いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2010年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧

せなあかんもん。

▲朝からめずらしく涼風。
ああ、こんな日こそ散らかった机まわりを片付けて掃除して、まだ残ってる冬物を洗濯して。いや、それより前夜の本の続き。とか、思ったけど。結局、ずぅーっと気になりながらも見ないようにしていた(苦笑)庭の草刈をすることにした。いやあ、草の勢いのなんと力のあること。こんなところまで、と思うコンクリの隙間に、鉄板の脇に見えるわずかな土の上に、ぐんぐん草はのびる。

▲わたしが言うとなんや無精者の言い訳みたいやけど。
「草一本生えていない」「手入れの行き届いた」のはどうも落ち着かへんから。ざーっと、だいたい、ほどほどに、抜いたり鎌で刈る。
そんなええかげんな草刈でも大きなゴミ袋ふたつに一杯詰まる頃には 庭も少しは涼し気になって。仕上げは「あっち持って」「こっちやろ」と相方と大騒ぎしながら葦簾(よしず)を立てる。ああ、ええなあ。夏の庭。
昼なお暗くて、不便なことも多い家だけど、この頃だんだんすきになってきた。そういえば『便利さというのが人間の家の条件とは私には思えない。』ってこの間読んだ本( 『夕暮れの緑の光』「引越し」より 野呂邦暢著 /みすず書房刊)にもあったな。

▲ たっぷり汗かいた後はひと浴び。(あ、その前に「成果確認」体重測定!)足を洗っていたら、なかなか汚れが落ちない。よーく見たら日焼けしてるのだった。夏休みの小学生みたいやなあと(そんな「かいらしい」もんやないけど)サンダル型の日焼けをなつかしく眺めた。
子どもの頃は夏になると真っ黒に日焼けした足の甲に ゴムぞうりの鼻緒の形がくっきり白くついていた。もちろん背中の水着の形もね。いまとは違って日焼けは「せなあかんもん」と思ってたから(夏の終わりには川まつりで日焼けを競う大会もあったし)毎日川に行って、泳ぎ疲れると友だちと川原に寝転んで うらもおもても念入りに焼いたものだ。

▲硯みたいに平べったい石の上で、色の出る石を磨って練って、指先につけると友だちと背中にあだ名や絵やちょっと気になる男の子の名前を書き合いっこするんよね。熱い背中に、とろり「絵の具」のついた友だちの冷たい指先がくすぐったくて、きゃあきゃあ言うて。「◯◯君って書いたで~」なんて囃されては、きゃあきゃあ言うて。日に焼けて◯◯君の名前が背中に白く残ったら大変、と書かれた子も書いた子までもが一緒に川に飛び込んで水しぶきをあげた。思い出す夏のわたしはいつも少女。

▲ めずらしく草刈なんかしたからか、その日は夜から雨になった。涼しい夜に本がすすむ。12世紀後半の韓国が舞台のモギという燒きもの師をめざす少年の話を一気に読んだ。 『モギ ちいさな燒きもの師』(リンダ・スー・パーク著/ 片岡しのぶ訳/ あすなろ書房刊)両親をなくした主人公のモギは二歳のころから縁あって足の不自由なトゥルミじいさんと橋の下で暮らしている。じいさんとモギは貧しいながらも 知恵をだし合い着るものや食べるものを調達し、何も不足に思うことなく暮らしていた。

▲ モギはやがて高麗青磁のやきものの美しさに惹かれて ミン親方のもとで焼きもの師になることを夢見る。青磁づくり一筋、頑固な職人のミン親方や、いつも暖かく見守ってくれるおかみさん。いろんな試練に揉まれながらも物語は淡々とすすんで行くんだけど、ある日、二度三度と粘土を濾している間、五度目にふしぎなことが起こる。

▲ 『漉した白い泥を、いつものように、ごく少量、親指と人さし指でつまみ、すりつぶしてみた、そのとき。指先になにかを感じた。』(p99)『もう一度泥を漉しながら、モギは、雲の中から歩みでた心地がした。だが、そのふしぎな感覚がどこからきたか、それを語る言葉は永久に雲にかくれたままだろう』
これって、なにかを掴んだ瞬間の思い「Eureka!」やね。何度も何度も同じことを繰り返す中で、言葉ではなく、人に教わるのではなく、自分で「みつけた!」よろこびが本を読んでるこっち側にも伝わってどきどきした。

▲ 何かあるたびにじいさんがモギをはげますことばもさりげなくて、でも愛情にあふれてとってもいい。 ミン親方に跡を継がせるのは「息子」で、おまえはわたしの息子ではない、と言われてしょげるモギに。『モギぼうよ。ひとつの戸をしめた風が別の戸をあける。そういうことも、よくあるぞ。』(p128) 
じいさんにもモギの心中がわからないことはあって、
『おまえの考えとることにひもがついておらんのが困る。ついておれば、ぐいとひいて、とっくり正体を見てやるのに』(p119)・・なんてことばは、国も時も越えて、思春期の子をもつ親の胸にじんとひびく。
窓の外の雨音以外なにも聞こえないしずかな夜。いっぱい動いて、汗かいて、しめくくりがこんな読書で。佳い一日となった。
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by bacuminnote | 2010-07-31 15:24 | 本をよむ | Comments(0)

