いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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仕舞い支度。

▲ タンスには洗濯ですっかり色褪せた半袖Tシャツが、部屋には出先で手渡された広告うちわが古新聞の間に挟まっており、冷凍庫にはもうだれも食べないアイスキャンデー1本。軒下には葦簾(よしず)を立てたままだ。こんな風についこの前まで居た「夏」の気配が、まだ家のここかしこに残っているのに。
あまりの寒さにセーターやショールを、夜にはストーブと湯たんぽまで出してきた。今年の長~い「夏」の出番の間、待ちくたびれてしもたんやろか。「秋」はもう仕舞い支度を始めてる。

▲ 街を歩けば、夏の名残のスタイルから真冬のようなコート姿まで、じつに様々で。けど「みんなおなじ」でないから、道行く人を眺めているだけで楽しい。
その昔、小学校の修学旅行で京都に行ったときのこと。
6年全員(と言うても60人余り)ぞろぞろ新京極を歩いてると、外国の旅行客の団体さんと幾組もすれちがった。「ハロー」とか「ハーイ」とか声かけてもらっては、日頃外国の人と会うこともない田舎育ちのわたしたちは、頬を赤くしながら小さな声でハローと応えた。

▲おどろいたのは通りすがりのわたしたちへの そのフランクな挨拶と笑顔だけでなく服装だった。たぶん秋の事やったと思うんだけど、ノースリーブにカーデーガンを引っ掛けただけのひと、半袖ポロシャツに、コートをしっかり着ている人までほんとにいろいろだったんよね。
秋やのに夏服というのが何かしらかっこよくも見えたものの「外国の人って『ころもがえ』しはらへんのやなあ」と友だちとけっこう真面目に話してたのを思い出して、今ひとり笑ってる。
服装に季節感がなくなってきてるのを嘆く声も聞くけど、暑さ寒さは人それぞれやから。「みんなおなじ」より自分の体感と感性で選ぶのは好ましいと思ってる。ていうか、嘆くべきは夏でも長袖が要る、冬でも半袖ですごせる「エアーコンデション」された生活かもしれない。

▲ さて、寒い日には熱いお茶と本。
この間から、じんじん響く本をいっぱい読んだから。友だちに会っても、どこから何から話そうかと、うれしく迷う。
『ベルおばさんが消えた朝』(ルース・ホワイト 作/ 光野多惠子 訳/ 徳間書店刊)という本を最初見たとき、表紙の絵がかわいいかんじなので「いまの気分とちがうなあ」と素通りしていたんだけど。(いや、この絵も読後見ると印象が変わった。いかに人は、いえ、わたしは思い込みでものを見てることか・・・)最初は通り過ぎたとしても、どこかに残っている本って、時間がたってもちゃんと手元に戻ってきてくれる気がする。

▲ お話の舞台は1950年代アメリカの山間部の小さな町。「ベルおばさん」とは主人公の少女ジプシーのお母さんの妹で、10月のある朝、突然おばさんは寝床を出てそのまま姿を消してしまう。何故?どこに?ということもわからないまま半年がすぎて。ジプシーの家の隣に住むおじいちゃんの家にベルおばさんの息子、つまりジプシーのいとこのウッドローが引き取られてやってくる。彼はジプシーと同じ12歳のちょっと大人びた、でもおもしろくて不思議な魅力の男の子だ。

▲五歳のとき父親を亡くしたジプシーと母の失踪に心を痛めるウッドロー。どちらにも背景には複雑な問題が絡むのだけど、このわずかに270ページの中で、なかよしのいとこながら境遇も性格も、じぶんの容姿に思うことも、全然ちがう二人の子どもを通して、ふたつの家族、ジプシーの義父、近所のおばさんたち、そして美しい歌声の目の不自由なベニーさんとの関わりの中で しずかに問題を提示する。すごい。こういうのをペンの力というのかなあ。

▲ 大人でも唸ってしまうような問題が、それでも暗さの中に埋もれないのも、やっぱり作者と訳者の力なのだろう。本を読んでいる間じゅう はらはらしながら、時にぎゅっと胸の奥をつかまれたようなイタイ思いをしながらも、その底にはユーモアの種が蒔かれていて。すぐに、ではなく、本を閉じてから自分の中にぽっと小さな花が咲いてることに気付くようなそんな明るさもまた。
大人だけが深刻に悩んでるのではなく、同じ場で暮らす子どもも真剣に、深く、悩み、考えている。ひとはひとを傷つけ 傷つけられもするけど、ひとはひとを救い 救われもするのだ、と今さらながらそう思う。

