いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2010年 03月 ( 3 )   > この月の画像一覧

「不要」

▲図書館に行く途中のこと。せまい陸橋でわたしの前を年配の男性が杖をつき分厚いウールのコートを着て、まるでビデオのコマ送りのように、ゆっくりゆっくり歩いてはった。左手にぶらさげてる白いスーパーの袋が、いかにも慣れない買い物帰りのようだと思ったんだけど。透けて見える形から袋の中は本らしい。わたし同様 図書館に本を返しに行かはるのかもしれない。とにかく、どかどかと追い抜くのにはなんだか気が引けて、急ぐわけじゃないしと、わたしもゆっくりあとに続いた。
 
▲古くて重そうなそのコートは、でもチョコレートブラウンというのかとってもいい色で。白髪、ちょっと背中は曲がっているけれど細身で。後ろ姿から、きっとジェントルマン、と往年の映画俳優を勝手に想像したりした。
ふだんから大股で歩くわたしは何歩か進んでは、つい追い越しそうになって立ち止まる。と、そのとき。何かの拍子に男性が腕をあげて、脇の下あたりから白いものがひらひらしてるのが見えた。紙か布かわからないそれはポケット辺りに何かで留めてあり「不要」と書いてあった。えっ?と思って見直してみたけど、黒いマジックで「不要」と書かれていたのだった。
 
▲ どきどきした。見てはならないものを見てしまった気がして、わたしはもう一度立ち止まった。家族が「捨てよう」と思っていたものを、「まだいける」と押し入れから黙って取り出して着てはるのやろか。不用品バザーか何かで貰って来はったんやろか、いろいろ思ってるうちに背後から小さい子のきゃっきゃ言う声が聞こえたかと思うと、たちまちわたしを追い越し走って行った。
「ちょっと待ってよ◯◯ちゃん。待ちなさいって~」その子のお姉ちゃんらしい子とママがはあはあ言って追いかけ、視界はふさがった。
その後、図書館まで行くエレベーターの中にも、図書館にもジェントルマンの姿はなかったのだけれど。いつまでもコートの後ろ姿と「不要」と書いた白いものが忘れられないでいる。

▲そういえば、信州からここ大阪に引越しが決まったとき、できるだけ荷物をコンパクトにしていきたいと、要らないものを思い切って整理した。シンプルライフをめざしていたつもりなのに。知らんまに物がいっぱいたまっていて。でも「捨てる」というのは「買う」以上に「ええい!」と決断するエネルギーが必要だ。

▲こまったのはわたしの昔の服。そもそも上等のものなどないし捨てるのは簡単だけど、もしこんど要ることがあっても新しいものを買うケイザイテキ余裕もないし、それにサイズの問題もあるし・・・なんて思い始めると、荷物はいっこうに片付かなくて。ああ、もう永遠に引越しなんてできそうにない、と深くため息をつくのだった。

▲そこでおしゃれな若い友だちに手伝ってもらって、要る物は箱に、捨てる物は大きなビニール袋に仕分けしてもらうことにした。「あ、これはもういくらなんでも、これから着ることはないと思うなあ」「あ、これ、いいじゃん。まだいけるよ」と、さすが!実に手際よく仕分けしてくれた。あっという間にビニール袋はいっぱいになった。ほんとうに必要なもの、というのは少ないものなんよね。

▲ すっきり片付いたタンスまわりを眺めてたら、うれしいような、けど、ちょっとさびしいような気持ちになって。つい、ビニール袋をかき回した。われながら思い切りが悪い。悪すぎ。ほんまにもぉ、とぶつぶつ一人で言いつつ「こんどこそ」と袋の口をぎゅっとしばった。
それなのに、ゴミを捨てる日になって「やっぱり」と、袋から緑色のニットのジャケットを取り出して こっそり箱に移動・・・。(手伝ってくれたKちゃん、ごめん!)
あれから7年。恥ずかしながら件のジャケットは未だ箱にねむったまんまである。
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by bacuminnote | 2010-03-25 21:39 | 開田村のころ | Comments(0)