深い皺も白い髪も。

▲ 長い雨のあとは暑くて暑い暑い(←しつこい)夏の始まりだ。
昨日は朝一番にあちこち開け放って、湿気た布団を干し、シーツを洗い、タオルケットを出して。掃除機かけて、洗面所の鏡をみがき、庭の緑(いまは花がない)を花瓶に差した。その後は買い物。スーパーまでの道、見上げたマンションのベランダのなんとまあ賑やかだったこと。きっと昨日はどの家でもいろいろいっぱい干して、乾いた!一日だったはず。

▲ しかし「なまけもの」が急にこんなに動いたらまた雨が降るかもなあ、と苦笑しつつ、くたびれ、へたりこんでビール。なんておいしんだろ(笑)
そのうちごろり横になって本を読んでたら窓から微かに風。ああ、ええきもち・・・と思ったとこまでは覚えてるんやけど。「にわか働き者」は、いつのまにやらよだれ垂らして夢みるひとに。
そういえば、かの原節子さんが『好きなものを順にいえば、まず読書、次が泣くこと、その次がビール、それから怠けること。』(「泣く」というのは「悲しい映画を観て、一ぺんキューッと思い切り泣きます」という意味)と言うてはったそうで。(千葉伸夫著『伝説の女優原節子』より)「わあ、原節子さんと一緒やん」と一人ほくそ笑んでいる。

▲ この間のこと。
バスに乗ったら、わたしの前の席に70代くらいのご夫婦らしき方たちが座った。乗って来たときからなごやかな雰囲気だったけど、降りるまでずっと楽しそうに話してはって。何をおしゃべりしてるのかは聞こえないけど、時々顔見合わせて笑ってる二人の横顔・・・その目尻の深い皺も、頬にかかる白い髪もほんまええ感じで。
バス停に着くと「さあ、ほんなら行こか」と男性が女性のバッグをごく自然に持って、いたわるようにその肩にさっと手をまわす姿も。「あ、ありがとね」とにっこりの女性も。ナイスカップルがゆっくりバスを降り、見えなくなるまで目で追っていた。

▲ わたしの両親はけっして仲のよい夫婦ではなかったと思う。思い出の中の二人はたいてい仕事の事で言い合っており。超のつくわがままな父は、夫としても(たぶん)父としても問題の多い人だった。それなのに、亡くなる前の一年くらいは病室をたずねると「クミちゃん、ウチのお母ちゃんはな、日本一のお母ちゃんや」と恥ずかしげもなく何回も娘相手に「妻自慢」するのであった。さんざん苦労させといて。今頃なに調子のええこと言うてんの!と思ったけれど。180センチ余りの上背でわずか40数キロの痩身にかみつくわけにはいかず。それに、母に伝えたらきっと「あほらし~」って言うやろなあと思ったのに、ものすごくうれしそうだったんよね。父が逝って24年。今はしんどい思い出は忘れたかのように、母もまた父のことを「気もちのやさしい人やった」なんて言うてる。ほんまに、もお。二人して勝手に言うといてちょうだい、と娘は毒づいている。

▲このときのバスで読んでいたのが『夫婦』という本だった。この本、 佐野洋子さん編の随筆集(作品社刊「日本の名随筆 別巻48 」)で作家、脚本家、漫才師、画家、映画監督、といろんな人(数えたらぜんぶで36人)が夫婦について語っている。『夫と酒瓶と私 命の恩人を追いかけて「オレの酒を返せーッ!」』なんて壮絶なタイトルの文章(詩人の黒田三郎氏のおつれあい)から、認知症になった妻の介護をしずかに語るもの、それに江國香織さんの『まったく結婚というのは残酷なことだと思う。結婚するというのがどういうことかというと、いちばんなりたくない女に、いちばん好きな人の前でなってしまうということなのだ。いやになる。』(「夜の散歩道」より抜粋)なんていうのまで。ほんまに夫婦の数だけドラマと歴史あり、の世界だ。

▲ で、佐野洋子さんの「あとがき」がふるっていて『わけがわからん』という題をつけてはる。本文を読みながら古今東西いろんな夫婦の話に、そのつどわがフウフの31年史(笑)を思ったり、父母のことなど思い浮かべながら、唸ってたけど。「わけがわからん」でたちまちノックアウトされた。結局のところ、この一言がフウフのぜーんぶを言い表してる気がして。あらためて大笑い。苦笑い。そして、ちょっとしんみり亡き父のことを思い出す夜だ。
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by bacuminnote | 2010-07-20 22:26 | 本をよむ | Comments(0)

