタッチした。

▲その昔、こんな風にして相方と読み合った本を、後に上の息子が読める年になって加わり 再読した事があったっけ。それは 『ふたりの世界』(ジョアン・リンガード作・横山貞子訳・晶文社刊)という全五巻の長編。
舞台は北アイルランドのベルファストだ。一本の大通りをはさんで、大人も子どもも、カトリックとプロテスタントで二つにわかれてしまった街。そんな中でカトリックの家に生まれた少年ケヴィンとプロテスタントの家の少女セイディがであい、ぶつかり、そして恋をする。

▲二人は故郷や家族を捨て、海を渡りロンドンに。大都会での貧しい暮らし。やがて赤ちゃんがうまれて・・・。五巻もあるけど、いきいきと描かれる主人公・・とりわけセイディのもつエネルギーには幾度もはげまされ、彼女の魅力でぐいぐい読み手を引っ張ってゆく。ジョアン・リンガードはイギリスの人気女性作家だそうだ。

▲ふだん それぞれ「自分の世界」をもつ家族が、時にひとつの作品について、それが本であれ、映画や音楽でも・・・いろいろと語り合うのは愉しい。で、「よかったなあ」を共有できるともっとうれしい。時々自分の「贔屓」がけなされて、がっかりしたり、かっかすることもあるけどね。
さて、これを書いている間にお隣の庭木はすっかり秋の佇まいだ。もう木の上に植木屋さんはいない。ブルーシートに落ちた枝葉を集め始めてはるのだろう。そろそろ本を閉じて、ちょっとは「荒地」の草抜きでもしよか。
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by bacuminnote | 2009-09-19 00:18 | 本をよむ

come back again!

▲デパートに行ったら、もう秋(というよりは)冬物の世界で、洗濯に洗濯を重ねたTシャツ姿のわたしが(つまり洗って干して、タンスに入れる間もなくまた着て、洗って、干して・・・)なんだか、とてもみすぼらしく感じる。だからか、よけいにディスプレイされたセーターがものすごくおしゃれに見えた。毛糸なんてちょっと前までは触るのも暑くていやだったけど、とてもきれいな濃紺だったので思わず手にとってみる。(と同時に値札が目に入りキンチョー)

▲ニットにストール、厚ぼったいタイツやブーツ姿のお店のおねーさんに「どうぞ当ててみてくださいね」なんて声をかけられて「いや、あの、その」と、もぞもぞ後ずさりするようにして外に出たら、むううと熱気につつまれ一気に汗がふき出した。暑い!
道ゆくひとたちはわたし同様くたびれかけた夏服の人が多く。迷子がやっと仲間に会えた気分で、とたんに強気になって、あのおねーさん達、通勤時は夏服に着替えはるんやろか~といらん心配のおばちゃんだ。

▲一昨日の朝、思いがけずひさしぶりの友人Yさんから電話がかかった。大阪に来てるので、急だけど新大阪あたりで会えないかな、とのこと。さすがの出不精もソッコウ「行く、行く!」と返事。大急ぎで支度をした。なんたって20年ぶりの再会なのだ。数少ないよそゆきっぽい服を着てみたけどしっくりこない。結局なじみのよい「洗濯に洗濯・・・」のいつものスタイルとなった。

▲電車の中 会えなかった20年をおもう。この間(かん)彼女は滋賀から沖縄に、そして去年再び滋賀に戻ってきて。わたしは滋賀から長野に、そして大阪へと、お互いに大きな変化の20年だった。それぞれ知らない土地で育児に仕事に、とたいへんな時期には連絡の途絶えた時期もあったけど、そのぶん何年かに一度は電話で超長話をしたり、ゆるゆると繋がってきた。

▲さて、待ち合わせは新大阪駅。彼女は伊丹空港からバスで、わたしは地下鉄で向かう。あまりに久しぶりなので、すっかり忘れていたけど、二人とも相当の方向音痴なのだった。そこにもって二人とも長い田舎暮らしで、まだまだ都会の人の波にのりきれないでいる。新大阪(駅)に着いてから待ち合わせ場所の「中央改札」に至るまでの間に何回か電話で「いまどこ?」と確認の末(新大阪をごぞんじの方には、何回も電話って!?と 笑われること必至)めでたく再会!
だから、「ひさしぶり~」の挨拶のあとは、しみじみと「携帯持っててよかったなあ」であった。


▲沖縄では楽しくて評判の音楽教室のセンセであり、牧師の妻であり、二人のすてきな男の子たちのおかあちゃんのYさんとは、やっぱり口を開いたその時からもう昔にかえってガールズトーク。
信州からここに戻り、ずいぶんたくさんの「久しぶり」を経験したけど、シワが増えても、白髪になっても禿げてても、みんな芯のところは昔とかわらない。でも若いときのまんまかというと、そうではなくて。大波小波であっぷあっぷしたり、時にひっくり返ったりしただけあって皆一様に、たくましくなっており、そして前にも増してやさしい。「若さ」はすてきで、まぶしいけれど、年をとるのもなかなかのもんやなあ、と思う。