しみこんだもの。

▲ 今日はひさしぶりの洗濯日和。いっぱい洗っていっぱい干した。冷たい雨が続き 縮こまり湿り気味のわたしの身もこころもついでに天日干し!だ。
夕方、きもちよくからりとかわいた洗濯物を外でたたんで。洗剤のコマーシャルの如く 腰に両手をあて「さあ、どうだ」というふうに胸張って空を見上げてみる。

▲ このところ、友人や知人の子どもの卒業や進学、就職の報告が次々と舞い込んでくる。決まったひとも、まだのひともいて。電話やメールが届くと よそさまのことながらドキドキする。朗報に思わず「よかったなあ!」と大きな声あげたり、その昔、公衆電話の長い列に並び「あかんかってん」と親に電話した時の自分と重ねてしょんぼりしたり。だいたい試験なんかなかったらええのに、とぶいぶい怒ってみたり。今じぶんは毎年、心おちつかない季節だけれど。もうちょっとしたら、だれのうえにも、ひとしく春はやってくる。

▲ この間、遠方の友だちが奈良に来はったので会いに行って来た。生まれも育ちも奈良県ながら、ほんまにわたしは「奈良」知らずで。というのもわが故郷吉野と大仏さんの奈良(市内)とは同じ県下にありながら、けっこう距離もあり。県の南部・吉野からだとたまの買い物や外食は大阪に出る方が早いから、奈良は近く遠いまちで。それゆえにあこがれのようなものもいつまでも残るところだ。中学生の頃などクラブの県大会に行くと、北部(奈良市)の中学生たちの話し言葉や雰囲気まで なんかえらく可憐で都会的にみえて、それだけでもうびびったものだ。

▲ そんなわけで、友だちには「名所案内不可」という事で会ったのだけど、リクエストは「鹿がみたい」と思いのほかハードルが低かったので(笑)助かった。それに歩いてると、さすがの方向音痴も勘が少しは戻って来て、三条通では大好物「みむろ最中」を買い、東向商店街の入り口では湖月の「みかさ焼」を友だちに勧め、猿沢池から興福寺へ。ぶじ鹿にも会えて!面目を果たす。友だちとの時間は二時間位しかなかったんだけど、まちのすばらしさで二人 旅行気分を味あわせてもろて、まったりと佳き時間なり~

▲ 名残惜しくも彼女と別れて再び奈良駅のホームに立つ。前列は高校生のグループ。にぎやかに話している声に、はっとする。あ、奈良弁や!いまの若者らしく、もうほとんど大阪も奈良も同じ関西弁なんだけど、やっぱり少ぅし違うんよね。ちょっとゆけば五重の塔が見え、◯◯寺、◯◯院、◯◯坊。その辺を鹿が歩き、大仏さんもすぐ近くで・・・そんな奈良育ちの姪たち甥たちが話してるのを聞いてるみたいに、なんだかいとおしいような気持ちで電車を待ちながら高校生たちの「春休みの計画」がここちよく流れてゆく。

▲ 家に帰ると『GRAPHICATION』が届いていて、なんと特集は「方言の時代へ」。方言や話し言葉について、つらつら思いながら帰ってきたので、疲れもわすれて開く。巻頭対談では井上史雄氏が又重勝彦氏との対談の中でこう語っている。「私たちの世代には方言コンプレックスがありましたが、いまの若い人の中には逆に共通語コンプレックスというか、方言を使えないことが寂しいと思う人が出てきている。」へえ、そうなんや~と思って読んでいたら、昨日asahi.comで『方言「売り」の時代』という記事をみつけた。

▲ この記事を読みながら、方言がかつてのように軽視されたり貶められなくなっているとしたらそれはほんまに喜ばしいことだけど(っていうか、それで当り前!)「売り」の時代というのもなあと、テレビでタレントが方言をわざとらしくしゃべったり、それに大げさなテロップが流れる場面を思い出してちょっといやな気分になった。