水まとう。

▲ 朝から雨が降った。窓を開けているとひんやり湿った風に裸足の足が冷えてゆくのがわかる。あれ?さっき脱いで丸めたソックスはどこに転がっていったんかなあ。
雨音を聞きながら、ここ数日の雨で水かさを増して「滔々(とうとう)と流れ」ているだろう故郷の川をおもっていた。たぶんこんな日にはふかい緑色の吉野川だ。勢いよく伸びる樹木に大きくなった山々が川面に写ってるみたいに。

▲ そんなことを思いつつ買い物に出たら、いつもは素通りするスーパーの焼き魚コーナーで足が止った。なつかしい「アイのやいた」香ばしいにおいがしたからだ。故郷では鮎のことを「アイ」という。「焼きたてですよ。いかがですか?」と店員さんが声をかけてくれたけど「いや、あの、どうも」とぼそぼそ言いながら売り場を離れた。やっぱり、なんか、ちがう気がして。
その昔 鮎舟で船頭さんが捕らはったのを川原で焼いてもらって食べた「アイの味」なんて、もう味わうことができないやろうに。いつまでも「あのとき」が「おいしい基準」として残ってるんやから。思い入れの深い食べ物っていうのは、ほんまに、ちょっと厄介なもんやね。

▲ クーラーのよくきいた地下の食品売場から地上にあがると、わたしは冷蔵庫から外にほおりだされた菜っ葉みたいに、たちまちへなへなと萎れる。なんべんも書いて申し訳ないけど、暑いのは苦手だ。
帰り道、前を歩くのは三つくらいの女の子とママ。ママの手提げのひとつは透明のプールバッグでカラフルなバスタオルとちっちゃなゴーグルが見える。そうか。プールの季節なんや・・・と微笑ましく眺めながら、後ろを歩いてたら女の子が突然泣き出した。

▲ 「いやだよぉ。プールなんていくの、やだよぉ。ぜったいにいや。いやだもん。プールはやだ!」
ママは終始しずか。でも、きっと、とりあえずは早いとこプールに連れてゆこう、と思ってるのだろう。だんだん早足になって、歩くたびにヒップがぷりぷりして。もう後ろ姿だけでカンペキに怒ってるのがわかる(苦笑)
が、女の子もなかなか泣き止まず「だって、いやだから。プールはいやなんだってばー」としつこい。最後は作戦変更?甘えた声で「ねえ、ママといっしょにはいりたいよぉ」と来たが「そんなのは赤ちゃんだけでしょ!」とぴしゃりと返され、プールのある建物へと引っ張られるようにして消えた。

▲ どっちにも同情しながら、そういえば、ウチの上の子も三つくらいのときはまだ水をこわがって、髪の毛を洗うたびに大騒ぎしてたなあ、と思い出した。困り果ててシャンプーハットなんていうのを買ったら、いやだ、いやだ、と泣いてるうちに脱いでしまって「ハット」に溜まった石鹸水がドバーッと一気に流れて再び大泣き。だから夏はいつも丸坊主にしてたんよね。

▲ ちょうどその頃、二年近くよしので暮らした。家の前が川で、台所の窓からも居間の窓からも真下に川が見えて、家が川に浮かぶ舟のように思ったりした。夏休みになると、川好きの小学生の姪が奈良から遊びに来た。この子、朝起きるとすぐに真っ黒に日焼けした顔でにっこり笑って「今日も川に行こうな」「ぜったいやで」とわたしのあとを追うのだった。

▲ なにせ息子があまり行きたがらないし、家の用事もあるし「洗濯してから」「ごはんの支度してから」と伸ばし伸ばしにしてたら、ちょっとでも早く川に行けるように、と健気にもわたしの手伝いを一生懸命してくれて。
川はすぐそこだし、水嫌いの息子も大好きなイトコのおねえちゃんが言うから仕方なく着いてきた。そうして毎日川辺で遊んでるうちに、ある日突然お風呂で「ぼくシャンプーハットはもういらない」宣言。湯桶の湯をばしゃりと頭からかぶってみせた。ひゃあ、びっくり!ほんま、子どもの成長っていつも「突然」やね。で、その日以来「川に行こう」コールには息子も加わって毎日おおさわぎ。夏のよきよき思い出だ。

▲かつては 水泳の得意な亡き父が、やがて娘のわたしたち四姉妹が泳ぎ、そしてその子どもたちも夏休みのたびに遊んで泳いだ川。「大水泳場」と看板があがり、地元だけでなく近隣の町からの家族連れで賑わった川だった。
でもいまはそれも もう昔話。
『泳ぐとはゆっくりと海纏(まと)ふこと』(大川ゆかり『炎帝』所収)
海で泳いだ経験は少ないけれど。ゆったり川の流れのなかで「水纏った」時間がこいしい。
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by bacuminnote | 2010-07-10 22:36 | 俳句 | Comments(0)