▲おなじ頃に読んだ絵本 『きぼう こころ ひらくとき』(”HOPE IS AN OPEN HEART” ローレン・トンプソン作/千葉茂樹訳/ほるぷ出版刊)で出会ったいくつかのことばが『ベルおばさんが消えた朝』の読後の余韻のなか、こころに残っている。(本文より抜粋)
『きぼう それは、ほとばしりでる いかりの ことば。 
はきだすことで、わかることもある。』

『きぼう それは、だれかに たいせつにされていると 知ること。
じぶんにも たいせつなひとが いると知ること。』

『きぼう それは、はいいろの くもの うえの あおぞら。
 ふぶきの あとの まぶしいゆき。』


* ちょっと長い追記 *

その1
『ベルおばさんが消えた朝』のこと、うまく話せなかったけど 『1day 1book』さん(←ファンです)が、じんとくるブックレビューを書いてはります。


その2
文中ウッドローはいろんな話を皆に聞かせるのですが(これが笑い話あり、「えっ!?」と思う話あり。時に大人を煙に巻いておもしろい)その中のひとつ。クラスの皆に出したクイズ。
これ、わが家でもちょっと盛り上がりました。要約を書いてみますので考えてみてください。

「あるところに3人の男の人がいてニューヨークに行ってホテルに泊まった。
この3人一晩で30ドル請求されたので一人10ドルづつ支払った。ところが支配人が30ドルはもらい過ぎたかも、と思って金庫から1ドル札5枚を取り出し、ボーイにお客さんに返してくるように言いつけた。
ボーイは部屋に向かう途中1ドル札5枚をどうやって3人に分けたらよいか頭をひねった。そこで、2ドルは自分のポケットにしまい、残り3ドルを3人に1ドルづつ返した。

『「さあ、ここまでちゃんと聞いてくれた人は、もう計算ができてますね。三人は差し引き九ドルづつを、部屋の料金として払ったことになります。合計すると、二十七ドルです。ボーイのポケットには、二ドル入っています。あれ、では、残りの一ドルは、いったいどこへ行ってしまったのでしょう?これが問題です」
ウッドローは腰をおろした。わたしたちは頭を抱えて、考えこんでしまった。あちこちで、計算が、はじまった。ハート先生は天井をにらんで暗算をしている。』(本文P96~97より)
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by bacuminnote | 2010-10-31 15:33 | 本をよむ | Comments(0)

道の真ん中に水が。

▲ ひさしぶりに相方と京都まで出た。
この日は半袖か長袖か迷うくらいの陽気だったけど、京都もちょっと北のほうに行くと、まちの風情が秋っぽくて。思わず立ち止まってふかーく息を吸う。
そうして、この道か、あの筋かと、迷いながらもこういうときの定番「ヨソさまのお家の品定め」。「こんな平屋の家ってええよね」「お、すごいシュミ」・・・なんてね。勝手なこと言いながら、初めてのまちを歩くのは愉しい。

▲ ところが「徒歩15分」で着くはずの目的地に、どこで間違えたのか、なかなかたどり着けなくて。
「やっぱりわたしの言うてたように京都駅からバスの方が近かったとちゃうん?」という不満全開売り言葉に「もうこんどからは別々に来よう」と買い言葉。これやからなあ・・・とため息ついてたら、疏水へと出た。とたんに口元がゆるむ。たぶんふたりとも。道の真ん中に水が流れてるのってええなあ。ほんまやなあ。と、ちょっと前の「売り買い」のことばも忘れて和やかに(苦笑)話していると見えた、見えた。「アトリエ劇研」の看板。

▲ この日の演目は 『木ノ下歌舞伎』による『俊寛』(近松門左衛門「平家女護島」)。
木ノ下歌舞伎とは『歴史的な文脈を踏まえた上で現行の歌舞伎にとらわれず新たな切り口から歌舞伎の演目を上演し、歌舞伎と同時代の舞台芸術を取り巻くムーブメントの惹起を企図する。』(木ノ下歌舞伎ブログより)とあるんだけど。
わたしは歌舞伎のことはほんま恥しいくらいに何にも知らなくて。吉野生まれなんやし『義経千本桜』くらいはと思いながら幾年や~(この間 『義経千本桜』"橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻 "という絵本は読んだけど・・)だから現行歌舞伎の『俊寛』はもちろん、俊寛という人のことも知らなくて。まあ、そんな感じで予備知識なしにて観劇となった。