▲ 気を取り直し『GRAPHICATION』に戻って。
井上氏は近代以降の方言の流れを三つの時代を経てきていると言うてはる。『まず戦前は日本が強固な中央集権国家であるため地方の独自性など邪魔ということで、その代表とも言える方言は目の仇にされ、学校教育などを通じて「標準語」への矯正が図られました。戦後はそれへの反省と固有文化の再評価から中央の言語は「共通語」、方言は「地域語」として相対化されるようになります。そして共通語がゆきわたった現在は、方言を楽しむ時代になった』

▲ 「幼いときに身につけた言葉は母語と言い、こちらは無意識に身体にしみこんでいる言葉です。(中略)方言の方は幼いときから、話し言葉として日常的に具体的な場面で人に言われたり、自分で言ったりするものですから、感情がこもっている。だから、方言でなら何かを表現するとぴったりくる、自分自身で腑に落ちるということはあると思います。」(同じく上記対談で井上氏)
これを読みながら「身体にしみこんだ」もの、に思いを馳せていたら、あらあら同郷・わこちゃんが同じ頃『三度笠書簡』にこんなことを書いてはった。つながって、つながって。興味深い。
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by bacuminnote | 2010-03-16 11:13 | 本をよむ | Comments(0)

夜道をあるいて。

▲ ウチはフウフ二人とも家にいるので、キホン「出かけるときくらい別行動」なんだけど(苦笑)珍しくこの間は一緒に映画を観に行った。というか、市内の公共施設とはいえ行ったことのない場所で夜の上映会。並みはずれた方向おんちのわたしが果たして一人で行けるか心許なかったので、冷蔵庫にチラシを貼ってそれとはなしにアピールしておいたら「オレも観てみたい」ということになった。

▲その日は、つい二、三日前とはうって変わって底冷えのする日で。いったん寒が緩むと気持ちも緩んで、あとで戻った寒さは からだの隅々までゆきわたるようだ。「おお、さぶぅ」「冷えるなあ」と言いながら首をすくめてバス停まで歩いた。
ふだんは通らないこの道に出るのは久しぶり。
かつて、このゆるい上り坂を自転車で立ちこぎして職場へと通ったもんやけど。いまは歩くだけで、はあはあ言うてる。年やなあと長く続く坂道を眺める。

▲ 「麦麦」を始める前だから、まだ二十代の終わり。(そら、若いわ~)
相方がパン屋修行中、わたしは生まれて初めて「よそで」仕事をすることになった。生家は商売をしており、いつも家中ひっくりかえるような忙しさだったから。子どもの頃もガッコを出てからも、何はともあれ「ウチの仕事を手伝え」と亡き父がうるさくて。ケッコンしてからは いきなり病気してしもたり、子どもが生まれたりで、結局わたしはその年までアルバイトの経験すらなかったのだった。

▲とはいえ、家の仕事でならデパートの催事場の「売り子」も何べんもやったし、洗い場にホール係もレジも事務もやっていた。(・・・つもり)
だから「簡単なお仕事」(と募集チラシには書いてあった気がする)の 子ども服のピッキング(倉庫で注文の品を揃える)や値札つけのパートくらい、まかしといて~な気分で行ったんだけど。

▲結構しんどい事も多々経験済みのはずが、所詮は「店主のムスメ的視線」でモノを見ていたんやなあ、となーんにもわかってへん自分にがっかりしつつ。パートとはいえ初めての「よそで」の仕事は新鮮だった。職場は女性がほとんどで母親ぐらい年の離れた先輩のやさしさも、イジメも。ほんまいろいろあったなぁ。