▲まだまだ話せていないことの方が多かったけど、あっというまに帰る時間がきた。数時間で20年分の話はやっぱり無理やよね。それでも「いま」のYさんを直にかんじることができて うれしくて「ほな、また」と改札口で手を振った。「また」と言いながら、なかなかその「また」が来ないかもしれないけど、今日会っていっぱい湧いてきたものがあるから大丈夫。こんど会ったときにはすぐ「今日のつづき」に入ってゆける・・・なぁんてしんみり思ってたら見送ったはずのYさんが「ここでいいのかな」と戻ってきた。「ええんとちゃうかな?」と再び送るや、ビビィーという音と共にカムバック アゲイン(笑)
駅員さんに「この改札口は新幹線専用で、在来線はあっち・・・」と言われたのだった。(新大阪をごぞんじの方には笑われること必至である)
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by bacuminnote | 2009-09-09 11:54 | 出かける
▲ここ二、三日台風の影響か、朝一番 窓を開けると つめたい風が肌寒いくらいだった。
「台風」といえば、一足先に選挙にも突風はやってきて。「あたりまえ 」と思う落選も多かったが、「なんで!?」ととても残念な落選もあり。大きな変化にはちがいないんだけど、こころは曇り空だ。
選挙当日はちょっとうるさいくらいに何度も「選挙に行きましょう」と、町なかを広報車が走っていた。繰り返される「選挙はあなたが主役です」の呼びかけに、相方が「選挙のときだけ、主役ってか?」とつっこむ。ほんま期間限定の主役扱い、なんてことないようにと思う。

▲このあいだ上の子から関西での仕事帰りに「ちょっと寄って行くわ」と朝早く電話がかかった。もう朝は食べたんやろか、お昼はどうするんやろか。一気におかあちゃんになるわたし(いつもおかあちゃんやけど)
とりあえずトマト&ハムトーストと珈琲。「ありがとう。おいしかったわ」のひとことがうれしい。結局一時間余りで「ほな、行くわ」と忙しなく発ったので、ほんまに「ちょっと」の間やったけど、みな揃ったのはお正月以来。たまのことやから「ありがとう」が染みるんよね。きっと。
「木槿の花がおしまひになって風吹く」(尾崎放哉句集・春陽堂)
暑いのはもううんざりなのに。夏のおわりは、いつもなんだかさびしい。

▲夜、遠く走る車の音にかぶさって虫の音が聞こえはじめて、この夏じゅう読んでいた須賀敦子の本をおもう。
どちらかというと、これからの季節、秋から冬にむかうころにしずかに読みたい気がするけど、ふと手にして再読し始めたらとまらなくなった。
『コルシア書店の仲間たち』の文庫版の解説は松山巌氏が書いていて、その中でふかく残った一節がある。《人は文章の修辞を学ぶことで、言葉を紡ぎ出せるのではない。どうしても語らねばならぬという思いが言葉を織り上げる。そうしてはじめて人は文章家になる。》そうして「織り上げられた」文章に、ふうと満たされた思いのためいきをついて一冊の本を閉じ、また別の本を開いた。

▲そうそう、つねに遠くあこがれの須賀敦子ながら、思いがけず近くかんじたことは『ミラノ 霧の風景』(白水社刊)に出てくるジョルジュ・ムスタキとレナード・コーエンの話だ。この二人はわたしもすきで70年代にくりかえし聴いたから。ムスタキはそのうち聴かなくなったけど、レナード・コーエンは今も何かのたびに聴く。若いときのものも、年をとってからのものも。本文中にはこんな風に二人の名前が登場する。

▲《やはりそのころ、私がムスタキというフランスのシンガー・ソング・ライターの歌を好きだと言うと、ガッティは困ったような顔をして、あんなやつの曲を君が好きだなんて、そんなはずないよ、君は歌詞と音楽を混同しているんだ、ムスタキの歌詞はいいけど、音楽は耐えられない、となぜかむきになり、このほうがいいと言って、レナード・コーエンのレコードをくれた。

▲友人ガッティはしかし、その後アルツハイマーで施設に入ることになる。
ムスタキのかわりにレナード・コーエンをくれたガッティ。
夫を亡くして現実を直視できなくなっていた私を、睡眠薬を飲むよりは、喪失の時間を人間らしく誠実に悲しんで生きるべきだ、と私をきつくいましめたガッティは、もうそこにはいなかった。彼のはてしないあかるさに、もはや私をいらいらさせないガッティに、私はうちのめされた。
》(「ガッティの背中」p107)

▲こうやって書き写しているうちに、いつしかまた手がとまる。今夜もまたつづきを読むことになりそうだ。
そうそう、レナード・コーエンのこのレコード(本の時代背景から1967年の『レナード・コーエンの唄』かな、と思う)は映画『サルバドールの朝』の中でも、主人公サルバドールの恋人の部屋でレコードジャケットが映ってたっけ。このときバックに流れたのは「スザンヌ」だった。


*you tube
Leonard Cohen  Suzanne

Georges Moustaki Ma Solitude
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by bacuminnote | 2009-09-02 23:42 | 音楽