いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2009年 11月 ( 3 )   > この月の画像一覧

濃く青いインクで。

▲ 凍えるようにつめたい雨が終日降って 心細いようなきもちになっていたら、翌日はなんとか雨もあがり時おり薄日が差す朝となった。
その日は午後から義父の七回会(ななかいえ)。
ひろく言われている「○回忌」という言い方ではなく仏縁に「会う」という「え」という呼び方をしたいとおもいます、とご院主さん。その体型もよく通るテノールもオペラ歌手みたいなご院主さんの読経がひびく。経本を開いていっしょに読んでいたはずが知らない間に「迷子」になってしもたから。あとはただじっと聴き入っていた。

▲そうして法事がすみ、皆で義父の好物だった珈琲とシュークリームを。
生前、毎日・・・多いときは日に何度も通っていたという階下の喫茶室で淹れてもらった珈琲は、カップに注ぐと同時にふわーっと香りが立ち。カスタードクリームのあまいにおいと共に部屋いっぱいひろがった。
一杯は義父に。
亡き人の事を義母がおもしろく語り、さんざん大きな声でわらって、それからちょっとしんみりした。いつのまにか窓の外は明るく、畳にのびた冬の陽は 長くやさしくて。佳い時間はゆっくりとすぎる。

▲ ホームからの帰途、11月の夕方はもう薄暗くて ショッピングセンターの大きなクリスマスツリーに電飾が光ってた。歩いていると風が冷たくて、ほっぺたは冷蔵庫から出したてのパイ生地みたいなのに、体はほかほかして・・・この感じ、雪かきの時みたいやなあ、と信州の冬を思い出す。
義父が亡くなって、そのあとしなければならない多くの事で 相方がしばらく大阪と開田高原を頻繁に行き来していた頃。それまでは冬に相方が留守にすることなんて一度もなかったので、雪が降るたび どきどきしながら一人雪をかいた。

▲ さて、家に着く頃にはからだも暖まって。まずは自分への「おつかれさん」ビール。おいしい。「仏縁」に会(お)うたかどうかわからないけど、その日は義父のことをおもう一日だった。
そういえば、と出してきた相方の子ども時代のアルバム。ここに義父が詩を何編か書き込んである。設計者らしく几帳面な濃く青いインクの文字で、賢治の詩や知らない人のうたが どんぐりみたいな相方の写真の横に添えられていて。「若い父親」はこのころどんな事を考えてたのだろう。ああ、詩の話など一度もしたことがなかったけれど。

『また いつとなく
鐘は こころのなかの とびらをたたき、
しろく よりかかる。
おもひでの ほたるぶくろの花のゆれるやうに
鐘のねは すがたもなく
遠遠(とほどほ)に こころの窓によりかかり、
しづけさの かぜのおもてに 手をのべる。』
(「よりかかる鐘の音」 大手拓次
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by bacuminnote | 2009-11-24 16:30 | 開田村のころ
▲ 今日は朝から雨ふりで、歩いていると 強くてつめたい風に何度も傘を持って行かれそうになった。買い物を大急ぎですませ義母のホームの送迎バスに乗り込んだ。うしろの席に座らはった入居者の方に運転手さんが「こっち、こっち」と手招き。「昨日から紅葉のきれいなコース走りますねん。前のほうがよう見えるし」とのこと。ビルとビルの間を抜け、住宅地や大きな公園を抜けるとその道に出た。いつのまにか雨もやんで、薄曇りの中 燃えるような紅が 道を挟んで両側につらなり、うきあがり、車中は一瞬しずまり、そのあと誰からともなく「はああ」と吐息がもれた。

▲ このバスの車窓から見る紅葉も七回目になる。
はじめの年は信州ですでにそのうつくしさをたっぷり味わったあとだったので、なんだか時計が逆回りしたような気がした。だけど遠くにいってしまった人はもう戻ることはなくて。不思議なきもちで窓にぴったりと額をくっつけて鮮やかな色の束に見入ったことを思い出していた。