▲時代遅れでかっこ悪いなと思ってた水色の上っ張り姿。それが部署によっては私服にエプロンだったり、私服だったり、と分かれていて。微妙に待遇もちがった気がする。上っ張り組のわたしは大きな作業台の上の山盛りのジーンズやTシャツにかちゃんかちゃん、と値札打ち。暑さ寒さもすごかった倉庫作業の日々・・・とあれこれ思い出してるうちに、ようやくバスが来た。

▲ その日観た作品は『weabak:外泊』(監督/キム・ミレ)という韓国のドキュメンタリー映画だ。わたしは図書館の情報コーナーにあったチラシで上映会のことを知った。それは女の人たちが楽しそうに手をつなぎ、重なりあうように寝転んでいる絵がとても魅力的で。おもしろそう、と家に持ち帰ったものの、ネットで調べるまでは、まさかタイトルの「外泊」というのが彼女たちスーパーのレジ係が不当解雇や差別的待遇に抗議して、スーパーを占拠、その泊り込みを意味するとは思わなかった。

▲ 『2007年6月30日、ソウルの大型スーパーのレジ30台の間にパート女性500人が座り込む。勤続18カ月以上の労働者は正社員にするという新法の施行を前に会社がパートを全員解雇し、レジ係を外部委託すると発表したからだ。21日間泊まり込んだ。』(asahi.com2009.12.11記事より)

▲「結婚して4年になるけど、これが初めての外泊」「(ストと言えば)堂々と家を出られる」「メシ、フロと言う人もいない」女性たちのひとこと、ひとことに「そうそう」と頷いていたのは わたしだけやないやろな。これまで労働運動とは関係ないところで生きてきた女たち。みんなでシュプレヒコールを練習する場面では、なかなか声や調子がうまく揃わなくて。画面のむこうでも、こっちでも笑い声が起こる。

▲ みんなで語り合い、ご飯を作って一緒に食べ、固い床にダンボールを敷いて狭いレジとレジの間に折り重なるようにして横になる。みんな表情がとてもいきいきして「がんばって」と拍手をしたくなった。
「職場ではいつも『おばさん』と呼ばれる。わたしにも名前があるのに」「女は低賃金で十分だと言われる」ということばに、かつての職場を思い出していた。今も昔も。韓国でも日本でもかわらない。

▲ 座り込みの間もスーパーは稼働しているのだけど、本社から送り込まれた男性社員が少額カードの決済ができず、もたもたしているのを「自分たちなら簡単にできる」「レジなんて誰でもできるって言ってたくせに」と抗議してる姿は痛快だった。ただ、愚痴るのではなくて「おかしい」と思うことを「おかしい」と訴えること。
それでもストライキが長期化すると「離婚だ」と夫に言われる人、家族の心配、経済的理由、さまざまなことでぽつりぽつりと仲間が抜けてゆく。

▲そして警察の突入でごぼう抜きにされながらも必死で抵抗する彼女たちに、観ていて力が入る。彼女たちの手足を大勢で引っ張り、引きずる警官は同じ女性だ。
結局、争議は1年半後、スーパーが別の会社に買収され収束。組合の指導部の12人を除いて全員の再雇用が認めらる。12 人は戻れなかったのだ。
最後に「みんなで一緒に戻りたかったのに」と泣きながら挨拶する組合員に胸が詰まった。

▲ 上映後はみんなで意見交換、ということで 5人ほどのグループになった。相方以外は初対面のひとたちながら活発に意見が出て楽しくて、もっともっと話し続けていたいなと思った。全員で話し合うのでなく、5人という人数も声や思いが届きやすくてよかった。何より、この映画は見終わってから人といっぱい思ったことを話したくなる作品なのだろう。もっと上映の機会があればいいのにな、と思う。

▲館の中が暖かかったので ほっぺたはしばらくほてったまま。つめたい夜道をふたりで歩く。後ろの方から楽しそうなおしゃべりの声が聞こえたと思ったら、同じグループにいてはったカップルで。「さよなら~」と言い合って、自転車二台は並んでむこうに走って行った。
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by bacuminnote | 2010-03-05 20:11 | 映画