▲「アトリエ劇研」は小さいけれどいい感じの空間で、客席は若い人を中心にけっこう幅広い年齢層で埋まっていた。
最初真っ暗になって。その暗闇から浮き上がってきたのは船を思わせるような舞台。生成のたっぷりした服の女性4人と男性1人。あとは白い大きなやわらかな布。(これがみごとに海になり、波になり、風になって。うつくしい!)歌舞伎のセリフの意味がところどころわからなかったんだけど。途中で意味を追うことをやめたら、どこか遠い国の言葉のようでもあり耳にここちよかった。(→告白:暗がりとセリフの「音」の快感で、ちょっとうつらうつらしてしまいました)

▲リーフレットで木ノ下裕一さんが書いてはる『男のドラマとしての「俊寛」ではなく、それを取り巻く「女たち」の存在の大きさ』という視点までわたしの鑑賞力が届かなかったのは残念。というか、ちょっとは事前学習しておいたほうがもっと楽しめた気がする。(でも、相方はおなじように予備知識なしでもその辺りのこと後で言及していたから、必ずしも知識云々ではないのかもしれないけど)

▲さて、お芝居がおわると主宰・木ノ下裕一さんとゲストとのトークが始まった。
おお~子どものときからよく知ってる「あのこ」が主宰・演出家として舞台上で話してる。初めて会った小学生の頃から感性ゆたかで、一見ぼーっとしてるようで(すまん)そのじつ、この子には人の深いところまで見えてるねんやろなあ・・というような眼差しとか、絵の才能。古典芸能から映画、音楽に至るまで 実年齢をはるかにこえた(苦笑)渋好みとか。印象に残ることはいっぱいあるけど、こんなおもしろい子やったとは。ゲストの杉原邦生さんとの掛け合いも絶妙で。笑ろた。笑ろた。最後、杉原さんの提案で和服姿の「ゆーいち」は舞台を降りて 「飛び六方」にていっぱいの拍手と笑い声のなか退場。たのしい時間だった。

▲ 満足の帰り道はもう迷うことなくゆったりと。
昼前におにぎりひとつ食べて出て来たきりなのでおなかがすいて、遅い昼ごはん、早い夕ごはんを~と言うて、通りにあったイタリアンの店にとびこんだ。ふだん外食といえばカツカレーかうどん、の相方と向きあってりっぱな黒いレザーの椅子に落ち着かんまま着席。
まあ、たまにはええかと思って入ったけど。終始落ち着かんかった。やっぱりこんどからは◯◯食堂か、グリルにしよう。あ、そういえば。こんどからは「別々に」って言ってたんだっけ(笑)


*追記*

wiki『俊寛』について

All about歌舞伎『俊寛』
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by bacuminnote | 2010-10-22 13:59 | 本をよむ | Comments(0)

わたしのえんそく。

▲ 目が覚めたときから、頭の奥のほうが何だかきんきんして重い気分で起きだした。こんな日に限って朝一番 聞き流せないような電話があったり。あああ。深ーいため息つきながら見る窓の外は抜けるような青空で。こういう時はかえってその晴天ぶりも、焦げてしまったパンも、相方や息子がああだこうだと熱心に政治の話をしてるのさえ癇に障る・・と、ひとり不機嫌オーラを出しまくっていたんだけど。昼ごはん食べ終わるや、この前から行こうか迷ってた所に「行ってくる!」と立ち上がった。(←おおげさ)

▲ なんてことはない。
電車に乗りさえすれば、ものの5~6分で万博記念公園には着くのである。夏の間休館だった民芸館の『民藝運動の作家達』にも行きたかったが、今回は「みんぱく」(国立民族博物館)で開催中の特別展『エル・アナツイのアフリカ アートと文化をめぐる旅』に。たったの二駅だけど、モノレールの高い大きな窓から見える景色もたのし。単純。こんなことやったらもっと早くから出て来ればよかったなあ。いや、朝はどこにも出かける気になれんかったのやから。出足遅くとも、やっぱり「いま」だったのだろう・・・とか何とか、ごちゃごちゃ思ってるうちに「ばんぱくきねんこうえん~」のアナウンス。

▲坂道降りてすこし歩くと太陽の塔が見える。
近くで見ると相変わらず圧倒的な存在感。かつて滋賀や信州から帰省するとき、高速を降りて車窓からこれが見えると「ああ、大阪に帰ってきた」と思ったもんだ。せやから、わたしにとって太陽の塔は「芸術」というよりふるさとみたいな感じ。
この日は保育園・幼稚園・小学生のにぎやか遠足の団体さんがここかしこに。汗ばむような陽射しの中、太陽の塔をバックに記念撮影やら、集合してセンセのお話やら。そろそろ遠足もおしまいの様子。たったか小走りの「元気あり余り組」から、ぞろぞろ摺り足「くたびれた組」まで。駅にむかう長い列がつづく。