▲ 若い頃 であいたいものは「自然」より「人」だったので、旅に出ても名所旧跡と呼ばれる所はもちろんのこと、あそこがいい、ここがいいと聞いても素通りして、やきもの屋の一見「へんこ」な親父さんにおずおずと話しかけたり、駅裏のジャズ喫茶に飛び込んで持って行った本を読んで、一杯の珈琲でさんざん長居のあと、閉店の時間まで店主や常連と飲んで話し込んだりするのが断然おもしろかった。親には内緒ごとの多い年頃だったので(苦笑)「閉店まで飲んだ」などということは言わなかったけど「そんなんやったら、わざわざ遠いとこまで行かんでも大阪や京都でよかったんとちゃうか」とあきれられた。

▲ 何年か前 初めて小説を書いてみたら、読んでくれた友人に「自然描写が少ないなあ」と指摘されたのも「見てこなかった」せいかもしれないな、と思った。山や川に囲まれたところで生まれ育ったのに。
けど、どこかで「あたりまえ」のように思ってたものが、決してそうではないことを知って「見え始めた」気がするのは再び街で住み始めたからか。

▲そして、たしかに昔はよく見てなかったけど、山も川も わたしのからだの奥深いところに知らない間に入り、棲んでいてくれた のかもしれないな、と最近になって気がついた。
この話を母にすると「それは、あんたも年とってきた、ってことやろ」と言うので「そんな年になった子が末っ子ってことは、お母さんもえらいおばあさんになったって事やなあ」と笑い合った。

▲そういえば、この間 児童文学作家・神沢利子さんの 『おばあさんになるなんて』 (晶文社刊)という本を読んだ。これは75歳になる(出版当時)著者のこれまでの人生をまとめたものなんだけど、そのまえがきにこんな一節があった。
『年輪の輪のまん中に木の幼い時間をあるように、わたしの中にも子どもがいて、年輪の歳月をついとぬけて、往き来しているのかもしれません』(p13「歳月の鏡—まえがきにかえて」より)

▲ 自分の中の「子どもが往き来する」という表現に、うまいなあ、ほんまやなあと納得する。そして「あとがき」のこの最後の一行は最高だ。
『わたし、今七五歳。皺よった吊し柿が、いい風に吹かれている気分でおります。』
わからなかったことがわかるようになり、わかったつもりでいたことのわからなさにうずくまる今のわたしだけど。いつか。皺よった柿はふかくあまくなって。そのときには 神沢さんのようにつぶやいて、しずかに笑ってみたい。



* 追記
晶文社HPの「詩とエッセイの本」今回紹介した神沢さんの本の他にも読みたくなる本が載っています。
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by bacuminnote | 2009-11-14 14:39 | 本をよむ

ここから始まる。

▲ついこの間まで 暖かい日にはまだ半袖姿の人もいてたのに。いきなり冬がやってきたみたいに寒くなった。信州の友人のブログには初雪とか零下6度!とか書いてあって「やっぱり」と納得。彼の地ではそろそろタイヤ交換の時でもある。そんなことを思ったら、ここの冷え込みなんて序の口だけど、慌てて冬布団を出し、掘り炬燵の毛布や上掛けを干した。そしてわたしのお布団には湯たんぽ投入。夜更かしで冷えた足を入れたときの、ほっこりぬくい布団の気持ちいいことと言ったら。ああゴクラク、ゴクラク。でも、朝起きたら決まって湯たんぽは「場外鎮座」ましまして。大阪の冬はまだもう少し先のようだ。

▲その日は少し寒さもゆるみ、洗濯物を干しながらぬけるような青空見てたら「そうだ。ヒラカタに行こう」と思い立ち友だちに電話した。この上天気やもん。あの子が家でじっとしてるはずはないよなあ・・・と思ったら案の定ケイタイのむこうから「いま散歩中。○○公園に来てるねん」と弾んだ声が返ってきた。で、行くことを告げ、大急ぎで支度して電車に飛び乗った。いつもならネットでしっかり乗り換え案内をメモして出かけるんだけど、この日は行き当たりばったり。
しかも、いつもとちがうルートで。よく晴れた日は冒険に出よう!(←ウチからヒラカタまでの距離を知ってる人には「あほらし」と呆れられる。知らん人にも笑われる)