▲「暑い!センセ、ジュース買(こ)うて」
「あかーん」
「なあ、センセぇ」
「あかん言うたらあかん。お茶でものんどけや」
「そんなん、とっくに飲んでしもた」
と、いにしえから繰り返された懐かしき不毛な会話(笑)が、今ここにも繰り広げられてて、思わず声あげて笑うおばちゃん。(←わたし)

▲ 子どもたちの去った平日の昼下がりの公園は中高年組で埋まる。三~五人くらいのおばさまたちのにぎやかなおしゃべりの輪。ゆっくり、ゆっくり杖ついて、あっちでとまり、こっちでとまって、空を見上げ木々に見入るひと。
そうして15分ほど歩くと「みんぱく」に着いた。中に入ると美術館や博物館特有のひんやりした空気にきもちが締まる。

▲ エル・アナツイは1944年ガーナ南東部の小さな町で生まれ大学で彫刻を学んだ後、ナイジェリアに移り、大学で教えながら作品を制作しているそうだ。展示は四つのセクションに分かれていて。「第1章:記憶を掘る」は木を素材にした彫刻やレリーフ。流木のようにも見えた木は日々の生活で使いこまれた臼を使っているらしい。
「第2章:歴史を紡ぐ」はチラシの写真にも使われているアナツイが2000年頃からはじめたというワインのコルク栓をおおうアルミのシールを再利用して織り上げた大きな「織物」たち。(たとえばチラシの作品『Red Block』だと510×334×2pの大きさ)空き缶の蓋やビールや酒瓶のふたを使った作品もある。

▲ 他に人がいないのをいいことに作品の真ん前で、少し引いた場所で、(会場がせまくて、余り後ろに引いて観ることができないのがとても残念)しばし立ちすくむ。『ブラック・ブロック』『オゾン層』『大地の皮膚』『アメモ(人間の顔)』『移動する大陸』・・・とひきこまれる。やがて作品に込められたものが、うまく言い表せないけど、ぐんぐん自分の中に迫ってくるようで。近づいたり離れたりして何度も見入った。

▲膨大な数のコルクを巻いたアルミのシールを伸ばし、穴をあけて銅線でつないだり、空き缶のふたを縫い合わせたりするのは、彼の工房にあつまる助手たちだとか。
『興味深いのは彼らの意識である。彼らはとくに美術作品の創造に関わっているという思いはない。時間から時間までラジオを聴きながら淡々と手作業をこなすだけなのである。彼らの中には工房での仕事が終わると、別の仕事に出かけていくものもいる。アナツイの美しい織物は、地元の人びとの生活に深く根ざしているのである』(解説リーフレット:第3章「創造のプロセス」解説より抜粋)
インタビューのビデオでも氏が、その柔和な笑み、額の深い皺も白い髪もジャズミュージシャンを思わせる風貌で「人とつなっがっていく満足感」を語っていたのが印象深く残っている。

▲ 第4 章は「作品の背景ー社会、歴史、文化」。行きつ戻りつの後、もう一回ぐるりとまわりたかったけど、足がくたびれてきてお終いにすることに。
外にでたらソフトクリームの看板が目にはいった。
無料休憩所の中は写真愛好家らしき小団体のカメラ談義が熱を帯び、おばさま三人組は「お教室」のあれこれ話から「今夜のごはん何にするの」話に到るまで、じつににぎやか。四人掛けのテーブルに一人のわたしは何だかさびし。だれともしゃべらず食べるもんやから(それでなくてもアイスを食べるのは誰よりも早いのに)あっというまにコーンだけになった。

▲ さて、その頃になると空の色のトーンも落ち、あたりは秋の夕暮れの空気が漂う。帰途、モノレールを待ちながら、ずっと思っていたのは『あてどなき宿命の旅路』(On Their Fateful Journey Nowhere)という作品とそのタイトルについて。家に帰ったら調べてみようと思うこともいくつかあって。かばんからごそごそノートを出してるときに「そういえば」と、いつのまにか頭痛が治っていることに気がついた。きっと「えんそく」のおかげやね。


* 追記 *
2010年09月21日 読売新聞/関西発トピックス動画(←そのうち消えるかもしれませんが、会場の様子がわかります)
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by bacuminnote | 2010-10-12 19:53 | 出かける | Comments(0)

たまってる。

▲ 長いこと待ったかいあって、あたりまえの秋の日和がいちいちうれしい。見上げた空の青色も、長いうろこ雲も。やわらかな陽射しの中ゆれる洗濯物から干した布団さえ。
春より秋、と思うのは寒から暖へとゆるむ空気より、暑さから涼しさに、やがて寒さにむかう道行きのその引き締まるような感じが好きだから。
さっき調べ物をしていたら、古いノートにメイ・サートンの本のこんな一節をメモしているのをみつけた。
『この書斎に射している日光は、あの秋特有の白さで、あまりに澄明なので、それにふさわしい内部の行為を要求するかのようだ……明確にせよ、明確にせよと。』( 「独り居の日記」(メイ・サートン著/ 武田尚子訳/ みすず書房刊)

▲ この本を最初に手にしたのは下の子の保育園の「豚豚(とんとん)文庫」という保護者向けの本棚だったから、十何年も前のことだ。信州の山の中の小さな保育園でメイ・サートンに初めてであえたことも、何よりそんな保育園にであえたことも、いつもうれしく誇りにおもっている。
だけど40代のあの頃と今では「独り」の思いようもすこし変わってきているのか、ことばのひとつひとつが沁みてくる。いつかまたもう一度読んでみようとノートを閉じた。(件の調べ物のことなどすっかり忘れてしまってるのは、いつもの事だ)

▲ この夏は暑くて必要な用事以外は極力出かけなかったけど、暑いのに(←しつこい)次々と本を読んだ。読んだ本がたまると(本はほとんど図書館で借りるので「たまる」のは本ではなくて、本から得たもの、感じたこと、考えたこと)だれかと話したくてうずうずして。まずは身近な相方にしゃべる。ときには息子に。けど、彼らとは読書傾向がちがうからか、何か もひとつ盛り上がりに欠けるんよね(苦笑)
で、やっぱり同じような本が好きな友だちと話したくなる。きっと彼女も、と思ったら「そろそろ会おか。たまってるで」(笑)とうれしいメールがくるのであった。

▲会うと前略、中略でいきなり本の話だ。◯◯はもう読んだか? あれ、どう思う? その本知らんかったなあ。あ、ちょっと待って。忘れたらアカンし手帖に書いとく。そういえば、この間言うてたあの本読んだで・・・と話はつづくよどこまでも。
そうしてお互い教えあった本が図書館にないときは、同じ作家のべつのものを読んでみたり。そのうち思いもよらない所に寄り道して「たからもの」を発見することもあって。ああ本読みは愉し。

▲ 野坂悦子さんという翻訳家の名前を聞いたのも彼女からだった。薦められた『小さな可能性』という本の予約待ちの間に読んだのが野坂さんの翻訳の 『ぼくの小さな村 ぼくの大すきな人たち』(ジャミル・シェイクリー作 / アンドレ・ソリー絵/ 野坂悦子訳 /くもん出版刊)表紙の絵も(本文中の絵も!)とてもいい感じで、本を開くと「母さんへ」とある。作者のジャミル・シェイクリーさんは1962年イラク北部のクルディスタンで生まれる。イラク軍のクルド攻撃を逃れて1989年ベルギーに。その後オランダ語を習得して7年後にこの本をオランダ語で発表したそうだ。

▲ ここ数年 母語でない言語で書かれた小説を読むことがよくあって、その後ろにあるきびしい現実も、そんな中での「外国語」の習得に、しかもその言語での創作に、ただただすごいなあと思う。
この本はそんなシェイクリーさんの子ども時代の思い出をもとに書かれている。主人公の「ぼく」は五才のヒワ。両親とカジェという妹と山のなかの小さな村に住んでいる。物語はヒワの目を通して学校(ここではアラビア語!)のことや、友だちとうさぎを捕まえに行ったこと、村を挙げての結婚式・・おだやかで微笑ましい平和なくらしが描かれる。

▲ 悲しくてやりきれない事も起きるんだけど、お話の底に終始ながれてるのはユーモア。会ったこともないヒワのえがおや周囲の人たちの顔までうかぶようで、この140ページばかりの(字も大きい)本を読む間になんべんも泣き笑いするのだった。
新聞読んでもネットのニュース見ても、海外の動向に素通りしてしまいがちなわたしには、この児童書のなかにも知らなかったことがいっぱいあった。あわてて地図で確認したり、読み返したりしながら、この本を手にする子どもたちが(もちろんわたしのようなおとなも!)「知る」ことの一歩を踏み出しますように、と思った。
そうそう「ヒワ」という名前はクルド語で「希望」を意味する言葉なのだそうだ。

*追記*
野坂悦子さん「クルド人作家 ジャミル・シェィクリーを訪ねて」という文章が 『児童文学書評』にありました。
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by bacuminnote | 2010-10-03 11:29 | 開田村のころ | Comments(0)