▲ まず地下鉄から京阪に乗り換える。特急電車のシートに腰をおろすとなんだか旅行気分で内田百閒センセの『なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪へ行つて来ようと 思ふ』(『第一阿房列車』)なぁんて一文がうかぶ。通路はさんで向こうは四人向かい合わせで座ってはる。70歳くらいのご夫婦と60代とおぼしき男性二人。みなさん大阪の方のようで昔っからの大阪弁のその話のやりとりがなかなかおもしろい。いつものようにバッグに本を入れてきたけど膝の上に開いたまま、電車は先に進む。

▲四人組の話はなぜか 与謝野晶子から始まって、そういえば某所の蕎麦屋に行ったことがあるか、という展開になって。(と言うても よそ様の話を勝手に聞かしてもらってるんやけど・・・苦笑)その店に行ったことのある人が知らない人に説明してはる。
『なんちゅうかね、そない、そない皆が言うほどやない気ぃするけど。まあ伝統の味っちゅうもんでっしゃろか』
「そない、そない」と二回続けてるところが可笑しい。名物、話題の店について語るときに地元の人間がちょっと冷静に評する、あの感じである。

▲ 『そうでっか』と半分落胆、半分「やっぱり」の相手の反応に、その男性『けどね、そこの大将がまたおもしろい人でんねわ』と愉快、痛快なエピソードを次々と披露しはる。この話がまたおもしろかったけど、ここで紹介するのはあかんと思うので我慢して、ひとつだけ。蕎麦にはそれはうるさい大将も、今は厨房の仕事は息子さんに任せてご自分はお客さんの案内係をして。で、いつもお昼の仕事が一段落したら大好きな映画を見に街まで車を走らせるそうだ。映画館通いの蕎麦屋の大将・・・なんかええ感じやなあ。

▲『だいたい、食べ物商売してはるお家の旦那はんは、ちょっと変わってるって言うか「へんこ」な人が多おますやろ』(*へんことは大阪弁で偏屈、頑固な人のこと)
どっとあがる四人の笑い声の中、ジッカの亡き祖父や我が相方、あの人、この人・・・わたしの知っている愛すべき「へんこ」の顔が浮かんで声あげて笑ってしまう。
こんな調子で東西の蕎麦のちがいや、お酒の話。みなさん食べるのも、飲むのも、しゃべることもほんまにお好きなんやなあ、と思う話しっぷりで。あんまり愉しい会話で、あっという間に「ヒラカタ」に到着。もうちょっとで乗り越すところだった。(いやあ、よそさんの話に聞き入ってしもて。ご無礼お許し下さい)

▲ さて、駅に着いてバスに。いつものわたしならここで友人に電話して 南北ふたつあるバスターミナルのどちらか聞くところだけど。何たって「冒険」やから(笑)ぐっとこらえる。ケイタイには「迷子になったらアカンし」「絶対無理」「くみが迷わず待ち合わせ場所まで来れたらびっくりする」とわたしの方向音痴を心配する彼女からメールが次々届くがソッコウ「大丈夫!」と返信。はじめは南階段降りるも、どうもちがうようで北に移動して なんとか目的のバスを見つけて乗りこんだ。

▲乗ってみてわかったんだけど、この路線はずいぶん長いこと通っていない懐かしいコースだった。忘れていた店や建物に「ほおお」と息をついて・・・つづく「市民病院前」のアナウンスには不覚にも泣きそうになる。遠い昔のことだけど、三回もここに入院したから。内一回はこの前 ここにも書いたお産だったけど、あと二回は病気。長い入院生活ではなかったものの まだ若くてケッコンしたてで、不安に押しつぶされそうだったあの頃を思い出して胸がいっぱいになった。
そもそも、そんなこともあって元気になりたくて食生活を見直し、それがこうじて家で天然酵母パンを焼くようになったのだから。すべてはここから始まった。そうして、バスを乗り換え小さい子の手を引き何度も何度も病室を訪ねてくれた友だちに改めておおきに、と思うのだった。

▲センチメンタルな気分で車窓から病院付近を眺めてるうちに、待ち合わせ場所に到着。どうやらわたしのほうが早く着いたようで友だちの姿がない。ぽかぽか陽気かと思ったけど、やっぱり風がでてくると寒くて建物の中に入って待った。そのうち前を自転車を引きながら彼女が通る。「ここ、ここ!」と手をあげたら、開口一番「わあ、くみ、すごいやん!」と「冒険成功」を褒められた。
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by bacuminnote | 2009-11-05 14:02 | 本をよむ